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「もう一度処刑してあげる!」
歯を剥き出しにしてハルは笑う。
瞬きした次の瞬間には、すでに弓を構え魔法の矢をつがえていた。
来る!
性格や中身は俺が思っていたハルとは違っていたが、攻撃の癖や呼吸のようなものは、俺の知っているそれだった。
体を投げ出すように地面を転がると、ガン、ガンッ、と背後で音がする。
ちら、と振り返ると大木にふたつの穴が空き、徐々に傾いているところだった。
間髪入れず次の攻撃がはじまる。
敏捷のスキルを手に入れていたのが幸いした。
点での攻撃。
着弾点から逃げられれば被害は避けられる。
が、逃げてばかりじゃ……。
「どうしたのー!? もっと逃げなさいよ! 謝ってももう遅いのよ!?」
キャハハ、と癇に障る笑い声をあげて、ハルはさらに矢を連射してくる。
「早く逃げないとあの子みたいに穴が空いちゃうわよ!?」
俺は武具を作るしか能がなかった。
前線に出てもメンバーの足手まといで、サポートするしかなかった。
邪神の力を借りているが、爆発的な強さというわけじゃない。
生前の能力差というのは、その程度で埋められはしない。
それだけ、特性増長作を持つメンバーは強い。
『技能吸収』は死体にのみ適用される能力。今は使えない。
胸当てと習得した『敏捷』スキルで今はどうにか回避はできているが、被弾は時間の問題だ。
またあの笑い声を聞かされるのか――?
また俺の意思は踏み躙られるのか――?
いや、もう二度とそんなことは許さない……!
「ッ」
俺は攻撃の回避と同時に地面にある石ころを拾い、ハルに投げつける。
『命中精度上昇』スキルのおかげか、少し距離があっても石はハルの肩のあたりに直撃した。
「え……何それ」
ぽかんとした表情をするハルは、足下に転がった石と俺を交互に見る。
「ククク……。アハハハハハハハ! 石ぃぃぃっ!? そんなので『くたばれ』なんてよく言えたわね! 傑作よ! ウケるわ! あ、笑い死にさせる気なのね!?」
享楽に浸る醜い笑顔だった。
……笑いたければ笑えばいい。
俺を処刑するときも、そうやって不快な笑い声を響かしていたな!?
――正直まだ未知数だが、使う以外に手がない。
絶対的な力量差を埋めるには、これしか。
俺は再び石を拾う。
『悪化』
石を悪の武具に変え、ハルに投擲する。
「え、遅っ。ええっと、さっきのはわざと当たってあげたのよ? わかんないかしら」
俺はその瞬間、酷い矛盾を見た。
これが、悪へ変質された力なのだと理解した。
初速と終速……。
投擲した物は、手を離れた瞬間に最高速度を計測し、速度を落としながら標的へ向かっていく。
なぜかわすのが容易いか。
速度が投げた瞬間から落ち着弾点が予測できるからだ。
だが、俺の投擲した悪の石は、その逆。
「当たったからって、次も当たるなんてどうして思っちゃうのかしら。こんなの――」
悪の石は初速が最遅であり、終速が最速。
要は、物理法則を捻じ曲げた不自然な加速。
加速。
標的に近づけば近づくほど、加速。
クソエルフ視点では、そう見えただろう。
「っ――!?」
ゆえに回避予測を大きく誤認。
ゆえに着弾する。
石つぶてがハルの脇腹に穴をあけた。
「――ぅぅ、ッ、い、痛い……! な、に、今の――」
完全に虚を衝いた。
その隙に畳みかける。
煙幕代わりに握った腐葉土に、所持スキルである『命中精度上昇E』を『悪化』する。
『命中精度下降A』
スキル効果が大きく反転した。
まだ混乱するハルに悪の土を投げつける。
「引きこもりのクソ弱陰気野郎がァァァッ!」
一瞬見えた魔法矢の色は赤だった。それを三矢つがえている。
あれは速度は落ちるが必中の追跡矢。
漏れなく悪の土をくぐった追跡矢は、すべて明後日の方角へ飛んでいった。
「何よ、それ……何よソレェェェェッ!?」
また拾った石を『悪化』する。
さっきのあれは、『超加速』というものらしい。
悪の石を投げると、回避できなかったハルの手に直撃する。
ゴキッ、と嫌な音が鳴った。
「ッ……! ナメんじゃないわよ……! ワタシを誰だと思ってんのよ!」
「子供狩りが趣味のクソエルフだろ?」
中距離での差し合いは、射手が最も得意とするところ。
かつて戦闘力ゼロの俺にここまで一方的にやられれば、プライドもズタズタだろう。
いいザマだ。
脂汗がにじむ顔を歪ませながら、ハルは弓を構える。
