第15幕 17
長らくお待たせいたしました。ようやく再開いたします。
「うわぁっ!!」
男が路地裏に逃げ込もうとして――現れたケリーエに驚き、反対側の路地に逃げ込もうと――それも背後に立つパイクに阻まれた。
パイクに気を取られている間に、ケリーエが男の背中に右手を突っ込んだ。
「なんだっ!?」
男は痛みを訴えない。血も――出ない。
「発動」
ケリーエが一言呟いて。男の姿がケリーエの握る『神杯』の中に吸い込まれていった。
「……呆気ないな」
パイクがそんな感想を漏らした。
「…この『カタフ』からは、『火属性の神杯』の反応がない…。
囮を掴まされたんだろうな……」
そう口にするケリーエの表情は暗い。
(ケリーエさん、パイクさんっ!!)
突然2人の頭の中に、シエルの声が直接響いた。
「シエルさん…ですか?」
(はい。お2人の位置から南側の通りに向けて、1人の『カタフ』が移動しています)
「ありがとうございます。すぐ追います」
ケリーエがシエルから齎された情報に礼を述べ、すぐに返事をした。
(お願いしますっ!!)
「それとシエルさんっ!!」
(はい?なんでしょう?)
ケリーエから声をかけられ、シエルは驚いた様子で反応した。
「けして無理はしないでください。私たちはあなたが頼りなんです」
(……はい。ありがとうございます)
シエルは落ち着いた声で、ケリーエに答えた。
「ケリー兄さん…心配するのはいいけど、あまりあの人にプレッシャーをかけるような言葉をかけない方がいいんじゃないのか?」
パイクの質問に、ケリーエは小さく息を吐き出した。
「それでも…言いたかったんだ。あの人の頑張りは本物だからね」
「…そうだけど……」
それ以上はパイクもケリーエに言うことはせず、2人の姿は路地裏から消えた。
◆◆◆
「ここからだと、ケリー兄さんたちの方が『カタフ』に近い…かな」
「だろうな……俺たちはシエルさんのフォローに……」
ここでジンの言葉が不自然に――途切れた。
「……ジン?」
アーラがそんなジンを心配して顔を向けたが、ジンは藍色の双眸を大きく見開いて、一点をただ――見つめていた。
そこは「レユアン街」というレユアン王国からやって来た商人たちが作った、東洋の文化を感じさせる店などが並ぶ通りになっていた。
建物も木造のものが多く、エリュシオンの街並みに慣れ親しんだ者たちからは、一種の異世界に迷い込んだような独特の雰囲気が溢れ、祭りの人ごみを相まって、そこは摩訶不思議な空間と化していた。
そこに女性が1人。2人ほどの体格のいい男性を伴い、路地を出たところからジンを見つめていた。
アーラも見たことのない――東の民の美しさを全て独り占めした――妖艶な美女。
艷やかな長い黒髪がふわりと揺れ、女性はジンへと歩み始めた。
「…探したわ…ジン」
「…リシ様……」
ジンの呟きにアーラが反応する。
リシ・チンティン――レユアン王国、先の女王ディエの長女の名前。
現王シバンの姪に当たる人物だったはず――。
レユアン王国でもその美貌に狂わされた男は数知れないという――それほどの美しさをもつ女性と聞いていたが――。
目の前のこの女性ならば、それも頷ける。
「…隣の子…綺麗な子ね」
リシという女性は、ジンへと向かっていた歩みを、2歩手前でアーラへと向けた。
ジンは容赦なくその女性を睨みつけると、アーラを自分の背後に隠した。
突然の出来事にアーラは成すすべがなく、今はジンの背中だけがアーラの目の前に広がっている。
(またこいつ…背が大きくなったのかな?)
