〇一〇 西涼の鉄騎兵
~~~洛陽の都 跡地~~~
「おう、袁紹。遅かったな」
「全くこしゃくなヤツめ!
負けたふりで潜んでおって、洛陽に奇襲をかけるとはな!
この名族を出し抜くとはいい度胸である!」
「悪ィな、騙し討ちは御先祖様からの習い性なんだ。
それより、この都をどうするよ。
とりあえず部下に片付けさせてるが、酷ェもんだぜ……」
「こんな焼け野原にされてしまったら、もう都なんて呼べないザンス。
ミーはこんなところさっさとおさらばしたいザンスよ」
「ほっほっほっ。この有様では補給もままなりませんし、
もし董卓軍が引き上げてきたら守るのも一苦労でしょうな」
「かと言って長安まで追撃するには、ちと遠すぎる。
形はどうあれ洛陽を奪回したのだ。
どうですかな、この戦果に満足してここで我々も解散するというのは」
「おお、我が弟はさすがに賢明だな! 私に似ておる!」
「おいおい、董卓軍の大半は無傷で残ってるんだぜ?
ここで解散したらオレら、
何のために集まったんだかわかりゃしねェよ」
「聞けば、馬騰殿らが長安に攻め入ったとのこと。
孔子曰く『後は野となれ山となれ』と申します。
後のことは他の者に任せましょう」
「皆がそう言うのならば私も反対はすまい。
私は戦では役立てぬしな」
「わ、私も同じく……」
「うむ、これ以上の戦いは無意味だと名族も思っておったところだ。
皆の者、これまで大儀であった!
これにて董卓追討軍は解散いたす!」
「そ、そ、それがいい!
さ、さすがは袁紹殿、賢明な判断です!」
「やれやれ、久々の従軍で疲れ果てましたよ。
さあさあみなさん、せっかく集まったのだ。
お開きの宴でも開きましょう」
「酒か! それはいい!」
「…………」
~~~洛陽の都 公孫瓚軍~~~
「どうでしたか先輩、追討軍の今後はどうなるッスか?」
「予想通り、解散だ。
我々も北平に引き上げるとしよう」
「ちょっとちょっと、アタイたち呂布とまで戦ったのに
褒美の一つももらってないのよ!」
「でも張さん、褒美をくれる皇帝陛下は、
董卓につれられて長安に行っちまったぞ。
長安まで追いかけてって、褒美をくれと
頼むこともできやせんじゃろう」
「劉備もたまには道理に合ったことを言うんだな。
だが、義弟さんたちの気持ちもわかる。
どうだ劉備、褒美の代わりじゃないが、
北平に近い平原の県令の座が空いてるんだ。
よかったら就任しないか?」
「わ、わしが県令じゃと?」
「ああ。小さいが一国一城の主だぞ。
少しばかり俺の仕事も手伝ってもらうがな」
「いいじゃないの劉備!
このオッサンそんなに悪い人じゃなさそうだし、
どうせアンタ、職にあぶれてるんだから」
「ううむ……」
「何を迷ってんのよ!
アンタ、いずれは皇帝になる男なんでしょ?
千里の道も一歩からって言うじゃない。
アタイや関羽も手伝ってやるから、まずは県令から始めなさいよ!」
「り、劉備。皇帝になるなどと
お前まだそんなだいそれたことを言いふらしておったのか……」
「…………」
「むむむ、関さんもうなずいとるな。
そうじゃのう、いっちょ思い切って
県令とやらになってみるかのう!」
「いずれは皇帝になる…………?」
~~~洛陽の都 袁紹軍~~~
「さて、名族たちも南皮に帰るとするか」
「閣下、そのことだが私に一つ考えがある。
南皮は都から遠く土地も貧しく、
閣下の覇業を成すための拠点としてはふさわしくない」
「うむ、名族も兼ねてからそう思っておったぞ。
ならばどうすれば良い?」
「韓馥の守る冀州は豊かな土地だ。
しかし韓馥は臆病で優柔不断な人物。
奴めに冀州を与えておくのはもったいないと思わぬか」
「ほほう。冀州を奪えと言うのか。
面白い、ならばすぐに兵を動かそう!」
「いいや、兵を使うまでもない。
実は既に顔良らを向かわせ手を打ってある。
冀州は間もなく閣下の物となるだろう……」
~~~洛陽の都 韓馥軍~~~
「おい、韓馥!!」
「ヒイイイイイイイイ!!!!!」
「おとなしく袁紹閣下に冀州を明け渡せ! さもないと……」
「フンガー! フンガー!」
「韓馥殿! このような脅しに屈してはなりません!
