第4幕 4
「繋ぎの者はまだか?」
「……はい。夜明け直後に出ておりますから、もうこちらに戻ってもいい頃ですが……」
「朝の船で殿下もこちらに来られているはず…。もしくは何か不測の事態があったか。
あと1刻だけ待とう。来なければ、こちらの判断で行う」
「了解しました」
城を仰ぎ見る丘の麓。大木の陰にある小さな洞窟前で、上官と部下の会話が成されていた。
「ねぇ、君たちぃ。暇だったら少しお話しない?」
洞窟の前に座らされているスフェラが、笑顔で話しかけてきた。
「…本当に元気だな…。肝が据わっているというか。部下を3人あんな目に合わせているんだ。さぞ高名な『石使い《メイスン》殿』とお見受けする。
まぁいいだろう。もう少しだけ時間もできたことだ。で、あなたの話したいことはなんだ?」
上官は嫌味を言いながらも、紳士な態度でスフェラの話に付き合う態度を見せた。
「なんで、『アカデメイア』の領地内は、『石使い』の資質がない凡人の方向感覚が狂うと思う?」
「……『アカデメイア』の宮殿内には、世界に名だたる宝物…いや。旧世界の宝がずいぶんと存在するという噂だな。それを護るとなれば、その程度の結界は張るだろう」
「ブッブー。違うんだなぁそれが…」
初めは呆れ顔で話していた上官の男は、自分の意見が否定されてことに、不快感を示す表情へと変わった。
「あそこはね、ただ『アトスポロス』の暴走を抑えるためだけに、結界を張ってるのよ。
たった数人の『第3級』以上の『アトスポロス』はね。旧世界のお宝なんて目じゃないほど、恐ろしい能力を持ってんのよ。
それが精神崩壊とか、『ブルゾス』なんかにとり憑かれました。なんかで暴走してごらんなさいな。『アカデメイア』なんて半刻かからずに崩壊するわよ」
「…面白い意見だな」
「そうね。でも真実よ。
そんな『アトスポロス』の能力を抑えるためだけに、その結界を張ってる。
それは『ブルゾス』の活動も抑える結界なの。だからね。凡人さんは、本当は結界の影響なんて少ししか受けてないのよ。
ただ、『アトスポロス』という存在が、この『結界』の中だと、必要以上に凡人さんには『危険』と感じさせちゃう。そして人には本来『危険回避行動』が本能であるもんだから、結界のせいで余計に刺激されちゃうのよ。だから、そんな連中が集まる宮殿を『危険な場所』として、方向感覚が狂うんじゃなくて、本能的に危険を回避して行かないようにしているわけ。
だからね。あんたたちみたいなそんな本能を押さえる訓練をされた人間だと、なんなくたどり着けるわけよ。それと『石使い』の資質がある連中も、本能にその『結界』の影響をほとんど受けないから、そちらも余り違和感なくたどり着けるの。ただし、ただ訓練されただけの人間は、危険地帯に強いストレスを感じるから、長い時間はいられないけどね。あんたも覚えあるでしょ?」
「…まぁ…そうだな」
「そう。普通、言われてる通りの場所だったら、あんな場所の傍で、普通の人暮らせるわけないじゃないの。そうでしょ?」
「そう…だが」
「でね。ここからが本題。どうしてこんな『カコ』という超危険な場所が近くにあるのに、人が住める場所があると思う?」
「それこそ結界の恩恵だろう。そんな『アトスポロス』の力を抑える結界なんか張れる場所だ」
「半分正解。シャシブルとアミナっていう街はね。ただ『アトスポロス』が人間らしい暮らしができる場所として造られた場所。
『アカデメイア』の周囲と、アミナとシャシブルの周りだけは、『ニキティス家』と『王家直轄』の領地が強力な結界の役割を果たして、『ブルゾス』が簡単に入り込んだりしないようにはしてる。だから一般人が住めるんだけどね。『石使い』じゃないあんまりにも感覚の鋭い人間は、1日もこの島にはいられないでしょ。特殊な『気』が強すぎるもの。気持ち悪くなるわね。
で、さっきも言った通り、『アトスポロス』は人間だからね。ただ戦いだけじゃ、いつか精神狂うのよ。みんな訓練されたあんたたちのような人ばかりじゃないからねぇ。
すべては『アトスポロス』という存在のためだけに作られた島。それがこの『ピサ島』なの。『ブルゾス』をここで飼ってるのもね。世界中の『ブルゾス』の数を減らす目的と、『アトスポロス』の経験をつませる場所。そして移動しなくても都合よく『ブルゾス』が集まる場所。それが此処。どう?うまくできてるでしょ?」
上官の男は、はぁと息を吐き出した。
この女の狂言を真面目に受けるほど愚かではないが、この話に引き寄せられてる自分にも気が付いていた。
「で。どうしてこんな辺鄙な場所に『ニキティス家』はお城を建てたのでしょう?」
「さぁ。どうしてかな?」
