〇一五 青州黄巾軍
~~~北海~~~
「劉備殿! あれが黄巾賊の首領だ!」
「張さん! 関さん!
敵は泡を食っとるぞ! 今じゃ!」
「アンタに言われるまでもないわ! 雑魚はどいてなさい!」
「く、くそ! 太史慈とやらめ、援軍をつれて戻ってきたか!
だがこの俺様をそう簡単に――」
「…………ッ!!」
「うぎゃああああああ!!」
「おお、さすが関さんじゃ! 一刀両断じゃぞ!」
「首領を失えば残りは烏合の衆だ。あとは俺が引き受けよう。
劉備殿らは孔融殿に会って行ってくれ」
「わかったわ。孔融はあっちよ劉備」
「ご苦労であったぞ劉備とやら。
お前のおかげで黄巾賊は逃げ出した。
孔子曰く『孔融に親切にせよ』と申す。善徳を積んだな」
「いや、首領を倒したら黄巾賊め、あっという間に逃げちまった。
あんまり戦う気はなかったんじゃないかのう」
「違うわよ! この張飛様の勇名を恐れたのよ!」
「たしかに張飛が全速力で走ってきたら誰でも逃げるわな」
「…………っ」
「笑ってんじゃないわよ関羽!
――それより孔融、アンタに頼んだこと忘れてないでしょうね」
「お前たちが朝廷からの使者を殴ったことを
取りなしてやれば良いのだろう?
孔子曰く『孔融は帝のお気に入り』と申す。お安い御用だ」
「はっはっは。たまには人助けもするもんじゃのう。
気分もいいし、罪にも問われなくなりそうじゃと
良い事ずくめじゃ!」
「断ろうとしてたくせに……」
~~~譙~~~
「殿、朝廷からの使者はなんと?」
「青州にはびこる黄巾賊を討て、とのことだ」
「青州黄巾軍だと! 30万を超える大軍ではないか!」
「奴らは焦和や劉岱ら
悪政を敷いていた太守から土地を奪い、独立を果たしたのだったな。
名声もなく、わずか5000ほどの兵しか持たぬ俺たちに
そんな勅命が下るとは……におうな」
「これはこれは……我々の泣き所を
よく知られているようですね。あはは」
「笑い事ではないぞ荀彧。
これは何かの間違いではないのか。
俺が都に上がり問いただしてこよう」
「待ちたまえ夏侯淵君。
せっかくの勅命じゃないか。光栄なことだよ。
僕は受けようと思う」
「正気か曹操! これは李傕ら董卓残党の罠だぞ」
「いいや、都にいる彼らにはこれ以上何もできやしないさ。
あとは僕らと青州黄巾軍の戦いだよ。
韓浩君は鮑信君に援軍を頼んでくれないか」
「ああ、わかった」
「兵力の少ない僕らに、圧倒的な物量の黄巾賊を当てる。
たしかにうまい考えだ。
でも発想を逆転させれば、これは大きな好機じゃないかな。
そうだろう、荀彧君?」
「ええ。黄巾賊を降し、我々の兵力にしてしまいましょう」
「な…………ッ!?」
「荀彧君や多くの人材を手に入れた。次は兵力を増やす番だ」
~~~青州~~~
「…………どう思う? 程昱君」
「そうじゃな……ただの黄巾賊にしてはちと強すぎはせんかのう」
「そもそもおかしな話ですよ。
いくら黄巾賊がもともとは一揆の類だとしてもです。
これほどの大軍がひとところに集まって、
こんな統率だった動きができるものですかね。
ましてや教祖様だってとっくに死んでるんですよ」
「優れた指揮官がおるな。間違いなかろう」
「彼らにいるのは指揮官だけじゃないよ。あれを見たまえ」
「曹操殿! 背後から伏兵の奇襲だ!」
「大軍を統率できる指揮官。そして僕らの裏をかき続ける軍師。
どうやら兵力だけじゃなくて、
新たな人材も手に入れられそうだね」
「それはここを逃げ延びてからの話だ! 早く逃げろ曹操!」
「青州黄巾軍の大頭目・何儀とは俺様のことだ!
逃すか曹操!」
「ここは俺が守る。殿は逃げよ」
「殿! 右手からも伏兵だ!」
「截天夜叉・何曼ここにあり!
いざ尋常に勝負!」
「奴は私が引き受けた。曹操殿は逃げよ」
「すまない。頼んだよ鮑信君」
「ひょー! すげえ数の敵だな。
まあ、おれっちに任せて鮑信のダンナは下がってなよ」
「いや、殿軍は私が務める。于禁、お前は曹操殿を守れ」
「ダンナ……死ぬ気か?」
「私は曹操殿にとって必要な人材ではない。
だがお前は必要となるだろう。だから死ぬな。
そして私の代わりに、曹操殿の行く末を見届けるのだ」
「……わかったよ。曹操はおれっちが命に代えても守ってやる。
でも、ダンナもできるだけ死ぬなよ」
「無論だ。さあ行け!」
「逃げ遅れたな貴様。覚悟はいいか!」
「逃げ遅れたのではない。天下万民のため捨て石となるのだ。
天下のために必要なのは、鮑信ではなく曹操だからな!」
~~~青州 南部~~~
「あはは。完全に包囲されてしまいましたな」
「何を笑っている! もともと勝ち目のない戦だったが、
鮑信も討たれ、いよいよもって進退窮まったぞ」
「諦めるのは早いぞ惇兄。要は大将首を取ればいいのだ。
俺が今から突撃して首を持ってきてやる」
「待て待て夏侯淵! 敵は軍隊ではない、民兵だぞ!
