第15幕 12
「まちなさーいっ!!」
アンジェは背中から「翼」を具現化し、飛行を可能とする。
そこまではいいのだが、「そこでじっとしていなさい」と叫んだものだから、男に逃走の機会を与えてしまったのだ。
男は屋根伝いに逃げている。
アンジェはそれを空から追いかけている状態だった。
ロウは人ごみの中にウロつくもう1人の男を追っている。
シエルの『視野拡張』の能力で、その男の「色」だけが見えている状態だ。
人の中に紛れようと、ロウは見失うことはない。
そして祭りでごった返す通りの人の波を、まるでなんでもないかのように、するすると避けて通る。
通り抜けられた人々のほとんどはロウに気がつかず、露店の賑やかな品揃えを目で追うことに夢中になっていた。
そしてロウは思う。
「私がスリなら、ヤリ放題ですね」
もちろんそんなことはやりはしないのだが――ちょっと思ってみたかった。
アンジェがあるものに気づく。
が、すぐに屋根を伝い逃げる男に集中した。
「追ってこい、追ってこい」
わざと屋根の上を逃げながら、アンジェが自分を見失わないように、男は一定の速度を保った。
「羽の生える奴なんかいなかったと思うが、この祭りに合わせて他の地域の『アトスポロス』が応援に来ているってことか。
まぁ、どっちにしてもこのままあいつをおびき出し、人質にして仲間を集めさせても面白いな」
男はそんなことを呟きながら、空の上のアンジェを気にしつつ、目の前の自分の逃走経路を確認しようとした。が。
「うわぁっ!!」
男の目の前に、1人の少年が屋根と屋根の間から飛び出した。
「受け取れ、姉ちゃんっ!!」
そう叫ぶなり、少年――ワルドは思いっきり、男を空高く蹴り上げた。
体をくの字に折り曲げ宙を舞った男を、アンジェはタイミングよく、空でナイスキャッチする。
「ありがとうございます、兄ちゃんっ!!」
可愛い容姿からは似合わぬ台詞で、先ほどアンジェがワルドを見たときに、ワルドがしてみせた――同じように親指を立てて笑った。
ワルドもアンジェのノリの良さに、にっと同じポーズを屋根の上でとっていた。
「つぅわけで捕まえてきたぜっ!!」
アンジェとワルドの連携プレイで、見事、男は確保され、ロウも問題なく街行く男を確保していた。
だが問題は――。
アンジェとワルドが確保した男。逃走の恐れがある――だからとは言え――。
見事な亀甲縛りで身動きひとず取れず、アーラたちの前に差し出されたのだ。
「時間がかかってると思えば……馬鹿か、お前はぁっ!!」
アーラが叫ぶ。
「そうは言うけどよ。これ大変なんだぜ。でもうまいだろ、俺っ」
自慢することか?!
