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この兄をどうにかしてください!!  作者: 杮かきこ
第2章  『このお嬢様をどうにかしてください!!』
27/69

第8幕  3

ペルのお告げのショックもそこそこに、何故か近くにはずっとテミスの姿があり、ジンの隣をキープしている。

 と、そのジンはアーラの隣をキープしている。

 そしてあとから駆けつけたミゲの殺気う含む視線が、そんな3人の背をじーっと撫で回している。

「なんなの?あの町娘は?」

「…俺の妹だ」

わたくしには負けるけど、なかなか可愛い方ね。でも、躾がなってないわ。

 私に任せてくだされば…」

「断るっ」

 2人の会話がアーラの耳にも入ってくる。

 噴出したい気持ちに駆られるが、ジンの機嫌は最高に悪いはずだ。

「アーラ。この図々しい女はなんなの?ジンに纏わりついて離れないけど…」

 柵の前に両手を置き、その上に顎を乗せる形で講義を見ているアーラに、柵伝いにアステが歩いてきた。

「…テミスさん。ジンに一目ぼれしたらしいよ」

「あら。私の下僕にいい度胸だわ」

 こちらにもお嬢様はいたな。アーラがそんな感想を抱いていると、とんっとアステがアーラの肩に飛び乗った。

「…テミスというのね。離れなさい。あなたがその下僕に近づくには百年早くてよ」

 アーラがはっと我に帰った。そう言えば――アステは猫だった。

 猫が流暢な人語を話せば周囲がどうなるか――。

「なっ、なっななななっ……!!」

 案の定、テミスの狼狽しきった態度と言葉を、光の速さでジンとアーラが口と肩を押さえ込み、テミスのこれ以上の声と動きを同時に押さえた。

 アーラの肩からひょいと、サリッサがアステを抱きかかえた。

「アステ。普通、猫はどんなに人の言葉が話せても、人前では、控えるものよ。

 高貴な猫はみんなそうしてるわ」

「あら…それは私が無作法だったわ。迷惑をかけてしまったようね」

 ナイスっ、サリッサ義理姉さんっ!!アーラは心の中で叫んだ。

「あの猫は特別なんだっ。人の言葉を話すことができるが、とりあえず秘密にしている。

 協力しろっ」

 ジンが慌てふためくテミスの耳元で、小声で囁いた。

「そんな…ダーリン。こんな一般庶民の前で…気が早いわ」

 ジンが離れると、頬を紅潮させ、何故か息使いが荒いテミスがジンを直視せず呟いた。

「…ふざけるなぁーっ!!」

 ジンの怒号が実技場に響き渡った。



「ふざけてはいないんだけどなー」

 しっかりとエルピスの耳に届いたらしい。

 アーラ、ジン、テミスの体が瞬時に石化――したようにヴノたちには見えた。

「すんごい珍しい光景が、目の前で展開してるようなぁ…」

 とのヴノの呟きに、

「僕もそう思うよ…」

 クレイもしみじみと共感した。

「これはまずいか…」

 さすがのクーゼからも、ため息交じりの言葉が漏れた。

「そんなに退屈かな?」

 エルピスが足取り軽く、アーラたちの前へと歩いてくる。

 が、その表情はけして怒っている様子はない。

「つくづくアーくんたちは、トラブルメーカーなのね。『此処』では…」

 サリッサの同情した声がアーラの耳に届いた。悲しいかな。それを否定する術も言葉も、アーラは持ちえていなかった。

 と。ここでエルピスの瞳が、困った様子のクーゼを映した。

(あれは…!!じゃぁ、ここの中に…『フォス』がいるのかな?)

 何かを看破したエルピスは、ひとつの行動を思いついた。

「そんなに退屈なら、私と手合わせをしてみない?」

 どうしてそうなるかぁっ!!アーラは絶叫したい気持ちになった。

「どうせならやってみたらどうだ?俺からスフェラ師匠には話しておくぞ」

 クーゼからも促される。それがこの状況を打破する一番の解決方法なのか?

