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第三十六話 丸串城陥落

四国、伊予。


九州の大友・島津、両家の連合が、豊後水道を越えて押し寄せた。

海に浮かぶは、国崩しを据えた無数の軍船。


長宗我部元親が守りの要と頼んだ城が、いま――

「どういうことだ、これは……!」


長宗我部元親の喉から、絞り出すような声が漏れた。


九州勢の攻撃が始まって、わずか一週間。

その丸串城が、いま、火だるまとなって崩れ落ちていく。


丸串城は、宇和島の海域を押さえる、対九州の守りの要。

だからこそ元親は、親族の吉良親実を城代に据え、水軍を整え、幾度も城の普請に手を入れてきた。

容易には落ちぬ――そう信じていた城であった。


それが、たった七日で。


海に目をやれば、長宗我部の水軍は、もはや見る影もない。

鉛を流したような冬の海面を、異国の帆がいくつも埋めていた。


その海の向こうで、大友軍の国崩しが火を噴く。

轟きは、雷ではなかった。

冬の海から、城を砕きにくる音であった。


挿絵(By みてみん)


「……あの武器は!」


海に突き出た丸串城は、射程の長い国崩しを据えた軍船の、一斉砲撃の餌食となっていた。

城の周りは、すでに島津十文字紋の旗を掲げた軍勢が、ぎっしりと取り囲んでいる。


「親実は、いかがした!」


元親は、飛び込んでくる伝令を、その都度捕まえては声を張り上げた。


「もはや……城に近づくことすら、かないませぬ……」


伝令の一人が、うなだれて答えた。


「城の者が逃げられるよう、活路を開く!

島津勢の横腹を突く。突撃をかけよ!」


渾身の号令であった。

采配を握る手が、震えている。


だが、返ってくるのは、非情な報せばかりであった。


「島津勢、大挙してこちらへ向かっております!」


その報に、息子・信親が、元親の前に跪いた。


「父上。ここは、いったん河後森城まで、お引きくださいませ」


「しかし――親実を、見捨ててはゆけぬ!」


「……ご辛抱を、父上!

敵のあの武器は、狭き山道を運ぶのは難儀。

山間の戦は、我らの得意とするところ。


何卒……!」


信親の声が届くと同時に、島津勢の鬨の声が、ひときわ大きくなった。


「……無念じゃが、信親の申すとおり。

皆の者、河後森まで退けッ!」


長宗我部勢の鉄砲隊が、火を噴く。

だが島津勢は、予想をはるかに超える速さで、元親の陣に迫った。

前衛が槍衾を組んで押し戻そうとするも、島津勢の勢いに、木の葉のように突き飛ばされていく。


「チェストぉ!!」


数に勝るうえ、一人一人が、長宗我部の精鋭すら知らぬ鬼神の強さ。

死をも恐れぬ、その戦いぶり。

兵たちの心が、みるみる折れていく。

前線の者が我先にと逃げ出すまで、いくらもかからなかった。


島津兵は、元親の本陣にまで迫ってきた。


「父上だけでも、お早く!」


「兵を見捨てて、大将がおめおめと逃げられるか!」


「何卒、河後森にて、態勢を立て直してくだされ!」


信親は元親に馬を差し出し、力の限り、その尻を叩いた。

狂ったように走り出す馬上で、元親が振り返る。

島津勢は、すでに本陣へ雪崩れ込んでいた。

最愛の息子・信親が、陣に立てかけた槍を、手に取るのが見えた。


挿絵(By みてみん)


「信親ッ!!

おのれ、島津、大友……!」


渾身の叫びも空しく、馬は河後森へ向けて、猛然と駆けていく。


***


土佐街道へ続く、狭い山道。


河後森へ退く長宗我部の敗残兵を追って、島津勢が山道へ踏み込んだ――その時であった。


耳をつんざく轟音が、山肌を震わせた。

轟くたびに、島津兵の勢いが、削がれていく。


「遅くなり申した!」


鈴木重秀であった。

土佐街道の要所に、あらかじめ雑賀の鉄砲衆を伏せていたのである。

軽装の二千が、狭い山道に整然と斉射を浴びせ、島津勢の足を止めた。


「この先の山道にも、部隊を配してござる!

