第4幕 2
結局、ナルもキートも参加することになった。
ジンの料理を知らない新規のメンバーのために、翌日はジンが料理の腕を振るうことになった。そして公平を期すため、誰も手伝わず、パイクとジンはそれぞれ1人で作ることも確認された。
大量の材料の買い込みだけで、半日が費やされた。
今日の夜にはスフェラの提案で『カコ』に遠征へ向かう予定だったが、ナルの手配で、スフェラには当分の間延期してもらうよう連絡してもらった。
「ぜーったい、スフェラ師匠すっとんでくるよな…」
と、アーラの家への帰宅途中、ヴノが呟いた。
「そんなことは想定内だよ。あの人が、こんな面白いことに首を突っ込まないわけがない。
ちゃんとその分も材料を買い込んであるから心配しなくてもいい」
ケリーエが荷物を抱えてにっこりと笑った。
「そ、そうっすよね」
「君も1日で、ずいぶんスフェラさんに染まったね」
ヴノはケリーエに妙な感心をされて、愛想笑いで「はい」としか返事しようがなかった。
「あの強烈な個性だ。1日もあれば骨身に沁みるだろうさ」
クーゼがそう言いながら笑っている。
まさにその通りなので、ヴノはここでも引きつり笑いしか対応しようがない。
「……なんか…。ずいぶん大事になっちゃったね」
「大丈夫。少しもクレイのせいじゃないから」
申し訳なさそうなクレイに、アーラは力強く断言した。
「で、ジンは考えてあるの?」
「……あるがまま…だな」
クレイの問いに、ジンは戸惑いを露にした。
「…前に聞いたことがあるんだけどさ…」
と、クレイは前置きをしたあと、こんな話をはじめた。
「『ニキティス』の本家の話なんだけど。
『フォス』様が、ある日エリュシオン最高クラスのシェフが作ったディナーが、あんまり満足できなかったんだって」
「…それで?」
これはヴノ。何故かアーラたちは急に大人しくなって、クレイの話を聞いている。
「別の日に、また別のエリュシオン最高級のシェフが作ったディナーが、あんまり満足できなくて…」
「…ずいぶん美食家なんだな」
「いや。でもお忍びで出かける街の食堂の食事は喜ぶんだって」
「へぇ。なんか庶民的で俺もファンになりそうだな」
「僕もその話を聞いて、なんか好感が持てたというか」
「続きがあるのか、その話」
「これからなんだよ。本題は。
で、立場上、いつも街に出かけるわけにも行かないから、すぐ上のお兄さんである『アラエス』様が、妹のために、食堂の食事のレピシを通って覚えて再現したらしいんだ」
「…なるほどね。『超絶、究極シスコン』の代名詞だもんな。そのお方は」
ヴノもクレイも気がついてないが、周囲の体感温度が5度は低下したように、周りの人間には感じていた。
「あれ?なんか急に寒くないか?」
ヴノが呟いた。お前のせいだ。とはアーラは言えない。口が裂けても。
「ほんとだ。海風のせいかなぁ」
と、クレイ。天然な性格がここで生きてくる。
「それで。その先は?」
「うん。フォス様はそれをとても喜んで食べたんだって」
「愛するお兄さんにそこまでしてもらえたら、妹冥利に尽きるよなぁ。
俺はそこまでできないが、見習わないといけない部分だな」
体感温度が、本来の外気温度に戻った。
「それで喜んだアエラス様は、もっと妹に喜んでもらおうと、いろんな料理を覚え始めたそうだよ。その度にすごく喜んでくれるから、とうとうあの満足できなかったシェフたちのまったく同じ料理の再現を試みたらしい」
「で…どうしたん?」
「フォス様はお兄さんの料理の方を喜んだ。それだけじゃなく、どんな美食家も貴族も、
アエラス様の料理を絶賛した。プライドを汚されたと怒ったシェフは、アエラス様に料理対決を申し込んだ。
で、判定はアエラス様の勝ち。勝負のあと、アエラス様が作った料理を食べたシェフは、直後にアエラス様に土下座して、弟子入りを懇願した…って話」
