00 プロローグ 01 リシアを見つけた ケント目線 01
プロローグの投稿を忘れておりましたので、01の冒頭にあげました。
00 プロローグ
──ドオンッ!
重い衝撃音とともに、護衛の男がアレクサンダーの目の前を横切るように吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
地面へ叩きつけられた男は、ぴくりとも動かなくなる。
「下がってください、アレクサンダー殿下!」
護衛隊長のオークリーが叫び、アレクサンダーを背にかばった。
森の奥から突如として姿を現した魔獣は、異形そのものだった。
体躯は大型の馬を優に超え、全身を覆う漆黒の毛からは、不気味な薄紫色の光が立ち昇っている。額にはねじれた一本角。血のように赤く光る瞳が、こちらを睨みつけていた。
護衛たちが決死の覚悟で立ち向かう。
しかし、彼らの剣は魔獣の纏う光に弾かれ、放たれた魔術も表皮を焦がすことすらできない。
「ひるむな! 殿下へ近づけるな!」
オークリーの喝に応え、残った護衛が剣を構え直した直後──魔獣が前脚を振り抜いた。
たったそれだけの一撃で、二人の護衛がまとめてなぎ倒される。
「エリシア!」
アレクサンダーは振り返った。
エリシアは地面に両手をつき、必死の面持ちで転移の魔法陣を描いていた。
彼女の魔力が注がれた複雑な術式が、淡い青色の光を放ち始めている。
「もう少しです……! アレク、そこから動かないで!」
「でも、皆が……!」
「今のあなたが行っても、何もできません!」
鋭い一言だった。
いつも穏やかで優しいエリシアが、そんな強い口調を見せるのは初めてだった。それほどまでに切迫しているのだと、十一歳のアレクサンダーにも痛いほど伝わってくる。
それでも、自分を守るために倒れていく護衛たちを前に、何もできない己の無力が悔しかった。
「僕だって戦える! 魔術なら──」
「駄目です!」
エリシアは視線を術式から外さずに言い切った。
「王宮へ戻ったら、いくらでもお叱りを受けます! ですから今は……私の言うことを聞いてください!」
魔法陣が点滅している。。
転移の指定先は王宮。発動まで、あとわずか。
「オークリー様、アレクを陣の中央へ!」
「承知!」
オークリーは魔獣を牽制しながら後退し、アレクサンダーの腕を強引に掴んだ。
「殿下、こちらへ!」
「エリシアも一緒だよね!?」
必死に尋ねるアレクサンダーに、エリシアはようやく顔を上げた。
恐怖で顔色を失いながらも、彼女は愛おしそうに微笑んでみせる。
「もちろんです。一緒に帰りましょう」
その笑みに安堵し、アレクサンダーは魔法陣の中央へ足を踏み入れた。
エリシアも立ち上がり、アレクサンダーの隣へと滑り込む。
「発動まで、あと少しです。点滅が止まれば発動します」
それまで耐えれば、王宮へ逃げ延びられる。
──だがその時、魔獣が最後の護衛を薙ぎ払った。
ゆっくりと首を巡らせ、赤く濁った瞳がエリシアをまっすぐに捉える。
魔獣の動きが止まった。ただ敵を排除するのではなく、ついに「探し物」を見つけたかのような歪な固執。
次の瞬間、魔獣は爆発的な速度で魔法陣へ向かってきた。
「エリシアっ!?」
「アレク!」
魔獣の巨体がこのまま魔法陣へ突入すれば、膨大な不純魔力によって術式が暴走する。陣の中にいる者全員が空間の歪みに呑まれる。どこかに飛ばされるか命を落とすか。
エリシアに、迷う時間はなかった。
「アレク、ごめんね」
愛おしむような小さな呟きとともに、彼女は両手でアレクサンダーの胸を強く突き飛ばした。
「え……?」
不意を突かれたアレクサンダーの身体が、魔法陣の外へと弾き出される。
そして、エリシアは自ら地面を蹴り、迫り来る魔獣の懐へと飛び込んだ。
「エリシア────ッ!!」
魔獣の巨大な前脚がなぜか優しくエリシアを迎え入れた。
その直後、転移の光が破裂するように周囲を呑み込んだ。
エリシアも魔獣も消えた。
「エリシア……? 嘘だろ、エリシア……!」
茫然と立ち尽くすアレクサンダーを、オークリーが後ろから必死に抱きとめた。
「離せ! エリシアは僕を助けるために……!」
「殿下! お鎮まりください!」
「僕のせいだ! 僕を助けるために、エリシアが──!」
アレクサンダーは泣き叫び、暴れ、取り乱した挙句に暴走しかけた魔力を放とうとした。
これ以上の失態と危険を避けるため、オークリーは苦渋の決断を下す。
「……申し訳ございません、殿下」
手刀をくびすじに当てた。アレクサンダーの身体から急速に力が抜けた。
オークリーは意識を失った少年を抱きかかえる。
「必ず……必ずやお捜しいたします」
届くはずのない誓いを呟き、彼は手負いの護衛たちを引き連れて王宮へと帰還した。