「俺がいく。さっきのは俺が完全に悪い…」

 ジンがアーラに話した。

 確かに、ジンの叫びのせいではあるが、あの状況では、アーラも恐らく叫んでいたに違いない。

「…ダーリン…なんて男らしい。ならば私も行くわ」

「お前は少し黙ってろっ!!」

 テミスのジンへの呼び名が変わってるじゃん…。アーラは頭を抱えたい気分になるが、エルピスを待たせていると、事態は余計悪い方へと進みかねない。

「はいっ。オレやりますっ!!」

 ぴっとアーラは手を上げた。

「おいっ」

 ジンの声を無視して、アーラは3メートル近い高さのある柵をなんなく飛び降りた。

「晩めしに、あのスープ頼むわ」

 ジンに向かってにっこりと微笑むと、アーラは前へと向き直った。

「先ほどは大変申し訳ありませんでした。友だちとの悪ふざけが過ぎました。

 でも、ヘベ様と手合わせできる機会に恵まれるなら、これ以上の幸運はないかもしれません」

「…言うね。君の名前は?」

「アーラ・ケラヴノス・アンテニー」

 少しも動じてない少年の態度とその名に、エルピスの口元が緩んだ。

「そっかぁ。君があの『入学と同時にティミ持ち』になった5人のうちの1人ね。

 それじゃぁ、そのふてぶてしい態度も納得いくぞ」

 わざと怒って見せるが、口調も表情も穏やかなままだ。

 しかし場を盛り上げるため、アーラへ挑発してみせる。

「胸をお借りします。ヘベ様」

「残念ながら貸すほど大きくは無いけど…。手加減なしで相手をしてあげようじゃないの」

 観衆からどっと笑いが起こる。だが、後半の言葉は、相手をしなければならないアーラからは、けして笑える内容じゃない。

 しかしアーラは――ふてぶてしいほどに、不敵に笑った。

「…上等です」

(この人とは、一度こうしてみたかった…)

 アーラの中で燻る微かな苦い思い出。それを払拭できる唯一の機会かもしれない。



「アー……」

 柵を飛び降りようとしたジンの肩を、クーゼが掴んだ。

「ここはあれに任せとけ。そんな軟な育て方はしてない……」

「…すみません…俺が…クーゼさんに……」

 沈んだ表情で顔を俯けるジンの頭に、クーゼの右手が優しく乗った。

「…そう落ち込むな。これはかなり…その。仕方ないことだ。それよりあのお嬢様をどうにかしないと…だな」

 クーゼもこればかりは、言葉を選んだ。

 ジンの真後ろに立ち、熱い視線を送るお嬢様――テミスにさすがのクーゼも困惑を隠せない。

 ジンが踵を返し、背後のテミスに顔を向けた。

「去れ」

「…ジンっ」

 ジンの怒りは頂点に達している。例えクーゼの前でも、テミスを許す気にはなれない。

 そこへサリッサがペルを抱き、テミスの肩をぽんと叩いた。

「テミスさん。あなたはしてはならないことをしたのよ?わかる?」

「……私が?私は何も……」

 自分には落ち度は無い。そう。何も悪いことはしていない。テミスにはサリッサの言葉の意味がわかるはずもなかった。

「…あなたは、あなたの好きな男性の…殿方に恥を掻かせたのよ?」

「はっ?私がダーリンの?あり得ないわ?!」

「そう?ではあなたのダーリンとやらの顔をよく御覧なさい」

 サリッサに促され、テミスはジンの顔をじっと見つめた。

 勇ましい面立ち。自分が惚れただけあって――その表情には怒りに満たされていた。

「…何故、ダーリン?何故そんなに怒っているの?」

「……いい加減にしろ…」

 呆気に取られた様子のテミスに、ジンはふるふると体が震えさせている。

「あんた…兄さんの大親友を……あんたのせいで、アーラがヘベ様の相手をすることになったのよっ!!」

「お黙りなさいっ。私はジンと話しているのよ。兄上の話の腰を折るような真似は慎みなさい。私は将来あなたの義理の姉になるのよ。私の言うことを…」

 ミゲの言葉を、強い口調でテミスが制止した。が。

「それは未来永劫あり得ない……」

 ジンはテミスを睨みつけた。テミスが言葉を飲み込んだ――というより、その気迫に恐れを感じ、声を失った。という方が合っているだろう。

「俺はお前を許さない。許せない…。今すぐここから去れ。二度と俺の前に姿を見せるな。

 次は命の保障はない……」

「…ジンくん、それ言いすぎよ」

 サリッサが穏やかな声でやんわりと突っ込んだ。

 そのおかげで、凍りつきかけた場の雰囲気が一気に緩和される。

「お前は怒ると見境なくなるなっ」

 こつんとクーゼがジンの頭を殴る。

「…すみません……」

 左手で頭を摩りながら、ジンは俯いたまま謝った。

「でも…わかったでしょ?これだけあなたはジンくんを怒らせていたのよ。

 本当に好きなら、その人がどうしたら喜ぶか、学ぶべきだわ。

 とにかく今は帰りなさい。ね。ジンくんの怒りが収まるまで、あなたも少しは自分の行動を省みるべきよ」

 今にも泣き出しそうな顔を――テミスはけして見せようともせず、ジンの――皆の前から無言で駆け出し、一度も振り返ることはしなかった。

 ミゲはそんなテミスの後ろ姿をじっと見つめる。

(…本当に好きなら、その人がどうしたら喜ぶか、学ぶべき…か)

 サリッサの言葉を心の中で反芻する。

 ジンは一切テミスの姿を見ようともせず、実技場の――アーラをじっと見つめていた。




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