第5幕 『クレイ』
あれから3日間が過ぎていた。
クレイは空を眺めた。雲がゆっくりと流れる。
あの戦いの後、クレイは事の顛末をナルから聞かされた。
リンチェ王妃とエスカ王子は拘束され、現在はエリュシオンのとある場所に幽閉されているという。
2人の現在の様子は、エスカ王子は全てを自白したが、リンチェ王妃は今だ罪を認めておらず、狂ったように、毎日叫び続けているのだそうだ。
「無礼者っ!!ここを出せ。私はロイド王国王妃なるぞっ!!」と。
ロイド王国王ソステニトーレは、このエリュシオンで療養をしていた。
しかしこの度の不祥事により、王家による国の建て直しを諦め、来年以降、エリュシオン王国に併合することで話を進めているという。
その意向を伝えに、エリュシオンの使者がロイド王国に着いているはずだ。
アトゥー王子はそんな話を聞いて、これからどう対応していくのだろう。
自分で全てをなんとか治めるつもりなのだろうか。
それとも全てを投げ出して、どこかへ逃げてしまうつもりなのだろうか。
この自分のように。それはクレイには咎められないことだ。
いずれにしても、その際には王族全てその籍を剥奪し、エリュシオンのいち貴族として生活していくことだろう。
ソステニトーレはクレイとの謁見は拒絶したのだそうだ。
「もう関係はない。会う事もないだろう」と語って。
だが、クレイは会いに行こうと決めた。父親に会いに行くのに、関係ないも何も、それこそ関係はない。ただし、長居することはできないだろうが。
それでも、会いに行こうと決めた。
時間は流れてる。
留まることなく、先へ先へとただひたすら。
「クレイっ」
急に現実に呼び戻され、クレイは驚いて後ろを振り向いた。
アーラ、ヴノ、ジンが心配そうにクレイを見ている。
クラッペの案内で、今後の受講する講義を決めている最中だった。
実際の講義開始は1週間後。
それまでには、何を学び、将来の表向きでも道を決めたいと思っている。
『アトスポロス』であることに変わりはないけれど。
「ごめん、今行く」
クレイは窓際から離れ、アーラたちに合流した。
◆◆◆
「『生活水晶力学家事全般』?なんだそれ?」
ミゲと新たにカメリアが選択した講義名のひとつである。
『アカデメイア』からの帰り。
ヴノとクレイの部屋がある寮の前。
7人で立ち話をしていたときの会話で、ミゲからそんな話をした。
「用は『神杯』を使用した『魔導術』を、家事に役立てましょうって講義。
料理の講習もあるんだよ。クラッペさんが教えてくれた」
嬉しそうに話すミゲに、ジンがアーラに耳打ちする。
「別名、『花嫁花婿修業講義』と言うんだそうだ……」
ずぅ~んと両肩に、漬物石でも数個置かれたような重みをアーラは感じた。
「……ミゲ。ずっと訊きたかったんだけどさ…オレのどこをそんなに惚れてくれたの?」
初日から余りに慌しく、アーラは根本的な理由をようやくミゲに尋ねることができた。
「うん、全部っ」
満面の笑顔で答えるミゲ。両肩の漬物石の重さが倍増した。
「……どこって、『顔』だと言い切っていたよな。船の中で」
ジンの突っ込み。しかし、ミゲの笑みは崩れない。
「あのときはね。でも今は、アーラは心もすっごく素敵で優しいことがわかったから、アーラの全~部が好きっ」
「じゃぁ…カメリアは?」
アーラはミゲとカメリアが2人ともいるときは、極力公平になるように心がける。
そうしないと、あとでとっても面倒なことになるからだ。
「……初めて私のことをわかってくれた方なので……」
頬を真っ赤に染めて、もじもじと顔を俯けたまま、上げることも適わない。
ミゲとカメリア。あまりに対照的な美少女たちである。
「わかってくれたって……気のせいじゃないの?」
「そんなことありませんっ!!でも気のせいでも、私は、今はアーラさんの全部が大好きですっ!!」
「それは私の台詞でしょっ!!」
「ミゲさんは『好き』。私は『大好き』ですからっ」
「はぁー?私はアーラのことを『大・大・大・大・大好き』なのっ!!」
「そうですか。私はアーラさんを『愛して』ますからっ」
「ムカツク――っ!!」
対照的な2人だが、言い争いのレベルは同じである。
アーラを除いた3人の少年たちと、1人の少女は互いの顔を見合わせ、最後にアーラの顔を見た。
「アーラ。こんなに愛されて、彼氏冥利に尽きるよなぁ」
「……だろうな」
ヴノに指摘されても、アーラは半眼のまま、いまいち自分のこととして自覚できないというよりは『したくない』という感じで、ミゲとカメリアの言い争いを眺めていた。
「でも…このままでも駄目だよな」
よいしょとばかり一歩を踏み出し、勢いをつけて思いっきり2人の美少女を抱きしめた。
「あんまりそんなことしてると…オレが困るだろう?どっちを選ぶかなんてできない程、2人が好きになって来てるのに……」
自分の口元に2人を引き寄せ、勢い任せに甘い声で囁いた。
ミゲとカメリアの体から力が抜け、アーラに寄りかかり、2人はその甘い言葉の余韻に浸っていた。
しかし2人を抱きしめつつ、ヴノたちを見るアーラの顔はまぬけなほど情けない。
アーラ自身、自分の吐いている言葉に対して、自分自身への嫌悪感と2人への罪悪感に苛まれていた。
「……女難の相だな……」
ジンは、少々複雑そうな表情で、そう呟いた。