「……妹のためにそこまでできるお兄様は、尊敬を通りこして崇めたいぞ、俺は」
ヴノの対応に、再び周囲に極限の緊張が走る。
「それでアエラス様はそのシェフにこう言ったらしい。
『愛する者が喜んでこその料理だ』ってね」
「…すげぇな」
「実のとこ、本当かどうか僕もわからないけどね」
――――本当だ。とは、口が裂けても言えない。絶対に。
足取りの重いアーラとは対照的に、何故かパイクの足取りはダンスのステップを踏むように軽く、それを見ていたクーゼとケリーエは顔を見合わせてため息をつき、キートは1人、肩を大きく震わせて笑いを我慢していた。
そしてジンは一度、西日の眩しい夕暮れの近い空を見上げ、顔を俯けると大きく息を吐き出した。
◆◆◆
家に帰りつくと、すでにスフェラは満面の笑みで一同を迎えた。
パイクはそんなスフェラの勢いに動じることもなく、もくもくと料理を作り始めた。
ジンは傍らにより、じっとその工程を眺めている。
パイクも何も言うことなく、ジンがいる事さえ気にする様子も見せず、大人数分の料理を見事な手さばきで、1刻半程で作り上げた。
すごい高級ディナーなんかを想像してしまった者には、意外にも一般的なエリュシオンの南東部に伝わる家庭料理で、拍子抜けの感じも受けたが、その味は素朴の中にも気品を感じられた。
「…うん、美味しいっ!!久しぶりにパイク兄さんの料理を食べたって感じで嬉しいっ」
「そうかっ」
それまで憮然としていたパイクが、アーラの一言で、会心の笑みへと変化した。
皆それぞれに賞賛の言葉を口にしていたが、パイクにとっては、何よりこの一言が嬉しいとわかる光景だった。
「愛する者が喜んでの料理…ねぇ」
クレイの話を思い出してしまう。ヴノはそんな言葉を呟いた。
「故郷に帰ったら家族に作ってやると喜ぶぞ。兄貴の料理は旨いってな」
驚くことに、それに答えたのはパイクだった。
ヴノは驚きで一瞬目を見張ったが、その言葉の意味は思った以上に重いことに気づき、
「俺も料理を勉強してみます」
と、照れながら答えた。
「俺が教えてやるよ。よかったらな」
パイクの笑みは崩れることなく、先ほど以上に驚くヴノに告げた。
「…よろしくお願いします」
ヴノは真剣に頭を下げた。
◆◆◆
さて部屋割りと言うことになる。
ナル、キートは片付けなければならない仕事があると、食事後、仕事場へ帰って行った。
スフェラも大満足といった様子で、明日も楽しみぃと嬉しそうに屋敷に戻った。
カリディアはカメリアと共に泊まることとなり、興奮が抑えきれず、終始笑顔が崩れることがなかった。
クラッペもクレイのこともあり、そのままアーラに家に泊り込むことになった。
問題はどう部屋割りをするか。である。
部屋は1階のダイニングに、他2部屋。
2階に客間を入れて4部屋。その上は屋根裏部屋になっている。
クレイだけを1人で寝かせるわけにいかないと、ケリーエが言い出した。
「屋根裏って4人部屋になってたよね。2段ベットが2つあったし。あそこがいいよ」
「わざわざ4人で…」
クーゼが呆れた声で、興奮気味に言い出したアーラに大人の意見を伝えようとしたとき、
「2段ベットがあるのっ!?」
これも興奮気味にクレイが言った。
「…すみ、すみません…。子供の頃に、読んだ本にそんな生活のことが書かれてて。ちょっと憧れてたんです…」
照れ気味に、自分でも子供っぽいことは自覚した上で、俯き加減にクレイはぼそぼそと言い訳を呟いた。
「…ってことは、お前ら2人は上のベットがいいわけだよな?」
「うんっ」
アーラとクレイがほぼ同時にヴノに頷いた。
ヴノとジンが顔を見合わせる。その後、ヴノがクーゼに顔を向けた。
「…俺らの腕だとご心配でしょうが、クレイは俺らで護衛します。
ということでは…駄目でしょうか?」
