表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/5

第一話 頼朝の重さ

頼朝が逝き、年が明けた一月。

京は、雪に覆われていた。


関白・二条晴良の陣頭指揮のもと、

頼朝は内大臣として、東福寺にて大々的な法要が執り行われる。


その雪の中、義経は、一人呟いた。


「ここにいるものは、誰一人として兄上を鬼などと思うておらぬ……

その”鬼”は――拙者が引き継ぐ」

天正十八年(1590年)一月。

京は雪に覆われていた。


経が、寸分の狂いもなく多くの僧より発せられ、御所、二条城、京の町並みを震わせるかのごとくに響いていた。


関白二条晴良の取り計らいで、九条家の菩提寺・東福寺にて、源頼朝の鎮魂の儀が執り行われた。

朝廷が取り仕切り、旧頼朝軍団の将兵たちも参列した。


晴良が勅使の宣命として、弔辞を述べる。

武家の棟梁ではなく、内大臣・源頼朝として、朝廷の公式な法要であった。


雪は朝から止むことなく、ひっきりなしに境内に降り続けていた。

読経の声に、雪の落ちる音が静かに混じる。

火を焚く音が雪と触れて、ぱちり、と小さく弾けては消えていった。


雪の降る真冬の法要であるにも関わらず、山城の民も列をつくり、故・頼朝に祈りを捧げていた。

若くして未亡人となった篠――冬の冷え込みにも、悲しみにも凍える様子を見せず、参列者ひとりひとりと目を合わせ、丁寧に頭を下げていた。


参列する諸将の肩にも、雪は静かに積もっていく。


羽柴秀長は、位牌を見据えたまま、わずかに肩を震わせていた。

あの饒舌な参謀が、終始一言も発しなかった。


北条早雲は黙したまま、深く一礼をしたきり、顔を上げなかった。


源桜は膝を折ったまま、いつまでも動かなかった。

夫・上杉景虎が、そっとその肩に手を添えていた。


赤井輝子も、珍しく静かに立ち尽くしていた。

猛将の眼が、わずかに潤んでいる。


そして――源頼光は、義経のほうを、じっと見つめていた。


源宝は、ただただ、雪に紛れて涙を流していた。


そして、大きな籠がゆっくりと境内に運ばれる。

厳かな冠を揺らしながら、老人が籠から姿を現すと、公家も武家も民も、静まり返る。


法要の経と、火を焚く音だけが東福寺を包んでいた。


正親町天皇はゆっくりと歩を進め、頼朝の位牌の前で目を閉じ、深く祈りを捧げた。

目を開き、傍らの篠のもとに歩を進め、その手を取った。


帝の言葉は無かった。

帝の皺だらけの手が、篠の手をぎゅっと握りしめる。

その瞬間、篠の頬に、一筋の温いものが流れた。

帝はしばらく篠に手を添えて、静かに頷いていた。


挿絵(By みてみん)


篠の手をゆっくりと放し、義経に目を向ける。

軽く頭を下げ、籠に戻っていった。


義経はその眼差しに、覚悟を問われているのか、憐れまれているのか、わからなかった。


義経はその籠をどこまでも追いかけていた。


「兄上……ここにいるものは、誰一人として兄上を鬼などと思うておらぬ。

一人芝居も、大概にされるが良かろう……」


大きく白い息を吐いた。


「……それを、拙者は知っておったのか」


義経の拳が、わずかに震えた。


「その”鬼”は――拙者が引き継ぐ」


一人呟いたその声は、雪に吸い込まれて消えた。


挿絵(By みてみん)


法要を終え、義経は一人、通天橋を渡って境内を後にした。

橋の下に広がる渓谷は、雪で白く埋まっていた。

紅葉の名所と聞いていたが、今そこにあるのは、ただ一面の白。

色を失った景色の中を、義経は一歩ずつ歩を進めていった。



広大な領を持ちながら、敵対する武家と国境を接していない。

旧頼朝軍の多くの軍団長、城代、上級官吏も、参列することができた。


しかし、そこに出雲阿国の姿は無かった。


挿絵(By みてみん)


***


頼朝軍の軍団長、城代はじめ、重臣たちは、その後二条城に集まった。


あらたな軍団の長として、義経は諸将の前に立つ。

しかし、言葉は少なかった。


「兄・頼朝の遺志を継ぐ」


それだけだった。


続けて太田牛一が前に立った。


「沙汰があるまで、それぞれの領国を万全とせよ。

……頼朝様のお気持ちは、いずれ義経様より、直接お伝えがあろう」


牛一の言葉に、諸将は深く頭を下げた。


源頼光だけは、ゆっくりと顔を上げ、義経をじっと見つめていた。

その口は、何かを言いかけて、結局は閉じられた。


挿絵(By みてみん)


