幕間 『前夜祭』1
ミゲの集中はそこで途切れてしまった。
剣が掻き消えてしまう。
再度、真紅の剣身を持つ、ミゲの能力を具現化した剣を出現させなければならない。
皆は自分のような不自由を味わっている様子は、少しも見られないし、あのカメリアも、『ブルゾス』を寄せ付けないほどに、木々の枝や葉、花を自在に操り、集中力を切らせているとは思えない。それが余計にミゲの焦りを生んだ。
「ミゲっ!!」
アーラの声に、ミゲはカメリアに向けていた顔を正面に戻した。
ここは『カコ(邪悪)』の領域。
『アトスポロス』となったアーラたちは、『ブルゾス』の巣窟に定期的に訪れては、実技訓を兼ねて、『カコ』内の『ブルゾス』の浄化を行い、その数を減らしている。
何度か訪れるうちに、ミゲは他の皆とは違う、自分の能力の異変に気が付き始めていた。
アーラの声の直後に、ジンが大太刀を駆使し、ミゲに迫った『ディアボロス』の胴体を分断、その『ディアボロス』は消滅した。
「ありがと、兄さん」
「いや…大丈夫か、ミゲ」
「……うん」
ミゲの表情は明るさを失っていた。
◆◆◆
「いつか言おうとは思っていたんだけどね……」
スフェラは『カコ』の領域から出ると、ミゲの質問にため息を付きながらそう言った。
「私…変なんですか?」
「変じゃない。タイプが違うだけなんだ」
「…タイプ?」
ミゲが首を傾げた。
「所有する『神杯』を、『共鳴』とするか、『支配』をするのか。それは直せるものじゃない。先天的な能力なんだよ」
「『共鳴』?『支配』??」
ミゲはますます混乱した様子だった。
ここでエペがミゲのぽんと肩を叩いた。
「エペさん?」
「身近で言うなら、プリムラが『共鳴型』よ。
『神杯』に同調し、その能力を発現するのに、一旦『神杯』と同調する時間を必要とするタイプ。プリムラが言うには、『神杯』に話しかけるように「合図」をして、力を『発現』したり、『消滅』させたりするんだって。
このタイプの『アトスポロス』は、意識をして能力を使う必要があるから、集中力が途切れると、能力が消滅してしまうことがある。
でも慣れると、『支配型』よりよほど持続力があるの。
私たちは『支配型』。瞬時に『神杯』と強制的に同調し、能力を『発現』する。
このタイプの『アトスポロス』は、一種の『トランス状態』になってるから、『ブルゾス』との戦闘に対して、高揚感で満たされる…異常な集中力が出るっていうのかな。
だから中には人格変わっちゃう人もいるぐらい。ハイな状態ってわけ。
でも体は疲労しやすいし、『共鳴型』ほど能力の持続力もない。
どっちにも良い点、悪い点があるから、使い方しだいでは最強のタイプね」
「エペさん、100点っ!!」
エペの説明に、スフェラがすかさず満点を与えた。
「……ありがとうございます。でも、こういうことは、事前に説明しておかないと……」
「本人の自覚のないところで説明しても、理解は難しいよ」
「…そうですが……」
スフェラとエペのやり取りの間も、理解が出来たミゲの顔色は冴えない。
「本当に大丈夫なのか、ミゲ」
「うん、大丈夫…」
ジンの心配にも、ミゲは心無い型どおりの答えを返す。
「……確か『共鳴型』って、巫女とかシャーマン…神官とかが多いらしいですね」
クレイがスフェラにそう尋ねた。
「祈祷やら、儀式やらは前置きが長いからな。『神杯』と『共鳴』する時間が取りやすいというだけだ。ミゲが納得出来無いのは、こういう戦闘面で、すぐに能力が発現出来無いことが問題ということなんだろう?」
スフェラの指摘に、ミゲはびくりと体を振るわせた。
「しかも『火属性』のみの『精霊力』に特化した能力。それは『支配型』に多いんだが。
『アトスポロス』では珍しいタイプだ。
お前は「一点持続型」。それをプラスととるか、マイナスととるかはお前しだいだ、ミゲ。
気持ちの持ちようで、お前の力はアーラやジンの助けにも、足を引っ張るだけにもなりうる。まぁ…よく考えてみな」
「……はい」
ミゲは力のない返事をし、そのまま顔を俯けた。
アーラとジンはそれぞれに、心配と戸惑いで複雑な表情をしている。
それはライバルであるカメリアも同様だった――。
◆◆◆