「…よかろう。ついでにアーラのこともよろしく頼む」
「はい、それは」
許可したクーゼに、パイクが何か言いたげに睨んだが、クーゼの笑顔を見た途端、ふぅとため息をついた。
クーゼに申し出たヴノは安心したように、ほっと息をつき、ジン、アーラ、クレイと顔を見せ合って笑い合った。
「いいなぁ…男同士」
ミゲは不服そうだ。
「女の子4人とはいかないけど、私たちは2人ずつ分かれましょ」
「…女の子『4人』ですか……」
3人の少女に説明していたクラッペに、ケリーエがしれっと突っ込みを入れた。
「…ケリーエさん。すんごい失礼なんですけどぉ」
「それを言うなら、女の子3人に、美女1人で良いんじゃないかと思ったんですけどね」
睨み付けてたクラッペの顔が、一瞬にして頬を赤らめるほど明るくなる。
「…それもいいかなぁ…なんて。ケリーエさん、さすが『綺晶王導師』の資格をお持ちですよねぇ。状況がよくわかってらっしゃる」
「恐縮です」
照れ気味のクラッペに、ケリーエは涼しい笑みで受け答えをする。
「……アーラ。ケリーエさんって…結構『たらし』か?」
「『たらし』…というよりは、さすが『綺晶王導師』の資格を持ってるから、状況がよくわかってるんだと思うよ」
アーラの答えに、一瞬考え込んだヴノは、「あ…なるほど」と納得したように頷いた。
「…ごめん、わがまま言って…」
窓から見える月が、夜空の天上をやや滑り降りてきた頃。
「屋根裏部屋っていうのも結構いいもんだなぁ」
クレイの寝ている下のベットに横たわるヴノは、頭を横にずらし、真上にある天窓を見上げた。
クレイの侘びに答えた感じだが、同じくクレイの左横に並ぶ、2段ベットの上を陣どってるアーラもその下のベットを使うジンも、ヴノと同じ感想を漏らした。
「…ごめん、ヴノ、ジン。その…すごいわがまま言って…」
これは上に寝たいと主張したアーラの謝罪。これにはヴノとジンの笑い声が聞こえ、
「伊達に何年も『お兄ちゃん』をやってないさ」
と、ジンから笑い声の答えが返ってきた。
「…クレイは…兄弟はいなかったのか?」
ヴノが遠慮がちに訊いてみた。
「腹違いの…兄弟はいたよ。ほとんど一緒に暮らしたことはないけど。
僕は昨年亡くなった母と、多くの侍女とは暮らしていたけどね。
子供の頃から、兄弟というものには憧れてたと思う」
「…そっかぁ。クレイみたいなやつはいるかと思えば、兄弟が多すぎて困ってた俺みたいのもいれば、その兄弟に溺愛されすぎて、自立を目指してるアーラみたいなやつもいるわけで…」
「ははは…」
アーラの乾いた笑いが虚しく部屋に響いた。
「で、ジンはどうなんだ?どうして『アカデメイア』に入ろうと思ったんだよ」
「…好きな人がいるんだ。その人は俺よりずっと強くてね…。その人より強くなりたいと思ってここに来た…だな」
「…女の人か?お前より強いって…」
「そうだよ…。なんだと思ったんだ……」
ジンの少々怒りの篭った声が、真横のヴノに返ってきた。
「…アーラじゃないかと心配したぞ」
「ばっ、馬鹿言えっ!!」
ぼそりと呟いたヴノに、ベットから身を乗り出したアーラが叫んだ。
「…ごめん、ごめん」
「ふっざけんな。いじめを受けてるのはオレの方だぞ…たく」
毛布を顔まで被ったため、アーラの後半の声は篭っていた。
「…俺さぁ。アーラって絶対可愛いと思うんだよな…」
と、ジンの一言。
「もっとふざけるなてめぇっ!!」
まぁまぁまぁとヴノとクレイがアーラを宥める。
毛布から這い出て、ジンに向かって掴みかからん勢いのアーラは、鼻息荒く、ヴノとクレイの要請に渋々応じた。
そんなじゃれ合いは、しばらく続いた。
4人の部屋の前に幾つかの気配があったが、4人がそれに気づくことはなく。
それは4人を心配する気のものだったが、しばらく留まり、いずれ安心したように、それぞれの居場所へと戻っていった。




