〇二二 江東の小覇王
~~~曲阿~~~
「孫策め、調子に乗ってこの曲阿まで攻め寄せるとは、
つくづくバカな男よ。
兵たちも混乱からようやく落ち着いてきた。
こうして守備を固めていれば何もできまい」
「さよう。私が見出した樊能や于糜を
素手で殺したなどという妄言も収まるでしょう」
「妄言ではない! 私は兵たちに確かめた。
彼らは本当にそれを見たのだ」
「ええい! いつまで臆病風に吹かれて幻を見ているのだ!
お前がいたら我が軍の士気が下がる。偵察にでも出ていろ!」
「はっ…………」
~~~曲阿 孫策軍~~~
「3万の兵で亀みてェに城にこもられちゃあ、
さすがになんにもできやしねェな」
「先の大勝利で多くの敵兵が降伏しましたが、
まだまだ敵との兵力差は大きいですな」
「挑発しておびき寄せようとしているのだが、
なかなか上手く行かないぞ」
「ここであれこれ考えててもしかたねェや。
ちょっくら城の裏手に回って、隙でもねェか見てくるぜ」
「殿! お一人で行かれては危険です!」
「まったく落ち着きのない……早く連れ戻せ!」
「ふーん。どこの城壁も手入れが行き届いてんな。
さすがは皇族サマ、金があるんだろうよ」
「!? まさか……あれは孫策!
こんな所で出くわそうとは偵察に来ていた甲斐があったぞ。
孫策! 私と勝負だ!」
「あぁん? 誰だか知らねェが、
オレの前に立つなら死ぬ覚悟はできてんだろうな!」
「笑止! この双槍に対して徒手空拳では近づけまい!」
「やるじゃねェか! だが馬を狙ったらどうなるかな!」
「うおおっ!? 素手で私の馬を……だが!」
「チッ。こいつ馬から降りても強ええじゃねェか!」
「やはり地上戦では孫策に分があるか……ッ」
「旦那様! ご無事ですか!」
「来んな程普! これはオレとこいつのケンカだ!」
「そういう訳にはいかぬ! 貴様、殿から離れろ!」
「ここまでか……孫策、勝負は後日に預けたぞ!」
「邪魔が入っちまって悪ィな。おい、お前の名は?」
「我が名は太史慈! 名乗り遅れた非礼を許せ」
「孫策どん! ケガはないでごわすか?」
「タイシジか……。へへっ。久々に骨のある相手だったぜ」
~~~曲阿~~~
「なんと! 孫策と一騎討ちしておきながら、
おめおめと逃げ帰ってきたのか!」
「面目ない。
だがあの男、私が望めばまた一騎討ちに応じるだろう。
その時には必ず首を挙げてみせる」
「総大将が一騎討ちに応じる?
何をバカなことを。お前は夢みたいな話ばかり――」
「……孫策ごときにいつまで手こずっているのだ劉繇」
「キャーー笮融様!」
(付近の村人から絶大な支持を受けている教祖の笮融か……。
あいかわらず気味の悪い男だ)
「……聞けば孫策という男、素手で戦ったり、
一人で偵察に出たりと大胆不敵な性格。
……うかつに独りきりになったところを襲えばよいではないか」
「し、しかし皇族に連なる私が、
そのような卑怯な手を使うわけには……」
「……そのために我が来たのだ。
すでに手は打った。孫策は我の手の者が討つ」
「お、おお。そうか。いつもすまぬな。
孫策を殺してくれればお布施は弾むぞ」
(さすが笮融様、なんて手際がよろしいのかしら……)
~~~曲阿 西部~~~
「こっちだ孫策、この丘からなら城の中までよく見えるぞ」
「ほーう。丸見えだなこりゃ」
(太史慈に襲われたばかりだというに、
また3人きりで行動とは愚かな……)
「む……。殿、気をつけろ。誰かいる」
「気づいたか。
だが遅い! シャアアアアッ!!」
「ぐああっ!」
「シャアアアアッ! シャアアアアッ!」
「ぐううっ!! き、貴様……」
「まだ動けるのか。
しぶとい奴め! シャアアアアッ!」
「がああっ!
と、殿にはこれ以上、指一本触れさせぬ。ぐぬぅぅぅぅ!!」
「わ、私の爪が喰い込んで外れぬ。
や、やめろ。ギャアアアア!!」
「孫策! 周泰! 大丈夫か!」
「この爪には猛毒が塗ってある……。
もはや助かるまい……グボォッ」
~~~曲阿 孫策軍~~~
「ああ……また旦那様を亡くしてしまうなんて……」
「ちきしょう! ちきしょおおおおう!!」
「くっくっくっ。孫策軍め、身も世もなく泣き崩れておるわ。
さあ、葬列を襲って孫策の死体を奪ってやれ!!」
「うおおお! 笮融様バンザーイ!」
「今だ! 撃てッ!!」
「な、なに! 反撃してきただと。
だが孫策のいない敵など烏合の衆だ。蹴散らしてやれ!」
「へーえ。誰がいねェんだって?」
「そ、孫策!?」
「てめェらが襲ったのは、ありゃオレの影武者だ。
周泰が影武者とは思えねェくらい必死に守ったから、
すっかり騙されやがったな。
城から出てきたてめェらなんか怖くもなんともねェぜ」
「さ、笮融様の秘策が失敗するなんて……」
「影武者の仇は取らせてもらうぜ!」
「ぎゃあああ! 笮融様バンザーイ!」
「ば、バカな! そんなバカな!」
「待て! 首を寄越すでごわす!」
「うぎゃああああああっ!!」
~~~曲阿~~~
「生きていた張英が我が軍に殺され、影武者が降伏しただと?」
「生きていた孫策に張英が殺され、
我が軍の兵のほとんどが降伏した、だ」
「……勝負あったな劉繇。
……我は逃げるぞ。達者でな」
「ああっ笮融! お前まで私を見捨てるのか……」
「私が殿軍を務める。いまのうちに逃げられよ」
「ど、どこに逃げればよいのだ。
暖かい寝床はあるのか? うまい食べ物は?」
「そんなものは知らぬ!