と、関係ないことまで考えてしまったが。
「どうして?取って食べたりしないわよ」
美しく綺麗な声音だった。心地よい鈴の音が響いているような――。
それでもジンはその声音に酔いしれることなく、殺気を込めてリシを睨み続けた。
「俺だけで十分でしょう?それにもう何も関係はないはずだ」
「酷いのね…あんなに愛し合ったのに……簡単に私に飽きてしまうのね。
私の体には、まだあなたが消えずに残っているのよ?」
美しい声がら繰り出される、意味深な言葉の数々。
アーラの体がぶるっと震える。一体どういう意味なんだ――と。
「今はその子に夢中なの?」
「元からこいつだけですよ、公主様」
元から?アーラからジンの顔を見ることは叶わない。
今こいつはどんな顔してリシと話をしているのだろう?
ただ「公主様」とジンが言ったことで、この女性がリシ・チンティンであることは特定出来たのだが――。
「1年もあなたを探し続けたのに…こんなに簡単に私を振った男はあなたが初めてよ。
その子の嫉妬してしまうわ」
笑みは絶やさないが、リシの言葉には刺が含まれている。
「私はしばらくこのピサ島にいるわ…いつでも訪ねてきてね、ジン。その子も一緒だともっと嬉しいけど……」
「これ以上あなたに関わるつもりはないですよ。諦めてください」
ジンはリシに否定し続ける。一体この2人の間に何があったんだ?
アーラの頭の中で、「不安」が急速に支配を広げた。
「公主様。これ以上は次のご予定に差し支えます。今はこれぐらいで…」
リシの背後に控えていた男の1人がリシの耳元で囁いた。
「あら…とても残念だわ。それではね…ジン、また会いましょう」
その存在感とは逆に、呆気なくジンとアーラの前からリシは去っていく。
リシを促した男とは違う――もう1人の男がリシを見つめるジンに歩み寄った。
「まったくお前は1年前と変わらないよ…リシ様でさえ拒絶するとはね。
でもこのままでは済まないと思えよ」
「何をしているのティタオ?行くわよ」
「はい、リシ様」
ティタオという男は、ジンに挑発的な視線を向け――その余韻を残したままジンの前から去っていった。
「……ジンっ!!」
リシたちが見えなくなると、呆然としているジンを――不安げに見上げた。
そんなアーラをジンはようやく見返すと、何を考えたか、人が1人通れるかという店と店の狭い隙間にアーラを連れ込んだ――ほとんど衝動的に。
「……あ…はぁ…はぁ…」
強引なキスのあと、アーラが空気を求めて大きく肩を上下させながら呼吸した。
ジンもアーラと同じように、荒い呼吸を繰り返した。
「…なんだよ……なんなんだよ…あれ」
「…あとで話す…必ず…。でも今は…訊かないでくれ」
アーラはジンの胸に頭を預け、ジンはそんなアーラを抱きしめた。
「わかった……今は『カタフ』を探そう……」
「……あぁ」
(ジンさん、アーラさんっ、どうしましたっ!?)
突如シエルの声が頭に響き、反射的にジンとアーラは体を離した。
「いや…な…なんでもっ!!」
珍しくジンが動揺している。
(突然お2人の気配は感じなくなったものですから…何かありましたかっ!?)
何かあったんだけど――答えるわけにいかない。
「何もないです。すみませんでしたっ」
(なら良かったですっ!!「視界」の情報を送りますから、僕らのフォローをお願いしていいですか?)
「はい、お願いしますっ!!」
シエルとのやり取りの間、ジンが必死に取り繕っているのがわかっていたので、アーラはジンの後ろで笑いをこらえて肩を揺らしていた。
ジンはそれがわかっていたので――シエルの声が聞こえなくなったとたん、アーラを羽交い絞めにして振り回した。
「ごめん、ごめんっ!!」
「行くぞっ!!」
愉快そうなアーラの手を強引に掴むと、ジンは屋根へと飛び上がった。
アーラからは見えなかったが――このとき、ジンの口元には微かな笑みが浮かんでいた。




