〇一四 賈詡の暗躍
~~~長安 西部~~~
「はあ、はあ、はあ。
どうやら追っ手は振り切れたようだな……」
「パパー。もう疲れて歩けないよー。おなか空いたー」
「よしよし、もう一息の辛抱だからな。
おい胡車児! 董白をおぶってやれ」
「…………」
「ん? なんだ貴様、
俺の言うことを聞けな――ぎゃああああ!!!」
「パパー! パパー!」
「おのれ曲者め! よくも牛輔殿を! 成敗してくれる!」
「…………」
「董白様、おケガはありませんかな?
もう大丈夫です。お父上を殺した曲者めは追い払いました」
「えーんえーん」
「張繍、董白様を馬車に乗せて差し上げろ」
「はい、叔父上。
さあ董白様、こちらへどうぞ」
「……首尾よく行きましたな」
「だが良かったのか? あれでも牛輔は魔王様のムコ殿だ。
牛輔を殺しては董卓軍がまとまりを欠くのではないか」
「これは異なことを申される。
董卓殿が死んだのに董卓軍の行く末を案じてどうされるのかな?
貴殿が考えるべきは、これからの張済軍のことであろうに。
張済軍にとって牛輔殿は、
董卓殿の残党をまとめる象徴となりえる、邪魔な存在である」
「そ、そうだな……。
しかしお前は恐ろしい奴だな。胡車児とかいったか?
いつの間に牛輔のもとに刺客を送り込んだのだ?」
「牛輔殿だけではない。
他の主立った将のもとにも刺客は潜んでおる」
「……まさか俺のもとにもいないだろうな」
「はてさて。聞きたければ教えてしんぜようか」
「い、いや冗談だ。悪く思うな。
……む、李傕らも追いついてきたぞ」
「張済! お前は無事であったか」
「ああ。董白様も保護した。
だが牛輔殿は何者かに討たれてしまった」
「董旻殿や李儒も討たれたようだ。
王允は我々を皆殺しにする気だぞ」
「かくなる上は、どこかへ逃げて山賊にでもなるか……」
「何を弱気なことを言うか! まだ我々には董白様がおられる。
董白様を旗印に、魔王様の仇討ち合戦をするのだ!」
「し、しかし相手には呂布がいるのだぞ」
「呂布の対処は俺に任せろ。長安を我々の手に取り戻すぞ!」
(おやおやこの男、意外に演技力だけは買えるではないか。
小生の言葉をさも自分のセリフのように言いおるわ)
~~~長安 牢獄~~~
「お父様……なんとおいたわしい」
「いや、王允の人物を見誤ったわしが愚かだったのだ。
あやつめ、董卓の一族は老若男女問わず皆殺しにしおった。
生き残ったのは逃げ出した牛輔と董白の親子だけだ。
董卓軍の残党も根絶やしにするつもりだろう。
それをやりすぎだと諌めたらこのとおり、投獄されてしまった」
「士孫瑞様に相談して、釈放してもらいます」
「無理をするな、わしはもう年だ。どうせ長くはない。
それより文姫、言いつけ通りわしの著した史書に目を通したか?」
「はい。お父様の御本は全て読みました」
「わしが処刑されれば、著作も全て焼き払われるだろう。
だがお前が内容を覚えていれば、いつかは復元できる。
歴史書はなんとしてでも後世に残さなければならんのだ。
そのためにも文姫よ。しばらくこの国を離れるのだ」
「国を離れる……?」
「王允の強引な統治は長くは続くまい。
都の内外を問わず、大混乱に陥るだろう。
国外に逃げたほうが安心だ。――荀攸殿」
「ええ、お嬢様は安全にお逃がしします」
「あなたは?」
「董卓の暗殺を企んで投獄された腐れ儒者です。
蔡邕様と入れ違いに釈放されました」
「荀攸殿がしかるべき所にお前を送り届けてくださる。
文姫よ、これでお別れだ。
いかなる苦境に陥ろうとも、必ず生きるのだぞ」
~~~長安~~~
「王允! 董卓軍の残党が攻め寄せてきたぞ!」
「フン、頭を失ったのにしぶとい連中だ。
呂布よ、蹴散らしてやれ!」
「……http//」
「私の旧友です、彼らは。だから降参するように説得します。
それが失敗したら戦います」
「何を甘いことを……とにかく行け!」
「呂布め! 裏切り者め! 悪びれもせずよくも現れたな!」
「恥を知るならば死んで董白様に謝罪しろ!」
「り、り、呂布め! おじい様たちのかたき!」
「董卓軍は董白を先頭に押し立てて進んでくるぞ!」
「ooh...」
「そこは危険です、ミス董白。
離れて下さい。あなたとは戦いたくありません」
「いやー! 来ないで! 呂布なんて嫌いよ! 死んじゃえ!」
「…………www.co.jp」
「私は持っていません。子供や女性に向ける武器なんて物は。
私は戦えません。さあエンペラー、あなたもお逃げ下さい。
私がお守りします」
「ち、近寄るな! ち、朕は、ぼくはお前が怖い!」
「………………」
「り、呂布! 貴様逃げるのか!?」
「呂布が逃げたぞ!
呂布さえいなければこっちのものだ! かかれ!!」
「そ、そんな……貂蝉……」
~~~長安~~~
「王允は殺した。だが呂布と士孫瑞には逃げられちまったぜ」
「牢屋で蔡邕も死んでいたぞ。
もっともこっちは衰弱死のようだがな」
「…………ぼ、ぼくを、朕をどうする気だ」
「何をおびえられているのですか?
我々は亡き董卓と同じように、陛下をお守りする所存です」
「と、董卓と同じように……」
「いいえ、今後は王允に代わり、側近の私が陛下をお守りします。
陛下はお疲れだ。諸君は下がりたまえ」
~~~長安 張済邸~~~
「さすがは賈詡だな! これほど上手くいくとは思わなかったぞ」
「呂布は討ち取れなかったが、
いくら呂布といえどもわずかの手勢だけでは何もできまい。
さて、今後は地盤を固めるために、
強敵になりえる諸侯を潰して参るぞ」
「強敵と言うと……やはり董卓追討軍を率いた袁紹か?」
「彼奴は北で公孫瓚と遊んでおる。
公孫瓚は要塞を築いて持久戦を挑んでおるそうだ。
しばらくはかかりきりになるだろう。
孫堅も死んだいま、第一に除くべき敵は――曹操だ」
「曹操? あんな小勢に何ができると言うのだ?」
「貴殿は曹操の恐ろしさをわかっておらんようだな。
彼奴は兵力を増強するよりも先に人材を求めておる。
自分に本当に足りない物は何かわかっておるのだ。
こういう輩が一番怖い」
「ならば曹操の兵力が増える前に叩くか?」
「わざわざ小生らが手を下すまでもない。
圧倒的な兵力差で押し潰してしんぜよう……」
~~~~~~~~~
かくして賈詡の暗躍により、董卓の残党が都を占拠した。
一方、雌伏の時を過ごす曹操には魔の手が迫っていた。
曹操は襲い来る罠をかいくぐり、飛翔を遂げられるのか?
次回 〇一五 青州黄巾軍




