〇二一 孫策の逆襲
~~~寿春~~~
「劉繇を攻撃している孫静と呉景から連絡です。
敵の防備は堅く、苦戦が続いているとのこと」
「あいかわらず孫静どもは孫堅の弟のくせに大したことないザンスね。
ミーは失望したザンスよ」
「劉繇は名門の権威と揚州刺史の
地位を活かして数万の兵力を集めています。
孫静らの手勢だけではやはり難しいでしょう」
「フン、劉繇が名門ザンスか?
ミーと比べたらぽっと出の成金ザンス。
で、どうしたら孫静のバカは勝てるザンスか?」
「殿! 俺に任せてくれればすぐに大勝してやるぜ!」
「フッ。楽就殿のお手をわずらわせるまでもありません。
孫静には兵よりも将を送れば助けとなるでしょう。
孫堅の旧臣だった程普や韓当ならば、
手足のように使いこなせるはずです」
「周瑜がそう思うならそうすればいいザンス。
ところで、孫堅の息子の……なんといったザンスか?
あの山猿は」
「孫策ですか?」
「そうそう孫策。
あいつはまた飽きもせず狩りに行ってるザンスか」
「はい。来る日も来る日も野原を駆けずり回って、
虎やウサギとたわむれているようです。
他愛もないものです」
「孫堅の息子だけあって野蛮人ザンスねえ。
周瑜が呆れて、ミーに仕えるようになったのも納得ザンス」
「フッ。殿には孫策にはない、
名門ならではの気品がありますからね」
「うっひゃっひゃっ。さすが周瑜はわかってるザンス!」
~~~寿春 郊外~~~
「袁術の監視はまいたか?」
「ええ。影武者の方を追っていきました」
「ああ見えてしつこいヤローだぜ。
いまだにオレを監視してやがる」
「周瑜がわざと監視させているのだ。
孫策は毎日、狩りに出かけていると思わせるためにな」
「たまにゃあ本当に狩りに行きてェもんだな。
――で、今日は誰に会うんだ?」
「これまでにも多くの人材と会い、協力を取り付けてきましたが、
今日お会いしていただくのは、これまでで最も重要な相手です」
「はっきり言って、この二人の協力を得られなければ、
今までの努力が水の泡だ」
「二人? そんな面倒な相手と二人も会わなきゃなんねェのかよ。
で、どこのどいつだそいつらは」
「聞いたことはありませんかな、『二張』の名を」
「孫策、この二人を得られれば、いよいよ機は熟すのだ。
がんばって説得しろよ」
「超だりィ…………」
~~~寿春~~~
「なんザンスか孫策、ミーに改まって話なんて」
「急な話で悪ィんだけど袁術さんよ。
ちィとばかし兵を貸してくんねェかな。
苦戦してる叔父貴らを助けに行きてェんだ」
「フッ。狩りに飽きたら戦争ごっこがしたくなったのか」
「あっはっはっ。まあそんなところだ。
オレも20歳になったからよ、初陣に出て一人前になりてェんだ」
「さすが山猿……いやいや勇ましいことザンス。
でも残念ザンスが、貸せる兵は余ってないザンスね~」
「そうかい。残念だな……。
ところでガラっと話は変わるんだけどよ、袁術さん。
実はオレはこんな物を持ってるんだ」
「そ・そ・そ・そ・それは!?
ぎ・ぎ・ぎ・ぎ・玉璽!?」
「親父が遺してくれた形見なんだけどよ、
もし良ければ袁術さんに貸してやってもいいんだが……」
「ど・ど・ど・ど・どうすればいいザンスか!?
兵か!? 兵を貸せばいいザンスか!?」
「ああ、親父の旧臣の兵を、ほんの少しでいいから貸してくんな」
「三千の兵と、馬五百を貸してやるザンス!
貸すだけザンスよ! ちゃんと返すザンスよ!」
「わーってんよ。返す返す。
その代わり、袁術さんも玉璽は預けるだけだかんな。返せよ?」
「もちろんザンス!
