憲法と虐殺と
本日も拙作をお読みいただきまして、ありがとうございます。
パリに戻ったあたしたちは、冷ややかな反応の中に置かれていた。
ずっと憲法成立にこだわってきた国民議会は、その中心となる立憲君主政を崩したくはない。だから表面上、あたしたち王家の者は王党派による誘拐の被害者、ということにされていた。
あたしたちの生活もヴァレンヌに逃げ出す前の幽閉状態からほとんど変わっていない。
ただ、侍女たちの顔ぶれが若干変わり、近衛があたしたち王家の者のプライベートスペースにすら、すべて国民衛兵隊の人間しかいなくなっただけだ。別にそれだって以前からじわじわと変わり続けていたことだし。
市民からの投石とか放火といったことも起きなかった。
これは国民議会があたしたちがパリに帰還する前に、侮辱も暴力も死刑に処すと布告していたからだろう。
ただ、白眼に囲まれた環境ってやはり微妙に心を削る。
ちなみに王党派だが、接触はなかった。
彼らも機を見るに敏な貴族たちだ。ブイエ将軍なぞは、あたしたちがヴァレンヌから追い立てられて三十分もしないぐらいにやってきて、しばらく郊外をうろうろしてたらしいが、すぐに国境を越えて逃げだしたというから話にもならない。
彼らにあたしたちの誘拐という濡れ衣を着せた良心なんて痛みませんとも。ええ。
ブイエ将軍だけでもしっかり動いてくれていたならば、あたしたちは今ごろ国境を越えて安全な土地へと逃げ去ることができていたはずなのだ。
もちろん、国王としての権利や庇護を他国に認めて貰おうと思うのなら、膨大な対価を必要とする。おそらくそれは大いにフランスの国益を損なうようなものとなるだろうし、実際にそんなことををすれば、たぶんルイくんは国王のくせに国を他国に売った愚王と罵倒され、あたしもまた売国妃と呼ばれただろう。
だけどその何が悪いというのだ。
この国は、あたしが現世の実家から持ち込んだものや、現世のお母さまから贈られたものまで奪っていったのだ。ヴェルサイユからテュイルリーに持ち込めたものなんて、ほんのわずかなものしかないのだから。
7月17日。ヴァレンヌであたしたちが身柄を拘束されてから一月も立たないうちに、シャン・ド・マルスでとんでもない事件が起こった。
ラファイエットらが、連盟祭の準備で集まっていた民衆に発砲したのだ。
女性の足を見たいがために、全国連盟祭のために準備されていた祭壇の下に潜り込んでいた痴漢どもを、スパイと誤認してのリンチがきっかけだった、という段階で、もうなにがなんだか意味がわからないが、あたしとしては何がきっかけでもよかったのだろうと思っている。
要は人が集まったところで請願署名を行っていた民衆もろとも、その動きを指導していたコルドリエ・クラブを潰してしまおうというフイヤン派の攻撃だったと。
ちなみにこれら派閥の名前は根城にしている旧僧院……使われなくなった修道院の名前なんだとか。どうでもいいけど。
理想で固めたはずの国民議会自体も、そのしらじらとした厚塗りにうっすらひびが目立つようになっている。一番の理由はやはりあたしたちの扱いにあった。
当然というべきか、あたしたちがパリから逃げ出したことはもはや公然の事実になっている。
それを嘘で糊塗し、さらに君主は裁かれないという革命以前の法律を持ち出してきてでも、なんとか立憲君主政を打ち立てたいフイヤン派。
一方コルドリエ・クラブはフイヤン派の欺瞞をことさらに言い立て、不信を煽って自らの勢力を増強し、君主政を排して共和政を打ち立てようという、比較的過激な主張を行っていた。
憲法を完成に近づけつつあったフイヤン派としては、ここで異論もろとも邪魔な勢力を排除したかったのだろう。
正直なことを言うならば、あたしはコルドリエ・クラブにもパリの民衆にも同情なぞしない。
コルドリエ・クラブが攻撃していたのはフイヤン派だけじゃない。彼らはジャコバン派と並んでルイくんも攻撃し、その権威を失墜させようとしていたからだ。
だけど、そこまでして共和政に持ち込みたかったなら、ルイくんに直談判すればよかったのだ。
条件次第じゃルイくんはよろこんで共和政にすら賛同したかもしれないのに。
かわりに連中がやらかしたのは、あたしたち王族のイメージダウンなのだ。
たとえばルイくんを性的不能の大食漢、豚のような男として吹聴したり。あたしの赤字夫人呼ばわりも再燃させたり。
風刺画では豚や孔雀めいた格好のダチョウ、もっと奇妙なバケモノのような動物にあたしたちは描かれた。
イメージを醜悪に膨れあがらせることで民衆の不信感を高め、あたしたちの逃亡は去年の連盟祭の時に彼が行った憲法を支持する厳粛な宣誓の、その神聖な効力を裏切る最悪の所業と言い立てたの、だが。
……ルイくんが本心から、自発的に、従ったとでも本気で思ってるのだろうか。
結局、彼らのしたことはあたしたちを貶めるものにはなったが、彼らへの指示どころか国民議会への信頼を回復するものにもならなかった。
パリの民衆だって、彼らの行動そのものがあたしたちに身の危険を感じさせたということをわかっちゃいない。
国王を民衆が好き勝手に幽閉している、という異常事態があったからこそ、あたしたちはパリから逃げ出したのだ。
そのことをまるっきり理解せず、国王に裏切られたーと騒ぐとか。一方的な行為を押しつけて逃げ出した相手を惨殺するストーカーかよ。まじふざけんな、という気分ですよ。
ただ、この事件で民衆が民衆の血を流したことには間違いがない。
惨劇を起こしたのは国民衛兵司令官のラファイエットだけじゃない。パリ市長のバイイもまた、市民の虐殺に積極的に関与した。
