〇二四 宛城の戦い
~~~洛陽の都~~~
「陛下、あちこちご案内しましたが、いかがでしたか」
「ああ、お前のおかげで良い経験ができた。
玉座に座っているだけでは、何も見えないのだとよくわかったよ。
それでな、曹操。朕にすこし考えがあるのだが」
「お伺いしましょう」
「洛陽を出て、新たに別の所に都を構えたいのだと思うのだ」
「なるほど。洛陽は董卓に焼き払われたせいで、
都として十分に機能していません。
遷都するのはよいお考えでしょう」
「賛成してくれるか!
……だがいいのか? 朕の見たところ、
お前は洛陽に思い入れがあるようだが」
「!
……驚きました。確かに僕は洛陽に特別な思いを抱いています。
しかし、歴史ある洛陽で生まれ育った陛下が
遷都しようというのに、反対する気はありません」
「そうか。
ところで遷都を言い出しておいて情けない話だが、
どこに移せばよいか朕にはわからぬ。
曹操が良いと思う所を挙げてくれないか」
「それならば許昌が良いでしょう。
洛陽にもほど近く、交通の要衝でもあります」
「わかった。お前の思うように進めてくれ」
~~~寿春~~~
「……それで呂布軍に出くわして
おめおめと逃げ帰ってきたザンスか」
「精強な呂布軍を相手に万一のことが
あってはならないと考え、苦渋の決断を下しました」
「苦渋の決断ねえ……」
「呂布軍が出てきたのは不測の事態でした。
それに徐州を占領した呂布は、
我々に和睦を申し出てきました。
呂布といたずらに事を構えなかった楽就殿の判断は
正しかったと思います」
「フン。まあいいザンス。
徐州を手に入れるよりもっとビッグなことを
ミーは考えているザンスから」
「と、おっしゃられますと?」
「江東を落としたミーの勢いはまるで飛龍のようザンス。
それに皇帝の証である玉璽はミーのもとにあるザンス。
これは天がミーにもっと輝けとささやいてるに違いないザンス!」
「まさか……」
「漢の世は終わったザンス!
これからはミーが『仲』の国を建国し、
皇帝として君臨するザンス!」
「おお! そりゃすげえ!
ってことは俺たちは官軍ってわけだな!」
「袁術皇帝バンザーーイ!」
「………………」
~~~宛城~~~
「わかった、君たちの降伏を受け入れよう。
陛下をお守りする僕に歯向かわなかった判断は賢明だ」
「はい。今後は陛下と曹操殿のお力になりましょう」
「僕が董卓君に仕えていた頃、
君の叔父の張済君には世話になった。
反乱軍と戦って討ち死にしたそうだね。残念だよ」
「もったいない言葉です。叔父の分も陛下に尽くす所存です」
「期待しているよ」
「うっふ~ん。曹操様ぁ~ん。
お話が終わったならアタシと遊びましょ~ん」
「ああ、今行くよ」
「お、叔母上……。ぐぬぬ……」
~~~宛城 張繍邸~~~
「曹操め! あの清らかな鄒氏の叔母上をたぶらかすとはッ!」
「……小生には鄒氏殿のほうが
誘惑していたように見えたのは気のせいかな」
「いっそのこと殺してやりたいところだが……。
しかし大軍を擁する曹操とは戦えない。
それに陛下に歯向かえば逆賊にされてしまう」
「本気で曹操を討つ気ならば、手はありますぞ」
「ほ、本当か!?」
「しかし曹操を討てば後戻りはできんぞ。
曹操の後釜となり、陛下を擁立し、
天下に覇を唱える覚悟がおありかな?」
「そ、そこまでは……」
「あっはぁ~ん。うっふ~ん。曹操様ぁ~ん」
「こ、ここまで鄒氏の声が……おのれ曹操!
やってやる! 俺はやってやるぞ賈詡よ!!」
「承知した。小生におまかせあれ」
「………………」
「いかがなさったかな?」
「い、いや。叔父上もこんなふうにお前が殺したのかと思ってな。
だ、だがお前が裏で何をしていようと、
俺にはお前の頭脳が必要だ。頼んだぞ」
(張済殿よりは扱いやすいと首をすげ替えてはみたが、
やはり張繍殿ではいささか心もとないな。しかしやむをえんか。
あの曹操の首を挙げられる好機を逃す手はあるまい……)
~~~宛城 曹操陣営~~~
「あっはぁ~ん。うっふ~ん」
「…………」
「おやおや曹昂、顔が赤いですよ。
天下の曹操様の息子とはいえ、
お坊ちゃんにこの声は刺激が強すぎるかな?」
「従兄だからってぼくを子供扱いするな!
