幕間 『前夜祭』3
それから2日後。
ミゲの鍛練の成果は――いきなり出来るものではない。が。
「でもね、6刻(6時間)は具現化出来るようになったんだよ」
「話はわかるけど……いきなりは精神に負担がかかる。初めはその半分でもいい。
鍛練は必要だが、無茶は意味が違う……」
この日はミゲとカメリアが『綺晶魔導騎士』の講義のひとつ、『精霊力別効果について』の講義に参加していた。
実技講義なので、場所は実技講義堂用の専用室だった。
変則編入だが、ミゲとカメリアも『綺晶魔導騎士』を選び、アーラたちと一緒に講義を受けるようになっていた。
その講義のとき、ミゲはそれまでの成果を話し、アーラは心配した様子でミゲに指摘していた。
いつになくアーラが親身なので、ミゲとしてはとにかく嬉しい。
「うん。無茶はしない。序々に頑張る」
「あぁ…そうしてくれ」
そのとき。急に教官であるカマスが、ミゲの名を呼びミゲとアーラ驚く中、講義を受けていた全員の視線がミゲに集中していた。
ミゲはアーラと話していたことを怒られるのかと、びくびくしていたのだが――。
「彼女の携えている剣を見てほしい。それは通常の剣ではなく、彼女の力を具現化した剣だ。真紅の美しい剣なのだが、私はそれを皆に言いたいのでない。
みんなも知っているように、力の具現化を『物』として作り出すとき、そこには莫大な力が必要となる。それは『白金』レベルの力が必要だ。
しかしそれだけの力量を持っていたとしてもけして容易ではない。
が、ミゲは何事もないかのようにその剣を携えている。それはそうとうな鍛練が必要な上に、常時携帯するという努力と労力が必要だ。
ここで私が言いたいことは、例え力があるからと言って、そこに胡坐を掻かず、常に努力することを忘れないでほしいということだ。
ありがとうミゲ。大変と思うが、これからも頑張ってくれたまえ」
「……は、はい」
どこからともなく拍手が湧く。ぱちぱちと広がる中、ミゲは恥ずかしくて顔を俯けた。
隣のアーラまでミゲに拍手を送っていることも、余計に恥ずかしいことだった。
「頑張ろうな…無理せずに」
「…うん」
アーラにそう囁かれて――ミゲは嬉しそうに頷いた。
◆◆◆
「ミゲちゃん、頑張り屋さんだよね」
「そんなことないよ……」
昼休みまでシェーヌに講義でのことを言われ、ミゲはずっと照れたまま食事もろくろく進まなかった。
「まぁ頑張んなさい、赤毛」
「あんたはムカツクのよ、行き倒れっ!!」
ミゲとアステの犬猿の仲は相変わらずである。
「で、アーくんたちの祭りの準備は進んでいるの?」
このとき一緒に昼食を中庭でとっていたエペに言われ、アーラの表情が一気に深く深く沈んだ。
「……進んでないのね」
「進めたくないです……」
けして乗る気ではないことはよくわかる会話だった。
「クラッペさんから聞いたから、その日私とエペ、クラッペさんの3人で化粧するわ。
衣装も選んどくから……あなたたちに任せたら、一生進展はなさそうだからね」
「でしたら私もっ!!」
「そっか。シェーヌの家はそういうことに厳しい家だものね。じゃ、これで丁度4人だからいいかな?」
プリムラとシェーヌがなんか嬉しそうに話してる。
アーラたちは「どうでもいい」という顔つきで、一切会話には参加せず、終わり頃を見計らって「お願いします」と言っただけだった。
「……食べ物に釣られるなんて…アーくんらしくもない」
「…ガンズさんの店の料理は魅力的だし」
「でも、私たちも協力して優勝出来たら、タダにして貰えるのかしら?」
自分も食べ物に釣られてるじゃねぇか――アーラが責めるような視線をエペに送り、気が付いたエペが苦笑いを浮かべた。
「今度交渉してみよう。どうせなら、ワルドとフィールも参加してみたら?」
シェーヌのさりげない一言。これにはフィールが激しく首を左右に振った。
が、ワルドはアーラと同じくらい暗い表情になった。
「俺も参加する予定なんだよ。俺の実家がある地区だけど……」
これには女性陣からどっと笑いがおこったが、当事者である5人にとっては、屈辱的なことだ。
「来年はさぁ、美人コンテストやろうぜっ!!そっちの方がずっと盛り上がるっ!!」
ワルドが叫んだ。
「……そんなの…ミゲかカメリアかカリディア…エペさんか…プリムラさんの誰かで決まりでしょ。それこそつまらないわ」
シェーヌがふてくされて答えた。
「……来年か……そうね。それも面白いかもね。私は無理だろうけど」
エペがそう言って微笑んだ。が、その笑みにはどこか影がある。
来年――無事にこうして迎えられているのだろうか。そんな意味が伝わってきた。
「……なんとかなりますよ。大丈夫です」
そう言ったのはアーラだった。
