3.公爵令嬢の高笑い
最終話です。楽しんで頂けたら幸いです。
お気に入りカップに注がれた紅茶の香りを楽しみながら一口含むと、ほーっと息を吐いた。ここ暫く気忙しい日々が続いたので、疲れがたまっているのかもしれませんね。
ですが、公爵家の娘としては、隙を見せるような真似は出来ません。気を付けなくてはいけませんわ。
それにしても、不快な事も喜ばしい事も立て続けでしたわね。
始まりは、わたくし、ジェラート・スィーティ・デザートの誕生日のお茶会でした。
来年には16になり成人ですので夜会になりますから、最後の誕生日のお茶会は親しいお友達だけをご招待しましたの。我が儘言えるのは子供の内ですものね。
なのに、そこに招いてもいないゼラチン王子がやって来ましたのよ。
ええ、この国の第二王子で軽薄で有名なあの方ですわ。あれに王位継承権一位を持たせているなんて、上の方たちはどうかしてますわ。
第一王子のソルベ様はあんなに聡明な方なのに、ご養子なので継承権は二位なのです。先代国王様の異母兄弟でいらっしゃった大公様の、幼かった遺児を養子としてお引き取りになったので、本来は陛下の従弟に当たる方なのです。
本当に残念ですこと。あの方なら賢王になられると思いますのに。 王家には、他にお子はいらっしゃらないのですもの。
因みに、我が家は初代当主が数代前の王弟で、お母様が陛下の妹ですから、私達にとって陛下は伯父に当たります。
そのお馬鹿王子がよりによって「勘違い聖女様」のババロア様を連れて来ましたの。そしてあろうことか、わたくしが、密かに憧れている侯爵家のフルーチェ様に、言いがかりをつけたのです。
フルーチェ様が義妹のババロア様を虐げているですって。ありえませんわ。
あのお優しくて、下々にまで気を配られる方が、そのような真似をなさるわけがありませんでしょう。
第一、あの傍若無人なババロア様が黙って虐げられているものですか。
わたくし、聖女候補として一時期ご一緒したことがありますから、あの方の性格というか、本性というかを存じ上げていますのよ。
大神官様や神女長様など上の方には誠実そうにふるまい、下位の神官や家格の低い候補たちには、上から目線の物言いに傲慢な態度で、呆れてしまいました。
初めてのお勤めの日など、神殿で振る舞われたハーブティを 「こんな草をお湯に入れたような物を、わたくしに出すなんて。どういうつもり」などと、一人激高しましたのよ。そして木のカップごと運んできた神女に投げつけましたの。
ええ、信じられませんでしょう? 淑女、いえ聖女候補がすることでしょうか。
幸い冷えた飲み物だったのでケガもなく濡れただけで済みました。神殿では精神を鎮めるため、お茶の類は避けハーブティを常用しているのですわ。
そのような事さえ知ろうとせず、我儘に振舞う様子を見て、常日頃こんな態度なのだろうと皆も思ったのでしょう、他の候補生は関りにならないように距離を取ったお付き合いになりました。当然ですわね。
その様な事が多々ありましたから、あの方が「女神様のお声がかかった」 と言い出した時も、信ぴょう性が低いとされて認定されなかったのです。
次の聖女様の予見が下りなければ、ずっと「勘違い聖女様」のままだったかもしれませんけれど、候補を何時までも拘束できませんから、仕方なかったのでしょう。
義妹を宥め、その振る舞いを謝罪するフルーチェ様がお気の毒でしたので、取りあえず決まったことは良かったと思います。
できれば他の方に聖女になって頂きたかったと、神殿の皆さまも候補のお仲間も思ったことでしょう。
そんな方ですのよババロア様は。
あの日も最初から、ゼラチン王子の腕にべったりとしがみ付いていらしたのよ。なんてはしたないこと。
身内でもない殿方、たとえ義兄予定の方だとしても、婚約者であるフルーチェ様の前で、あからさまに媚びを売るなんてありえませんでしょう。
わたくしも、つい力が入ってしまい、お気に入りの扇子の骨を痛めてしまいました。淑女たるもの心が乱れても表に出してはいけませんわね。
わたくしだけでなく皆が、お馬鹿さん二人の下手なお芝居の様なものを見せつけられて呆れ返っていましたのよ。
そして、ゼラチン王子が無謀にも、その場でフルーチェ様との婚約破棄し、代わりにババロア様と婚約するなどと宣誓しましたの。
その途端、広間に白い光が広がって、畏れ多くも女神様が、フルーチェ様のお身体に降りられました。女神様は神殿以外での宣誓でもお認めになり、婚約破棄と、お馬鹿さん二人の新たな婚約ではなく婚姻が結ばれたのですわ。
けれども、人前で抱き合って喜ぶ二人を、女神様はそのままにしておきませんでした。 ありえない言いがかりをつけてフルーチェ様を貶めた二人には神罰が下ったのです。