「ここは『ニキティス家』の領地内だけど、『カコ』から這い出てくる『ブルゾス』を食い止める、最終防衛ラインでもあるわけ。だから、ここを突破されるわけにはいかない。
で、結界の『要』として、『ブルゾス』に簡単に壊されない『要』が必要になるわけよ。
それがこのお城。人も住めるけど、役目的にはそれ以外の何物でもないわね。
実際、建ってからほとんどここ使われてないし」
「…で、何が言いたいのかな?」
「うん、ここね。この結界の内側って、ほとんど『カコ』と変わらないの。
しかも少し空間がいじられててね。『アトスポロス』の潜在能力が、最大限に引き出せるように、細工されてたりするの。それって『ブルゾス』にも影響でやすいのよ。短時間だけど、結構『能力』を引き出しやすいのよね。だから、普通の空間だったら人にとり憑く程度の『ブルゾス』も、いきなり『ディアヴォロス(魔獣)』になったりしちゃうんだな。ここは」
男は背筋がぞくりとした。
たぶんこの女の話は嘘ではない。何故かそう確信できる。
「…わかってきたようなので、もうひとつ。
私の『ティミ(名誉)』を教えて上げようと思ってね。
『ディアマンディ(ダイヤモンド)』っていうの。私のフルネームは『スフェラ・ディアマンディ・パンセス』…。
もひとつ加えちゃうとぉ、私『第2級』レベルの『アトスポロス』なのよね」
スフェラはこれでもか、と、可愛らしく言ってみた。
「全員退避だっ!!すぐにここから退避するっ!!」
男は絶叫した。
部下たちが、乱心したごとく叫ぶ上官の姿を、唖然と見つめていた。
「この女は『金剛のスフェラ』だっ!!しかも『第2級』の『アトスポロス』だぞっ。こんなやつと長時間同じ場所に居続ければ、『ブルゾス』を集めるためだけにここに居るようなものだっ!!誰だ、こんな女を捕まえてきたのはっ!!」
「……ちょっとぉ…なによそれ…」
『金剛のスフェラ』という名前を聞いただけで、うわーとかぎゃーとか、お前のせいだとか、あれだけ統制がとれていた部隊が、一瞬にして混乱した。
「ちょっとぉー」
「退避準備しろっ!!」
「…無駄よ」
――時間が停止した。すべての行動が停止している。
スフェラの一言に、武装した男たちの呼吸さえも止まってしまった。
「いちいち大の男が混乱なんかするんじゃないわよっ」
はぁ…とスフェラはわざとらしいため息をついた。
「今更逃げようにも、君らが乗ってきた船は、『イロアス協会』によって押収されてるわ。
なにより、その場所にたどり着くのはもうほとんど不可能ね」
「……どうすれば…」
あの落ち着きはどこに行ってしまったのか?上官の男の…あの凛々しい姿は最早見る影もない。
「この私と取引しない?この縄といてくれたら、貴方たち全員の命を保障してあげる。それとね……」
◆◆◆
「あら―。おひさ――」
城を通り過ぎたところで、武装した男たちを従え、笑顔を浮かべたスフェラがアーラたちと再会した。
誰もその姿に声も出ない。ケリーエは額を押さえ、スフェラの顔さえ見ることもない。
「あのねぇ。元はといえば、あんたたちが遅いからでしょう?見てよぉ。縄の痕が私の白い肌にくっきりとついてるのよっ」
両手首を突き出し、ほら、と見せるが、この状況でそれがなんだと言い返したくなる。
「…元気なのはよくわかったから…その男たちはスフェラさんのなんなんだ?」
「『部下』よ」
「何をして従わせたんです?」
クーゼとケリーエが口々にスフェラに質問を浴びせた。
「…人聞きの悪いこと言わないでよね……」
いつものスフェラとは違い、話し方が可愛くなっているように感じるが、ほとんどそれも意味を成していない。むしろ余計に恐怖を煽っているようにさえ感じた。
「司法取引っての?助けてあげるから、部下になりなさいって。合法な取引よ」
「違法ですよ、それは。しかも違う国の軍隊の人たちでしょう?」
「でも表ざたになったら、『領土侵犯』がばれて大変だし、このままでも殺されちゃうだけでしょう?だったら、私が助けてあげるってね。しかも色々役に立ちそうだし」
――どっちがいいんだろう……。そんないけない究極の二択が頭を過ぎる。
特に、これからスフェラを師匠と仰がなければならないメンバーにとっては、死活問題となってくる。
「でね。カリディアとカメリアに、この人たちの誘導を頼みたいのよ」
「2人だけですか?」
アーラが心配そうにスフェラに尋ねた。
「言っとくけど、この2人だけでも、この男たちを全滅させるだけの力はあるわよ。
体術は私の折り紙付きだし。
と、まぁこれからこんだけ集めちゃった『ブルゾス』相手するのに邪魔なだけなんだけどねぇ。この人たち」
スフェラの話に恐怖を感じているのは、おそらくアーラたちよりも、この男の人たちなのではないだろうか?
