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幻想旅遊記  作者: エニシ
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序章  女王オルフィアレス

 北の大国リヴァーニア。

 西の大国エルディオート。

 南の大国マクディニス。

 東の大国アイヴァリウス


 この四大大国と称される国々が、世界の中央たる教皇国ネイトフロントを除けば、世界を四分割していると言っても過言ではない。小国は星の数ほどあれど、どれもが大国の属国と化し、言語も通貨も統一がなされている。

 その強大な国力の前に抗う他の国はなく、自ずと四大大国が四大勢力とその名を変えるのに然したる時は必要なかった。覇権を巡る四大国は、世界統一という途方もない夢を前に、今や終わることのない戦争を繰り広げている。


 そして場所はその大国の一つ、東の王国アイヴァリウスに移る。


 千年の歴史を誇る伝統たる古王国は、つい先月その王座にオルフィアレス=ディア=アーネストというまだ歳幾ばくもない少女を就けたばかりであった。今年十六を迎えるうら若き女王がその王座を迎えるにあたり、しかし、血を血で争う権力闘争などどこにもありはしなかった。あったのは無言の可決。そこに疑問を挟む者などいない。


 うら若きこの女王は、王国の罪を免れるための子羊に過ぎないのだから。


 しかし、自らも王となることを望んだオルフィアレスに後悔はなかった。否。後悔をする権利すら、きっと自分にはない。

 今日も今日とてその権力の象徴たる王座に座り、階下に跪く老いた宰相フィアネスを悠然と見下ろしている。


「女王陛下。本日も百年に一度の大禍についての議を論じたくございます」

「許す。申しなさい」


 まだ幼さを纏うはずの声をどこかに置き忘れたのか、一ヶ月の王はすでにその身に人を圧倒する威厳と人に命を下す傲慢さを兼ね備えていた。これが血というものか、と頼もしさとともにどこか悲しみを覚えるフィアネスは、しかしその感情を声音に出すことはなく淡々と告げる。


「申し上げます大禍――ディルディアゴイのことは陛下もご存知でございましょう。現れる漆黒の化け物ども、ディアートは戦禍を生む者と称します。さすれば、後に現れる二神の儀の際には厳重な警備と警告が必要と思われ、ここにその費用と計画の書を提示したく存じ上げます」


 まだ幼い陛下に政治的決断は早い。それは陛下の決を侮るわけではなく、仕方がないことであった。誰もが皆、最初は素人なのである。積むべき経験を、しかし国は待つことはできない。それが国是というものである。国は一時として休むことなく進み続けている。

 だからフィアネスは上奏という形でおおよその国是を決める。国の全てが彼の肩に圧し掛かっているため、仕事は激務というのも生易しく、まさしく不眠不休の現状である。だが、子羊として挙げられたこの女王がただの飾りではなく、優秀な王であることをフィアネスは知っていた。フィアネスの伝える全てをこの女王は吸収しているのだ。

 このディルディアゴイという難題さえ乗り切ったならば、類稀なる女王は国の一手を担うことができるだろう。そのとき台頭する他の王族など物の数ではあるまい。


「おおよそは、理解できました。細かな修正は下した後、財務大臣のほうへと任せましょう。大儀でありました、フィアネス。顔を上げることを許します。面を上げなさい」

「はっ」


 伏せていた顔を上げる。女王となったかつての姫君のお顔を殿方が拝謁することは、許可なしには許されない。その上げた顔に映る美しき姿に、フィアネスの目から涙が零れた。


 波打つ金色の髪は絹糸のように細く、アイヴァリウスの王家に伝わる二つとない紫紺の瞳はその高貴さを遥かな高みへと押し上げる。声とは裏腹に幼さは抜けきらないその姿は、しかし開花を待つ美しき華の瑞々しさと危うさがあった。


「どうしました。なぜ頬を濡らすのです」

「その美しき御身に背負うあまりに過酷な運命に、臣下は涙を流しているのです」

「全ては私が決めたこと。嘆くことは許していません。涙をお止めなさい。さもなくば、鞭で打ちますよ」


 冗談めかした女王のその声に、僅かにフィアネスは顔が緩む。変わってしまった。しかし、変わらぬ女王の無邪気さもまだ残っている。


「今、世界は束の間の平和を享受しています。しかし、それも終わりますか」

「終わりますでしょう。ディルディアゴイでございますれば」

「ディルディアゴイ。それも、百年前のこと。私は、百年の悲劇を繰り返すつもりはありません」

「その通りでございます、陛下。ゆえに警備を怠らず、各地に派遣した我が優秀な騎士団の働きを――」

「戦を、終わらせられるとは思いませんか」


 遮った女王の声にフィアネスは困惑した。戦を終わらせる? 大禍と呼ぶべき時を前にして、どうして終わりが訪れよう。災厄は迫り、今まさに新たな戦が始まろうとしているのではないか。そのための生贄なのだ。

 しかし、女王の顔は微塵たりともその言が冗談だと告げてはいない。


「戦を終わらせるのです。かの、ディアートの力で」

「な、何を申されますか。上奏文には、そのようなことは」

「細かなところ、と申しましたでしょう。伝達の一部を変更します。ディアートの殲滅ではなく、ディアートの捕獲。やむを得ぬ場合に限り、生死は問わないこととしましょう」

「陛下! お戯れを! ディアートは黒き悪魔! 悪魔を手元に置くなど」

「悪魔が何です。私は王座に就いたそのときに、自分の心と蒼き神に誓ったのです。戦を終わらせると。悲しきその輪廻を断ち切ると。私はただ座して生贄となるつもりはありません。世界を変えて見せましょう」


 ああ、とフィアネスはうねった。変わった、などとどうして自分は思ったのだろう。変わりはしない。かつての傷ついた獣に御手を差し出したその優しさは変わらぬまま。だが、それゆえに悲しすぎる。

 分かっていますか、陛下。戦を終わらせるためには、やはり戦が必要なのですよ。

 ディアートの力を使う。そのかつてのない歴史の揺らぎに、フィアネスは途方もない不安を感じたのだった。




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