第15幕 2
祭り2日前。
スフェラの屋敷で、祭りの3日目に行われる「女装コンテスト」の衣装合わせが行われていた。
男連中は――いずれもやる気のない様子で、女性陣がきゃーきゃーと盛り上がっている様子を眺めていた。
「なんであんなに楽しそうに出来るのかね?」
「さぁ!?」
やはりやる気のないアーラの返事は曖昧だ。
質問したヴノはじっとアーラを見つめた。
「だよなぁ。お前は男だし」
「まぁ…今はね」
「どんなときにその…異性になるの?」
クレイが興味津々という様子で訪ねてきた。
これはアーラが頼んだこと。
今までと同じように接してくれるなら、性別が曖昧な自分のことへの興味も、構わず訊いてくれ――という、アーラの希望でもある。
「うーん…ほとんどアーラだよ。意識しないと『フォス』にはならなかったし」
もう正体もぶっちゃけて、アーラはすっきりした様子で答えている。
もちろん正体をバラしたのは、信頼のおける仲間だけだ。
「俺といるときだけ、嫌でも『フォス』になるけどな」
得意げに語るジンに、アーラの顔は耳まで真っ赤となり、ヴノとクレイは「ああ、またですか?」と、呆れ顔である。
「まぁ…でもさ、ジンは何で『フォス』を好きになったんだよ?」
「衣装の用意が出来たわよ」
ヴノの問いかけと同時に、プリムラがアーラたちに声をかけた。
「はい」
と、ジンが真っ先に席を立った。
「…あの野郎……」
「人の心は「宇宙」だってさ」
悔しがるヴノに、クレイがぼそっと呟いた。
「はっ!?どう言うこと?」
「…さぁ?」
まるでジンのようにはぐらかすクレイに、ヴノとアーラは顔を見合わせた。
「きゃははははははっ!!!」
これはフリフリのレースをあしらったピンク色のドレスを着た――ワルドの姿を見た瞬間の周りの反応だった。
「に……似合うぅっ!!」
予想に反してワルドの姿は可愛く、ただし、あまりに悲しそうな、情けなさそうな顔をしているワルドとドレスのギャップに、周りは笑っているのであった。
「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇぇぇっ!!」
叫ぶワルドに、一番ウケていたのはシェーヌであった。
これはワルドがシェーヌに対する、普段の仕打ちへの報復なのは誰もが知っている事実なので、大ウケするシェーヌの姿になんとも苦笑いを浮かべる者もいた。
だが続けてレユアンの王族の女性が身につける衣装に身を包んだジンが姿を見せたとたん、空気が一変した。
「……綺麗過ぎないか……」
短い髪のジンは、長い黒髪のカツラを被り、簡単な化粧を施している。
ヴノはまじまじと穴が空くほどジンを見つめていた。
「…惚れんなよ……」
アーラが冗談なのか、本気なのかわからない台詞を吐く。
「いや…わかんねぇ……」
「……ちょっと待てっ!!」
アーラが腰掛けていた椅子から立ち上がりかけると、ヴノが冗談、冗談を必死に否定した。
「でも…これは惚れちゃうよね」
クレイが呟いた。
「私もぞっとするぐらいにジンが綺麗なので、同性だけど惹かれそうになったもの……」
衣装を担当したプリムラも、クレイの感想と同じであることを告白した。
「あんまり褒められても、俺から出せるのは毒舌ぐらいですよ」
「なんでだよ?」
どうして褒めてくれる相手に、毒舌で返すのだろう?
