一〇一 石亭・陳倉の戦い
~~~魏 徐州~~~
「――私は反対ですな」
「ユーが反対しようが関係ありません。もう決定事項です。
ミーはミスター周魴の策に乗り呉軍を打ち破ります」
「たしか赤壁の戦いの時、曹休将軍はあちらの合肥の守りにおいででしたな」
「黄蓋のことを言いたいのですか?
赤壁の戦いに際し、呉軍から偽装投降し
我が軍のバトルシップを焼き払ったと聞いていますよ。
周魴も同じだと? 彼のレターを読んでもまだ疑うのですか?」
「こちらの周魴の書状に記された意見はもっともです。
軍事機密に属するはずの呉軍の配置を事細かに記し、
しかも的確に我々のとるべき進撃路を示しています。
周魴の寝返りが本当ならば、間違いなく我々は勝利を得られるでしょう」
「周魴は些細なことから罪に問われ、
髠刑(こんけい 罪人の烙印として強制的に剃髪させる刑)に処されています。
呉軍を恨む気持ちはリアルでしょう」
「処刑されたと言っても、たかが髪を切られただけです。
――将軍、提案があります。こたびの戦は私が指揮を取りましょう」
「なんだと? さては曹休様の手柄を横取りするつもりだな!」
「落ち着きたまえ張普君。
賈逵君は周魴の寝返りをトラップだと信じているから、
ミーの代わりにトラップにかかってやろうと言っているんだ」
「そこまでおわかりならば、なぜ私の意見を聞かれないのですか」
「すでに呉を攻める詔勅もいただいた。
ここまで準備を進めてきて、今さらユーに役割を代わってもらうなんて
ミーのプライドが許さないよ」
(……誇りのために多くの将兵を危機にさらすつもりか)
「周魴の寝返りがリアルであれば、ノープロブレムだよ。
そしてミーはリアルだと確信している」
「……わかりました。それでは私は手はず通り、
豫州の兵を率いあちらから進撃します」
「イエス。周魴の待つ皖城で落ち合いましょう」
~~~呉 寿春~~~
「そうか。曹休のヤローは周魴の寝返りを信じたか。
へへっ。やったな陸遜!」
「曹休さんに狙いを絞ったのが良かったよね。
あの人なんだかんだいってお坊ちゃまだから、甘い話に弱いんだよな~」
「だが想定していたより兵力は多いようだぞ。
徐州に加え豫州、荊州の兵も動員していると聞く」
「ボクらが兵力で劣るのは当たり前の話だからしょうがないですよ~。
ここでも狙いを曹休さんだけにググッと絞って、
曹休さんを袋叩きにしちゃいましょ!」
「そうと決まればもうじっとしておられん。ワシは先に行くぞ!」
「艦長、俺も行くぜ。ジジイに先を越されるわけにはいかねえ。
作戦は陸遜に任せっから、おって指示を伝えてくれ」
「おう、魏軍を盛大にもてなしてやんな。錨を上げろ! 出航だ!!」
「はーい!」
~~~呉 皖城~~~
「し、将軍! 皖城には陸遜の兵が入っています!」
「……賈逵の不安が的中したというわけですね。
陸遜の兵はメニーですか?」
「めにい? 兵数のことならせいぜい5千くらいです」
「なるほど。罠だとわかっていても、アタックしたくなる小勢ですね。
しかし呉軍はミーたちが豫州、荊州の兵まで
結集しているとは知らないでしょう。
これは陸遜の首を挙げるチャンスですよ!」
「よっしゃ! 俺に任せてくれ将軍!」
「り、陸遜将軍! 曹休軍はひるむことなく攻めかかってきますぞ!」
「あはは。ボクらが小勢だから
罠にかかりながらでも勝てると思ってるんだよ。
ホントにお坊ちゃまだよね~。面白いくらい思い通りに動いてくれるよ」
「じ、冗談を言っている場合ではありませんぞ!
我々の兵が少ないのは事実です!」
「あれれ? そこはお前もボンボンだろ! ってツッコむところでしょ。
潘璋さんや呂範さんが生きてたら絶対そう言ってたよ。ノリが悪いなあ」
「で、ですから将軍!」
「あわてなくても大丈夫だよ。城門のところを見てごらん」
「来た来た」
「あ、あれは周魴殿!? たった一人で城門の前に……」
「し、しかも城門が開いていく…………ッ!?」
「ストーーーーップ!! ウエイトしなさい張普!」
「すと? うえ? そ、そんなことより周魴です!