ミーは約束を破ったことはないザンス! いつの日か返すザンス!
だから気が変わらないうちに兵馬を受け取って
さっさと出ていくザンス!」
~~~揚州西部~~~
「恐れ多くも陛下の所蔵される玉璽を、
袁術めなどにくれてやるとは!
孫策殿にはつくづく呆れ返ったぞ!」
「でもそのおかげで兵馬が手に入ったんだぜ」
「たかだか兵馬と玉璽を引き換えにするとは、
それこそ正気の沙汰ではないわ!」
「玉璽が偉大なのではないぞ。
偉大なる陛下が持たれてこその玉璽なのだぞ。
陛下以外の誰が持っていようと同じことだぞ」
「そうそう。
袁術なら玉璽をさぞかし大事に保管してくれるだろうよ」
「まったく……これがワシと『二張』と
並び称される者の言葉だろうか!」
「呆れちまったなら隠居生活に戻ってもいいぜ」
「何をバカなことを! ワシの目が離れたら
諸君はより一層、好き勝手に振舞うに違いないわ!
特に孫策殿には教えなければならぬことが1000はあるのだ!
それを教え終わるまでは許さんぞ!」
「1000もあんのか……そりゃだりィな」
「若殿! よくぞ、よくぞ……。
この日を待ちわびていましたぞ!」
「久しぶりだな黄蓋!
そうか、袁術が貸してくれた兵の中にはお前もいたのか」
「若殿、いやもうそんな呼び方では失礼に当たる。殿!
我ら3千の寡兵とはいえ、全員が孫堅殿に鍛えられた一騎当千の兵!
必ずや殿の期待に応えてみせましょう!」
「叔父貴んとこには程普と韓当もいる。
これだけそろって負けるわけがねェよ!
さあ、劉繇退治に出陣だ!!」
~~~曲阿~~~
「ふむ? 孫静に袁術のもとから援軍が送られただと?」
「ああ。孫堅の子・孫策の率いるおよそ3千が孫静と合流し、
こちらに進軍してきている」
「さ、3千だと。はっはっはっ!
たかが3千で我々と戦おうというのか!」
「張英、そう笑っては気の毒だ。
彼らは命を賭して我々と戦お……さ、3千で、我々と戦お、ぶふぉ。
ぶふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!」
「孫策という男、子供の頃に人相を見たが、
好戦的で野卑な印象を受けた。
どうやらそのまま大人になってしまったようだな」
「ぶふぉふぉふぉふぉふぉふぉふぉ!
いやいや、笑ってばかりもいられんな。
張英、1万の兵を預ける。
孫策殿を丁重に出迎えて差し上げなさい」
「さすがは殿、たった3千の兵にも礼を惜しみませんな。
私の自慢の珈琲で手厚くもてなしますとも!」
~~~牛渚の要塞 孫策軍~~~
「見違えたな孫策!
よくぞ来てくれた。お前がいれば百人力だ!」
「だが劉繇という男、傲慢だが決して無能ではない。
1万もの大軍で迎撃に出てきたか」
「あわよくば我々を踏みつぶした勢いで、
そのまま揚州に攻め入ろうと考えているのだぞ」
「だったら踏みつぶされる前に、
こっちから踏みつぶしてやろうぜ!」
「ええ。正々堂々と正面から打ち破ります。
旦那様はごゆるりとご見物ください」
「そうはいかねェぜ程普。これはオレにとって初陣なんだ。
オレが先頭切って戦わねェでどうすんだよ!」
「よく言った艦長!
背中は俺が守ってやるから安心して戦ってくれ!」
「これが孫家の新たな船出だ!
野郎ども、面舵いっぱい! 突撃するぜ!!」
~~~牛渚の要塞 劉繇軍~~~
「三倍の兵力の我々に対して正面攻撃だと!?