今は、まず河後森へ!」


「恩に着る、重秀殿!」


いったんは長宗我部勢を突き崩した島津軍も、雑賀衆の待ち伏せの前に、山道の手前で足を止めざるを得なかった。


長宗我部軍は、緒戦で大きな痛手を負いながらも、どうにか河後森城へ、敗残の兵を収めることができた。


挿絵(By みてみん)


***


元親は、自ら城門の前に立ち、たどり着いた兵の一人一人を、迎えていた。

だが、その目は、丸串へ通じる土佐街道の先を、離れなかった。


やがて――

深手を負い、家臣に支えられた若武者が、街道の先に見えた。


「信親!」


我を忘れ、元親が駆け寄る。


「大事ないか、信親!」


挿絵(By みてみん)


「ご心配を、おかけしました……父上。

雑賀の兵たちのお陰で、命を拾いました……」


「そなたの具申がなくば――退却を渋り、全滅しておったところじゃ」


「……親実殿を思う、父上のお気持ちは、よう分かりまする。

だからこそ、家臣は、父上についてゆくのです……」


痛みに耐えながらも、信親は気丈に振る舞った。


「まもなく、ここも激戦となろう。

まずは、養生せよ」


元親は近習と軍医を呼び、信親の治療を命じた。

痛々しい息子の背を見送りながら――

その面持ちは、どこか、満ち足りていた。


そこへ、重秀が近づいてきた。


「長宗我部家は、安泰でござるな。

良き家臣と、良き世継ぎに、恵まれておられる」


元親が、微笑む。


「……良き友軍にも、恵まれた」


そう言って、重秀の肩を、軽く叩いた。

重秀も頷き、微笑を返す。


挿絵(By みてみん)


「義経殿の先遣隊も、こちらへ向かっておりますぞ。

それまで、耐えてみせましょう」


言い終えて――重秀の顔が、曇った。


「しかし……敵は、あまりによく、備えが整っておる。

そうは思わぬか、元親殿」


元親も、重秀を見据える。


「多くの軍船を揃え、大友と島津の連携も、周到。

……よほど、この四国が、魅力と見える」


言って、元親は自嘲するように、苦く笑った。


「そのようなはずは、あるまいがな」


一拍。


「狙いは――どこか、別にある」


「ほう。何か、お考えがおありか」


「……いや、まだ分からぬ。

だが、毛利の動きにも、警戒を怠るな……」


元親は、あらためて土佐街道の先へ、厳しい眼差しを向けた。


「元親殿。

このあたりの地形、いま少し詳しく、ご教示願えぬか。

仮に鉄砲衆を伏せはしたが、本腰の戦となれば、より効いてくる伏せ場が要る。

一領具足との連携も、地の利があってこそ。


九州勢を、土佐へは一歩も入れさせぬ」


元親は頷いた。


「感謝する、重秀殿」


うなだれていた長宗我部の兵たちも、元親の姿を認めると、姿勢を正して頭を下げる。

元親は、その一人一人と目を合わせながら、重秀とともに、河後森城の曲輪へと入っていった。

お読みいただきありがとうございました。


大友・島津の連合が、豊後水道を越え、伊予へ。

守りの要・丸串城は、わずか七日で陥落いたしました。


海を埋める軍船、城を砕く国崩し、そして――

「チェストぉ!」の声とともに、鬼神のごとく斬り込む島津の兵。

長宗我部の精鋭すら、木の葉のように吹き飛ばされます。


それでも元親は、息子・信親に支えられ、雑賀の鈴木重秀に助けられ、河後森城にて踏みとどまりました。


されど――

これほどの備え、これほどの執念。

なぜ、貧しき四国に、九州勢はここまでの力を注ぐのか。


「狙いは、どこか別にある」


元親の直感は、はたして。

義経の先遣隊が、いままさに、四国へ。


この後の展開も、お付き合いいただけたら幸いです。

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