周魴が一人で待ち構えています!」
「これはこれは、曹休殿下ではありませんか。ようこそいらっしゃいました。
さあさあ、遠慮なく城にお入りください」
「じ、城門を開きたった一人で立ちふさがるだと……!?
し、将軍! これは罠ですよ!」
「見ればわかりますよ! さっさとあの裏切り者をアローで射殺しなさい!」
「いやいや、私は誰も裏切ってなどいない。はなから呉の臣だ。
そしてそして、私に矢など通用しない。
ほらほら、私を殺したければ近づいていらっしゃい」
「よ、よくも我々をコケにしおって……。
望み通り殺してやる!!」
「ち、張普! ウエイト! ストップ! ハウス!!」
「手遅れだ」
「な!? い、いつの間に背後にんぎゃああああああ!!!」
「や、やはり伏兵が潜んでいましたか! 張普め、なんとフールな……」
「悪いな周魴。あいつがあんまり隙だらけだったんでつい横取りしちまった」
「構わん構わん、どうせ三下だ。その代わり曹休は私の獲物だぞ」
「くっ……。朱桓が出てきたがまだたったの二人。
しかしこの分では何人が潜んでいるかわかりませんね。
ここはエスケープしますよ!」
「えへへ。思った通り曹休さんったら尻尾を巻いて逃げてくよ。
朱桓さんは一人で来てるのに、伏兵がたくさんいると騙されちゃってるよ~」
「こ、これが空城の計というものですかな……。
いやはや、冷や汗をかきましたぞ」
「それじゃあ曹休さんの背後に回ってる徐盛さんに合図を送って。
ボクらも出撃して挟み撃ちにしちゃいましょう!」
~~~魏 曹休軍~~~
「往生際が悪いぞ曹休! ここがお前の墓場じゃああッ!!」
「これほどの伏兵が潜んでいたとは……。
しかしネバーギブアップですよ! ユーたち、ミーを無事に逃がしなさい!」
「お前は完全に包囲されている! 観念しろ!」
「こ、殺される……。み、ミーが、この曹休がこんなところで…………」
「それっ! あちらの包囲が手薄だ! 突破して曹休将軍を救出しろ!」
「か、賈逵!? そこにいるのはミスター賈逵ですか!?」
「どうにか間に合ったようですな。ご安心されよ、続々と援軍が到着しています」
「痛い目に遭ったようだな曹休。
功を焦るとこういうことになる。まあ、俺が言えた義理じゃないがな」
「そ、曹洪様もおいででしたか。荊州のガードに着いていたのでは?」
「今の荊州都督は俺じゃない。
曹仁の兄貴や徐晃が死んで、後任は司馬懿になったんだ。
暇だったから賈逵に呼ばれて助けに来てやった。
お礼を払えとは言わないが感謝しろよ」
「ふ、フン! 助けに来るのがトゥーレイトですよ!」
「曹休将軍! 曹洪様になんということを――」
「気にするな。ただの強がりだ。
……背中に矢が刺さってるぞ曹休。さっさと治療してもらってこい」
「呉軍は十分な戦果を得ましたから、あまり無理はしないでしょう。
今のうちにあちらから退却しましょう」
~~~魏 洛陽の都~~~
「ご苦労だったね曹真君。
曹休君は失敗したようだが、君は無事に蜀軍を退けてくれた」
「いや、蜀軍を撃退できたのは街亭の重要性に着目した司馬懿や、
馬謖軍を撃破した張郃殿のおかげです。
指揮官の私はおやつを食べながらそれを眺めていただけです。それに第一――」
「第一、なんだい。言ってみたまえ」
「蜀軍は街亭を奪われ撤退しただけで、戦力の大半は温存しています。
いや、天水・南安・安定の兵を加え戦力は増強されたと言えます。
奴らは必ずや、遠からぬうちに再び侵略を再開するでしょう」
「たかが一度勝っただけで喜んでいる場合ではないということだね。
ふむ。それならば君に聞こう。蜀軍は次にどこを攻めると思うんだい?」
「ズバリ、陳倉です」
「陳倉……? 確か朽ちかけた古城があったな。
あんな僻地を攻めてくるというのか?」