4月 (アプリリオス)に『アカデメイア』に入学してからまもなく3ヶ月。季節は夏。1年でもっとも日差しが厳しく、もっとも人々が待っていた季節がやってくる。
7月 (イウリオス)はピサ島民にとってそんな月だった。
活気付く島の雰囲気をよそに、アーラたちの気持ちはやや沈みがち。
3ヶ月に一度の学期末試験が目の前に迫っている。アーラたちは――実のところそこまで焦ってはいない。
焦り追い詰められている准士たちを見れば、大変なことなのだと実感もするだろうが。
それよりも大量に出される課題が――アーラたちの乗り越えなければならない問題だった。
アーラたちを気落ちさせるもうひとつの原因。
それは1ヶ月ほど前から発生した、『カタフ』による襲撃。
そのときは撃退したものの、その幕引きは余りに後味が悪く、ヴノなどは今だに尾を引いているところがある。
協会による『カタフ狩り』は進んでいるが、アーラたちは命を狙われ続けている。
ピサ島では、ロイド王国とテバイ王国の情勢不安を理由に、島外からの入島検査をより厳しく制限した。
それは島を出ていた島民が、島に帰るとしても例外ではない。
そのため、8月に行われる島最大のイベント、『エヴグノモスィニ祭 (感謝祭)』への影響は避けられず、例年に比べ、活気はイマイチ盛り上がりに欠けてはいるが、それでもこんなときだからこそと、もともと明るく陽気な気質である島民たちは、その準備に余念がなかった。
◆◆◆
「あーあ、めんどくせいっ!!」
ヴノが何度目かの愚痴を溢した。
そんなヴノを見て、アーラがぽつりと呟いた。
「ヴノ……『綺晶判定師』……本当に諦めるのか?」
ヴノは後頭部をぽりぽりと数度かくと、小さくため息をついた。
ここはアーラの家。
度重なる『カタフ』の襲撃に、『アカデメイア』内の寮に住んでいたヴノとクレイはアーラの家に、アーラ、ジンと共に同居することになった。それが1ヶ月ほど前。
そのとき、ヴノは『綺晶魔導騎士』と『綺晶判別師(神杯の販売者の資格。魔導術の知識を持ち、神杯の使用方法とその危険性の知識が必要とされるため)』の講義を受けていたが、『綺晶判別師』の資格を諦め、アーラたちと同じ、今は『綺晶魔導騎士』の講義1本に絞っていた。
「まぁ…そっちはいつでも受けられるからな。それよか今は…こっちの方が大事かな。そう思っただけだ」
「…そっか」
普段勤めて明るく振舞っているが、ヴノがずっと『カタフ』との戦いを気に病んでいることは、アーラにも伝わっていた。
だがそれ以上追求することはせず、違う話題へと移った。
「そう言えば今日も来たね。ヴロヒ様」
「今日の出没は昼休みだったな――」
クレイとアーラがどこか疲れた様子でテミスの話題をはじめた。
これはすでに日常会話だ。「今日は――で来た」や「今日は――にいた」など。そんな会話が必ず誰からとも無く、1日1回は話題に上る。
しかしジンがそれに加わることはない。頑なに沈黙を守っている。
ジンの立場を知ってから、熱烈ではない本人が控えめな行動――それはただのストーカーとなってしまったテミスの行動を、振り返る作業のようでもあった。
テミス曰く、ジンがしつこい女性が嫌いということで、影から見守っているのだそうだ。
それはただ怖いだけなのだが――本人は相変わらす気が付いていない。
アーラもそれを知って、しつこくしてジンの熱烈コミュニケーションを避けようとしたことがあったが――それはただの逆効果になったことは言うまでも無い。
◆◆◆
スフェラの館の裏庭で、ミゲがカメリアを相手に剣術の稽古に励んでいた。
カメリア自身は剣術が得意ではないが、スフェラ直伝の体術でミゲの相手を務めていた。
カメリアは体が小さい分、スピードと植物を操る能力でミゲを圧倒してくる。
最近はようやくその動きについていけるようになったが、始めた頃はその能力の差を思い知らされ、ミゲはひどく落胆していた。
「2人とも…少し休憩にしよ」
カリディアが冷やしたレモンの絞り汁にハチミツを混ぜたジュースを、カップに入れて持ってきた。
「カリディア、気が利くぅ」
ミゲとカメリアがカリディアに駆け寄っていく。
カリディアは2人にカップを手渡すと、3人で木陰を選び休憩を取ることにした。
しばらく雑談で盛り上がっていたが、カリディアがミゲに鍛練の進み具合を訊き、ミゲが『共鳴型』の自分の能力について愚痴を漏らしたときだった。