そんなアーラたちを見つめるクレイは、同情しながらも、どこか楽しそうだった。
◆◆◆
「あー、疲れた」
家に帰るなり、アーラは伸びをした。
「まぁ…毎日あれじゃな」
ジンもさすがに呆れた口調だったが、アーラに同情していた。
「なぁ、ジン。ミゲの兄貴として、オレが明らかに二股かけてるって…どうよ?」
「かなり特殊な二股だな。俺も見るのは初めてだ。ミゲもわかってやってるし、カメリアも受けてたってるし…。なるようになれだろ?お前自身は『現状維持』で落ち着いたんだんじゃなかったか?」
「いつまでもこのままじゃいけないとは思うけど…。今は自分に余裕がないんだよなぁ」
「…言っても諦める2人じゃないだろ。ミゲはそうだが、カメリアも根性ありそうだ。
いっそのこと、2人とも愛人にすれば?」
「それが兄貴の台詞かっ?!」
「俺もそれ以上言いようがない」
「……そうだな」
しばしの沈黙後、アーラとジンは、目の前に広がる光景に今は集中することにした。
「講義で必要なものこれぐらいか?」
「うん。でもさ、ジン。受ける講義がほとんどオレと一緒っていうのも…」
「とりあえず『綺晶魔導騎士』を目指してるんだ。一緒にもなるだろう?」
アーラとジンはテーブルの上の本や道具を整理していく。
1階の台所のテーブルの上には、2人の希望した講義に必要な本や道具が並んでいる。
同じ『綺晶魔導騎士』の道を選んだため、とりあえず、この3ヶ月の受講する講義はほとんど一緒だ。
あれだけ騒がしかった家の中は、ここ2日間は嘘のように静かになっていた。
初めからいきなりハード過ぎたんだ。アーラはそう考えている。
心配だったクレイは、なんとか落ち着いた様子で、ここ3日間を過ごしている。
『ブルゾス』退治が本格化するのはあさって。明日まではなんとかゆっくり過ごせるだろう。
心配していたジンとの関係も、2日目の朝のような迫ってくる様子ないので、こちらも今のところ、安心して良さそうだ。
「なぁ…ジン」
「んーなんだ?」
ジンは手際よく、自分とアーラの分の道具や本を分け、整理を続けていた。
「お前の好きな人って誰なんだよ?」
アーラはなんとなく気になっていたことをジンに尋ねてみた。
訊いたからどうだというわけではない。ただ知りたいだけだ。友達として。
そんなところだろう。
「気になるか?」
にやりとジンが笑った。
「そりゃな…親友だろ、オレたち」
「そうだな。親友だな」
「いやなら別にいいけどさ」
これはアーラの作戦。いつもはやり込められてしまうが、たまにはこちらが優位に立ってみたい。
「…そんなに拗ねるなよ」
久々にきたっ。ジンの声が耳元で囁かれる。
アーラの腰辺りで組まれるジンの両手。いつになく密接な関係ではないか?
「それはな…お・ま・え・だ」
「…うっわぁーっ!!」
絶叫に近い叫びで、アーラはジンから脱兎のごとく逃げ出した。
ジンはアーラの行動で笑いが止まらず、すでにその膝は崩れ、腹を抱えて苦しそうにしていた。
ぜぇ。ぜぇとアーラは肩で呼吸を整える。
「おま、おま…お前なぁ、ミゲとはどう…どうすんだおっ!!」
「どう、どうすんだ『お』って…どうもしないお…」
言い間違いの上げ足を取りやがってぇぇっ!!
ジンは目にいっぱいの涙を溜めて、アーラを見つめている。おかしそうに。
人をおもちゃにしやがって。アーラからはめらめらと、復讐のオーラが立ち上った。
そんなアーラを、歩み寄ったジンが大事そうに抱きしめた。
「な…なんだ…よっ」
「よを強調してくていいよ。とにかく落ち着け。そのうち教えるよ。だから焦るな」
「焦ってなんか…」
更にジンの抱きしめる力が込められる。
「それでもお前は親友として俺にとって一番大切なのは確かだ。ミゲのためにも、お前には怪我なく無事に過ごしてもらわないとな」
アーラはジンの背中に手を回してみた。なんとなく、そうしたかったから。
「お前もオレにはとても大事なんだ。怪我なく無事に過ごすのはお互い様だろ」
「…んっ。そうする」
アーラが離れようとしたが、ジンはぎゅっと抱きしめたまま、アーラを放そうとしない。
「な…なんだよ」
「……ひとつお願いがあるんだが…」
「なんだよ、言えよ」
「夜、お前を抱いて寝ていいか?」
「はぁーっ!?」
アーラはもがくが、それでも、ジンはアーラを放そうとしない。
「…いつも抱いて寝ていた…その『朱雀』が…」
「スザク?なんだそれ。誰だそれっ!?」
「壊れてしまってから…夜がゆっくり眠れなんだ。お前、ヤケに抱き心地がいいからな」
「なんだ、その理由はっ!!」
「親友だろ?」
「親友だっ!!」
「頼む」
「嫌だっ!!」
「頼むっ」
「い・や・だっ!!」
「た・の・むっ!!ゆっくり寝たいんだっ!!!」
しばしの沈黙。そしてアーラの――消え入るような声が聞こえてきた。
「…った」
「えっ…!?」
「…わかった」
「いいのか?」
「いいっていんってんだってっ!!」
「やっぱ、お前は俺の大事な親友だなっ!!」
結局はこのパターンなのかっ!?
今もまた、胸の激しい動悸が始まっている。
アーラの慌しく始まった『アカデメイア』での生活は、『安息』という日々はまだ当分ないのかもしれない。
それでも、アーラは心の中で強く、強く呟いた。
(でも―――負けないっ)
ただし今は、声を大にして叫びたい。
「誰かこの親友を、どうにかしてくれ」と―――――。




