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「ほら。あそこです」


 町への道も不確かだったので、俺はキースに町まで同行してもらった。

 あの森から最寄りの町はキャドックの町という。

 名前くらい聞いたことはあるが、どんな町なのかよく知らない。


 道中、今世の中がどうなっているのか訊くと、邪神が討伐されてから大きな混乱はないものの、市井の民の生活は討伐前とさほど変わりがないらしい。


「アレンさんは、町に行って何をするんですか?」

「人を探している」

「人探し、ですか」

「キャドックは、キースの故郷なのか?」

「いえ。ボクの故郷は、そこらへんの小さな農村です。兄弟の一番上で、労働力か何かよくわからないんですけど、結構いい値段がついたんですよ、ボク」


 確認するために、ちらりとその顔を見る。

 薄汚れているところはあるが、キースは綺麗な顔立ちをしていた。労働力として売られるというより、悪趣味な貴族の玩具として需要がありそうだ。


「まだちっちゃい弟が二人いて、ボクを売らないともうやっていけないくらいだったみたいで……」

「そうか」


 俺が立ち寄らなければ、キースはハルのオモチャになっていたところだった。


「俺になど構わず、帰るといい。家があるんだろ」


 家――。

 口に出すと少し懐かしく感じる言葉だった。


 町の出入口に警備兵はいるが、一人は昼寝をしており、もう一人は町娘を口説くのに精一杯のようだったので、苦労することなく中に入れた。


 中規模程度の町と言えばいいだろうか。

 大通りには色んな商店があり、ここを歩くだけである程度の物は揃いそうだった。


 職業病か、やはり鍛冶屋とその工房にはどうしても目がいってしまう。

 ハルの家で見つけた装飾品とブレスレットを売るため、道具屋へ入る。


「いらっしゃ……チッ」


 カウンターにいる店主は、キースを見るなり舌打ちをした。


「奴隷は外で待たせてもらえねぇかな」

「あっ……、ご、ごめんなさい……」


 俺は出ていこうとするキースの細い腕を掴み待ったをかける。

 そして店主に言った。


「奴隷ではないんです。身なりがボロなのは勘弁してやってください」


 店内を見回すと、キースの背丈に合いそうな服が置いてある。


「服を買いにやってきたんです。サイズを合わせる必要があるでしょう?」

「それなら、まあ」


 不服そうだったが、店主は納得してくれた。


「アレンさん、でも、ボクは」

「いい」


 渡した金を使いたくないんだろう。


「これを売った金で買わせてください」


 俺はカウンターにハルのピアスとブレスレットを置いた。


「ほうほう、へぇ、こいつを……」


 あれこれ確認をした店主は、うん、と一度うなずいた。


「ピアスのほうは少し古そうだが、宝石だな、こりゃ。まあ五万リンってところだ。こっちのブレスレットは、物好きには売れそうだから一万リン。合わせて六万でどうだい」

「ろ、六万っ! す、すごい。大金だぁ!」


 キースは目を白黒させている。

 六万で大金とは、可愛いことを言う。


「僕の見立てと少し違いますね。こっちのピアスに使われている宝石は、グリーンミント。ここらへんじゃまずお目にかかれない宝石です」


「そ、そうなのか……?」


 店主は、手元にあった虫眼鏡でピアスを確認し、宝石一覧のようなサンプル表を取り出して見比べる。

 最初からきちんとこうしてくれればいいものを。


「あと、よーく見てください。不純物は何も入っていないでしょう? 宝石というのは鉱石の一種です。物によっては、中にゴミや気泡が入っていることもあります」

「た、たしかに」


 プライドの高いあいつが、不純物混じりの宝石を身につけるはずがないからな。


「不純物がなく、このあたりではまず手に入らないグリーンミントの宝石。サイズは指先ほどで小さくはありますが、かなりの値打ちもの。一五万リンでも安いくらいですよ」

「じゅっ、じゅうご、一五万……!?」


 キースがくらくらしている。


「近辺にいる好事家や貴族の目に留まれば……?」

「も、もっとふんだくれるってわけだな!?」

「はい」


 俺は悪い顔で笑ってみせると、店主もにやりと応えた。


「嵌めてあるピアスも込みで一六万でどうでしょう」

「よし、いいだろう」


 交渉成立だ。

 俺は店主と握手をする。

 すべて事実で、嘘はついていない。

 あとは、この店主がどれくらいの値で売るかだろう。

 収集癖のある貴族がこれを見つければ、買値の五倍は出してくれるはずだ。


