第9幕 『このお願いをどうにかしてください!!』 1
キートがうーんと小さく唸った。
クーゼに依頼され、テミスのことを調べて数時間。
「どうしたんです?」
特別塔の地下2階。
補佐室には合いも変わらず3人だけが顔をつき合わせている。
いい加減慣れもしたが、殺風景な景色をどうにかしたいと思う気持ちも抜けてはいない。
クラッペが唸るキートの顔を覗き込んできた。
「『銀の乙女』のことをね…」
「聞きました。ジンくんにちょっかい出したらしいですね」
不機嫌そうなクラッペの言い方には、彼女の感情が多分に含まれている。まるでクラッペの所有物扱いにされているジンだが、おそらくシェルクから聞いただろう経緯の中で、そのやり取りの様子までクラッペが聞いたかどうかは疑問であった。
「確かそのテミスという女の子の補佐役は、イサリさんではなかったですか?」
テミスは『アトスポロス』では『第4級』になるが、そこに『プラス』がおまけとしてついてくる。これは潜在能力が高く、現在は『第4級』だが、将来的には『第3級』に上がる可能性があるということを意味した。
が、規則上本人にはこのことは伝えない。
余計なプレッシャーやストレスを与えないためでもある。
実は、ヴノ、クレイ、カメリア、カリディアの4人も、この『プラス』がついている。
カメリアとカリディアは、能力的に特殊な事情があるため、これは薄々本人たちも気がついているが、ヴノとクレイに関しては、完全に秘密にされている。
ヴノにこれ以上の秘密はないかと問い詰められたとき、キートとしては心苦しい理由のひとつがこれでもあった。
「将来的に『第2級』まで上がる可能性がある」とは言えなかったのだ。
『第4級』では本来補佐役は付かない。そのため表立ってではないが、テミスには本人には知らせず、補佐役が見守る形でそれとなく付いている。
それはテミスの師匠役にあるイサリ・ストガーという人物だが、昨日からそのイサリとは、連絡が取れていない。
キートの悩みはテミス――と言うより、そのイサリにあった。穿って言えば、『イサリ』という名前の響きに、妙な引っかかりを感じ、ずっと気持ち悪い思いをしていた。
「…クラッペ。グリスィナ家は、今、跡継ぎで何か問題はあるかな?」
「別に…あそこには男の子が3人…テミスさんのお兄さんと弟さん2人がいますよ。
体が弱いとか…そんな理由もないですし。エリュシオン十二騎士家の1つとしてお兄さんが立派に支えているはずです。そのお兄さんは『アトスポロス』ではないですが。
でも確か。6年前に、父親のグラベス公が失踪してましたね。
『アトスポロス』としては『第3級』で。その補佐役もイサリさんだったと思いました。
任務中だったので、『ブルゾス』との戦いで残念ながら、『ディアボロス』にやられた…という報告が補佐役からなされていたと思います。その遺体は今だに発見されていないので、形的には『失踪』扱いですが、一時は『悪霊使い』にされたのでは。という懸念も出ていたはずですが。イサリさんはそれを否定し、戦いで亡くなったと報告をされていたことを考慮して、実際は『死亡』と認識されてます。イサリさんは、テミスさんの補佐役になるに当たっては、お父さんの代わりに彼女を護りたいと…自分から申し出たのではなかったかと思いましたが……」
『アトスポロス』の上級クラスが『ブルゾス』に取り込まれると、その膨大な『霊力』ゆえに、『ブルゾス』自体が一度にその『霊力』を吸収できない。
その人物ごと連れ去り、その『霊力』を奪い取りながら、洗脳し、逆に『ブルゾス』の手駒として使う。洗脳され、『ブルゾス』としての能力を与えられた者は、他人に『ブルゾス』を憑依させ、自在に操り、最終的には『ディアボロス』として覚醒させる。それが『悪霊使い』の正体である。
初期の頃であれば洗脳を解くなど、助けることもできるが、痛みを感じることが鈍くなり、末期には傷つけられても、驚異的な再生能力を発揮するようになる。
それはすでに肉体の限界を超え、だんだんと『ブルゾス』に近づいている兆候であり、そうなってきた場合は、もう助けることは不可能である。
