第15幕 3
祭り前日。
アーラはミゲやジンたちと一緒にシャシブルの港にいた。
定期の船が着き、念入りな検査のあと、アーラが待っていた者たちがやって来た。
「アーラっ!!」
「母さんっ!!」
真っ先にアーラに駆け寄ったのは、母のリカーナだった。
アーラと抱き合うと、そのあとリカーナはミゲを見つけて構わず抱きしめた。
「お久しぶりです…」
「ええ。あなたも元気そうで良かったわ、ミゲ…」
そしてミゲと離れると、すぐアーラの手をとり、心配そうに話しかけた。
「聞いたわ。体は大丈夫なの?」
「うん、もう問題ない」
「そう……」
「アーラぁっ!!」
大荷物を抱えて、1人の大柄な男性がアーラに向かって突進してきた。
「父さんっ!!」
アーラが埋もれてしまうほど、その男性――アーラの父、マシュドは力一杯愛しい息子を抱きしめた。
「3ヶ月ぶりだなぁぁっ!!心配したぞっ!!」
「本当にごめんなさい」
あぁ。アーラの父親だ。
周囲の期待を裏切らないようなアーラの父親に、周りの人間はそう納得していた。
そしてマシュドの視線が――ジンへと向かった。
「…久しぶりだね。ジン」
「はい。お久しぶりです…スィコ様」
「ここではその名は…マシュドで頼むよ」
「はい」
ジンは丁寧に頭を下げたが――。次の瞬間、マシュドはジンの頭をぐりぐりと撫で始めた。
「本当に大きくなりやがってぇっ!!」
「痛いっ、痛いですっ!!」
ほとんど戯れあいだが、どこかマシュドの手つきには、嫉妬のような気が込められていたのは――アーラの勘違いではないだろう。
◆◆◆
マシュド、リカーナの他に、クーゼとサリッサ夫婦、アシエにペル。ケリーエにパイクの全員が初めてピサ島に揃った。
そして、そのアーラの家族だけではなく、ジンとミゲの母、レガーメまで一緒に降りてきた。
「向こうの港でばったりお会いしてね。船の中ではお世話になったのよ」
しかし――このタイミングにこの面子とは。
ミゲとジンと挨拶を済ませたあと、レガーメは緊張気味のアーラに歩み寄った。
「あなたね。ミゲの意中の人で、ジンの大親友っていう子は」
「アーラと言います……」
レガーメは一頻りアーラを眺めたあと。
「リカーナさん、アーラくんをうちの婿養子にはダメですか?」
いきなり振り返り、リカーナに話しかける。
「それは許可出来ませんわ。でも、レガーメさんの家の手伝いぐらいは覚えさせたいですわね」
もうほとんど親同士が認めた許嫁になってるアーラとミゲ――ジンであった。
そして、じーっとジンを見つめる視線がある――パイクである。
殺気は込められていない――たぶん互いの親が居る前なので、抑えているのだろう。
だが明らかに、いつもと違う――「貴様、アーラに何かしたんじゃあるまいな?」という非友好的な視線であった。
ジンが堪らず、パイクに振り返った。
「あの…」
パイクがずいっと、ジンに向けて1歩を踏み出したとき。
どすっという鈍い音と、パチーンという乾いた音が、ほぼ同時に響いた。
「このあとどうなされますか?」
体術の達人クラスである、母レガーメから腹に一発くらったジンが、腹を抱えて蹲っている前で、レガーメがにこやかにアーラの家族に訪ねていた。
「そうですね。どうぞ、うちの屋敷にいらしてください」
と、マシュドの誘いに、
「まぁ、ありがとうございますぅ」とレガーメが嬉しそうにしている――マシュドの背後で、父のでかい手のひらで、顔に一発くらっていたパイクが両手で顔を抑えて――ジン同様に蹲っていた。
そしてアーラは――頭を抱えて――ミゲに心配されていた。
「…俺はカエナがこのあとの船で来る予定だからここに残るわ」
と、ヴノがアーラたちに言っていたとき――。
「お兄ちゃんっ!!」
ビターンとヴノは背中を思いっきり叩かれ――今だダメージの残るジンとパイクと同じように――痛みを堪え、背中を辛うじて抑えながら、苦しそうに後ろを向いた。
「……カエナ…少しは手加減しろ…お前」
人懐っこい――ヴノの面影がある少女、カエナが笑顔で立っていた。
「久しぶりの妹に、その挨拶ないんじゃない?第一、お兄ちゃんが、しばらく帰れないなんて、薄情な手紙をよこすからいけないんでしょ?それにあたしに気がつかないなんて、かなりひどくない?!あたし、ずっとお兄ちゃんが気がつくの待ってたのよ?そんなの当然の報いよっ」