私の最大の過ちは劉繇、お前に仕えたことだ。
……太史慈よ、お前の言葉を信じなかった我々が愚かであった。
孫策がこれほどの男だとはな」
「いや、そんなことはどうでもよい。貴殿も早く逃げるのだ」
「劉繇に仕えた私の目など当てにはならんだろうが太史慈、
見たところお前の命数はまだ尽きておらん。
命を粗末に散らすでないぞ」
「……わかった」
「ああ……私はどうすれば…………」
~~~曲阿 城門前~~~
「殿! 曲阿にこもっていた劉繇軍は大半が離散したようです。
あとは味方を逃がすために残った、あの一軍だけですな」
「今や数万の大軍にふくれ上がったオレたちに、
あれっぽっちで立ちふさがるなんて根性のある奴だぜ。
あの軍を率いているのはきっと……」
「孫策! もはや逃げも隠れもせぬ。私と一騎討ちしろ!」
「やっぱりおめェだったか太史慈!」
「私が敗れれば後ろにいる兵は全員降伏する。
だが私が勝ったら、全員を逃してやってくれ」
「どっちにしろ、配下は生き残らせてェってことか。
わかった、その条件でいいぜ!」
「孫策殿!
このようなバカげた一騎討ちなどワシは認めんぞ!」
「いいや、オレは認めるぜ! うおぉぉぉぉ!!」
「ぬうぅぅぅぅん!!」
~~~呉~~~
「孫策軍5万が向かってきているだと!?
た、たしか最初は3千ほどではなかったのか」
「そうでゲス。降伏した劉繇軍や、
付近の豪族を次々と加えてそこまで増えたでゲス」
「人々は孫策を『江東の小覇王』ともてはやしているそうだ」
「ご、5万の敵となど戦えるものか!
俺は孫策と和睦するぞ!」
「私は逃げぬ。会稽を陛下に任されたのだ」
「あいかわらず王朗殿は真面目でゲスなあ」
「そ、そうか。ならばもはやお前と会うことはあるまい。
孫策に殺されても知らんからな!」
~~~呉 西部 孫策軍~~~
「厳白虎が和睦を申し出てきた?」
「厳白虎様といえば『東呉の徳王』を名乗り、
圧政を布いていると聞きます」
「さんざん民を苦しめておいて、
いざとなったら真っ先に和睦か。典型的な小者だな」
「まあまあそう言うなよ。
ここに通してやんな、オレが話を聞いてやんぜ」
「……殿が何か企んでいる顔をしているように思えるのは、
私の気のせいですかな」
~~~呉 西部 孫策軍~~~
「がっはっはっ。さすがは今をときめく小覇王殿!
話がわかりますなあ」
「そういうアンタも面白い男だな。気に入ったぜ」
「いやいや孫策殿にはかなわぬ。
これからも対等な付き合いをよろしく頼みますぞ」
「対等?」
「がっはっはっ。……へ?」
「へーえ。アンタとオレは対等なのか。そりゃ驚いた」
「そ、孫策殿……?」
「オレはアンタの十倍近い5万もの大軍を持ってるし、
民を苦しめたこともねェ。そんなオレとアンタが対等なのか」
「そ、それは……」
「はっはっはっ! 冗談だよ冗談。
なんせアンタは身の程知らずにも降伏じゃなくて、
和睦を申し出てきたんだ。劉繇を倒したおかげで、
江東の豪族はほとんどがオレに降ったが、
会稽の王朗はアンタよりも兵が少ないのに、
職務を守って抵抗してやがる。
一方アンタは保身のために我先にと和睦だってよ。立派なもんだぜ。
戦えば一瞬でオレが勝つけども、
同盟相手なんだからそりゃ対等な立場だよなあ」
「が、がはは……」
「ところでアンタは、見かけによらず俊敏なんだってな。
たとえば何ができんだ?」
「た、たとえばそうですな、飛んできた矢を、
こう座ったままの姿勢でサッとかわすことができます!」
「そいつぁすげェ!
じゃあ矢じゃなくて短剣でもかわせんのか?」
「もちろんですとも!」
「試してやらァ」
「ごほぉぉぉっ!?」
「なんでェ。かわせなかったじゃねェか。
おい、死体を片付けといてくんな」
「孫策殿……なんと趣味の悪い……」
「こいつほどじゃねェよ。
さあて、あとは王朗をどうにかすりゃあ、敵はいなくなんな。
王朗は立派な野郎だから殺したくねェ。
手加減して攻撃してよ、どうにか降伏させてくんな」
「王朗殿の説得は私に任せるのだぞ」
~~~~~~~~~
かくして孫策は快進撃で江東を制した。
その頃、張飛のもとに身を寄せた呂布に、思いもせぬ波乱が待ち受けていた。
流浪の主従に安息の時は訪れないのか?
次回 〇二三 裏切りの呂布




