第五十九話 軍師・宝の覚悟
一日、また一日。
生き残りを懸けて戦う義経たち。
兵糧は、あと数日。
その数日を守るために、城から撃って出る。
――だが、義経には、心に決めたことがあった。
島津・大友は、無理な攻めを仕掛けてこなかった。
櫓から敵陣を見下ろしながら、長宗我部元親は、その意図を読み取っている。
――国崩しがあれば、この城は壊せる。
丸串を、数日で瓦礫にしたように。
しかも、急ぐ必要もない。
守りを固め、少しずつ城を削ればよい。
城も、兵の心も。
やがて、源氏と長宗我部は干上がる。
無理を押して山間の土佐街道から国崩しを運び込んだことで、戦況は大きく傾いていた。
「何としても、押し戻せ!」
義経が、麾下へ檄を飛ばす。
精強な直属の騎馬隊も、すでに当初より数を減らしていた。
それでも、敵陣めがけて怒涛の突撃をかける。
守りを固めた島津・大友は、イスパニアより仕入れた最新の鉄砲を整然と並べ、待ち構えていた。
騎馬隊が射程に入る。
一斉に、火を噴いた。
先鋒が、ばたばたと倒れる。
鉄砲は、想定していた。
義経は第一射の被害を抑えるべく、騎馬隊を縦に長く伸ばし、左右へ分けて突進させている。
第一射の直後に横へ広がり、第二射の前に一気に敵陣へ入る。
それが、義経の策であった。
だが――。
大友の斉射は、読みを超えて苛烈であった。
さらに、義経の目に映ったのは――
第一列が下がると同時に、その後ろですでに構えている、第二列の鉄砲隊であった。
「……!」
目が、大きく見開かれる。
「退けッ! 退けェ!」
突撃の中止を叫ぶ。
第二列の射程外へ退かせようと、馬首を返した。
だが、騎馬隊はすでに勢いに乗っている。
すぐには、下がれない。
「横に散れ!
止まって狙い撃たれるよりは、ましじゃ!」
必死の檄に、騎馬隊が左右へ散開した。
それでも、大友の鉄砲隊は狙いを定め、引き金に指をかける。
その時――。
義経の騎馬隊と入れ替わるように、両側から一領具足が突撃を仕掛けてきた。
「元親殿!
策は変わった、退くのじゃ!」
義経が渾身の声を上げる。
だが元親は、口の端を上げた。
采配を、さらに敵陣へ向ける。
さらなる突撃を、命じていた。
次の瞬間、銃声が耳をつんざく。
――撃たれる。
そう思った。
だが、自らの騎馬隊は無事に散開していた。
銃声は、大友のものではなかった。
義経が振り返る。
宝が、自ら前線に立っていた。
陣の奥で策を練ってきたこの軍師が、前へ出たことなど、一度としてなかった。
その宝が、恐怖に目を潤ませながら、鉄砲隊へ斉射を命じている。
元親が側面から無謀とも思える突撃をかけたことで、大友の鉄砲隊が、一瞬そちらへ狙いを移した。
そして義経の騎馬隊が散開し、正面が開いた。
その僅かな隙に、源氏の鉄砲隊が火を噴いたのである。
「て、鉄砲の射程は、こちらの方が上です!
あ、安心して、撃ってください!」
慄えながら、涙ぐみながら、それでも兵を安んじようと、宝は声を張り上げていた。
義経麾下の鉄砲隊は、この軍師をよく知っている。
頼りなげに涙ぐむその指示を、兵たちは忠実に実行していた。
「元親殿の突撃は……宝殿の策であったか」
胸を撫で下ろしながら、義経はすぐに戦況へ目を戻した。
「騎馬隊!
再び、正面より突撃せよ!」
大友の中央は、宝の指揮する鉄砲隊の断続的な斉射を浴び、多くの兵を失っていた。
義経隊が中央を突き破る。
一領具足も、側面から敵陣へ食い込んだ。
だが、大友の鉄砲隊が崩れた瞬間、後方から精強な島津隊が襲いかかってくる。
正面からの戦を苦手とする一領具足であったが、島津の最優先は、義経の突破を止め、国崩しを守ることであった。
結果として、一領具足の前進を許す。
島津は、正面の義経隊と側面の一領具足、その双方への対処を迫られた。
それでも、島津はよく中央を守っている。
じりじりと退きながらも、崩れない。
命が尽きるまで持ち場を守るかのごとく、尋常ならざる形相で、武器ごと身体をぶつけてくる。
「チェストぉ!」
騎馬に弾き飛ばされても、次の兵が馬めがけて、真っすぐに槍を突き立ててくる。
少しずつ戦線を押し上げる源氏・長宗我部に対し、後続の敵が土佐街道から湧き出すように島津隊へ合流していった。
敵もまた、国崩しを守るのに必死であった。
足の止まった騎馬が、少しずつ島津の槍の餌食となり始める。
その時――。
後方で国崩しを守っていた部隊が、ばたばたと倒れた。
さらに、土佐街道の出口にも、砲弾が断続して着弾する。
宝が鉄砲隊の戦線を押し上げ、やや高台に布陣していた敵へ斉射を浴びせたのだ。
同時に、大友の鉄砲隊が機能しなくなったと見るや、一部の大筒隊も前線へ加え、街道の出口を撃たせていた。
「……やるではないか、宝殿」
残る弾薬の少なさを、誰よりも気にしていた宝である。
その宝が、国崩しを排するため、残された弾薬を惜しみなく使う決断を下していた。
その悲痛な覚悟が、義経には嫌というほど伝わってくる。
同時に――
戦況に応じた部隊の投入も、攻撃目標の切り替えも、これ以上ないほど的確であった。
命知らずの島津隊も、指揮官の退却命令には従う。
間もなく、河後森の城下から、島津・大友は追い払われた。
巨大な国崩しの筒が、土佐街道を出たところに転がっている。
「弾がなければ、ただの鉄よ。
河へ捨てい!」
元親は嫌悪を露わに、一領具足へ命じた。
その様子を見ていた宝が、義経にぼそりと呟く。
「本当は、持ち帰って分解してみたいのですが……。
でも、また敵の手に渡っては困りますし……。
何よりも、あと数日しか戦えません……」
言い終えて、宝は俯いた。
「……宝殿」
義経は、運び出される筒を眺めながら、口を開く。
「なぜ、先に申さなんだ」
宝の肩が、跳ねた。
「……申し上げれば、義経様は」
小さな声であった。
「ご自分が囮になると、仰せになったはずです」
義経は、ふっと息を吐いた。
やがて、口を開く。
「……その数日の命を、そなたのおかげで手に入れた」
そして、宝に笑みを浮かべる。
「そなたは、張良の生まれ変わりぞ」
義経は宝へ顔を向け、そっとその頭を撫でた。
***
それから、数日。
源氏・長宗我部は鉄砲隊を中心に陣を敷き、土佐街道からの侵入を防いでいた。
いよいよ、兵糧が尽きる。
弾薬も、心許ない。
「陣を畳む!