孫策め、気が違ったか」
「無策で向かってくるのは歓迎すべきだが……しかしご覧あれ。
孫策を迎えた孫家の兵の士気は、天を突かんばかりに高まっている。
あれと正面からぶつかるのは得策ではありますまい」
「何を弱気なことをぬかすか!
これは袁術と戦う前の予行演習に過ぎん。
先鋒の樊能、于糜に迎撃させろ!」
(あれほど意気軒昂とした軍は見たことがない。
この戦い、ひょっとするとひょっとするぞ……)
~~~牛渚の要塞前 戦場~~~
「我こそは劉繇軍にその人ありと知られた猛将・樊能だ!」
「オレこそは孫策軍の総大将・孫策だ!
いざ尋常に勝負しろや!」
「むう? 貴様、素手で俺と戦うつもりか?」
「素手じゃねェ。オレの右手はモリ、左手はイカリだ!」
「何を訳のわからんことを! 死ね孫策!!」
「モリの一撃、喰らいなッ!!」
「ぐふぉぉっ!?」
「し、手刀で樊能の首をえぐっただと!?」
「次はお前か!?」
「こ、こいつめ!」
「今度は左手、イカリが喰い込むぜェ!」
「ば、馬上で首絞めとは……がああああああ!」
「樊能と……ええと、誰だっけこいつ?
とにかく二将討ち取ったぜ!」
「徒手空拳で敵将を討ち取るとは……なんでもありだなうちの殿は」
「敵は泡を喰ったぞ! 蹴散らせえ!」
~~~劉繇軍~~~
「は? 孫策が? 素手で? 二人を?
何を言ってるのだお前は! 寝言は寝てから言え!」
「いや張英殿。いまの伝令の報告がもし本当のことならば……」
「本当のわけがあるか!
素手で樊能や于糜を殺せる奴がいるものか!」
「それではなぜ前衛は大混乱に陥っているのだ!
このままでは全軍が崩壊するぞ!」
「むむむむむむむ」
「ここはいったん牛渚の要塞に退却し、
態勢を立て直すべきだ。
兵力差を盾に籠城すれば……いや、遅かったようだな」
「ああっ! ぎ、牛渚の要塞が燃えているぞ!
これはどうしたことだ太史慈!?」
「ただの正面攻撃ではなかったということだ。
孫策……恐るべき男だ」
~~~牛渚の要塞~~~
「おう! ご苦労だったな呂範、蒋欽!」
「孫策をおとりにしての、要塞への奇襲攻撃。
上手くいったものだな。
だが我々が要塞に火を放つより前に、敵は大混乱していたようだ。
何かあったのか?」
「聞いて驚くなよ!
艦長が素手で敵将を二人も討ち取ったんだ!」
「おお! さすがは孫策どんでごわす!」
「……あいかわらず非常識なことだ」
「何を喜んでおるか!
素手で戦場に臨むなぞ、君主のやることではないわ!」
「はっはっ。張昭みてェにごてごて鎧兜つけてたら
動きにくくってしかたねェからよ」
「ワシは頭脳労働が務めだからな。
自ら槍をとって戦うことはない。
流れ矢への対策に防備を重点的に固めるのは当然だ。
……いやいや待て。
武器を持たないことの理由にはなっておらんぞ!」
「つまり旦那様は鍛え上げられた肉体そのものが武器なのです」
「てェこった。
そんなことより、劉繇軍の様子はどうなってやがる?」
「全軍、本拠地の曲阿まで退却したぞ。
今度は劉繇自ら報復に出てくるぞ」
「上等だ。まとめて蹴散らしてやろうぜみんな!」
「「「「おう!!!!」」」」
~~~~~~~~~
かくして孫策は初陣を大勝利で飾った。
だが南の名族・劉繇もこのままでは引き下がらない。
妖しげな怪人物と手を組み、反撃の機会を虎視眈々と窺っていた。
次回 〇二二 江東の小覇王