「今宵は酒と食事を用意してござる。

皆で頼朝様の、冥福を祈りながら、話そうではないか……」


静かに、評定が終わった。


***


それから数日後、義経は家康を呼んだ。


「家康殿。

約束通り、そなたの領はそのままお返しいたす。

戻って、いくさの準備でもするが良い」


家康は頭をあげ、訝しげに義経を見る。


「悪いご冗談を……」


義経は口の端を片方だけ上げ、ニヤリとする。


「いや、戯言ざれごとではない。

織田が無き今、甲相越のよしみの名分も失われた……」


「なるほど、義経様のお言葉、腹に落ち申した」


義経は家康の近くに進み、声をひそめた。


「我らが蒲原で対峙している時、武田は富士川の岩淵まで南下していた。

梓が乗り込み、事なきを得たが……聞いておられたか」


「いや、初耳でござる……

義経様の奥方は、確か勝頼殿の娘では……」


「武田は身内じゃ。

だが、梓は富士川を渡ろうとする武田軍に鉄砲を放った。


……そのような対応も必要かもしれぬ」


義経の話を耳にして、家康は少し意地悪く笑みを浮かべる。


「我らから守られた武田が――今や義経様の悩みの種とは」


義経は肩をすくめながら、言葉を出した。


「その武田に、今度は家康殿に対応を託しておる……」


義経の乾いた笑いに、家康も合わせて口の端を上げた。

そして、あらためて姿勢を正して、義経に平伏する。


「万事、この家康めにお任せを」


家康の肩を、二三回軽くたたき、もとの上座に戻った。


「ところで、お市の方は、しばらく二条城に残したいと思うておる。

よろしいか、家康殿……」


「信長公の事でござるか」


全てを家康には見抜かれている、そのように感じる眼差しだった。


「義経様。

信長公を保護された。

無理に家臣とせずともよろしいかと存ずる。


……義経様の下でおとなしくする……

そのような姿を、なかなか想像できぬのです……」


「そう思われるか……

わしも牢ではじめて顔を合わせた際、言葉が見つからなかったのだ」


「その、義経様の持たれた感覚こそ、正しき感覚と存ずる……」


一息ついた。


「拙者ごときの下では、納まらぬであろう……」


「いえ、義経様、そこは違いますぞ。

ただ――型にはまらぬのです、信長公とは」


義経はおもむろに遠くに目を移す。


「まあ、良い。

得難き武士もののふであることには変わらぬ。

兄のために力を尽くしてもらえるのであれば、ありがたい」


家康は義経をじっと見つめた。

そして少し前に身体を動かした。


「何を仰せになられるのか。

義経様のため、そうではござらぬか」


挿絵(By みてみん)


義経は、家康の顔を見られなかった。


(……兄上のため、ではないのか)


その問いが、胸の奥で小さく揺れる。

兄のため、と言われれば、迷わず受け取れた。

しかし「義経様のため」という言葉は――どう受け取れば良いのか、わからなかった。


「いずれにせよ、お市殿には力を尽くしていただくのがよろしいかと存ずる」


家康の言葉に、義経はようやく顔を上げた。


「かたじけない。

では、東国の事は、お願い申し上げる」


「ははっ」


家康は一礼して、部屋を去った。



城内を進む家康のもとに、お市がどこからともなく現れた。


「お市殿、しばらくお支えいただけぬか」


「義経様のことでございますか」


家康は、静かに頷く。


「頼朝殿が亡くなられたことを受け止める間もなく、進まねばならぬ。

しかし、何か心に秘めておるようじゃ……」


お市は、わずかに目を伏せた。


「かしこまりました……」


「すまぬな、お市殿」


家康に頭を下げ、お市の方は家康と異なる廊下に向かった。



家康は少ない供回りと京を経つため、城門を出る。

外に馬が数頭用意されていた。


家康の馬を引いていたのは、源宝であった。


「い、家康様……!こちらの馬を」


「軍師殿が、このような雪の中で何をなされておる」


宝は照れたように口を開く。


「私は馬に乗れないのです……

せめて、家康様の馬のお世話だけでもできないかと……」


恥ずかしそうに下を向く。

家康は、自らを叩きのめした大軍師の頭を撫でた。


馬にまたがり、宝に顔を向けた。


「義経軍団の軍師様。

このような事をせず、しっかり義経様をお支えせよ」


挿絵(By みてみん)


宝はぺこりと頭を下げて、相変わらず照れたような顔で家康を見上げた。


馬にむち打ち、家康一行は二条城を後にした。



頼朝の死をまだ受け止められないかの如く、二条城は静かに雪の中でたたずんでいた。

お読みいただきありがとうございます。


覚悟を決め、義経は兄の志を継ぎました。

しかし、自らが長となり、初めてその重さを目の当たりにします。


「兄上のため」と言われれば、迷わず受け取れた。

されど「義経様のため」という家康の言葉を、義経はどう受け取れば良いのか――。


法要の場に姿を見せなかった、出雲阿国。

頼朝の遺志を継ぐ兄弟の物語は、静かに動き始めます。


新しい義経の物語、引き続きお付き合いいただけたら幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