「それとも今後のために、見学といこうか、ねぇ」
スフェラが笑顔で、男たちに呼びかける。
絶対脅かしている。状況を楽しんでいる。アーラたちはそう感じた。
「そっか。こいつら、私の教え子殺しに来たんだったわ…」
「……い、いや。もうその意思は……」
上官らしき男が、顔面蒼白の状態で首を横に振った。
「いーや。君らが殺そうとした、アウローラ元殿下の実力。その眼に焼き付けときなさいな。早々見られる機会はないわよ」
「……はい」
覇気もなく、ただ言われるままに男は頷いた。
「一体何をしたんですか?」
カリディアが師匠であるスフェラに問うた。
「こいつらの前で、広範囲の地形を変えてやったの。ほら、ここからも見えるでしょ?」
スフェラが指差す方角。不自然に、大地が抉り取られてる。
ちょっとした山だったのではないだろうか?確かに形が変わっていた。
「……なるほど」
カリディアはそれ以上、声も出なかった。
が、刹那の間。カリディアがその方角――ただ一点を見つめた。
「来ます……これはっ!!」
姿を現したのは、人間の身長をはるかに越えた化け物が3体だった。
それは人間の体を幾つも取り込み、必要以上に巨大化した『ブルゾス』の成れの果て。
『ギガス(巨人)』と呼ばれる『ブルゾス』の最終形態だった。
スフェラを拉致した部隊とは違い、先に上陸をしていたのは50人程。
1隻に10人と、収容人数を越えた数の人間が乗り込み、ピサ島に上陸を果たした。
が、『ブルゾス』が襲い、人間をたっぷり取り込んだあと、スフェラの『霊力』とこの『ニキティス』領地の『特殊結界』内の細工によって、必要以上に巨大化した。
今スフェラの傍にいる男たちは、先に犠牲になった者たちのおかげで難を逃れたと言える。
その全長は5メートル弱。通常はせいぜい3メートル程。
たっぷりと栄養をとり、更なる『餌』を求めてここへやってきた。
しかしこのまま放置すれば、このレベルの『ギガス』では、結界を突き破り、『アカデメイア』内に出てしまう可能性がある。
「と。これだけでは済まないらしい」
クーゼの呟きを合図に、武装した男たちの屍を身につけた異形の者どもが、ぞろぞろとアーラたちを取り囲んでいく。
アーラたちの前に、クレイが一歩前に出る。
その手にはいつの間にか、1本の細身の剣が握られていた。
その周りには、まるで天の使いの衣のように、七色の淡い輝きに包まれた細い鎖が、剣身を取り巻いている。
「不思議だろう…クレイ」
スフェラが話しかけた。
「恐怖で身が竦みそうなのに、『ブルゾス』を前にしたとたん、戦いたくて、うずうずしてる自分がいる…」
クレイに話しかけるスフェラの顔に浮かぶ微笑は、不敵な色を称えている。
「…はい」
クレイもしっかりと確信を持って頷いた。
恐怖はいずこに追いやられ、前へ前へと気持ちが逸る。
早く倒したい。早く力を振るいたい。と。
「なら…問題ないわね。いってらっしゃいな」
呆気なくスフェラに送り出される。が、それは開戦の序曲だった。
クレイは大地を踏みしめ、剣を渾身の力を込めて一振りした。
その一振りで、虹の軌跡が大地を走り、異形たちを消滅に導いた。
「やる気じゃねぇかっ」
クレイ以上にヴノは高揚する気持ちを抑えられず、恐怖が麻痺したかのように口元には笑みが浮かぶ。
それを表すかのように、大量の砂が彼の周りで踊るように優雅に円を描いていた。
「…だぁっ!!」
両手を前へ振り出す。砂がそれに続く。
面白いように、人間の皮を被った異形は、砂の直撃を食らい、その姿を消滅させていく。
カメリアは無言で能力を振るう。
「こっちっ!!」
カリディアが指差す方向へ、右手を突き出す。
男たちの体に無数の花が咲き乱れる。それもその原型がわからない程に。
「今度はこっちっ!!」
森の奥に隠れている異形も、カリディアの能力によって居場所を暴き出される。
化け物が巣食う森の奥で、美しい一瞬の花園が出現しては、異形を連れ、次々に消滅した。