「キース。何着か服があるから、気に入る物を選ぶといい」

「え。いやいやいや。ボクはいいですよ。悪いですし」


 キースは両手を振って遠慮する。


「アレンさんがくれたお金の半分は両親に渡そうと思っていますし……残りはこれからの生活費に」

「家に帰らないのか?」


 キースは困ったように笑うだけだった。

 何かを察した店主が、口を出してきた。


「そのぼっちゃん、奴隷だったんだろ? 親に売られたってところか? ああ、まあ、珍しいことじゃねえ。その売られたはずの人間が帰ってくると問題がある」

「あるんですか?」


 俺が首をかしげていると、店主は俺の耳元でこそっとしゃべった。


「奴隷商人に売ったってことは、要らねえってことだろ。農家か何かなら食い扶持を減らしたかったはず。そいつが帰ってきてみろ?」


 そういうことか。


「すまなかった、キース。考えが至らないせいで気を悪くしたのなら謝罪する」

「い、いえいえ! 気にしないでください!」


 行くあてがないことが最初からわかっていたから、俺の目的を訊いてきたんだろう。

 ブレスレットの交渉は、さっきよりもスムーズだった。


 あれはエルフがよく持っている風属性魔法を強化させる効果がある物。

 俺の説明を鵜呑みにしたのか、それとも俺の言葉に嘘がないと信じたのか、言い値の七万リンで買い取ってくれた。


 路銀をひとまず作ることができた。

 情報を集めながら一人ずつ必ず殺していこう。


「邪神が討伐されてからグリーシュ王国で変わったことはありませんでしたか?」

「グリーシュ王国? 最近は……これといって聞かねえな」


 俺に渡す金を数えながら、店主は言う。


「最近じゃなければ、国王が亡くなったことか。もう結構前だが」

「陛下が……? そ、それはいつ」

「邪神討伐の祝祭が終わってしばらく経ったころだったっけな」


 俺が処刑されたのは祝祭後。

 そのあとに、陛下も亡くなっている……?


 当時の陛下の年齢は、俺よりも一回り上の四〇。

 自らを鍛えることや剣術も嗜んでおられた陛下が、俺の処刑後に亡くなった?

 病とは考えにくい。


「じゃあ、王女だったシャロン様が女王陛下に?」

「いやいや。よくわからねえが、勇者様が今は王様だぜ。そのシャロン様ってのも、最近お名前を聞かなくなったな」

「……」


 レックス……!

 王家に何かしたな……!?

 目に自然と力が入り、こめかみが脈を打っているのがわかった。

 手が怒りで震える。

 俺だけではなく、陛下やシャロン様にも手をかけたのか!


「あの……アレンさん。ボク……こ、これでもいいですか?」


 キースが服を選んだらしく一着を持って値札を見せてくれていた。

 一八〇〇リン。

 二三万リンが手元にある今、安いものだった。


「もちろん。すみません、これください」

「あいよ。じゃ二三万から引いとくぜ」


 差し引かれた金額を確認して、俺は懐に代金を収めた。


「アレンさん、ありがとうございます」


 服を胸に抱いたキースが、晴れやかな太陽みたいな笑顔でお礼を言った。

 よっぽど嬉しかったんだろうか。


 店を出ると、キースが着替えたいと言った。


「じゃあ、ボク、あっちの物陰に……」

「そうだな」


 大切そうに服を抱いたまま路地にキースは入る。

 俺がじいっと見ていると恥ずかしそうに体を捻った。


「うぅ……あ、あの、ど、どうしてこっちを見るんですか……っ」

「ああ、すまない」


 見られても困るものでもないだろうに。


 背を向けていると、着替えたキースが前に現れた。


「どうですか、これ……?」


 自信なさそうな上目遣いで、俺に尋ねるキース。

 自身が選んだ物だったので文句を言うつもりはなかったし、買うときによく確認もしなかったが……。


 キースが着ているのは女性用のワンピースだった。


「……キース」

「は、はい……」


 ばっと裾をつまんでめくってみる。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁああああああああ!? 何、なんで!? 何をっ」


 ……俺にあるものがなかった。

 裾をつまんでいる手を払うと、キースは木箱の陰に隠れた。


「い、いきなり何するんですかぁぁぁ」


 半泣きだった。


「女だったのか」

「はい……。言わなくても、わかるかなって……」


 やっぱり半泣きだった。



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