「だよなぁ、来年は美人コンテストで決まりだなっ!!」
ワルドには伝わっていないようだが、それはそれで場を盛り上げてくれるのでありがたい。
「そうね。美人コンテストになるかどうかはわからないけど……出来れば美人コンテストはやらないよう圧力はかけるけど。なんとかなるでしょう、きっと。今年よりもっと盛り上がるでしょうね」
プリムラの言葉には脅迫まがいの意味が含まれるが、それはエペとアーラの気持ちが伝わった答えだった。
「なんとかなる……か。そうだね」
クレイがそっと――呟いた。
◆◆◆
「いいんですか、エペさん?!」
「いいわ。1週間後は私も実家に用事があって戻らないといけなかったから。
クレイの行く場所は私の実家からも近いの。だからよかったら同行させて」
「それは…僕は父に会いに行くだけなので……楽しくないですよ?」
昼休みはすでに終わり、他のメンバーは先に講義を受けている時間だった。
クレイは事務的な用事だと言い、講義には遅れることを告げてある。
エペも同様だ。
そしてそこにはキートが同席していた。
場所は大食堂。この時間、人はまばらにいるが、少し前の賑わいは終わっている。
発端は、クレイがイオの街に行かなければならないという話をエペの前でしたことだ。
それが昨日。エペが丁度自分もイオの街に帰る用事があるため、どうせなら一緒に行きたいと申し出てから、クレイは2人で話をしたいとこんな形になった。ピサ島から出るために、安全上の問題から補佐役も同行することになり、キートもそうしてくれた方が都合が良いと、クレイとエペが一緒にイオの街に行ってくれることを望んでいる。
クレイは――出来れば1人で行きたいのだが、エペの厚意は無碍にしたくはないし、キートの言い分もよくわかる。
この際腹を括り、エペの申し出を受けることにした。
「いいの。終わるまで待ってるから、それは気にしないで」
「申し訳ないです。エペさんの実家は……ご遠慮しますね」
「気にしなくていいんだけど……」
「僕こそ大丈夫です。キートさんも…居てくださいますしね」
「男とデートなんて楽しくないだろうけどね。僕はイオのイロアス協会への顔出しがあるから、クレイも来るかい?」
「あっ、はい。そうします」
ここでエペがうーんと考えている仕草を取った。
「なら、私の実家を先にでもいいかな?本当にすぐ終わる用事だから……。私も協会へは行ってみたいな」
「それでもいいですよ。でも午前中までには終わりますか?」
「1刻掛からないと思う。それならクレイは大丈夫そう?」
「はい、それなら……」
キートは不思議そうにエペを見ていた。エペの実家はあのアグノス家だ。それを1刻も掛からず終える用件とはなんなのだろう。それこそ行ってほとんど家にも入らず戻ることになるのではないだろうか?
「それからクレイ…ひとつお願いしてもいいかな?」
「はい…なんですか?」
「いい加減…その敬語止めてくれない?歳も近いのに、すごく余所余所しいんだけど」
アーラを通して知り合って2ヶ月近く。それはそうかもしれないが――。
クレイは酷く戸惑った――困った様子でエペを見た。
「私のこと嫌い?」
「そ…そんなことあるわけないですよっ」
変に緊張して――クレイは声を荒げてしまっていた。
「よかった。嫌われているかと思ったから」
本当に笑顔が可愛い女性だな。エペの笑顔を見て、クレイは頬が熱くなる思いがした。
「じゃ、早速敬語は止めてね」
「は…う、うん」
「……青春だねぇ」
傍で見ていたキートが羨ましそうに小声で呟いた。
◆◆◆
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
アーラの絶叫が家中に響いた。
「アーラっ!!」
その日の夕方。届いた手紙を見ていたアーラが悲鳴を上げた。
キッチンにいたジンを先頭に、ヴノ、クレイ――アステとクアも何事かと玄関前に立ちすくむアーラの絶叫を聞きつけ集まった。
「アーラ…!?」
皆に背を向け、アーラの肩が酷く震えていた。
ジンがアーラに歩み寄り、アーラが握っていた1枚の紙を奪い取った。
そしてその紙に視線を落とし――しばしの沈黙。
「……これ…ケリーエさんからの手紙じゃないか……」
「はぁぁっ!?」
ヴノが素っ頓狂な声を上げた。
「…で…あの絶叫の意味は?」
とクレイ。
「祭りの日には、必ず家族全員でここへ遊びに来るって。アーラに案内を頼みたい…と書いてある…だけだ」
「……それが…なんで…?!」
「わ…わからないのかぁ―――っ!!」
ヴノの素朴な疑問に、それまで震えていたアーラが鬼の形相で振り向いた。
「…女装……見られたく…ないんでしょ」
クレイの断言に、上下に激しくコクコクとアーラは何度も頷いた。