そしてその本人にも、『ブルゾス』を憑依させている場合がほとんどであり、トカゲの尻尾切りのごとく、何かの際には、『ディアボロス』化させ、場を混乱させ、証拠の隠滅を謀る。それは使い捨ての玩具のように――。
その本人の『霊力』の潜在量にもよるが、だいたい『悪霊使い』となった者は3~5年で『霊力』が枯渇し、取り尽される。作為的な意図が無い限り、もしもテミスの父であるグラベス公が『悪霊使い』とされた場合でも、すでに生きていないと考える方が正解だろう――。
「…そうだったよな」
キートの表情が冴えない。
「どうかされましたか?」
「…昨日からそのイサリと連絡が取れないらしい」
「別に私たちには珍しいことでは…」
「そう…珍しいことじゃない……」
キートの言わんとしている真意が、クラッペには図りかねている。
「…なぁ、クラッペ…」
「はい?」
「イサリって…誰だ?」
「はいぃ?!」
クラッペはつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
「グラベス公は僕も知っている…。補佐役は…『イサリ』…だったか?」
キートの心の奥底にある『違和感』。
『イサリ』という名に、ますます強い疑念がわき上がっていた。
元々そこまで接点のある『仲間』ではなかった。正直顔もよく思い出せない。そう――『思い出せない』。何故?特にテミスの補佐役となってからは、ほとんど顔を合わせた記憶がキートの中にはないのだ。
「…どういう意味ですか?別人だと?」
クラッペがますますキートに詰め寄った。
「…ち、近くないか?」
「あ…すみません」
キートがクラッペの互いに近すぎる距離に、指摘を入れたとき。ドアがきぃと開いた。2人が血の気の引く思いで、ドアを顧みる。
所要で出かけていた室長のナルが入って来ていた。
「確か、イサリではなかったと思うよ…」
「聞いて…いたんですか?」
「まぁ…私も記憶を辿っていたんだが…イサリではなく、イ『ザ』リではなかったかな?
どうでもいい間違いだけどね」
ナルの言葉に、キートの瞳が見開かれた。
「それ…本人なら、気になりますよね?」
「なるね。普通なら…」
「…普通じゃなかったら?」
「変態だと?」
クラッペが突っ込んだ。
「…変態…」
キートが真顔で繰り返したので、それはそれで不気味な光景となる。
「…誰かがイザリに成り済ましていた。だが本人ではないために、名前が『イサリ』となっていた…と?」
ナルの推理に、キートが頷いた。
「あくまで憶測です。ただ、僕たちはあまり横の繋がりがない。
いつも不在だ。とすれば、ほとんど怪しまれず活動できてしまう。
でも、各『アトスポロス』の補佐役を覚えていない程、希薄な関係でもないはずです」
「でもそれが本当なら……」
「厄介どころの騒ぎじゃないな。しかもエリュシオン十二騎士家の血筋を狙った、そうとう大掛かりな事態となる。
イロアス協会には私の方から連絡しよう。キート、クラッペ。
アントニー家には当然のことだが、アーラたちに、テミスとの接触は控えるよう言い聞かせてくれ。ジンくんは特にだ。彼はああいう性格だが、慈悲深い一面がある。
彼女に対して、罪悪感を感じているかもしれない」
「わかりました。クラッペ。君はスフェラ師匠に連絡を取ってくれ」
「はい」
にわかに補佐室が騒がしくなった。
◆◆◆
疲れた体を引きずるように、4人は帰路についていた。
何だかとても疲れた気がしていた。アーラならわかるのだが、それは4人ともほとんど変わらない感想だった。
ジンは特に口数が少ない。
アーラも無理にそんなジンの口数を増やそうとせず、相変わらず定番となったヴノとのお馬鹿な会話を繰り広げていた。
ヴノとクレイは乏しくなった食材を買出しに、『アカデメイア』の外へ出ると言い、アーラとジンに付いていた。
どうせなら家で食えと、ジンは2人を促し、結局4人で――否。アーラとジンを下僕と言って憚らないアステを連れていた。
しかしアステのおかげで、4人はなんとか重苦しい空気に包まれないで済んでいた。




