第15幕 18
カエナが常人には敵わないスピードで2人の男を、幾つもの節のある鉄の棒「鉄鞭」という武器で払い、なぎ倒す。
3人目の男が逃げようとしたとき、目の前にアンジェが立ちふさがった。
「アンジェ、その男から大量の「火属性」の『神杯』の反応がある。出来る限り高い位置にその男を運ぶんだっ!!」
ロウ――シエルの指示に「はいっ」と答え、その男を抱きかかえ、大空へと翼を広げ飛び立った。
既に時刻は14の刻(午後2時)。
大広場には各地域の大山車が列をなして披露される時刻となっていた。
3人の『カタフ』がいた場所は、そんな大広場のすぐ近く。
後発でやってきてロウ(シエル)、カエナ、カメリアには「吸収」の術をかけた『神杯』は数に限りがあり、渡されていない。
シエルの判断で、アンジェに3人分の「火属性」の『神杯』を持った男を大空へと運ばせた。
(そろそろどうでしょうか?シエルさんっ!!)
「もういいよ。その男をその場から放り出して、君は離れた位置から狙い打つんだ」
(はいっ!!)
「させるかよっ!!」
大空に運ばれたときからシエルの狙いを読んでいた男が、アンジェの体にしがみつく。
「女の子の体に触るなんて…いやらしいですっ!!」
この場合――それは不可抗力に近いことだが、アンジェは構わず男を凄まじい力で自分の体から引き離す。そのとき、アンジェの服の一部が引きちぎられたが、アンジェはお構いなしだ。
そして情けない声をあげる男目掛けて、火矢を放った。
大広場に轟音が響いた。
山車目当てに集まった人々や、離れた地域にいた見物人たちも、その音がした――はるか上空へと視線を向ける。
大空には、赤やピンク、オレンジ、黄色――色とりどりの鮮やかな輝きが、放射状にゆっくりと地上に落ちていく様が見えていた。
「よくやった、アンジェっ!!」
「シエルさんっ!!」
光に紛れてシエル――ロウが居る民家の屋根に戻ってきたアンジェを見たロウは――その場に勢いよくブッ倒れた。
「えっ!?シエルさーんっ!!?」
驚いたアンジェは、状況が飲み込めず、倒れたロウ――シエルの姿にあたふたしている。
「いいからアンジェ…これ着なさい」
カエナが羽織っていたカーディガンをアンジェに差し出した。
「はい?でも…」
「胸…見た?」
「えっ?……あら…」
カエナに指摘されて――空中で男に引きちぎられた服は――アンジェの胸の部分だった。
それを目の前で見てしてしまったシエルは、そのまま気絶するハメになってしまったのだ。
いかにも情けない話ではあるが――彼が目覚めるのは――それより3日後のことである。
◆◆◆
――全て終わった。
クーゼからそう連絡を受け、朝から駆けずり回っていた一同が安堵のため息を漏らすことが出来たのは――14の刻(午後2時)を大きく回ったころだった。
ほとんど祭りの騒ぎではなかった。
が、被害を出すことなく事態を収集出来たのは――シエルの力が大きかった。
そのシエルがアンジェの胸を見て気絶した――という話はこのときはまだ、クーゼやその場にいたメンバー以外に知らなかったが。
あちこちに分かれていたメンバーたちが近くにいることを知ると、待ち合わせて合流し。
アーラとジンも、近くにヴノとクレイが居たことを知ると、連絡を取り合い――待ち合わせをして大広場の屋敷に戻ることにした。
アーラが待ち合わせ場所にやや遅れてやってきたヴノとクレイと話しているとき。
ジンの目には、人ごみの中に自分に視線を送る――リシの護衛として傍にいた――ジンに挑発的な言葉を残した青年を見つけ、アーラの気がヴノたちに向いていることを確認すると、青年の姿を追った。
「なぁ…ジン……ジン?」
アーラが振り向いて話しかけたとき。その場にジンはいなかった。
「……ジン、あれ…クレイまでいねぇ……」
ヴノもクレイの姿までないことに気がついた。
◆◆◆
「ティタオ……」
ジンはティタオと共に、離れた路地裏まで足を運んでいた。
「ここだ」
そこは密集した家々の奥にある――人が数人程度集まれるほどのスペースに案内された。
「ジン……」
そこには――リシが居た。
「公主様……」
ジンの瞳が見開かれる。
「ティタオに頼んで、あなたたちの動きを探っていてもらっていたの。
なんだか慌ただしかったみたいだけど……もう落ち着いたようね」
「……えぇ。それで…俺に今頃何のようなんです?」
「つれない返事ね。私はあなたに会いに、このピサ島へ来たのよ。
あなたにひとつの真実を教えてあげようと思って」
ジンの整った眉尻がピクリと跳ね上がる。
「……どういうことです?」
「それを教えたら…私の元に帰ってきてくれる?」
「では教えていただかなくて結構です」
「本当に頭にくるわね。まぁ…あなたのことだから、もう既に知っているのでしょうけど。
あの可愛い子…アーラくんと言うんでしょ?」
リシがアーラの名を口にした瞬間――ジンのその体から殺気を含んだオーラが立ち上り始める。
それに反応し、ティタオが剣を具現化させた。
「いいのよティタオ。あなたの親友だったティタオもね…『第3級』レベルの『アトスポロス』になったの。今では私のいいボディガードだわ」
「そうですか…それで。アーラには関係ないでしょう?」
「そのアーラくんに関係大アリよ。
彼…あなたの双子の妹なんでしょ?血の繋がった……」
ジンが藍色の双眸に怒りを込めて、リシを睨みつける。
「…お母様の名前はリチさんだったかしら?