冀州の軍事力をもってすれば、袁紹などたやすく打ち破れます」
「めめめめめ、めったなことを言うではない!
わわわわわ、私は……」
「おのれ袁紹の手先め!
この耿武の目の黒いうちは冀州を渡すわけには――」
「フンガーーーー!!」
「ぎゃあああああああ!!」
「おいおい文醜、乱暴な真似は控えろ。
まあ今のは剣を向けられたから正当防衛だがな。
それで韓馥よ、話の続きだが――」
「ゆゆゆゆゆ、譲ろう!
今すぐ冀州を袁紹殿、いや袁紹様に譲ります!」
「はっはっはっ、良い心掛けだ!
これで閣下もお喜びになるだろう」
「韓馥殿…………」
~~~長安の新都~~~
「フハハハハハ! どうだ陛下、長安の住み心地は」
「う、うむ。わ、悪くないぞ」
「ねえ陛下ー。あたしと捕虜をいじめて遊ぼうよー。
いいでしょおじい様?」
「いいともいいとも! 良かったな陛下!
吾輩の孫娘はかわいいであろう!」
(董卓め、あわよくば陛下に孫娘をめあわせ、
陛下の義父の座にでも就くつもりか)
(そのようなことは我々が断じてさせぬ。
早く董卓を討たなければ……)
「兄貴! 長安を攻めていた馬騰の軍は
我々の到着に驚いて、すこし距離をとったぞ」
「フハハハハハ! 吾輩と陛下の威光に恐れをなしたのだな!
だが吾輩の長安を攻めておきながら、タダで帰れると思うなよ。
牛輔! 樊稠! 張済! 馬騰の首を持って来るのだ!!」
「ははッ! お任せあれ!」
「わーい、パパ、あたし馬騰の頭骨、見たい見たーい!」
「よーしパパがんばっちゃうぞー!」
~~~長安の新都 西方 馬騰軍~~~
「息子よ見えるか! あれが天に仇なす逆賊・董卓の軍だ!」
「見える! 見えるとも父ちゃん!」
「まずはあ奴らを蹴散らし、
そして長安に攻め込み陛下をお救いするのだ!」
「父ちゃん! 馬超はいま猛烈に燃えているよ!!」
「……あいかわらずこの親子はやかましいのう」
「韓遂よ! いま熱くならず、いつ熱くなるというのだ!?
「戦なんて熱くなってするもんじゃないと思うがな」
「むう……お前には我が胸の奥で熱く燃える闘志が見えぬらしいな。
ならばお前の力は借りぬ!
馬超! 我ら父子だけで董卓軍を蹴散らすぞ!!」
「わかったよ父ちゃん!!」
『うおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!!』
~~~長安の新都 西方 董卓軍~~~
「お、おい! 馬騰の軍があんなに強いとは聞いていないぞ!
まったく歯がたたんではないか!」
「いんや、俺はさんざん言ったはずだ。
馬騰と正面から戦うのは無謀だとな。
それを無視して正面攻撃を仕掛けたのは誰であったかな?」
「待たれよ。味方同士で争っている場合ではあるまい。
それより馬騰、韓遂と旧知の仲である樊稠殿ならば、
何か対抗策があるのではないか?」
「そうさなあ……。大雨か雪でも降れば、
奴らの最大の武器である騎兵の足を封じられるが、
この天気ではそれも望めんしな……」
「天の気まぐれに頼るばかりが策ではないだろう。
それよりもっと打つ手がありましょうに」
「誰だお前は? 横から口を出しおって」
「これは私の配下の賈詡という者だ。
西涼の出身だから連れてきたのだが……。
賈詡よ、何か策があるのか?」
「小生に任せていただければ、
兵の一人も動かさずに馬騰を打ち破ってしんぜよう。
そのためには……樊稠将軍。貴殿に力を貸してもらいたい」
「どうせうまい手は浮かんでいないのだ。
お前の考えに乗ってやろう。
俺は何をすればいい?」
「なあに、簡単なことだ。
旧友に会い、手紙を書いてもらうだけのお仕事だ」
~~~長安の新都 西方 馬騰軍~~~
「韓遂! お前……裏切りおったな!!」
「やぶから棒になんだ。聞き捨てならないことを言うな」
「おのれとぼけるか!?
お前が董卓軍の将と密談しておったことは知っているのだぞ!」
「樊稠のことを言っているのか?