ワルドにはそう頭ごなしに怒鳴りたい。
「私、やり方覚えましたっ!!」
「覚えなくていいからっ!!」
これはシエルの即答だった。
「えっ!?そうなんですか?」
残念そうにアンジェは落ち込んでいる。
「ワルドさんはそういうご趣味があるのですか?」
ミューズが何気ない質問のごとく、ワルドに聞いた。
ちょっと待て――とアーラが思いかけると。
「?意味わかんねぇけど、これ兄貴から教わってんだぜ」
自慢げなワルド。
えっ?!ワルドのお兄さんって?!――アーラとシエルの脳裏には、その問いに対する答えを求める欲求が渦を巻く。
だが今は、目の前のこの男から急いで聞き出さなければならないことがある。
「とにかくこうはしてられないな」
アーラは左耳に仕込んだ通信用の『神杯』に手をかけた。
◆◆◆
〈皆っ!!〉
各メンバーの耳に、アーラの声が飛び込んできた。
「アーラっ!?」
ジンとミゲが互いの顔を見合わせた。
〈『カタフ』らしき男を1人確保した。尋問するにも、ここは人の往来が激しい。
どうすればいいっ!?〉
屋敷にいるクーゼたちの耳にも、アーラの声は届いている。
「よくやった。俺たちは今中央広場の屋敷にいる」
〈そこまで連れてこられるか?〉
クーゼの声に、アーラはシエルと顔を見合わせた。
「問題ないよ。今から向かう。皆も一度、中央広場のニキティス家の屋敷に来てくれっ!!」
通信はそこで途絶えた――はずだった。
〈アーラ、お前、今どこにいる?〉
「…ジンっ!?」
アーラの頬が一気に紅潮する。
シエルが微笑む中、そんなシエルから視線を外し、アーラは慌ててジンへと集中した。
「東の海岸通りに近い路地裏だ。シエルさんたちもそこにいる」
〈今、そこに向かう。そこで待ってろ〉
「待ってろって…大丈夫…」
〈いいから待ってろっ!!〉
一段と大きい声が耳に響き、一旦、通信は途絶えた。
「なんだよ……」
アーラは恥ずかしそうに、小さく文句を言った。
◆◆◆
ほどなくジンとミゲたちが合流し、2人の男たちは中央広場にある屋敷内に運ばれた。
そこにはキートやクラッペの他、シェーヌやフィールまでも合流していた。
もう1人の男は『デナモス(悪霊)』が憑依された状態の人の「屍」であることがわかり、すでにその操る術が途絶えているため、元の「死体」に戻っていた。
そうして『カタフ』を捕まえたワルドは――。
「俺が捕まえたんだぜぇ」
と、自慢げな様子で自己主張の真っ最中だった。
「で…この亀甲縛りもワルドくんの仕業なんですね」
「そうですよ」
ケリーエもそれ以上、言う言葉がない。
「……運んでくるのが恥ずかしかったな……」
ジンがぽつりと――呟いた。
「まぁ…とにかく……」
苦笑いが抑えられないクーゼだったが、男を見下ろしたとたん。周囲の空気が一瞬で凍えるほどの――憤怒の表情で男を見た。
いくら『カタフ』たちが刹那的な考えや行動をするからと言って、このクーゼの表情に恐怖感を抱くのは、彼らにも感情というものがある証拠だ。
男は水気のない――それでも唾を飲み込んでしまう。
「……何を企んでいる?」
「企む?楽しむと……」
だんっと、クーゼは床に転がる男の顔を足で踏む。
男の顔は床に潰され、顔の形は序々に加わる足の力で歪んでいく。
「言え」
「ひゅ…ひゅうか(い…言うか)」
「……言え」
「……ひゃはは(あはは)」
笑ったとたん、クーゼの足が男の頬に容赦なく食い込んだ。
「そうか。ならこのまま死ね」
冷酷な顔でクーゼは男を見た。男の頭の中で、瞬間的に死への恐怖が湧き上がる。
「……ひゃっ、ひゃて(ま、まて)」
すっとクーゼの足の力が緩む。男はほっと息をつくが、クーゼの足が離れたわけではない。
「い、今…俺の仲間が島中に散り、『爆裂』の魔導術を仕込んだ大量の『神杯』を抱えている。これだけ言えば、馬鹿なお前らにも意味がわかるだろう」
「数は?」
これはケリーエの質問。
「言うか馬鹿」
男がそう強がった。
それを聞いた再びクーゼの足の力が、男の顔面を維持する肉体の限界を一気に越えようとしたとき。
「そこまでわかれば大丈夫です。数も場所も、僕が突き止めてみせます」
シエルがクーゼとケリーエに申し出た。
「兄さん、シエルさんの能力は半端ない。この男を見つけられたのもシエルさんのおかげだった。出来ると思うっ」
シエルの能力を目の当たりにしたアーラだからこそ言えること。
それが嘘ではないことは、2人の様子からもわかる。
「わかった。それでいこう…シエルくん、お願い出来るかな?」
「はいっ。任せてくださいっ!!」
シエルがクーゼに力強く言った。
時刻はまもなく昼を迎えようとしていた――。




