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幕間  『クア』2

「いてて……」

 4人は猫の――アステの引っかき傷を顔や腕、手の甲などに作り、痛そうに講義を受けていた。

 2週間前――『カタフ』の一件後、ヴノは平行して受けていた『綺晶判別師』の講義を止め、『綺晶魔導騎士』の講義1本に絞っていた。

 それはアーラたちと同じ立場となる。本人曰く、「判別師の資格はいつでも取れる。今、必要だと思う講義を優先させた」とのことだった。

 クレイは『綺晶王導師』の講義を止めようとしたのだが、他の3人、そしてスフェラの反対を受け、これは今も平行して講義を受け続けていた。



「何…今日のアステはご機嫌斜めなのね」

 アーラがノートを取ることを邪魔するように、真ん前の机の上に丸くなっている。

 仕方なく横にずれると、ちょいと足を伸ばし、アーラがノートを開くことを邪魔した。

 そんな行動を目の当たりにすれば、アステの機嫌がよくない事がすぐわかる。

 アーラたちが猫連れで講義を受けていることは、すでに『アカデメイア』内では有名になっていた。『ティミ(名誉)持ち』ならなんでも許されるのかと、幾人かの准士から抗議の声が上がったが、それはほとんど無視をされ、教官たちも見て見ぬ振りをしている。