◇
報告を受けた国王は、直ちにエリシアの捜索を命じた。
しかし、事態の異常さから大規模な捜索隊を出すことは叶わなかった。
正体不明の魔獣。
不完全に乱れて発動した転移陣。
そして、行方不明となった魔術師。
捜索は極秘裏に、ごく限られた者たちだけで進められることとなった。
エリシアの実家にも悲報が届けられたが、なぜかその家族はひどく取り乱すこともなく、捜索への協力を強く申し出ることもなかった。
そして、国王が最も懸念したのはアレクサンダーのことだった。
目を覚ましたアレクサンダーは、なりふり構わずエリシアを捜しに行こうとした。
食事を拒み、睡眠を削り、狂ったように魔術書を読みあさった。自らの手で転移魔術を極め、彼女を連れ戻そうと必死だったのだ。
けれど──ひと月が過ぎ、半年が過ぎ、一年が過ぎても、エリシアの痕跡すら見つからなかった。
やがて周囲の者たちは、「殿下もついに死を受け入れたのだ」と納得し始めた。
彼が二度とエリシアの名を口にしなくなったからだ。
捜索の進捗を尋ねることもなくなり、ただ冷酷なまでに厳しい訓練へ没頭するようになったからだ。
だが、誰も理解していなかった。
アレクサンダーは諦めたのではない。
ただ、誓いを胸の奥深くに隠しただけなのだ。
エリシアは生きている。
絶対に、生きている。
戻ってこないのなら、世界を滅ぼしてでも自分が見つけ出す。
彼はそう心に誓っていた。
──そして、十年。
エリシアは、あの運命の日と何ひとつ変わらぬ姿のまま、再びこの世界へと戻ってきた。
01 リシアを見つけた ケント目線 01
最初は、人形が捨てられているのかと思った。
その日は朝から畑仕事を手伝っていて、日が傾く頃には汗と泥でひどい有様になっていた。教会へ帰る前に少しだけ汗を流そうと思い、いつもの池へ向かったんだ。
そこで、彼女を見つけた。
池のほとりに、銀色の髪を広げて倒れていた。
夕日を受けた髪がきらきらと光っていて、最初は本当に人間だと思わなかった。町の店先に飾ってある、きれいな人形みたいだったんだ。
けれど、近づいてみると胸がかすかに上下していた。
「おい! 大丈夫か!」
慌てて駆け寄り、肩を揺すった。
着ているドレスは上等そうだったが、汚れていた。
「おい、起きろ。こんなところで寝ていたら風邪をひくぞ」
何度か呼びかけると、彼女のまぶたがわずかに動いた。
「……アレク……」
「アレク?」
知らない男の名前だった。
誰のことだと聞きたかったが、彼女の目は開かない。俺はもう一度、その身体を揺すった。
「起きろ。名前は? お前の名前はなんだ?」
「……リシア……」
「リシアだな? 家はどこだ。家族は?」
返事はなかった。
名前を告げただけで、リシアは再び意識を失ってしまった。
「おい、リシア! しっかりしろ!」
頬に触れると冷たかった。俺は怖くなり、彼女を抱き上げた。見た目よりずっと軽くて、ちゃんと食べているのかと心配になった。
そのまま走って教会まで連れ帰った。
「神父さん! 神父さん、来てくれ!」
俺の声を聞いて出てきた神父さんは、腕の中のリシアを見るなり顔色を変えた。
「どうした、その娘は」
「池のそばに倒れてた。名前はリシアだ。たぶん……それしかわからない」
「すぐに中へ。シスターを呼んでくる」
神父さんはシスターたちを呼び、リシアを着替えさせてベッドへ寝かせた。幸い、大きな怪我はなかった。疲れと空腹で倒れたのだろうと言われて、俺はようやく息をつくことができた。
けれど、神父さんの表情は険しいままだった。
「ケント。この娘を見つけたことは、しばらく誰にも話すな」
「どうしてだ?」
「あのドレスを見ただろう。上等な品だ。それが汚れている。靴も泥だらけだ。それに、あれほど髪のきれいな娘が、身一つで池のそばに倒れていたんだ。何か事情がある」
「犯罪に巻き込まれたってことか?」
「その可能性もある。事故かもしれんし、誰かから逃げてきたのかもしれん。今はまだ何もわからない。だから、余計な噂にならないようにしてやってくれ」
俺はベッドで眠るリシアを見た。
顔色は悪かったが、静かな寝息を立てている。それを見ていると、誰かに追われているかもしれない彼女を、もう一度外へ放り出すような真似はできないと思った。
「わかった。誰にも言わない」
リシアは数日後に目を覚ました。
ところが、池に倒れていた理由も、どこから来たのかも覚えていないと言った。覚えているのは、自分の名前と、いくつかの知識だけだった。
俺が聞いた「アレク」という名前について尋ねても、彼女は困ったように首を傾げた。
「わからないの。とても大切な人だった気がするのだけれど……」
「無理に思い出さなくていい」
俺はそう言った。
