第15幕 7
アシエは両手一杯に抱えきれなほどの食べ物を持っては、とろけてしまいそうな喜びに満ち溢れていた。
「俺、だから祭り好きだよ」
「そうだな」
アシエの傍にはパイク。苦笑いしながらアシエの様子を見ていた。
「クアも好きだよぉ。美味しいもの一杯だよ」
「…そうだな」
ジンの肩にとまっているクアもご満悦だ。
最初は人の多さに戸惑っている様子だったが、ジンやアシエから食べ物を分けてもらい、お腹も一杯で少々眠そうな気配でもあった。
そんなクアの様子に、ジンは少し笑いを堪えている。
「これだから下賤の輩は……」
アーラの肩にいるアステは、どこか不機嫌そうだ。
「その下賤の輩たちから食べ物を分けてもらっておいてそう言わないの」
ミゲが常にアーラの傍にいて、度々アステにツッコミを入れる――だけでなく、最近はアステが「赤毛」とイヤミを込めて言ったとしても、余裕をかまして「そうねアステ」とやり返してくるので、アステはとことん面白くない。
食べ物は美味しくて満足なのだが、ミゲの余裕っぷりが気に食わないのだ。
「ミゲが嫁なら、アステはさながら小姑ね」
これはレガーメの感想。
「本当にすみません……」
アーラはただレガーメに謝るしか出来ない。
「いいのよ。それよりアーラくん、うちに婿養子に来ない?
そうすれば、うちに寄り付かない馬鹿息子も、来るしかなくなるから」
あぁ、そういう目的もあるのか。アーラはなんとなくレガーメが婿養子を進める意味が納得出来た。
「母さん、たまには帰ってるだろう?」
「1年に一回も戻らない馬鹿が、大きな口叩かないでね」
昨日のやり取りから見ても、ジンは完全にレガーメに頭が上がらないのだろうな。
アーラはそんなことを考えてしまった。
「それともミゲをうちに置いて、アーラくんとジンに通わせる手もあるわね。
今はそんな感じなんでしょ?」
とんでもないお母様だな――アーラは答えに行き詰まった。
「あっ、それより、やっぱりアーラくんをうちに置いて、ミゲとジンを通わせる手もいいわね」
どんどん加速していくレガーメの想像。アーラはその止め方を知らない。
「すみません、レガーメさん……でしたらレガーメさんがアンテニー家の屋敷に住まわれたらいかかでしょう?そうしたら……ミゲや、嫌でもその息子さんに会えますから」
これはパイクの提案。どうしてもジンが嫌で仕方ないらしい。
「パイク兄ちゃんも懲りないね」
アシエの一発にパイクは言葉を失い、イカの丸焼きを口一杯に頬張るアシエ以外の――アーラたちは声を立てて笑った。
「でもそれもありかもねぇ。こんな美形家系を毎日拝顔しながら過ごせるなんて、考えただけでも舌なめずりものだわ」
「母さん、母さん……」
ジンが、想像逞しい母にツッコミを入れた。
「…違うわ。幸せよねぇ」
もう遅いと思う。さすがのミゲも、レガーメの顔を呆れながら見ていた。
こんな無防備に街を闊歩するアーラたちだが、その気配は感じないわけではない。
イロアス協会の『警護役』たちが、常にアーラたちの周囲を固めてついていた。
当然、アーラ、ジン、ミゲ、パイクの4人も周辺への警戒を怠っていない。
だがこんなときだからこそ、楽しみたいという気持ちが警戒を勝る。
こんな機会を多く持てるわけではないからだ。
それを一番理解しているのはレガーメなのかもしれない。だからこそ、一番はしゃいで――そんな姿で子供たちを喜ばせる――否。困らせたいのかもしれなかった。
◆◆◆
「しかしすごい人だな…」
男が3人ほど。
とある安宿の一室の窓から、この祭りを眺めて言った。
「……いいなぁ。こういうのを見てると、ここが一面死体と血だまりの地獄と化した景色になることを思い浮かべてしまうよ。そうなるともっと綺麗だろうなぁ」
「気が早い奴だ。全ては明日だぞ、わかっているか?」
「わかってる。計画はぜーんぶこの頭の中に叩き込んでいる」
窓から少し離れたソファに座る2人の仲間らしき男たちの会話を聞いて、窓辺の男が思い出したように、そのうちの1人に訊いた。