しかしこうも昼夜を問わずやられていると……」
「はっはっはっ。曹操様はすっかり鄒氏にぞっこんだからな」
「……ぼくには鄒氏が父上にぞっこんに見えるのは
気のせいだろうか」
「曹昂にはまだ男女の機微がわからないのだよ」
「おいアンミン。ザボるんじゃねえぞ。
ぢゃんど見回りじろ」
「はいはいわかってるよ。典韋は真面目だなあ。
でもさあ、こんなに物々しく警備する必要があるの?
誰が今の曹操様に歯向かうって言うのさ?」
「いいがら見回れ! ゴジャジを見習うんだ」
「…………」
「きみが最近、典韋の配下になった胡車児か」
「ハイ」
「ゴジャジはあんまり中国語がわがらねえ。
でもアンミンと違っで真面目だ」
「典韋にはかなわないなあ。
今夜の夜警は俺たちが当番だったよな。
胡車児、頼りにしてるよ」
「ハイ。
……典韋サマ、ゴハンデス」
「おお、いづもずまんなゴジャジ。
飯食っで力たぐわえるぞ!」
~~~宛城 夜~~~
「……とはいえ、死ぬほど平和な夜だなあ。
いちおう曹一族の俺が夜警なんてする必要があるのかね」
「曹安民殿」
「はいはい?」
「死ねッ!」
「!? あ、があああっ……」
「よし、見回りは片付けた。曹操の屋敷に突入するぞ!」
~~~宛城 曹操邸~~~
「ゴジャジ……。毒を……。盛っだな……」
「ハイ」
「おでを騙じでだのが……。ゾウゾウだま……」
「首尾よく行きましたな。
典韋が死ねば曹操は丸裸も同然だ」
「張繍!! 貴様……よくも裏切ったな!」
「何を言うか! 天女のように清純な
鄒氏の心を弄んだ罪を償うがいい!」
「……突っ込むのはやめておこう。
胡車児、曹昂殿と遊んで差し上げなさい」
「ハイ」
「邪魔をするな!
父上! 反乱です! 早くお逃げ下さい!」
「聞こえているよ曹昂君」
「曹操が現れたぞ!
矢を射かけ――いや、やめろ! 撃つな!」
「んもう~。曹操様を撃つなんてダ・メ・よ張繍ったら」
「き、貴様! 鄒氏の汚れなき柔肌を盾に使うとは卑怯な!」
「鄒氏君が僕をかばってくれているように見えるのは気のせいかな。
まあいい、僕は裏口から逃げるから後は任せたよ。
典韋君、早く起きたまえ。そんな所で寝ている場合かい?」
「父上、典韋はもう……」
「…………ゾウゾウだま!」
「!?」
「いいか典韋君、この線だ。
この線から先に敵を一歩も通すな」
「わがっだ!!」
「あ、相手は死にぞこないとガキだ! 押しつぶせ!」
「させるかあああッ!」
「ぬおおおおおおおお!!」
「やれやれ。これが死にぞこないとガキの戦いかね。
とても突破できそうにないぞ。張繍殿、屋敷の裏に回るのだ」
「あ、ああ」
~~~宛城 曹操邸 裏口~~~
「なに? 曹操は裏口から出てきていないだと?
ならばまだ屋敷の中にいるのだな。曹操! 覚悟しろ!」
「あらぁ~ん。張繍、どうしたのそんなにあわててぇ~ん」
「お、叔母上。曹操はどこに行きましたかな?」
「曹操様なら寝室に作らせた抜け穴から逃げたわよ~ん」
「抜け穴だと……。あの野郎、そんな用心をしておったのか!」
「そんなことより張繍~ん。アタシと遊んでいかな~い?」
「よ、喜んで! ……いやいや、今はそんな場合ではない。
抜け穴を探せ! 曹操を逃がすな!」
~~~宛城 東~~~
「ダンナ、おケガはねえかい」
「ああ、よく来てくれたね。
曹昂君と典韋君、それに鄒氏君のおかげで助かったよ」
「鄒氏のおかげで?
……ああ、屋敷に火の手が上がっちまったぜ」
「曹昂君だな……。張繍君が抜け穴を見つけたのを知り、
追撃させないように火をかけたんだ」
「ダンナ! おれっちだけでも曹昂の加勢に行かせてくんな!」
「いや、もう遅いよ。
せっかく曹昂君と典韋君が時間を稼いでくれたんだ。
君まで犠牲にはできない。早くここを離れよう」
「チッキショウ……」
(戯志才、曹昂、典韋……。
君たちが稼いでくれた僕の時間は大切に使うよ)
~~~~~~~~~
かくして曹操は息子と腹心の犠牲により窮地を脱した。
しかし曹操の前には多くの敵が立ちはだかろうとしていた。
そして最強の男との決戦も、間近に迫りつつあった。
次回 〇二五 下邳城の戦い
 