 イロアス協会からの圧力であることはわかるが、アーラもさずがに申し訳ない気持ちで一杯だ。

 が、自分たちの命に関わる事態でもあるため、アーラも仕方なく連れてきていた。

 そしてアステが特別な猫であることは、同じ『魔導騎士』を目指すワルド、シェーヌ、フィールには話しているので、この3人とつるむことは益々多くなっていた。

 そしてこの地の領主フロガのおかげで、『守護騎士団』の嫌がらせもなく、なんとか表面だけでも穏やかな『アカデメイア』の生活を過ごすことは出来ていたが。



 だが、カラスのクアを講義堂に入れることは憚れ、今は講義堂の中が見える木の枝に止まり、クアは中をずっと窺っていた。

 シェーヌに突っ込まれてもアステは聞こえぬ振りでやり過ごし、アーラに無言の抗議を続けている。

 アーラはノートを取ることを諦め、教官の講義をほお杖ついて見つめるしかなかった。



「このコがクアくん?」

 クアが自分はオスだと言ったので、クアは男の子となっている。

 シェーヌが見たいとせがみ、講義後、昼休みを使ってシェーヌたちにクアをお披露目していた。

「俺は断然アステお嬢様だけどなぁ……」

 これはワルドの意見。

「ワルド。私を撫でることを許してよ?」

「あぁ、ありがとうございますぅ」

 ワルドの膝の上に乗り、アステはワルドに撫でられ足を伸ばし、気持ちよく横になっていた。

「よっぽど皆に笑われたことがショックだったんだなぁ」

 フィールが昼ごはんのサンドイッチを口に運んだ。

「仕返しは十分済んでいると思うんだけど……」

 クレイの言葉に、4人の顔や腕などの引っかき傷がその証拠を物語る。

「まぁ……アステはお嬢様だからプライドが高いのね。でも、高貴な生まれのお嬢様だからこそ、潔く凛として許せるだけの器量というものが必要じゃないかしら?」

 わざと聞こえるように話したシェーヌの話を聞いていたのか、アステの耳がぴくりと反応をする。

 そしてワルドの足の上から降り、アーラたちの前で行儀よく座って見せた。

「もう怒ってなくてよ。あのカラスも私にはどうでもいいわ。あなたたちのお好きになさい」

「ありがとう、アステ」

 アーラの礼をふんと鼻を鳴らしてやり過ごす。

「さすがは高貴な生まれのお嬢様」

 お調子者のワルドの性格がこんなときには役に立つ。

 再びワルドの足の上に戻り、撫でるよう無言で要求した。

 ワルドの実家は猫を5匹飼っている上に、野良猫も一緒に面倒みているので、常時20匹は家に居るらしい。

 アステを撫でるワルドの手付きは慣れていて、アステも嫌がらず、逆に気持ち良さそうにじっとしていた。

 クアはアステのことなど関係なく、ジンから貰う弁当のおかずを嬉しそうに啄ばんでいた。



 この時期になると、ワルドたち3人は『アトスポロス』という存在を知っていた。

 2週間前の『ブレウラ門』前の騒ぎで、ワルドたちは直接キートたち補佐役からアーラたちの立場を聞かされ、協力してくれるよう頼まれていた。

 それからワルドは『守護騎士団』へ誘うこともまったくなくなり、何故かその騎士団を退団してしまった元騎士団長ルトゥームのことを知り、ワルドも騎士団への入団を諦めてしまった。

 そしてワルドたちもまた、アーラたちとつるむことで、最近は『ブルゾス』への感覚が鋭くなった――ように感じるらしい。

 元々は感覚の鋭い准士が集められてる『綺晶魔導騎士』の准士たちなので、そのような現象が出ても少しもおかしくはない。

 もしかすると、次ぎ――7月 (イウリオス)に行われる学期末試験には、自分たちの『神杯』を見つけるかもしれない。

 それは嬉しいことなのか――不幸なことなのか。アーラには判断がつかなかった。



◆◆◆



 今日は『カコ(邪悪)』領域への遠征はない。

 何故か他の准士たちより多く出される課題に、アーラたちは毎日悪戦苦闘している。

  


『アカデメイア』の准士たちにとって、あと1ヶ月ほどで3ヶ月に1度の、学期末の定期試験の時期を迎えた。

 准士たちにとって、目指している『綺晶魔導師メイスン』の資格を得るためには、この学期末定期試験に合格しなければならない。

 早い者では、この試験で高い得点をとり、早々に資格を得てしまう者たちもいる。

 しかし資格を得たからといって、それで『アカデメイア』を卒業というのは少し早い。

 『綺晶魔導師メイスン』には『階級ランク』というものが存在している。

 それは鉱物になぞらえ、各々の実力に応じて与えられる。

 始まりは『ブロン』、『フェール』、『キュイーヴル』、『アルジャン』、『オール』。最高位は『白金プラティヌ』。

 一般的な『石使い(メイスン)』として活躍出来るのは、せいぜい『銅』か『銀』のランクからで、『鉛』や『鉄』はまだまだようやく『石使い』として羽化したばかり。として受け止められている。

 実際、低ランクの2つ程度の実力は、『神杯ネクトル』の力で、この世界に小さな事象行為を起こさせることがやっとの出来るレベルだったりする。

 手を使わず、「小さな火をおこす」、「紙を数枚吹き飛ばす風をおこす」、「蝋燭1本程度の明かりを暗闇に照らす」などなど――。

 『ブルゾス』を倒したり、怪我を治したり――そんなレベルは『銀』以上のランクに到達しなければならず、『石使い』とは認知されない。そんな世界なのだ。



 では裏の世界――本来の目的である『アトスポロス』とはどんな関連があるのか?

 目安として『銅』レベルで『第6級 (エクトス)』といわれている。

 アーラたちのように、すでに『第3級 (トゥリトス)』以上の『アトスポロス』は、全て『綺晶魔導師』としては最高位の『白金』となる。

 実際、イロアス協会は高ランクの『アトスポロス』の『綺晶魔導師』ランクについては、あまり当てにはしていない。あくまで表向きのものとして捉えている程度だった。



 ただしアーラたちはまだ入学して3ヶ月に満たないので、世間の『常識』を考慮し、あまり高いランクは用意せず、『銅 (キュイーブル)』のランクとしていた。

 高すぎず、低すぎず。とりあえずは『石使い』として格好のつく程度のレベル。

 協会はアーラたちに事前に、試験は格好として考えてほしいと説明している。

 この試験を『受ければ』、おそらく『銀』か『金』のランクが与えられることになるだろう。これを聞いて盛り上がれるはずも無く。

 


 実技の成績が重んじられる『アカデメイア』の試験の中で、筆記の成績が評価されるのは全体の半分以下。

 それは教科によってその比重はもちろん違うが、特に『綺晶魔導騎士』は筆記の評価はさらに低くなる。

 ではこうして課題に苦しむアーラたちの行為は無駄なことなのか――?