当然でしてよ。なんとフルーチェ様は女神様に娘と呼ばれるお方だったのですから。そして、ババロア様は聖女を騙ったとはっきり仰いましたもの、あの方はやはり「勘違い聖女様」だったのです。
断罪が終わって女神様がご帰還なさった後は、滞りなくにお茶会を続けることが出来ました。
他の事は全部、お兄様にお任せしてしまったのですけど、頼りになる兄がいて、わたくし幸せ者ですわ。
それからですが。
あの騒ぎの中でフルーチェ様はお父上から絶縁されたのを機に、御家の方は代理人に任せて、神殿に入られることになりました。聖女様ではなく女神様の娘としてです。
フルーチェ様から伺ったのですけれど、あの方の中には女神様の欠片が複数存在するのですって。それが女神様に娘と呼ばれる所以なのでしょうね。
詳しいことは神殿の上の方にだけ伝えられたようですけど、そのようなこともあるのですわね。
残念なご夫婦はもちろん陛下よりお叱りを受け、ゼラチン王子は継承権をはく奪されて、辺境の領地を子爵として治める事となりました。
それにより王太子は第一王子のソルベ様となり式典に向けて準備が始まったのです。
そして、あの断罪から一月ほどたった頃でしょうか、フルーチェ様が我が屋敷に訪ねてこられましたの。
お父様とお兄様に御用らしいのですが、男ばかりではよろしくないだろうと、不在でしたお母様の代わりにわたくしが同席いたしました。
挨拶と世間話を二三した後、フルーチェ様が言い出し難そうに仰るには、女神様にわたくしのお兄様を伴侶に勧められたのだとか。本来ならこのような話は親がする物なのですが、フルーチェ様は親が不在ですのでご自身が申し込むことになったのでしょう。
さぞかし、勇気が必要でしたでしょうが、女神様のお言葉は無下にできませんものね。頬を染めて恥じらう姿がとても愛らしゅうございましたわ。お兄様もまんざらでもない様子でした。
わたくしは、もちろん大賛成しましたわ。同い年ではありますが、お義姉様になって頂けるなんて願ってもいない事ですもの。
フルーチェ様が次の公爵夫人なら、我が家も安泰ですわと皆で喜び合いました。
ところが、この縁組に物言いをつける方がいましたの。それは王太子になるソルベ殿下です。
「これまでの慣例や他国への影響を考慮すると、女神の娘であるフルーチェ嬢を娶るのは、王家の者が相応しいのではないですか」
お兄様とフルーチェ様が婚約の許しを受けに登城すると、謁見の間に同席していたソルベ殿下が口を開きました。
一瞬、空気がざわつきました。まさか、横恋慕なのかと皆が思ってしまったのですが、そうではありませんでしたの。
「メルクがフルーチェ嬢と婚姻するなら、私ではなく彼を王太子にすればよいのです」
「はあ? お前、じゃない、殿下、ちょとお待ちください」
慌ててお兄様が口を挟むが、ソルベ様はそれをサラリと無視して続けた。
「私より継承権は低くされていますが、直系の血はメルクの方が濃いのですから問題はないでしょう? 私は臣下として彼を支えたいと思います」
「ですから、殿下」 焦っているお兄様と困惑しているフルーチェ様以外の方が、納得したような表情になりました。
今日は宰相ではなく父親として、わたくしの側にいたお父様も
「その手があったか」と小さくつぶやいて頷いています。
当事者二人を置き去りにしてそれで話がまとまりそうな流れになりました。
「そ、そなたまで、わたくしの下を去るのですか……」 その時悲痛な王妃様の声が響きました。
そんな言葉を上げるほど我が子であるゼラチン様の愚行に心を痛めておられたのですわね。お母様が側に寄り添ってお慰めしていますが、許せませんわね、あのお馬鹿さんは。
「義母上、国の為を思って申し上げているのです。私はいずれゼラチンが王になった時に支えられるように、今まで学んできました。
それが我が子の様に愛しんで下さった義父上、義母上のご恩に報いることになると思ったからです。
その彼があのような事になり、それも叶わなくなりましたから、私には分不相応ながら王太子になる覚悟を致しました。
ですが、此処に女神様も認めるほどの逸材がいるではないですか。 彼に次期王を任せたいと思うのは当然でしょう」
言葉を切り、ソルベ殿下はお兄様が「人たぶらかしの微笑み」と呼ぶ優し気な笑顔を浮かべました。
「正直に言いますと、私は今まで学んだことを無駄にするのはイヤなのです。私が納めたのは帝王学ではなく王佐の心得なのですから。
義母上は、こんな我が儘を言う息子など呆れてしまいますか?」
王妃様が目を瞠りました。
「それとも、王子でなくなったら私は義母上の息子ではいられないのでしょうか?