あなたはお腹にいたとき、本当はとても小さくて…でもアーラくんが、自分の体の一部を分け与えてあなたのことを生かしたそうね。
あなたは生まれてからもそのことを覚えていた。
でも妹…アーラくんは手足もなく、性別まで無くした「ヒルコ」として生まれることになった。
あなたを取り上げた産婆は、とあるレユアンの役人と繋がりがあり…その頃レユアンでは高ランクの『アトスポロス』を欲しがっていた。あなたの母親が能力の高い『アトスポロス』だと知って、その産婆に子供を奪ってくるように言われていた。それはわざわざ高い報酬を払わないで1人の高ランクかもしれない『アトスポロス』が手に入るのだからね。「死産」とでも伝えればなんとでもなると思っていたのかしら?
産婆はあなたを奪い、アーラくんをお母様の手元に残したわ。
しかもあなたは黒い髪に堀の浅い面立ち…東洋の民の特徴…お母様の血を色濃く継いでいた。あなたは今のお父様のところに預けられ……しかしあなたは小さい頃から自分の生い立ちも、その立場も理解していたから、アーラくんを探して5歳のときに一度家を飛び出した。
そのときにアーラくんに出会ったのでしょう?
そして妹を護るために、幼いあなたたちは生き延びようとした。
でもあなたは『ディアボロス』に襲われて…アーラくんを護って右目を失った。
あなたの今のその右瞳は…あなたの『神杯』が無くした瞳の代わりをしているのね。
そしてあなたはニキティス家の人々に助けられ、アーラくんがニキティス家の一員としてその家族に迎えられていたことを知り…あなたの本当のお母様の死のことも知った。
そこで若きプロメテウス公に出会い、大きくなったら迎に来いと言われ…あなたはそれを忠実に守った。
どう……よく調べたでしょ?
って、ほとんどティタオが私に教えてくれたことだけどね。
それでも産婆のことなんて、調べるのは大変だったのよ、ジン……」
リシが得意げにしている姿を見て、ジンははぁと大きなため息を吐き出した。
「えぇ。褒めて差し上げますよ。ほとんどその通りです……。
で…俺にどうしろと?」
「これ…アーラくんに伝えていい?」
「言うと思いました。伝えてどうするんです?」
「あなたはどうなの、ジン。血を分けた実の双子の妹と恋人同士なんて……」
ジンはリシに対して無表情を押し通す。
「優しいニキティス家の人々は迎えてくれるでしょうけど…世間がねぇ。
大スキャンダルになるんじゃない?あの『フォス』様が、双子のお兄様と恋仲なんて。
そう忠告してあげようと思ってね」
「……脅しですか…」
「そうね……あなたが私の元に帰ってくてくれるなら、私の心の中に深くしまってあげる…っていう条件よ」
「俺はあなたに気はありませんよ。今も昔も」
「でもあなたの体は私のものになるわ。人の心なんて移ろいやすいものよ。あなたの大好きなアーラくんは、あなたの妹であるミゲちゃんも好きなんでしょ?そっちの恋を応援してあげる気持ちなんてどうかしら?
どうせアブノーマルなら、それでもいいじゃない」
ジンは俯き、沈黙した。
「あなたは1年前まで髪を伸ばしてた…それはアーラくんに対する想いの現れだったんでしょう?そして私と関係を持ったのは…行き場のない……想い人の元へいけないジレンマが衝動的な「性欲」となった……ってことだった。
年頃の少年ですもの。仕方ないわ……でもそれは私の気持ちを本気にしてしまっていた」
ジンの表情がわずかに歪んだ。
あれは自分にとっても――「一時的」な過ちだった。
そのツケが今こうして――出てきているのだ。アーラたちに迷惑をかけるわけにはいかない――そうジンが判断しかけたとき。
「ジン。その人のところへ行く必要はない。
オレが認めない」
ジンがティタオに案内されてやってきた路地から声が聞こえた。
それも――最も聞いて欲しくない――声の主。
それはアーラの声だった。