「……そうかな。私は羨ましい。私の能力は戦うことに向いていないから……」
普段明るいカリディアが顔を俯け、寂しそうに呟いた。
「カリディアは…とても鋭い感覚を持っているじゃない……」
「それは……戦う力じゃないから」
「それでもそのおかげで私たちは助かってる」
ミゲはカリディアの落ち込む理由はわからなくもなかったが、真意の部分ではよくわからない。その力だけでも何故十分と思えないのか――。
「……ありがとう。でも……でも私はミゲの力が羨ましいよ。私は大事な人たちを護る力を持っていないから……」
ここでミゲがはっとした。カリディアはヴノのことを言っているのか――と。
「ヴノのことね……」
その名を聞いた途端、カリディアの顔が急に真っ赤になり、カメリアは「ミゲ、ストレートすぎ」と呆れていた。
「そ…そうなんだけど……」
恥ずかしがるカリディアが可愛らしく、ミゲはますますカリディアを弄りたくなった。
「ヴノもいいとこあるからね。でもぉ…私にはその魅力はよくわからないけど」
「そ…そんなことないよ。ヴノさん、いいとこいっぱいあるしっ」
ムキになるカリディア。ミゲはにやりと笑い、カリディアはその目的に乗せられた自分に気が付くと、恥ずかしそうに顔をミゲから逸らせた。
「カリディア可愛い。そんなに思ってるなら、コクればいいのに……」
「…ヴノさん、今とても大変そうだから……私のことで困らせたくないの」
「だから助けになりたい……か。ヴロヒ様にカリディアの爪の垢を煎じて飲ませたいわね…まったく」
兄を追い回すテミスを思い出し、ミゲはうっとうしそうな顔になった。
「そう?ミゲもアーラさんやジンさんを大事に思うから、『共鳴型』の自分の力をどうにかしたいと思うんでしょ?」
今度はカリディアの双子の姉、カメリアに突っ込まれ、ミゲがうっと言葉を詰まらせた。
そんな自分をわかってくれるからこそ、カメリアは自分の鍛練に力を貸してくれているのだ。
「そうだけど……。カタフはアーラや兄さんたちを集中して襲っているから……護りたいよ。だから…『共鳴型』じゃ駄目なの」
「駄目じゃないよ」
「カメリアは『支配型』だからいいけど……」
ミゲはその拘りを捨てられずにいる。
『支配型』のカメリアに言われると、余計自分が惨めになる気がしていた。
『共鳴型』ではどうしても『神杯』との同調する時間を必要とするため、初めの段階で能力がすぐに発揮されない。カタフは身体の能力が異常な発達を遂げており、戦闘面において自分たちよりも勝っている。それに対抗するには、『アトスポロス』としての能力しかない。それがすぐに使えないのは大きなリスクとなってしまう。
「その能力に頼ろうとするから、自分は駄目だと思いこむ。『第4級』、『第5級』の『アトスポロス』でも自分の武術に磨いて、『第3級』以上の力を発揮する人もいるから。
『浄化力』は劣るかもしれないけど、戦闘力じゃ、勝つ人たちも少なくないもの。
カタフ相手なら、『浄化力』は問題にならない。用はその異常な身体能力にどう対応するか。なら、『共鳴型』も『支配型』も関係ないよ」
「……そ…そうかもしれないけど……」
「そうだよ」
随分仲良くなったとは言え、まだカメリアに諭されると、どうしてもミゲはムキになってしまう。その上カメリアは年下だ。
カリディアはそんな2人を微笑ましく見つめた。
「だったら、アインさんたちにも協力をお願いしてみたら?アインさんたちはその道のプロだし……」
カリディアはミゲにそう言って笑った。
それはミゲも何度も考えたことだ。
だが能力に囚われていたことで、格闘などの面は二の次ぎにしていた。
「うん。ちょっと相談してみる」
「そうだよ。ミゲなら出来る。心配ばかりしてても仕方ないよ」
「…うん」
比較的カリディアにはミゲは素直だ。カメリアはカリディアを見て「ありがとう」とアイコンタクトを送り、カリディアはにこりと微笑んだ。
「何よ…また双子で……」
「別に。ライバルとして不甲斐ないのは困るから…と思っただけ」
「はぁっ!?今に見てなさいよっ!!」
鍛練を再開しようと立ち上がったカメリアの後姿に、ミゲは憤慨して叫んだ。
肩を竦めるカリディアの笑顔は――苦かった。