「それより街亭を奪い返しに来たり、
子午谷を突っ切って長安に攻め入る進路のほうが考えられるのではないか?」
「実を言うとこれは俺だけの意見じゃなくて、
司馬懿や楊阜の考えを合わせたものだ。
司馬懿、なぜ陳倉が攻められると思うのか話してくれ」
「………………。はて? この場に私以外にシバイなるお人がいただろうか。
しかし魏の重臣が居並ぶ中で
私ごとき木っ端のような存在が意見を求められるわけはないし……」
「ああめんどくせえ! 楊阜、代わりに話してくれ」
「はッ。――蜀軍の動員兵力は我々と比べはるかに少ない。
それは人口の不足から兵が足りないだけではなく、
世に蜀の桟道と呼ばれるように道が険しく兵糧の輸送がままならず、
多くの部隊を運用できないという理由もあるのだ」
「なるほど。長く関中で益州の動向を見てきた
楊阜殿の言葉は説得力がありますな」
「従って防備を固めた街亭や、子午谷を通って
一か八かの戦いを挑む力は蜀には無いと考える。
奴らの限られた戦力で落とせ、しかも我々の意表を突ける要地
――それが陳倉である」
「妥当な考えだな。それでお前たちのことだ。もう備えもしてあるのだろう」
「ああ、すでに陳倉には郝昭を入れ、城の改装をさせている。
関中では知らぬ者のない名将だ」
「頼もしい限りだね。
曹真君に任せておけばなんの心配もいらない。吉報を待っているよ」
「はッ!」
~~~陳倉 蜀軍~~~
「むむむ……まさか魏軍め、すでに陳倉の守りを固めていたとはな」
「その守将のカクショウってなあ有名なのか?」
「関中に輝くその名……さながら明けの明星のごとし。
されど月見草のごとく密やかに咲けり」
「隠れた名将ってヤツだぞ。特に籠城戦じゃ負け知らずだ」
「ほう、それは厄介そうだな。なんか弱点でもないのか」
「私だ」
「うおっ! 急にぬっと出るなよ! お前の顔はなんか怖ええんだからよ!」
「郝昭の弱点は知らんが、
私の部下に郝昭と同郷の男がいる。ヤツに説得させてみよう」
「…………説得に応じるようなヤツじゃなさそうだがな」
~~~陳倉~~~
「おーい郝昭! 私だ、靳詳だ。
ちょっと顔を出してくれないか。久々に話そうじゃないか」
「帰んな」
「え?」
「てめえの魂胆はわかっている。俺を降伏させようとしても無駄だ。帰れ」
「ま、待て待て。お前は何か誤解しているぞ。
私は単に旧交を温めようと思って――」
「ほう。ならば入れてやらんでもねえが、本当に昔話をしてえだけか?
もし一言でも蜀に降れとかくだらねえことをほざけば、その場で首をはねんぞ」
「そ、それは、なんというか、その。
私も少しは仕事で来ている面もあるというか」
「靳詳、てめえとの付き合いは長げえからこうして紳士的に話してやってんだ。
だが私情を断てばてめえと俺は敵同士。話を聞く道理はねえ」
「か、郝昭! 私も友人として忠告するんだ。
蜀軍の兵力は数万、しかし見たところ陳倉には千人も詰めていまい。
全滅するよりも生きる道を選べ!」
「言いてえことはそれだけか。靳詳、この矢が見えんな。
俺はてめえを知ってんが、この矢はてめえを知らんぞ。
さあ、今すぐここを去れ。さもなくばてめえを射抜く!」
「郝昭…………。わかった、もう何も言わん。さらばだ!」
「…………すまねえな、靳詳」
~~~陳倉 蜀軍~~~
「感動の再会は終わったか。ならばさっさと城を落とせ」
「はッ! 馬鈞殿の発明した攻城兵器を押し出します!」
「雲梯と衝車を改良してみたんだ。どうなるかネ」
「…………駄目ですな。
雲梯は火矢で、衝車は投石でどちらも城に取り付く前に破壊されています」
「ふむ。敵はどうやら兵器に万全の備えをしていたようだヨ。
城に近づけなければせっかくの改良も無駄だネ。アハハハハ」
「わ、笑いごとではあるまい!