あいつは私の旧友だ。ちょっと昔話をしただけさ」
「フン、言い逃れができぬとわかったら、
今度は開き直りおったか。
董卓軍を密かに我が陣に招き入れるつもりか?」
「馬騰よ落ち着け。
お前と私は義兄弟の契りを交わした仲ではないか。
戦となれば、私は相手が樊稠だろうと
誰であろうと、手心は加えんぞ」
「韓遂様、樊稠殿からこのような手紙が届けられましたが……」
「手紙だと!? 見せてみろ!
……韓遂よ、お前が内通しているという動かぬ証拠が手に入ったな」
「なんだと。
……馬騰、これはただの時候の挨拶ではないか。
どこに内通の証拠があるのだ」
「先日会ったばかりのお前になぜ、
こんな当り障りのない手紙を出さねばならんのだ。
お前と樊稠の間にしか通じぬ暗号が使われているのだろう!」
「馬騰……。どうやらこれは董卓軍の仕掛けた離間の計だ。
騙されてはならん。
お前は人一倍、単純なのだから、私の話を聞い――」
「問答無用!」
「馬超よ何をする!? 私を殺すつもりか!?」
「馬超たちを殺すつもりなのはお前の方ではないか!」
「韓遂様、もはや話は通じますまい。
ここは私が引き受けますから、お逃げください」
「馬騰よ……みすみす長安を落とす機会を逃すとは愚かな……」
「逃げるか韓遂! やはり敵と通じておったのだな!」
~~~長安の新都 西方 董卓軍~~~
「おお……馬騰と韓遂の軍が激しく同士討ちを起こしておる」
「馬騰は力任せの戦いを好み、韓遂は謀略を好む。
二人の間にある小さな軋轢をあおってやれば、まあこんなものだ」
「さすがは賈詡だ! この機を逃さず馬騰、韓遂軍を打ち破るぞッ!
「ああ、そうだ。樊稠将軍、貴殿の軍は韓遂を攻撃しないように。
そうすれば馬騰はますます韓遂を疑うだろう」
「おお、わかったぞ!」
(……まったく単純なものだな。
どいつもこいつも小生の掌の上で踊っておるわ)
~~~長安の新都 宮廷~~~
「フハハハハハ! 馬騰の軍を破ったか!
吾輩にかかれば他愛のないものだな!」
「えー馬騰の首は取れなかったのー?
おじい様ー。あたし馬騰の頭骨見たかったのにー」
「すまんすまん。頭骨はまた今度えぐってやるからな」
「兄貴! 虎牢関から呂布の軍が戻ってきたぞ!
なんと帰りがけに王匡と出くわして、引っ捕えてきたそうだ!」
「ssak9kzoslkv;skllorz」
「まずはお詫びしたいと考えます。
虎牢関を放棄したことについてです。
しかし仕方がありませんでした。
なぜならミスター董卓は洛陽を出てしまったのですから、
我々の選択肢はそう多くありませんでした。
逃げるしかなかったのです」
「よいよい。洛陽を反乱軍にくれてやったのだ。
虎牢関もおまけに付けてやろう。
それより、王匡を捕らえたとは見事だな。
お前ならば、援軍を送らずとも無事に
帰ってくると思っておったが、手柄まで立ててくるとはな!」
「……………………」
「さて王匡よ。何か言い遺すことはあるか?
吾輩は心の広い男だからな。
負け犬の遠吠えくらい聞いてやるぞ」
「俺が愚かにもしくじっただけの話だ。何も言うことはない。
だが覚えておけ董卓よ!
貴様の首を欲する忠臣は俺だけではない!
必ずや第二第三の俺が現れ、
そして何人目かが貴様の首を挙げるだろう!」
「おじい様ー。こいつうるさいしムカつくー。
こいつで我慢するから頭骨えぐってー」
「おお、董白は我慢強い子だな!
よしよし、すぐにえぐってやるからな。
呂布よ! こいつの頭骨を綺麗にえぐり取れ!」
「………………」
「どうした? さっさとやらんか。
董白が待っておるのだぞ。
それともお前は虎牢関を守れないどころか、
王匡の頭骨もえぐれないのか?」
「…………恐れながら、
それは呂布将軍ほどのお方にさせることではないと考え」
「呂布がそう言ったのか? 陳宮、お前の意見など聞いておらん。
お前はおとなしく通訳だけしておれ!」
「dfkdlldkalisapen」
「……わかりました、綺麗にやってみせましょう。
オレンジの皮をむくようにね」
「フハハハハハ! それでよい、それでよいのだ!」
「………………」
~~~~~~~~~
かくして馬騰は敗走し、王匡は志半ばにして果てた。
はたして王匡の言葉通り、董卓を討つ忠臣は現れるのか?
そして事態は思わぬところから動き出そうとしていた……。
次回 〇一一 玉璽のゆくえ
 