なんとか呻いていたヴノに、カエナは休むことなく言葉の羅列で、ヴノのダメージを蓄積させていく。
ヴノがやけに恐れる片鱗が――なんとなく納得出来る、カエナだった。
◆◆◆
一気に疲れが増した家族との再会のあと、マシュドはレガーメだけでなく、カエナも自分の屋敷に招待し、祭りの間、屋敷に寝泊りすることを提案した。しっかり者で現金な性格――とヴノが言うカエナは宿泊代が浮くからと素直に喜んだ。
だがそれは、『カタフ』に狙われ続けるアーラたちに、家族まで危害が及ぶ危険性を減らすためでもあった。
協会の職員たちによって、『カタフ狩り』も進んでいる。
アーラたちが狙われる回数も、2週間ほど前からはぐっと減っていた。
が、ここで何があるかわかりはしない。
アーラたちも、一度マシュドの屋敷に同行し、また明日迎えに来ることを確認して、一度――戻ることにした。
というより――ちょっとダメージもあることだし。一度、休みたかったのである。
ミゲとエペ――カメリアとカリディア4人は、アーラの家に泊まり、明日は朝からアーラたちと行動を共にすることにしている。
ミゲはアーラとずっといられることが嬉しい様子だったが、レガーメの一発をくらったジンの心配もしていた。
「お母さんはそんなにすごいのか?」
「うん。兄さんと私に剣術を教えたのもお母さんだから。さっきは兄さん、そうとう痛かったと思う」
「いや…もう大丈夫だ。が、あそこでいきなりくるとは思わなかった……」
受身がとれなかったと、ジンはぼやいていた。
「というか、パイクもそうとう痛かったと思うけど……」
エペの言葉に、アーラも大きく頷いた。
「父さんの平手の破壊力は半端ないですから……それを顔にくらってましたからね」
「顔…真っ赤だったものね」
鍛え方が違うと痛がるジンを横目に、明らかに強がっていたが――パイクはそうとう痛みを我慢していたに違いない。
腹と顔。どちらが痛いのだろう?顔のような気がするが、誰もがこの勝負は引き分けのような気がしていた。
◆◆◆
「少しは薬になっただろう?」
クーゼが顔を濡らしたタイルで冷やしているパイクの――アエラスを見ながら苦笑してフロガが言った。
「……だからと言って、顔にいきなりはないだろう……」
スィコの一発は重いし痛い。
息子たちはそれを嫌というほど知っているが、顔にはそうそうやられない。
「なんかフォス。綺麗になってましたね」
ケリーエ――ネロが呟いた。
アエラスが悔しそうに唇を噛む。
「諦めろ。ジンを選んだのはフォスだ」
「兄貴は……フロガ兄さんは知っていたのか?」
パイクのときのくせが出たのか、途中で言い直したアエラスにますます苦笑いが隠せず「兄貴でいいよ」
と言ったあとに、「知ってた」と続けた。
「フォスを頼んだのも俺だからな。俺もジンのことは言えん」
「…そうねぇ。まさか出会って3ヶ月後に、この人と結婚することになるなんて、私も思わなかったし」
紅茶を入れながら、サリッサ――ミカが言った。
「どれだけ手が早いんだ」
アエラスは不貞腐れながら、言葉を吐き捨てていた。
「仕方ないだろ?好きだと思ったんだから。この人が俺の生涯の相手だって直感的に思ったからな」
「まぁ、お上手」
ミカの口調は、どこかフロガをおちょくっている。
「本当のことだ」
と、フロガはあまり堪えた様子はない。
「運命の相手ですか…アエラスはエルピスのことをどう思っているんです?」
「……アーラ…フォスが駄目ならエルピスか?そんな都合よく出来ないよ」
「エルピスは、小さい頃からアエラスに好意を持っていたようですよ」
「……知ってるけど……」
ネロにそう言われても、アエラスの表情は沈んだままだ。
ここでフロガが小さいため息をついた。
「最近はそうでもないらしいぞ」
「えっ!?」
ネロとアエラスがフロガを見つめた。
「エルピス…エペというんだろうな。『アグノス』の家にまったく帰らないらしい。
それだけじゃない。どうも、アーラたちととことん行動を共にする覚悟のようだ。
それと…クレイに興味があるらしい……とキートが言っていた」
アエラスは嘆息し、「そうか」と呟いただけだった。
「私たちの知らないところで、フォスやエルピスにも大きな変化は来ていたんですね」
「……そうだな」
ネロの言葉を受けて――フロガは窓の外に広がる空を見上げた。