「あと…仲間は何人だっけ?」
「俺たち含めて12人ってところだな。そのうち『悪霊使い』が3人ほど残っているから、そいつらで『アトスポロス』を引き付けることになっている」
「そうか…。それにしても随分減ったなぁ。100人以上はいたんだけどなぁ」
窓辺の男が嘆息した。が、そんな仲間の死を惜しむ様子は微塵も感じられない、陽気な笑みが口元には浮かんでいる。
「協会にバレたのが痛かったなぁ。オルディネがしくじったせいだけどよ。
ブーロも捕まったまま、まぁ…そこからも情報は漏れてるだろうけど」
「おかげでデウス様は俺たちに一切情報をくれなくなってしまったからなぁ。
自分たちでなんとかするしかないだろう?」
「でも…これで明日はこの島から『カタフ』は一掃されるわけだ」
まるで遊びに行くような清々しさで、ソファに腰掛ける男の1人が、うーんと両手を上げ、体を伸ばした。
「そうそう。それもとびきり犠牲者一杯引き連れてさ。俺たち歴史に残る一大イベントやっちゃうわけだなぁ」
「最後まで楽しくやらなぁ。せっかくもう一度、この世に舞い戻った意味がない」
男たちに罪悪感などの欠片もあるはずがない。
島に最後に残された『カタフ』たちは、自分たちの最後の演出を、快楽と興奮の思いで待ち望んでいた――。
◆◆◆
「カメリア。これからでも街に行こうか?」
1人。アーラたちの誘いも断り、マシュドの屋敷に残ったカメリアは、クーゼからそんな言葉をかけられていた。
「大丈夫です。シエルさんじゃないんですが、少し人の多さに当てられてしまっていたので…ここに戻れて助かりました」
そんなカメリアの言い訳は、クーゼには見透かされている。
「…ごめんな……」
クーゼのそんな一言に、カメリアは頭を振った。
「どうしてクーゼ兄様が謝られるのですか?」
「カメリア。どうせだったら、本当に、カリディアと一緒に俺たちの家に来ないか?
そうなれば俺たちも嬉しいし、何より母さんとサリッサが大喜びする」
なんだろう。その「大喜び」って?
カメリアにはその意味がよくわからない。
「孤児院の方に、まだ籍はあるのか?」
「はい。15歳までは…。今はナギ学長が私とカリディアの後見人となってくださることで、『アカデメイア』に通えてます。
でももし、この家にお世話になるってことになると、『アカデメイア』は辞めるということになるのですか?」
クーゼは静かに首を左右に振った。
「そんなことにはならないよ。カメリアも『アカデメイア』でやりたいこと、やらないきゃいけないことがたくさんあるだろう?ここの家の家族になったからって、それは何一つ変わらない」
「あなたたちが家族になってくれれば、本当に賑やかで嬉しいわ」
「…母さん」
どこかでクーゼとカメリアの会話を聞いていたのだろう。
リカーナが2人の会話に入ってきた。
そうか。大喜びって、家族が増えるということが嬉しいのか。
カメリアはそう理解した。
「娘が欲しかったのに、アーラってば男の子の姿選んじゃうし…もう寂しくて仕方ないわ」
「母さん…カメリアにそう言ってもしょうがないだろう」
愚痴るリカーナに、クーゼは呆れながら突っ込んだ。
「…少し考えさせてくださいませんか?」
カメリアが消え入りそうなか細い声で言った。
「カメリアやカリディアにも考えはある。無理になんて言わないさ。
それもひとつの選択肢として……」
「いいえ。とても嬉しです。カリディアとちゃんと話し合って決めたいんです。
アーラ兄さんは、私に自信を持っていいと言ってくれました。
だから…こう言っていただけたことを、前向きに考えたいんです」
「そうか…あいつがそんなことを……」
クーゼはカメリアに「わかった」と頷いたあと
「いつもでも待つよ」
と答えた。
「私もよ。カメリア……」
リカーナもクーゼに続き、カメリアに優しく微笑んだ。
「はい、ありがとうございます」
カメリアは先ほどとは違う満面の笑みで、クーゼとリカーナに頭を下げた。




