第二十四話 狐と狸と軍師と
長宗我部との密談を控え、二条城の参謀本部は頭を抱えていた。
義経の心を支えてきた梓は、懐妊により、同席が叶わない。
かといって、宝だけでは、揺れる義経を抑えきれるか――
誰もが言葉に詰まる、その時。
一人の男が、部屋に現れた。
「その役、某では力不足であろうか……」
二条城・参謀本部の動きは慌ただしかった。
頼朝の頃より外交を担当していた前田玄以は、毛利家の窓口・安国寺恵瓊のもとに派遣された。
毛利軍による長宗我部侵攻までの時間を稼ぐために、毛利軍に共同戦線の申し入れ、四国の領土分割の折衝について打診をしている。
長宗我部に対しては、義経が秘密裏に長宗我部元親と直に会いたいとのことを、長宗我部家と親交が深い、鈴木家を通して打診をしている。
「恵瓊殿と話がつき次第、わしは毛利に参る。
長宗我部と話がつくまでは、毛利は決して動かさぬ。
……たとえ、毛利を脅すこととなろうとも」
腕組みをした大内義興が、太田牛一と源宝に向けて言葉を発した。
「身重な梓殿は、長宗我部元親殿との話にお連れできなくなった。
義経殿のことは、宝殿……お任せしましたぞ!」
言いながら、義興は宝の背中を軽くたたく。
「ですから……外交も、義経様をお支えするのも……
私だけでは……」
心の底から、困った、という表情を宝は浮かべている。
「不安はわかるが、事情を理解して義経様をお支えできるのも宝殿しかおらぬ。
ご自身を過小評価しすぎじゃ」
義興の言葉に、牛一も浮かない表情を浮かべながら言葉を挟む。
「宝殿のお力に疑いはございませぬ。
しかしながら、万が一義経様がお心を乱された時は……宝殿でも難しいでしょう」
宝は義興に訴えかけるように、牛一の言葉に頷いている。
義興は二人から投げられた言葉に、大きく息を吐いた。
「義経殿のお心を静められるのは、梓殿しかおらぬか……
毛利を相手に嘘を重ね、冷や汗をかかせる役を、宝殿にお願いするのも気が引けるしの」
義興も腕を組んだまま、眉間を寄せながら目を閉じた。
そこに、一人の男が部屋に入ってきた。
「その役、某では力不足であろうか……」
三人が一斉に振り返った。
徳川家康だった。
「い、家康様!」
真っ先に立ち上がったのは宝だった。
「西も東も、難儀なことが続きますな!」
家康が話しかけながら、三人の横に腰を下ろした。
「僭越ではござるが、某は義経様を生涯の友と思うておりまする。
天下静謐までの難しき道のりは、ともに歩みたいと存ずる」
親しげに話をする家康に対して、義興は訝しげに顔を向けていた。
「突然のお越しとは、また驚きましたな……。
かような時にこのようなところに参られて――よろしいのか」
義興は腕組みを崩さず、多くの言葉を腹の底にしまったまま、家康に言葉を投げた。
しかし家康は、義興の言葉の真意に気が付かないかのように、親しみの態度を崩さない。
「武田のことは、頼光殿、道灌殿が甲斐に入られて事態を収拾しております。
あとはお任せすればよろしかろう。
某の出る幕はござらぬ」
それでも、少しだけ顔を曇らせる。
「道灌殿にも配下の将兵にも、某はあまり良く思われておらぬようでございますしの……」
苦笑いを浮かべながら、家康は義興に目を向けた。
義興も態勢を変えずに家康を見据え、静かに声を発する。
「して、東国の要を任された徳川殿が、いったいどのようなご用向きで。
武田のことでも何かおわかりになられたか。
西国のことをよくご存じであらせられるか」
ゆっくりと問い詰めるような言葉を家康に向けていた。
「いや、此度の武田の惨状……
梓様や義経様のお心の痛みを思うと、居ても立ってもいられなくての。
つい馬を走らせてしもうた。
しかし、道中梓様のご懐妊も耳にいたした。
お悔みとお祝いを直接申し上げたい」
家康は穏やかに義興に目を向ける。
しかし、義興の目線を外さずに語る。
「義経様は、某の生涯の友と心得ておりますゆえ」
義興と家康は、しばらく口を開かなかった。
そこで牛一が口を挟んだ。
「いや、家康殿、よう参られた。
我々も困っておりましたゆえ、まさに、渡りに船でござる!」
牛一が宝に顔を向ける。
宝はただ目を輝かせて家康を見つめていた。
その様子を目にして、義興もあきらめたようにため息をついた。
「徳川殿……まずは、義経殿とお会いされるがよい。
宝殿からも、山ほど話がござろう……」
「義興殿、恐れ入る。
では、某はこれにて」
家康は丁寧に頭を下げて、部屋から出ようとした。
戸の近くで立ち止まり、家康は振り返った。
「長宗我部元親殿へのお話――
ひとたび争い、そして心を捧げた某こそが、適任でござろう。
……それでは」
そう言い残して退出した。
「真実は……闇に葬られた……
そういうことか……」
義興は家康の後姿を見つめながら、呟いた。
しかし宝は、人差し指を唇にあてながら、斜め上に、天井をぼーっと眺めていた。
そして、両手を膝に乗せ、義興に向き直った。
「でも……義興様。
……大丈夫そうです」
「ほう、軍師殿がそのように申されるとは。
何か根拠を見つけられたか」
宝はわずかに顔をしかめた。
「いえ、何となくです……」
一瞬唖然とした義興だったが、すぐに噴き出す。
「そうであるか!
何となくでも、軍師殿がそう思うのであれば、間違いあるまい!
はっはっは!」
常に義経陣営の参謀たちが集まる、二条城の一室。
重苦しい空気が吹き飛ぶような、義興の大きな笑い声が周辺に響き渡っていた。
お読みいただきありがとうございました。
多くを隠しながらも、忠節を尽くす家康。
軍団のために、危うい芽は摘み取りたい義興。
戦場とは異なる、緊迫した二条城の一室。
最後に収めたのは、名参謀・宝の”直感”でした。
この後は、毛利、長宗我部、そして朝廷――
義経率いる軍団との本格的な駆け引きが始まります。
争いを回避し、惣無事令、日ノ本の安寧への道筋は開かれるのか。
それとも、義経は鬼の太刀を振るわないといけないのか。
この後の展開もお付き合いいただけたら幸いです。