本当は、そのアレクが誰なのか気になった。けれど、名前を思い出そうとするたびにリシアがつらそうな顔をするから、聞けなかったんだ。
教会で暮らすようになったリシアは、働き者だった。
身体が回復すると、掃除や洗濯を手伝い、シスターと一緒に食事を作るようになった。文字の読めない孤児に頼まれれば、本を読んでやった。
そのうち、子どもたちに文字や計算を教えるようになった。
「ここは、なんて読むの?」
「これは『川』よ。水が流れている様子を表しているの」
「じゃあ、これは?」
「それは昨日も教えたでしょう?」
「忘れた!」
「まあ。では、もう一度一緒に覚えましょうか」
リシアは呆れながらも怒らなかった。何度間違えても、わかるまで教えていた。
噂を聞いた近所の子どもたちまで教会へ集まるようになり、昼間の礼拝堂はまるで学校になった。
「リシア先生、今日は計算を教えて!」
「俺は字を書く練習!」
「先生、こいつ、また俺の板を取った!」
「順番に聞きますから、一度に話さないでちょうだい」
子どもたちに囲まれて困った顔をしているのに、リシアはどこか楽しそうだった。
俺も時間があるときは、礼拝堂の端に座って一緒に勉強した。子どもに交じって字を習うのは少し恥ずかしかったが、リシアは決して笑わなかった。
「ケントは覚えるのが早いわね」
「そうか?」
「ええ。教えたことを、きちんと覚えているもの」
そう言って微笑まれると、それだけで一日中働けるような気がした。
だが、教会に出入りする者が増えれば、目立つようにもなる。
領主の息子がやって来たのは、その頃だった。
最初は子どもたちの様子を見に来たのだと言っていた。だが、あいつが見ていたのは子どもたちではなく、リシアだけだった。
「君が、この子たちに勉強を教えているのか」
「はい。私にできることは、それほど多くありませんから」
「いや、たいしたものだ。教会に置いておくには惜しい」
その言い方が気に入らなかった。
まるでリシアが物で、自分ならもっと高く買ってやれるとでも言っているみたいだった。
「どうだろう。私の屋敷で働かないか。妹の話し相手や家庭教師をしてもらいたい。教会にいるより、よい給金を出せる」
「ありがたいお話ですが、今の私は教会に恩があります。こちらのお手伝いを続けたいと思っています」
リシアは丁寧に断った。
それで終わると思ったのに、領主の息子は何度も教会へやって来た。
「気が変わったか?」
「いいえ。申し訳ありません」
「屋敷には立派な部屋もある。衣服も用意させよう」
「お気持ちだけ頂戴いたします」
「君ほど教養のある娘が、こんな田舎の教会で雑用をして一生を終えるつもりか?」
「ここでの仕事を、雑用だとは思っておりません」
いつも穏やかなリシアが、そのときだけは少し硬い声で答えた。
俺は近くで薪を割りながら、斧を握る手に力を込めた。
リシアが断っているのだから、諦めればいい。それなのに、あいつはどうして何度もやって来るんだ。
俺が間に入ろうとすると、神父さんに目で止められた。
領主の息子に逆らえば、教会そのものが困ることになる。俺にだって、それくらいはわかった。
そして、とうとうあいつは一線を越えた。
その日はリシアが子どもたちを連れて森へ木の実を拾いに行っていた。俺が裏庭で柵を直していると、領主の息子がやって来た。
神父さんと二人で何かを話していたが、神父さんの顔がけわしくなったので、俺はこっそり近づいた。
「この教会も、ずいぶん古くなっていますな」
「領民の皆様に支えていただいております」
「領主家からの援助もあったはずだ」
「感謝しております」
「その援助が今後も続くとは限りません。土地の使用についても、父上に確認してもらう必要がある」
俺は声を出しそうになってあわてて口を押えた。
神父さんは静かに答えた。
「あの娘を差し出せば、援助を続けるとおっしゃるのですか?」
「人聞きの悪い言い方はやめていただきたい。私は彼女の才能を評価しているだけです」
「本人は、すでに何度も断っております」
「若い娘は、自分にとって何が最善なのかわからないものです。あなたからも、よく言い聞かせてください」
領主の息子はそれだけ言うと、馬車へ戻っていった。
いつも読んでいただきありがとうございます!
誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。
とても助かっております。
楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。
それからもう一つ、ページの下部にあります、「ポイントを入れて作者を応援しよう」より、ポイントを入れていただけると嬉しいです。
よろしくおねがいします。