丞相、いや右将軍! 次は工作部隊に地下から城へ潜入させます!」
「どうせ城内には堀が張りめぐらされ、
全員溺れ死ぬだろうがそれも一興だ。やれ」
「…………や、やはり別の手を考えましょうか」
「後続部隊から連絡です! 我が軍の背後に曹真の大軍が現れました!」
「来たか! 陳倉の攻略に手間取っていれば、
曹真に背後を襲われ挟み撃ちになりますぞ!」
「ならばとっとと城を落とせばいいだけだ。曹真は張嶷に足止めさせろ」
~~~陳倉 蜀軍~~~
「張嶷将軍! 曹真軍の先鋒が迫ってますぜ!」
「迎撃」
「見たところ3千程度か。
あれしきの相手に将軍が出るまでもない。俺が行こう!」
「敵さん焦って飛び出してきたぜ。どっちがやるよ?」
「ここは俺に任せてもらおう。
虜囚の辱めを受けた俺を曹真様は拾ってくれた。その恩に報いる時だ」
「泣かせるねえ。それじゃあここは譲るぜ。行ってきな」
「我が名は王双! 曹真様に仇なす者は俺が討つ!」
「俺は張嶷将軍の副将・龔起! いざ尋常に勝負だ! うりゃああっ!!」
「なんだその槍は? 遅すぎて蝿が止まりそうだ! フン!」
「う、うおおっ!? こいつ鉄球使いか!」
「ただの鉄球と思うな!
呉軍に捕らわれ狭い牢獄の中で磨き上げた我が奥義をとくと見よ!
必殺! 流星鎚ィィィィやああァァァァァ!!」
「な、なに!?
その場で回転して鉄球に遠心力を与えぶふぉおおおおおおおっ!!」
「ァァァァァァァァァァッッッ!!!」
「記録、84メートルってところか?
鉄球もろとも相手の顔面をふっ飛ばすなんて、何度見ても恐ろしい技だぜ」
「強敵……」
「んん? 敵将のお出ましか?
王双は鉄球を84メートル先までほっぽり出しちまって丸腰だ。
今度は俺が相手になるぜ」
「覚悟」
「おっと! へへっ。俺はアンタと接近戦をやるつもりはねえぜ。
俺の武器はこいつだ!」
「石礫…………」
「そうさ、俺の得物は石ころさ。
弾数は無制限、当たりどころが悪けりゃ死ぬぜ。
そして俺は悪い所に当てるのが得意だ!」
「無駄」
「大した剣の腕だな。
だが石ころだって何発も弾いてりゃ刀身が耐えられねえぜ。
そらそらそらあっ!!」
「無為」
「! こいつは驚いた。剣の柄と鞘で弾いてやがる。
やべえ、俺の手には余る敵だったか」
「魏平! 俺は譲った覚えはないぞ!」
「おおっ! もう鉄球を拾って戻ってきたのか!」
「待たせたな! 喰らええぇぇぇェェェッッ!!」
「入魂!」
「り、流星鎚を正面から受け止めた!?
む、無茶だ! 鉄球を両断できるわけがねえ!」
「ェェェェァァァァアアアアアッッ!!」
「!? 不覚………………」
「と、とんでもねえ剣士だがさすがに無茶だよな。
顔面直撃の軌道は反らしたものの、肩口に命中し気絶したぜ」
「そのまま馬の背に乗って自軍のもとへ逃げていったか。
見よ、流星鎚が半ば両断されている。すごい男だ。
気絶した所を討つのは忍びない。見逃すとしよう」
「まあこれで敵将を二人討ったも同然だ。蜀軍はさぞ慌てふためくだろうぜ」
~~~蜀 陳倉~~~
「副将を討たれ張嶷は重傷か。
フン、大勢に影響はない。張嶷に代わり王平に曹真軍の相手をさせろ。
その間に総退却する」
「はッ。
…………え。そ、総退却!? 総退却するのですか?」
「後方で長雨が続き兵糧の輸送が滞っている。
さっさと陳倉を抜き、隴西で麦を刈りしのぐ予定だったが、
いつまで経っても陳倉が落ちぬ。これ以上の戦は無為だ」
「長雨で兵糧が来ない?
はてさて、兵站を担当している李平さんからそんな連絡はありましたかな?」
「三日後には来る。余の言葉を疑うのか」
「う、右将軍が仰られるならばその通りなのでしょう。
至急、総退却の準備にかかります!」
「姜維、貴様には別命を与えてやる」
「出会いあれば別れあり。さよならだけが人生さ……」
「賢しらに余の考えを読むな。
フン。わかっているならとっとと行け。副将には魏延をつけてやる」
「え? あ、はい! す、すぐに起動いたします!」
「陳倉ごときにいつまでも構うことはない。
本隊は祁山に向かう。クックックッ……。
これで曹休の首が獲れるとは思わぬが、なんの獲物がかかるか見ものだな」
~~~~~~~~~
かくして曹休は石亭に敗れ、蜀軍は陳倉を抜けずに撤退にかかった。
だが諸葛亮は転んでもただでは起きない。
追撃を狙う曹真の前には陥穽が待ち受けていた。
次回 一〇二 趙雲子龍