大将なんていやしない!」
「否。大将がいなければここまで見事に兵を動かせんじゃろ。
大将はおるぞ」
「ついでに軍師もだね。
それじゃあそろそろ行くとしようか」
「どこへ行くんだ?」
「もちろん降伏勧告をしにさ」
「こ、降伏勧告だと?
我々を完全に包囲した、数十倍の敵に?」
「敵ではない、民だ。考えてもみたまえ。
どうして民を守るべき立場の僕らが、
民と戦わなくてはいけないんだい?
彼らは行き場を失い、うろたえているだけだよ。
だから丸ごと受け入れてあげればいいのさ」
~~~青州黄巾軍 陣営~~~
「そう目くじら立てないでくれ。
僕らはご覧のとおり十人足らずで、しかも丸腰だ。
その気になればいつだって捕らえられるだろう?」
「何を企んでいるか知らんが、
我々の指導者に会わせるわけにはいかん。
命が惜しければ立ち去るがいい!」
「待て卞喜。ことは俺たちが勝手に判断していい問題じゃねえ。
いちおう指導者にお伺いを立てよう」
「その必要はない。……久しぶりだな、曹操」
「あ、あんたは!?」
「ただ者ではないと思っていたが……官軍の将軍様だったとはね。
道理で素晴らしい指揮だったわけだ。
でもなぜ君が黄巾賊を率いているんだい?」
「黄巾賊の討伐を命じられてた俺が、逆の立場になるなんてな。
俺だって不思議でならんよ。まあ成り行きってヤツだ」
「鄒靖将軍は董卓に都を追われた後、ここ青州に流れ着き、
暴徒と化していた我々をまとめ上げてくれたのだ」
「さすが官軍の中でも高潔さで知られた鄒靖君だ。
でも失礼だけど、君だけじゃないだろう?
少なくとももう一人、君に力を貸していた人がいるはずだ」
「私だ」
「郭嘉! 寝ていろと言っただろう」
「会いたかった」
「お前が曹操にか? ――こいつは郭嘉。
俺の軍師として知恵を貸してくれていた。
肺が悪くてあまりしゃべると咳き込むから、言葉数が少ないんだ」
「僕も君に会いたかったよ。
兵力の差を最大限に活かした見事な用兵だった。
あれではいくら兵の練度で勝っていても太刀打ちできない」
「3万」
「ああ、たしかに僕に3万の兵があれば
もう少しマシな戦いができただろう。
でも君相手に3万じゃちょっと心もとないな。
5万は欲しいところだ」
「火計」
「そりゃあ火計を使えば5千でも何とかなったかも知れない。
でも僕は君たちを殲滅に来たわけじゃない。
できれば戦いたくはなかった。
君たちだってそうだろう?」
「火の粉」
「降りかかる火の粉は払うか。
君の言うことはいちいちもっともだね」
(なんで話が通じるんだこいつら……)
「気に入った! 兵の動かし方だけじゃない。
君という人物が気に入ったよ。
良かったら僕の側でその頭脳を発揮してくれないか」
「黄巾軍」
「もちろん君だけじゃない。
青州黄巾軍30万、全員を迎えるさ!」
「鄒靖」
「やれやれ。こんなことになるんじゃないかと思ったよ。
郭嘉、お前の好きにしろ。
どうせ俺じゃあ、お前抜きで曹操相手に戦えやしない」
「そんなことはない。今ここで僕たちを捕らえればいい。
僕の軍の重臣が全員そろってるよ。一瞬で勝負はつくさ」
「と、殿……!」
「…………」
「意地の悪いことを言うな。
お前を捕らえ、首をはねて、その後はどうする?
そうやって討伐に来た全員の首をはねるまで続けるのか? 無理だ。
俺は曹操に降る。だが俺たちは軍隊じゃない。
異議のある者は去ってくれて構わないぜ」
「…………」
「…………」
「あはははは! さすが殿だ!
たった一人で30万人を降伏させてしまったわ!」
(鮑信のダンナ……とんでもねえ相手に仕えさせやがったな……)
~~~~~~~~~
かくして曹操は30万の大兵を手に入れた。
一方、都を追われた呂布は流浪の日々を送っていた。
はたして最強の男は、新天地に辿りつけるのか?
次回 〇一六 流浪の呂布