目には怒りの炎が灯っていた。
矢の種類は、得意の風魔法『ライトニング』。その一撃は雷のように鋭く疾い。
俺が『一閃弓』を銘にしたのは、ハルがあの魔法を使えるからだ。
「あんたなんて一発あれば十分よ! 貫いてあげる」
俺は気に留めずハルの動向を見守った。
「くたばれ! ――『ライトニング』」
ハルがつがえた魔法矢を放つ。
引き絞られた弦が矢を打ち出す。
だが、その瞬間、矢が暴発した。
四方八方に飛び散り射手自らを貫く結果となった。
「ギャァァァァアアッ!? あッ、あっ、アアア、っあ、ウウウウゥゥゥ。な……どうし……」
やはりな。
「大して怪我をしなかったおまえは知らないだろ。……十全な状態を前提としている武器だ。手負いでは、俺の『一閃弓』の力は使いこなせない」
その場で倒れたハルを俺は覗き込む。
「……穴だらけになったのはおまえのほうだったな、クソエルフ」
どくどく、と赤黒い血が流れ出ている。
「ワタシの弓が……どうしてぇ……」
「おまえのじゃない。俺のだ」
「だ……で。……でじょ」
「聞こえん」
「た、すけてっ。ながま、でじょっ」
「すごいな、おまえ。あんなことをしておいて、こんなに手の平を早く返せるのか」
呆れるというか、逞しいというか。
「まずひとつ。仲間であることをやめたのはおまえらが先だ。そしてふたつ目。そもそも俺はおまえを殺すつもりだ。ちょうどいいからこのまま死んでくれ」
俺は脇に転がっている『一閃弓』を肩にかける。
「おまえにはもったいない作品だった。――返してもらうぞ」
「わ、ワタシ、じゃないっ。言い出したのは、ワタシじゃないのっ。悪いのは、ワタシじゃないのよっ。だから助けて……お願い……」
「おまえの善悪なんてどうだっていい。俺は何が何でも全員殺すと決めている。たとえ善人だとしてもな」
「たすけて……。なんでも、してあげるから。性奴隷みたいに毎日毎日ベッドで腰を振ってあげる。だからっ……」
「今まで子供たちにそう言われてこなかったか? 『助けて』って。……おまえは助けたか?」
思い当たる節があったんだろう。
口答えするまでに少し間が空いた。
「ワタシは、悪くない、から……」
「悪いだろ。何言ってるんだ。……そうだ。今は何年でここはどこだ?」
ハルはゴホッと血の混じった咳をすると、すぐに答えた。
「今は八九四年……ここは大陸最東のランスーフの森……」
俺が処刑されて二年後なのか。
ランスーフの森は、俺の祖国、グリーシュ王国から少し離れた国の領地だったはず。
「よし、いい子だ。他の仲間はどこにいる?」
「し、知らない……、ほ、ほんとよ」
……まあいい。俺と特性増長作が共鳴してくれるのなら、近くにいればまた何か反応があるだろう。
「ほ、他に訊きたいことがあれば何でも教えるわ」
「大丈夫だ。もうしゃべらなくていい」
「え」
真偽を確かめようにも、その術がないことに気づいた。
あとで町かどこかで聞いていくことにしよう。
まだひとつだけ効果がよくわからないスキルがある。
毒性のある花から得た『誘引』。
悪の石がああだったように『悪化』のあと、どういう性質を持つのか、いまいち掴みきれない。
悪の属性を付与する『悪化』と、スキルを悪に転化して与える『悪化付与』がある、というのが、さっきの戦闘でわかった。
どうせ死ぬハルで試してみるか。
ハルは、生気が失せつつある色白の顔を不安そうにしている。
手をかざし『誘引』を『悪化付与』する。
『誘引』のスキルは『腐敗増進』となった。
「な、に、これ……」
きめ細かい綺麗だった白い素肌は、傷口を中心にどんどん変色していっている。
虫が一匹二匹と飛んでくる。それが数百、数千となるのに時間はかからなかった。
「やだ、やめて……! 助けて、アレンっ」
「じゃあな」
ぎゃーぎゃー、とハルは何か喚いていた。
集った虫は虫を呼び、虫は虫を産む。
今ごろハルの体は虫の温床になっているだろう。
振り返ると一帯が虫に覆われていて、いつの間にか喚き声は聞こえなくなった。
あれでは、何があそこにあるのかわからない。
道すがら見かけた親切な誰かが助けることもないはずだ。
……そもそも、この森は夜な夜な狩りが行われるらしい危険な森。それを知る人間は立ち入らない。
虫がいなくても、動物や魔物の飢えを癒すことになっただろう。
「迫る死を感じながら絶望したまま死ね」
抜け落ちた髪と早くも白骨化した死体が一瞬だけ見える。
胸の裡がすっとした。
俺の望みのひとつが今叶ったのだ。