城へ退くぞ!」
元親が、全軍へ命じた。
***
空腹の地獄は、すぐに訪れた。
島津・大友が攻めかかれば、兵たちは本能に突き動かされるように撃退する。
だが、城内の有様は凄惨であった。
屈強だった義経直属の兵たちも、もはや気を張り詰めて敵襲を待てるような状態ではない。
一領具足の一部から、声が飛んだ。
「こうなったのも、源氏のせいじゃ!
土佐の米も、源氏が食い尽くした!」
「何を!
わしらは、土佐を守るためにこのような思いをして戦うておる!
もう一度、言うてみろ!」
城内では、小競り合いまで起きていた。
――その声は、櫓の上の義経にも届いていた。
反撃せねば、城門を突破される。
だが、こちらが討ち取ったところで、敵の痛手にならぬ程度の兵しか差し向けてこない。
島津・大友の、巧みな攻めであった。
「我らが城へ退いたことで、兵糧が尽きかけておると見たか。
……それにしても、優れた敵ではないか」
城下を見下ろしながら、義経が力なく呟く。
そして宝へ顔を向け、微笑みながら、その肩に手を添えた。
「よく聞くのじゃ。
間もなく、弾薬も尽きよう。
その時は――
この首を持って、城門を開けるがよい」
「……何を、義経様。
お戯れを!」
力の入らぬ様子であった宝が、その言葉に、すぐさま向き直った。
「京は無事と、重秀殿が申しておった。
源氏の本隊は、健在ということじゃ。
敵の狙いは、拙者。
中途半端に捕らえられでもしては……
梓も、家康殿も、判断を誤るやもしれぬ」
「義経様あってこその、今の軍団でございます!
まだ諦めるのは、早すぎます!」
すぐに涙を流す宝であった。
その姿を見て、義経の決意はいよいよ固まる。
「何より――
お主も里も、ここで命を落としてはならぬ。
そなたたちが捕虜となっても、本隊さえ無事であれば、梓や家康殿が必ず救いに参る。
拙者がおっては、それも叶わぬやもしれぬ」
義経は、城内へ目を落とした。
先ほどの怒声が上がったあたりを、見ている。
「……あの者たちも、じゃ」
「義経様……」
「土佐の米を食い尽くしたのは、まことのこと。
拙者がこの首を差し出せば――
あの者らも、国へ帰れるやもしれぬ」
宝が、言葉を失った。
「何、拙者は初めから、太平の世のための繋ぎじゃ。
その妨げとなっては、兄上に顔向けができぬ」
「義経様……!」
宝が声を上げた、その時であった。
部屋の奥から、別の声が聞こえてきた。
「宝様の仰るとおりですよ、義経様。
寝ぼけたことを仰るのは、おやめくださいませ」
振り返る。
派手な赤い着物をまとった女が、にこやかに立っていた。
「……猫殿?」
お読みいただきありがとうございました。
できることを、すべて出し尽くしました。
そのうえで、義経は覚悟を決めます。
誰も自分についてこない――
その恐怖に、ずっと苛まれてきた人です。
その義経が、いまは。
自分のために軍団の歩みが止まることを、恐れました。
自分の首が、皆を国へ帰すのなら。
それが、この人に残された最後の誇りでもありました。
そこへ現れたのが、飯坂猫。
古の武将が多い源氏の軍団にあって、先の世から頼朝のもとへ加わった、数少ない一人です。
軍団の金が尽きたときには、城下に商いを興して国庫を潤し。
兵糧が心許なくなれば、伊勢を穀倉の地へと育て上げ。
常に、軍団の台所を預かってきました。
畿内の精鋭たちは、いまだ補給路を開けずにいます。
京では、船を集め、造らせている最中です。
そこへ――涼しい顔をして、彼女は現れました。
この後の展開も、お付き合いいただけたら幸いです。