結果、50人近い死者が出て数百人が逮捕された。
それも、警告なしで広場に集まっていた民衆を攻撃した、ラファイエットたちが逮捕されたのではない。銃撃を受けた民衆たちが逮捕されたのだ。
つくづく、革命なんてものに正義はないとよくわかる。
流れるように集会と新聞の発行が禁止され、請願の首謀者は投獄された。共和派は動きを封じられ、論客として名が挙がっていたロベスピエールも身を隠したらしく、見つからないという噂がここテュイルリーにも流れてきた。
国民議会は、それでも国民の代表であると言い張る。
バルナーヴらの尽力もあって、9月3日にはフランス史上初の憲法が成立した。
あたしたちの逃亡はなかったことにした上で、立憲君主政を確固たるものにしたわけだ。
国王は不可侵であり、国会を通った法律に対する拒否権があるとした、効力も何も感じられないお綺麗な条文には思わず失笑してしまったけれども、彼らの考えていることはだいたい理解できる。
やはり王威というのは安定した支配構造の象徴なのだ。たとえおかざりとして乗っけた王冠がどんなに傷だらけであろうと。
ロベスピエールらが唱えている、いかなる瑕疵も拒絶する革命のありかたにはバルナーヴたちは危機感を覚えていた。
当然だろう。理想の実現という言葉は聞こえがいいが、完全などというものは動き続ける社会構造の上でありえない。ほどほどの正しさで妥協し続けなければ――たとえそれが腐敗につながる一端となるとはいえ――実務なんてものは動かないのだ。
ともあれ、これで国民主権と法の前の平等は確立した。そういうことになった。
たとえそれが納税額によって参政権が制限されたりと、人権宣言よりも後退し、平等性がより不完全なものとなってはいても。
それでも拷問や焼鏝刑などの残虐な刑罰は禁止された。信教の自由もわずかなりとも広がっていた。
バルナーヴたち、君主政を支持していた議員たちにとって、この憲法制定は革命の終了だった。
知識というか思想チート的な異世界ものでいうなら、確かにこれは一つの小成功というべきものかもしれない。
けれど、彼らの正義と希望の産物は、絶対王政の残響を残しながらの立憲君主政は、国王の権威を不可侵と位置づけながらも、法にのみ由来するとした、なんとも矛盾に満ち満ちたものだったのだ。
そしてあたしは知っている。条件を制限する但し書きを後付けできるほど、法律の条文には余白が最初からたっぷりととられていることを。
議会の判断なんてものは、状況次第でくるっくる変わるものだと。
憲法が成立する直前の8月27日、ビルニッツで神聖ローマ皇帝であるレオポルト兄さまと、プロイセンのフリードリヒ・ヴィルヘルム二世が共同宣言を出した。
意訳すると「フランス国王一家に危害が加えられるようなことがあれば、ヨーロッパ全君主が動く。パリには石ころ一つ残さぬ」というもの。
……なかなかの脅しだと思うの。口だけにしては。
きっぱり言うが、これはあたしたちの身分擁護に見せかけたフランスへの攻撃である。
いやね、もちろん、レオポルト兄さまとしてはあたしや子どもたちの身を案じてくれたってのもあると思うのよ。
加えて、王族という交渉対象の保護と、あたしたちの好感度上昇も狙っているのかもしれない。
けれどあたしたちの扱いに不備があろうものなら、血の繋がりを言い立ててフランスに攻め入る口実にしようとも読み取れちゃうのだ。
そりゃ反発も起きますわ。
「そう」
あたしは報告に来たバルナーヴにゆったりとうなずきながら、忙しく頭を回転させていた。
もともと国民議会は、貴族官僚を軒並み排除した結果、外交が酷いことになっている。
それが国際社会における評価の下落どころか、国力の低下まで引き起こしているわけなのだが……まあ認めないわよね、彼らは。
ここであたしたちを外交に立たせたなら、たとえ傀儡とわかっていても他国は建前として二の足を踏まざるを得ないとわかっていても。
たとえごく一部であろうと、あたしたちアンシャン・レジームより彼らの方が不適任だなんて。
だけど正直国外はどうでもいい。ピルニッツ宣言、あれだってどうせ口先だけだ。
なぜなら彼らの主張に正当性を与えているのはあたしたちの存在である以上、外国の君主はあたしたちが健在である限り、フランスに直接的関与はできないからだ。
それは内政干渉であり、立憲君主政がいくらハリボテでも、あたしたちがどんなに無力なお飾りでも、やいのやいの言う以外の行動に出た途端、どんなに王侯貴族による反乱者の征伐にみせかけても、国同士の、ひいては君主同士の戦争となってしまう。
宣言内容に矛盾するでしょうが、そんな状況。
問題は国内、それもとりあえずは国民議会だ。
国外からの敵意が強まれば、彼らは動揺する。もともと共和政を言い立てる議員がいるくらい、君主制国家に存在自体が異を唱えるようなものなのだ、国民議会は。
一度は王権完全停止を言い渡してきたくせに、王制の存続を承認なんてやらかした理由の一つはそういうことだろう。
だから、国際情勢において、少しでもお目こぼしを願おうと彼らが立憲君主政を誇示するならば――国内においても、おもてに出されるのは王家、というよりルイくんだ。
それが矢面だろうと表舞台である以上、出すからには下手な冷遇はされないと見た。
つまり、しばらくギロチンの危機はないと見ていい。
もちろん、それが完全にギロチン回避に成功したのと同義じゃないことぐらいわかっているが。
あたしはバルナーヴから議会の情報収集を続けると同時に、ひそかに、国外へ手紙を送り続けた。