クラッペが両手で岩を掴んだ。それも自分の背丈はあろう大岩である。
が、一瞬で岩は白銀の輝きに包まれ、クラッペの手に収まる形へと変化する。
「…あれは?」
見たこともない形。クラッペの背後に息を潜めて隠れる30人の男たちは、クラッペの持つ見覚えのない形の代物に目を何度も瞬いた。
「あ…これ?これは旧世界の武器なんですよ。『拳銃』って言うんです。
ただ本物とは少し違って、私使用にだいぶ変えちゃってますけどね」
クラッペは筒状の先端を異形に向ける。
『くの字』型の空いている――握りの部分を右手でしっかりと掴み、『引き金』の部分に人指し指をかけた。そして『引き金』を引く。
『銃声』が鳴り響いた。それは爆音に近いほどの大きさで、見ている男たちは、自分の両耳を手で塞ぎ、それでも音は腹に直接響いた。
銃弾は光。的にされた異形は、巨大な光の弾丸を浴び、消滅を招いた。
「さて…そろそろ本番か……」
『ギガス』を目の前に、アーラ、ジン、ミゲ。そしてクーゼ、ケリーエ、パイク。
それぞれに顕現させた剣を握り締めている。
ミゲは先へ行くほどに細くなる真紅の輝きを放つ剣を『ギガス』に構える。
「はぁーっ!!」
無数の火の粉が、炎風に乗って舞い上がり、『ギガス』の動きを止める。
火の粉は、『ギガス』に到達すると、体の其処此処で燃え上がり始めた。
<いた――いいっ!!あつ――いぃ!!>
人を食らった『ブルゾス』は、人の声を発する。
その『声』に、顔を歪め、ジンは怒りを露にした。
「…はぁぁぁぁっ」
大太刀を構え、ジンは『ギガス』の頭上まで飛び上がる。
「あぁぁぁっ!!」
まっすぐに、垂直に、ジンは大太刀を振り下ろし、『ギガス』の体に沈み込ませる。
大太刀はそのまま真下に、ジンの力の命ずるまま振り下ろされ、『ギガス』の体を真っ二つに分断する。
ジンが飛びのいたあと、爆音と共に、『ギガス』の体は消え去った。
「一体につき2人…か。俺とアーラ。ケリーとパイクでどうだ?」
クーゼの提案に、3人は肩を竦めたり、無言で頷くなど、それぞれのやり方で同意の意思を表した。
「…じゃ、行くぞっ!!」
短いクーゼの合図に、4人がそれぞれの『ギガス』へと向かう。
その前にはいつの間にか、武装した異形が現れていた。
「邪魔だねっ」
ケリーエが剣を突き出す。
鞭状と化した水が異形を射抜き、そのまま消し去っていく。
断末魔が飛び交う中、パイクの体は、翼の生えたまさに天からの『アトスポロス(使者)』のごとく、軽々と宙を舞う。
風を味方につけ、透明な空の流れを『ギガス』の巨大な体躯に絡みつめる。
「おおぉぉぉっ!!」
パイクの細身の体からは考えられない程の力技で、見えない『網』を宙へと引っ張りあげた。
<…がっ!!>
僅か瞬きの間。『ギガス』の肢体は、その網の力に逆らえず、亀裂が走り最後はぼろりと崩れ落ちていく。
地上に落下する前に、風に奪われるように、その破片は風化し跡形も無く消えていた。
「うおおおおっ!!」
クーゼは己の身長程もある長さの大剣を、豪咆と共に真横に振り抜いた。
大剣の食い込んだ両の足は、膝から下から切り取られた。
そしてその剣風は、異形もろとも、その両足を消し去っていく。
<ああああっ!!>
『ギガス』の体が前のめりに倒れはじめる。
間髪入れず。アーラの打刀は、『ギガス』の後頭部を真上から刺し貫いた。
「いけぇぇっ!!」
発せられる神罰の輝き。アーラを頂点とし、雷がギガスを打ち砕く。
その輝きが消え去ったあと、アーラは何事も無かったかのように、大地に両足をつけ凛とした姿で立っていた。
「空気が清々しいねぇ」
スフェラがうーんと伸びをした。
男たちが空を見上げる。すでに異形たちの姿も、あの禍々しい巨人の姿も無い。
そこには12人程の『アトスポロス』たち。彼らは当たり前のように楽しそうに談笑を始めていた。
全ては幻だったのか?悪い夢でも見ていただけだろうか。
心なしか、瞳に映る青い空が眩しく感じるのは――見間違いではないだろう。