城を出たとしても、恐らく職場はここになりますから、いつでも御機嫌伺いに通えますし、できるだけ早く婚姻して孫の顔をお見せできるように努めますので、お許しいただけませんか」
王妃様のお顔がしだいに緩み、微笑みが戻ってきました。
「わたくし、孫娘がほしいわ」
「女神様に、ご祈念いたしましょう」」
「随分と気が早い話だな」 陛下が笑い出し、なごやかムードになりました。
「まぁ、メルクよ、諦めて妃の三人目の息子になるのだな」
陛下は一人苦い表情のお兄様に揶揄うように仰いましたの。
「ええ、そうですわね。それも可愛いお嫁さん付きですわ」 王妃様が手を合わせて目を輝かせています。
少女のような笑顔の王妃様にとどめを刺されたように、お兄様は首を垂れましたのよ。
こういう時はなんて声を掛ければよろしいのかしら……。 ご愁傷様? ちょっとおかしいですわね……。
そんな事を考えていたのがいけなかったのでしょうか、わたくしの所にも余波が押し寄せましたの。
「ところで、宰相殿、私の我儘で貴方の家の嫡男を奪ってしまったわけですので、お詫びに私があなたの家に行こうと思いますが、いかかでしょう。ついては、ジェラート嬢に求婚する許可を頂きたいのですが」
「はっ、えっ、わたくし?」
あまりに驚いてはしたない声が出てしまいました。思いがけないことだったのですもの。
ソルベ殿下はわたくしにとって、もう一人の兄であると同時に、初恋の人でした。ですから、胸がときめいて、思わず顔が赤くなってしまいましたわ。
「それは願ってもいないお話ですな。殿下ほどの婿は探しても見つからないでしょうから。 後はジェラート次第です。どうぞ頑張って口説いて下さい」
お父様はわたくしを横目で見ながら、最後の方は笑い含みで仰ったのですわ。 もう。
ソルベ様はその場でわたくしに求婚なさいました。
もちろん初めての求婚ですのよ、わたくし、なんとお返事したのか覚えてないのですが、気づいた時には了承していたようです。
大勢の人が見ていらっしゃるのに、跪いて手に口づけるなんて意識が飛んでも仕方が無いのです。淑女でも動揺はするのですもの。ゼラチン様と実の兄弟ではないのに可笑しなところが似ているのですわ。
王妃様とお母様は手を取り合ってキャッキャッと喜んでますので、親孝行だと思って羞恥心は忘れることにしましたの。
皆がホッと一息ついた頃、何の前触れもなく、まばゆい光が謁見の間に広がりました。そして、楽しそうな笑い声が響きました。
「あらあら、うまくまとまって喜ばしいこと」
眩しさが治まるとそこには、いつかの様に光のベールに包まれたフルーチェ様がいました。
「女神様」 お兄様が跪いて頭を下げるのに習って、皆が礼をとりました。
「楽になさい。この二つの縁組、わたくしが祝福しましょう」
「有り難き幸せです。当人たちに代わって御礼申し上げます」
陛下に鷹揚に頷いていらっしゃった女神様が、ふと表情を失くされたように見えました。そして少し眉を寄せてから小さく息を吐かれました。
「わたくしの娘が、あの愚か者達にも温情をと願うので、罰を半分に減らすことにします。 今後は誠実に生きる様、あの者たちに伝えなさい」
そう仰られると、また光と共にご帰還なさいました。
女神様の降臨に皆が騒いでおりますけれど、わたくしはフルーチェ様の優しさに感動していました。
ほんの少し呆れも含まれていましたけれど。お人が良すぎですわ。
こうして、カタマール国は優秀な王太子と、その伴侶として女神様の娘を、わたくしは優しいお義姉様と、素敵な旦那様を得ることになったのです。
こういうのをハッピーエンドと呼ぶのですわね。
そうですわ、今こそアレをするべき時です。
侍女のアンニンお薦めの恋愛小説で読んだ時から、いつかやってみたいと思っていましたの。
わたくし、やり方はしっかり学びましたから大丈夫ですわ。
まず、脚は地を踏みしめる様にやや広げて立ち、背筋はやや後ろに反り気味にしながらもピンと伸ばす。左手は腰に、扇を持つ右手は口元に。
顔は少し上を向き、のどを緩めて
「オオ、ホホホホホ…… ……。 ケ、ケホッ」
初めてにしては上出来だと思うのですけど、わたくしの「高笑い」どうでしたかしら?
こんなお話でした。改めて見ると長いですよね。最後まで読んで下さってありがとうございました。
感想、誤字報告ありがとうございます。