 そんなことはない。こうして覚える知識にも重要な内容を含んでいるのだ。

 そのため試験の評価を必要としないだろうと考えられるアーラたちのような、元から能力の高い准士たちには、課題レポートが試験とは別に出される傾向が多い。

 少しでも基本を学んでほしいという教官たちの願いの表れでもある。苦労させようという嫌味を含んでいる教官も存在しているはずだろうが。

 1ヶ月以上時間がある中で、アーラたちは今から課題レポートに苦労する羽目になっていたが、おそらく短期間で卒業を迎えると考えられているアーラたちに課せられた、別の意味での試練なのだろう。

 


 だがそんな教官たちの思いなど、今のアーラたちに伝わるはずもない。

 今日もこれだけ課題が出されたと、愚痴を言いながら、大量の食材を買い込み家路を急いでいた。

 


◆◆◆



「こんなにいっぱいどうするの?」

「料理するんだよ。クアも今日の昼食べただろ?あれが料理」

「へぇ。あれおいしかったね」

 ジンが抱える食材を、肩に止まって眺めているクアとのやり取りを、ヴノがじっと見ていた。

「どうしたよ、ヴノ?」

「ん。アステとクアは猫とカラスだし違うのは当たり前だけど、なんかアステって人みたいなことろあるからさ。クアがなんか……」

 アーラにヴノは戸惑った様子で答えた。

「アステより小さい子供のように見える?」

 と、クレイ。

「うん、まぁ。そんな感じかな」

 アーラは自分の肩に乗り、凛々しい姿で風を感じているようなアステに視線を移した。

「ヴノの戸惑いもわかるよ。アステは周りをよく見てるし、操る言葉も流暢だしな。

 クアはまだ昨日元気になったばかりだし、これからどうなるかわからないけど、個性の違いなのかもしれないよ」

「性格…的な?」

「そう。あとは人間と関わっていた時間なのかも知れない。クアは野生のカラスだし、そういう意味では人と関わっていた時間は、ほとんどあるわけないだろう?アステはどこか貴族の家で飼われていた可能性があるわけで……」

 「……なるほどね。人とのコミュニケーションの違いもあるってことか…」

 ヴノはアーラの説明に納得した様子で、アステとクアを交互に見比べた。

「ジン。ちょっと行ってくるね」

「え…どこへ?」

「うん、ちょっと」

 ジンとの会話を打ち切り、クアはばさりと宙に舞い上がった。

 気が付くと、辺りは人通りが少ない路地裏。

 クアは急上昇すると、突如、体を炎に包んだ。

「へっ!?」

 ヴノが思わず声を上げる。

 ジンだけでない、アーラとクレイ、アステまで炎に包まれたクアを凝視した。

 今度は急下降。屋根に激突しそうな勢いでジンたちの視界から姿を消す。

 悲鳴が上がり、炎に包まれた人が1人、屋根から転げ落ちてくる。

 アーラたちが驚いていると、クアはそのまま大きく横に弧を描いて反対側の屋根へと飛び込んでいく。ぎゃっと短い悲鳴が幾つか上がり、今度は3人ほどやはり炎に包まれ、屋根から落下してきた。

 勢いよく燃え上がる4つの「人」は、紙が燃えるように、燃えながら縮んでいく。

「……カタフなのか?」

「お待たせぇ」

 驚いているアーラたちをよそに、クアは何事もなかったようにジンの肩に戻ってきた。

「……クア…これは?」

「うん。ジンたちを食べようとしてるみたいだった。すごく嫌な感じしたから燃やした。

 クアは燃えるカラスだから、この嫌な人たちクアの火でよく燃えるよ」

 クアはどこか得意げにジンに説明した。当然クア自身を包んでいた火はすでに消えている。ジンはそんなクアを呆然と見つめるしかない。

「『日光』ってこういう意味か…」

 クアの『浄化能力』は『火』。キートやクラッペに説明されたことは、アステの能力はアーラに近いより酷似しており、おそらくアーラと一緒にいることが、アステの能力をもっとも引き出すことになるのだろうということ。アステを一番はじめに見つけたのがアーラということも、何か関係をしているだろう。と。

