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清濁の青  作者: 白都アロ
7/10

渇望溺死

地面を見下ろす。

そこにはなにもない。

ただの黒いコンクリート、それだけ。

寒い。

もう冬がそこまで来ているのは知っていた。

知っていたから。

だから、ジャンバーぐらいは着てきたかった。

せめて、パジャマぐらいは着ていたかった。

体の震えは止まらない。

それは、隣にいる兄も同じみたいだ。

知らない人に、声をかけられる。

寒くないのかい、大丈夫かい、と

その声に私は答えない。

だって、なんて答えたらいいかわからないから。

「ねぇ、空が綺麗だよ。」

兄がささやく。

だから私は空を見上げる。

そこには、冷たい月と小さな星が、ただ静かに、そこにあった。[newpage]


暗い。

熱い。

狭い。

だから嫌。

でも、そんなのよりも。

隣にいない。

兄がいない。

ただそれだけが。

とても嫌。

一人は、嫌。

独りは、嫌。

それが一番、嫌。

止まらない嗚咽と、止まらない涙。

「大丈夫、僕はここにいるから。」

上から聞こえるその声。

まだしばらくは、泣きやめないけど。

その声だけが救いだった。[newpage]


朝が来た。

目をこすりながら、枕元を見る。

そこには、何も無い。

私は、クマのぬいぐるみが欲しかった。

今まで、この日にプレゼントをもらったことは無かった。

でも。

今年こそは。

もらえると思って期待したのに。

だって、がんばったから。

がんばって、いい子にしてたから。

今年はいい子にしてたから。 

だから、もらえたはずなのに。

プレゼントをもらえたはずなのに。

がんばったから、認められるはずなのに。

頑張った人は認められなきゃいけないはずのに。[newpage]


お客さんが帰ってから、私たちは下に呼ばれた。

リビングに呼ばれた。

いつもの通りに。

いつもの通りに、フローリングに正座する。

兄と二人で。

並びあって。

お母さんは、泣いていた。

お父さんが、怒鳴っていた。

あんたたちのせいで。

お母さんの第一声はそれだった。

その後は、もう憶えていない。

だって。

言葉よりも、痛みの方が刻まれたから。

私の記憶と、私の体に。

私たちは何もしていないのに。

どうして今日も、殴られたのだろう。[newpage]


今日もまた、お客さんが来て、帰っていった。

そしてその後、私たちは床に転がる。

涙を流しながら、床に転がる。

もう、どこが痛いのかわからない。

体が痛いのか、心が痛いのか。

そんなことさえわからない。

でも。

もっと分からないことは。

お客さんが帰った後に繰り返されるこの時間に。

お母さんが口走る、「セケンテイ」って言葉の意味だ。

何度言われてもわからない。

だって。

私たちは「セケンテイ」を見たことがなかったからだ。[newpage]


冷たい雨が降り続く日曜日。

私たちは外にいた。

雨は容赦なく、私たちを濡らしていく。

早くお家に入りたい。

そのことだけで、頭がいっぱい。

そのことを考えるだけで、涙が出る。

嗚咽が出る。

私は、簡単に泣いてしまう。

泣けてしまう。

なのに。

なのにどうして。

兄は泣かないのか。

私には分からない。

兄がどうして泣けないのかが。[newpage]


目が醒めても、雨は降っていた。

でも。

雨が体をぬらすことは無かった。

兄が。

兄が傘を持っていた。

そして、バスタオルを持っていた。

どうして持っていたのか訊ねても。

兄は答えてくれなかった。

でも。

「もしかしたら僕たちは助かるかもしれない。」

そうとだけは、言っていた。

兄の言葉はいつも本当で。

兄の言葉はいつも正しくて。

だから。

だから、私は期待を抱く。

いつか。

いつか、ここから二人で抜け出せるんだと。[newpage]


兄の言葉は本当だった。

ある意味では、助かったと言えるだろう。

だって。

私たちを虐げた、お父さんとお母さんはいなくなったから。

でも。

兄がいない。

お父さんとお母さんの死体の前で。

私は見た。

確かに見た。

兄がここから出て行くのを。

知らない人に手を引かれ。

私も一緒に行きたかった。

でも。

行けなかった。

体が、動かなかったんだ。

何でかは知らない。

分からない。

でも。

兄が男の人とどこかへ行った。

それだけは確かで。

ソレだけが確かで。

私だけがここに残されたわけで。

ねぇ。

どうして。

どうして、私だけが。

いつも救われないのだろうか。

夜久斗の、うそつき。


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