「あれ…もう1通手紙があるぞ?!ヴノ宛だ…」
「ん…俺?」
ジンから手紙を受け取り、ヴノは差出人を確認した。
「カエナじゃん…あっ、俺の妹だ。3つ下の……」
「へぇ」
いつの間にかアーラの震えが止まり、何故か手紙を開けたヴノの姿に3人の視線が釘付けになった。
が、しばらく読み進んだヴノの顔から、凄まじい勢いで血の気が引いた。
「……まさか妹さんが祭りの日に、遊びに来るって!?」
ジンの確認に、ヴノは力なく一回だけ――大きく頷いた。
無言でアーラとヴノが見つめ合う。すでに2人の顔色は真っ白だ。
そして何か思いついたように、2人は大きく頷き合った。
そのままジンとクレイへ力強く視線を向ける。
「「助けてくれっ!!!」」
きれいなほどの同調。ジンとクレイが頭を抱えた。
「助けてくれって……どうやって!?」
クレイの方が訊きたいくらいだ。
「とにかく女装コンテストの事実さえ隠し通せればいいんだろ?!」
「ジン…ヴノの妹さんはともかく、アーラの家族には…不可能なんじゃないの?」
「あぁ。俺も何の策も浮かばない。とにかく自業自得だし。今回は諦めて……」
「……嫌だ…」
ジンとクレイの会話に、アーラがぽつりと呟き、俯けていた顔を上げた。その表情はすでに瀕死の状態だった。
「俺も嫌だ…カエナだけは…あいつだけには知られたくない……」
なんなんだこいつらは。こんな事態は、容易に想像出来ただろう。
ジンもクレイも呆れる他に思いつくことが無い。
「…お前ら…だからといって、俺らに無茶ぶりすんなよ…」
「……冷たいぞお前ら…オレたち親友だろう!?」
「そうだよ。でも僕からしたら、これ以上幸せな状況はないんだけど!?」
ジンとクレイに突き放されて、アーラとヴノは途方にくれた。
「…なぁ、アーラ。こうなったら…カリディアたちに協力を頼むしか……」
「そ…そうだな……」
追い詰められ、親友からも見放され、2人の頭には他に方法が思いつかないらしい。
「わかった、わかった。じゃぁ…仕方ないけど、ガンズさんに断りに行こう。
それしか方法が……」
「「い・や・だっ!!!」」
クレイに向かって、アーラとヴノが再び奇跡の同調を見せた。
「あと考えられる方法は……ただひとつだな」
「な…何!?そんなのある?!」
何も策が思い浮かばないと言っていたジンだが、何か思いついたらしく、クレイが呆然とジンを見た。
「エペさんたちに頼んで、まったくの別人として……「変装」するしかないだろう。身内にもわからないほど完璧に……」
「なるほどぉ。それならガンズさんとの約束も果たせるし、身内にも知られることもない。
当日は頼んで偽名を使えば完璧だ」
クレイもジンの作戦に賛同した。
「ジン…お前は間違いなくオレたちの大親友だ……」
アーラが縋りつくようにジンに感謝の言葉を送った。
「あぁ。だがこれはうまくいったらの話だ。何せ、アーラの家族の……」
「アーラの家族だけじゃない……」
ヴノが低い声音で呟いた。まるでこれから怪談話でも始める勢いで。
「俺の妹のカエナは、『歩く震源地』と言われている。あいつの前で失敗でもしようものなら、以降3ヶ月は、人間らしい生活が出来ると考えてはいけない……。
外には出られず、出るなら、誰も歩いていない真夜中を選ぶしかないんだ。
…そしてあいつの情報網はこの大陸全土と言っていい…。
きっとすでにこの「女装コンテスト」の事実も聞きつけているはずだ……」
「お前の妹はどこかの国の諜報員か……」
俯きながら、妹を怪談話の化け物のように話すヴノに、ジンが呆れて突っ込んだ。
「諜報員ならまだいい…。あいつは「隠す」という単語を知らずに育ったんだ。
全てを包み隠さず、きれいにすっぱりきっぱりと言い切り、誰構わずふれまわる。
幼い頃から…俺はあいつにどれほどの屈辱を味わったか……考えただけでも…生きていることが奇跡に感じるぞ……」
「…ようするに、話し好きの妹さんなんだね」
クレイがヴノの話を要約する。
「そんな可愛い単語で括れる奴じゃないんだっ!!」
「お前の言い方じゃ、立派な怪物だぞ……」
「きっと口から先に生まれた一種の怪物かもしれん……」
「憎んでいるのか?」
「…妹だ。あんな怪物でも可愛い妹だ……だが、怪物なんだ……」
話し相手になっていたジンは、ついため息をついてしまう。どんだけ恐れているんだ。と。
「とにかくジンの作戦を完璧に成功させるしかないだろうね。
アーラもヴノも…そのつもりで」
クレイが話のまとめに入る。
アーラとヴノは、しっかりと頷いた。
『エヴグノモスィニ祭』まであと1ヶ月ほど。
アーラの生活は――更なる騒動を呼び込もうとしていた。
第3章 『この祭りをどうにかしてください!!』に続く。