 そして『カタフ』という『ブルゾス』として戦いづらい相手と戦うために、『ガイア』が使わした存在と考えれば、アステの存在は説明しやすい――。

 クアの能力はジンに一番近く、ジンの傍にいることで、その力は引き出される。

 クアを見つけたのはジン。

 そして今の――。

 アーラはクアとアステを交互に見た。

「先越されたわね。屋根の上は鳥の方が有利だわ」

 ちょっと悔しそうにアステがぼそっと――呟いた。

 それでもクアの活躍を認めているようにも思える発言ではある。

「いつもアステが大活躍だから…これで少しはアステも助かるね」

「そうね。そういうことにしておくわ。本当は下僕たちが私を護るべきなのにね」

「そうですね」

 素直にアーラが認めたので、アステはふんといつものように鼻を鳴らして、アーラの肩にお行儀よく座りなおした。

「アーラ。あなた少しは鍛えなさい。肩が狭くて座りづらくてよ」

「…すみません。努力はしてるんですけど……」

「そ。ならばその努力、継続なさい」

「……はい」

 アステは相変わらずの上から目線。アーラはふぅと小さくため息とついた。

 


◆◆◆



 それから3日後。

 この日は「日曜日 (キリヤキ)」で『アカデメイア』はお休み。

 アーラの家の裏では、井戸の前のスペースでジンとヴノが何やらトンカチや工具を持ち出して、廃材を使ってカンカンと音を立てては何かを作っている。

「うまく出来そうか?」

「そんな難しいものじゃない。クアの止まり木と、アステの遊び場を作るだけだ。

 これだけ材料があれば出来るだろ」

 アーラはアステを抱き、クレイの肩にはクアが止まって、ヴノとジンの作業を見ていた。

 アーラはジンに進み具合を尋ねたが、ジンは余裕という表情をしている。

 クアが暮らすことになり、止まり木が必要だろうと、漁師や木材店から廃材を貰いうけ、休みの日を使って作ることにした。

 ただしクアばかりだとアステが拗ねるので、アステが運動出来るよう、同時に高さの異なる木の枝や幅の広い木を使って、遊び場を作ることにしたのだった。

「ヴノは意外に器用なんだな」

「「意外」はいらない。元々俺の田舎じゃちょっとした小屋なんかも建ててたんだぜ。こんなもんちょろいぜ」

「へぇ、意外」

「だから意外は余計だ」

 アーラとヴノはいつものように掛け合い漫才を繰り広げた。

 一日一回はやらないと調子が出ないらしい。

 小屋を建てたことがあると言い切るだけはあるのか、ヴノの手つきはジンよりも慣れている。作業もヴノが主体となって進んでいた。

「ジンにも不慣れなことがあるんだなぁ」

「嬉しそうに言うなっ」

 アーラのどこか嬉しそうな声に、ジンが堪らず突っ込んだ。

「アーラ。何かいいことがあったの?なんか最近あったイラつきがなくなってるよ」

「うん。ジンがヴノに教えてもらいながら、慣れない作業している姿を見ていると楽しい」

「……あ、そ」

 折角クレイが、アーラの嬉しそうな様子を気遣ったのに、その理由を聞いて一気に冷めてしまった。

「……お前…ムカツク」

「そうか、そうか」

 まるでいつもの逆の立場が展開されている。不穏なオーラを吐き出すジンに、本当に嬉しそうなアーラ――この2人。屈折してる。

「本当……この下僕たち…馬鹿ね」

 アステが呆れたようにふんと鼻を鳴らした。

「くあ…」

 クアはなんだか退屈そうに――ひと声鳴いた。

 



幕間『前夜祭』に続く。

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