アーラはジンに突っ込んだ。
「でも兄さん、長髪って久しぶりじゃない?」
ミゲの言葉に、周囲のメンバーはぎょっとしてジンを見た。
「1年前ぐらい前まで、兄さんの髪は肩甲骨ぐらいまでの長さがあったの。
ここに来るからってばっさり切っちゃったけど。
私より綺麗だったんだから……」
「…そう…なのか?」
ミゲの話に驚いているアーラに、ジンは不機嫌な様子で「あぁ、まぁな」とぶっきらぼうに答えた。
そんなジンの様子がアーラには、どこか引っかかりを覚えるものだった。
その後の衣装合わせは問題がなかった。
アーラとクレイは、予想通りにとても似合うものだったし、似合いすぎて、ジンのようなときの反応はなかった。
むしろヴノが意外な健闘で、上級貴族用のドレスを着こなし、ジン同様周囲の感嘆の声を独占していた。
「これは…やっぱり反則かもね……」
シェーヌの意見は女性陣の感想の代表だった。
ワルドの女装はたぶん、女装コンテストでも平均よりかなり高いレベルだろう。
が、他の4人があまりにレベルが高すぎて、比較にならないのである。
「俺が似合うとは予想外だった…」
何故かヴノは落ち込んでいるが。
「ガンズさんに言う?」
「2日前の今にか?それはあまりに急すぎるだろう」
シェーヌの質問に、フィールが否定的な意見を述べた。
結局判断は運営協会に任せるということで、この日の半日及ぶ衣装合わせは終了した。
「…帰りは気をつけてね」
「あぁ、わかってる」
「俺がいるしな」
ミゲがアーラたちを玄関まで見送りに出ていた。
ジンの言葉にミゲはうんと頷き、そしてアーラに視線を移すと短いキスを交わした。
「…まだ慣れないな」
ヴノが恥ずかしそうに呟くと、その視線の先にはカリディアがいた。
「ま…また明日な」
「はい。また明日」
カリディアの満面の笑みがヴノを見送ってくれた。
「…ねぇ。告白しちゃえば?」
「簡単に言うなよ。相手はまだ13歳だぞっ!!」
「そう?カメリアとアーラはどうすんの?」
クレイが積極的に、ヴノにカリディアへの告白を迫っていた。
「…お前はどうなんだよ、クレイ。エペさんとか?」
「…エペは高嶺の花だよ」
「おい。今、呼びつけにしたじゃんっ!!」
「エペに歳近いから、敬語は止めてって言われただけだよ」
「ちょっと、怪しいぞっ!!」
「掘り下げても、それ以上何も出ないよ」
ヴノとクレイのやり取りを尻目に、アーラとジンは黙々と歩いていた。
「…若いねぇ」
「まだ15の若造がそれを言うか?」
アーラの台詞に、ジンが呆れてツッコミを入れる。
「オレ、もうすぐ16」
「そうか…そろそろ誕生日だったな。俺もだ」
「はいっ!?」
ここでヴノとクレイもジンに視線を向けた。
「えっ…アーラと近いのかお前?なんか謎が多いからなジンは……」
「近いというか…同じ日だ」
「……えっ!?」
3ヶ月も一緒で、一度もそんな話をしてこなかった自分たちが悪いのだが――。
「えっ、ジン16になんの?!」
ヴノの大げさな驚きに、ジンはじっとヴノを見た。
「何が言いたい?」
「いや……ジンってジジくさいからな……」
「妹1人に怯える奴に言われたくはない」
「それ言うなっ!!」
ああ――いつものやり取りだ。
アーラとクレイは呆れた様子で2人を見ていた。
◆◆◆
「お前がオレと同じ誕生日だなんてな…」
「ミゲが翌日」
「それは知ってた」
家に帰り着き、夕食を済ませてからのジンの部屋。
アーラが押しかけて、ジンの淹れた冷たい緑茶を飲みながら、アーラは何やら考えこんだ様子を見せた。
「なんだよ…?」
ジンはアーラからコップを取り上げ、同じコップで緑茶を飲む。
そしてアーラを抱き上げると、自分のベットへと運んだ。
「ま…まだ早いっ」
「…そう?」
臨戦態勢のジンは、アーラの拒絶に拗ねた顔で見つめた。
そんなジンの整った面立ちに魅せられながら、アーラはやはり考えない訳にはいかなかった。
「…だから…なんだよ?」
「ジンはさ。この『アカデメイア』に来る前は、2~3年の間レユアンのお父さんのところに帰っていたってミゲから聞いたんだ」
「……あぁ」
突然、その気が失せたのか、覆いかぶさっていたアーラから離れ、ジンはベットに腰掛けた。
「オレ…お前のこと、ほとんど何も知らないから……」
「知っても…面白くはない」
ジンはそう言ってアーラと視線を合わせようとしない。
気になる。スフェラは以前、ジンは大人の汚い面を知っているから――という話をしていた。
「オレに…話せないのか?」
弾かれるように、ジンは辛そうな表情のアーラを見た。
「アーラ……」
ジンはアーラを抱きしめた。
アーラはジンのされるがままになっている。
「もう少し時間を…くれないか?」
「……えっ!?」
ジンがこんな物言いをするのは初めてだ。
アーラがジンを見上げると、ジンはアーラの顔を見つめた。
「……本当に…面白くない話なんだ…。俺の気持ちの整理がついたら…必ずお前に話す」
汚いな。そんな言い方されたら、それ以上訊くことが出来ない。
「……わかった。でも……いつかは話してくれよ」
「あぁ。約束する」
そう言って、ジンはアーラをベットに押し倒した。
「おいっ!!」
「もういいだろ?俺が限界だ」
またはぐらかされた。
アーラは小さな不安を抱きながらも、ジンの温もりに安堵し、体を委ねた。




