第4幕 『この連中をどうにかしてください!!』 1
――ロイド王国、王都ガイカ。
「何故まだ仕留められぬっ!!」
リンチェの激昂した声が辺りに響いた。
ここは城内の人気のない廊下の隅。
人の気配がないとは言え、聞かれない心配がないとは言えない。
「陛下。どうかお静まりを。落ち着いてくださいませ」
家臣の1人が、叫んだ勢いでわずかに前かがみの姿勢になった王妃の肩に手を添えた。
「無礼者っ。そんなことわかっておるわっ」
以前よりリンチェは一度怒ると、周りが見えなくなるほど激しく興奮する傾向があった。そのため、家臣の苦労は耐えることがない。
ソステニトーレ王が高齢による病気療養を理由に、一切表舞台に姿を現さなくなってから、政にも口を挟むようになってきた。
ただでさえ、第一王子のエスカと世継ぎ争いで頗る仲が悪い。
王の代理として政に携わるエスカが気に入らずに、何かと口を出す。そして険悪なムードを更に酷くする。
恐らくエスカ王子の失態を狙ったものなのだろうが、現在ロイド国内は昨年の冷夏と長雨の影響で、作物に大きな打撃があった。そのため農民たちの暮らしは苦しさを増している。その上、王の不在による領主たちの税徴収での不正が横行し、それが次々と表面化して国の財政をいずれも圧迫していた。
そして長年に渡る、隣国のテバイ王国との抗争による国の疲弊も手伝い、現在のロイド王国の財政状況は破綻寸前だった。
同盟国のエリュシオンからの援助でなんとか国が成り立っているものの、一日も早く世継ぎ争いなど終わらせて、国の建て直しに全力を注ぎたい。国の民もそれを心底願っている。が、家臣の目からも、第一王子のエスカ、その弟である第二王子のアトゥーは現在王の代理として政を行っているが、自分の保身を考える余り、重要な決断をすることなく、全てにおいて優柔不断な態度で臨むばかり。
リンチェはあんな性格だし、その息子である第五王子のゴータは母親の傀儡。
現在の王族に一国の未来を託せる人物は皆無だった。
少し前までは『いた』。それが第七王子のアウローラだった。
容姿端麗、怜悧かつ聡明。温厚で心優しいアウローラは愚かな王族の争いの中で、彼の存在は救世主であり、だからこそ、ソステニトーレ王も彼を『王位継承者』として指名したことも頷けた。
しかしこのような世継ぎ争いが長期化し、激しさを増すと、アウローラは『王位継承権』の放棄と、自身の王族の籍を返上すると願い出た。
アウローラは優しすぎた。自分の存在が争いの火種であり続けることに耐えられなかった。そしてソステニトーレ王もその願いを受け入れ、彼をロイド王国の王族の籍から抹消し、いち貴族としてエリュシオン王国の『アカデメイア』へ留学という形で、国外へ逃がした。
残されたのは、愚かな王族の世継ぎ争いだけであった。
しかし財政の圧迫は、軍の機能にも影響は出る。
隣国テバイとの境に駐留する軍の維持費は削減され、度々、テバイ軍との小規模な戦が起きはじめていた。
近いうちに国同士の戦争に発展するのは時間の問題であり、それと同時に『ブルゾス』の被害が、辺境の村にまで達していた。
『ブルゾス』の出現はある程度大きな都市や街に多いが、これまで被害の無かった村にまで出たということで、ロイド王国からの避難を始める農民も出てきていた。
そんな中、ソステニトーレ王がエリュシオンの庇護に縋り、ロイド王国の王の地位を捨て、エリュシオン王国の領土となることを申し出ているという噂がロイド王国を駆け巡った。
これには国民は今の状態が続くのならば、よほどその方がましであると、『王の英断』と持て囃し、逆に驚いたのが世継ぎ争いに凌ぎを削る両派閥と言えた。
そして浮上したひとつの疑惑。
アウローラの王族籍抹消は元よりこのためであり、王の寵愛を受ていた王子は、エリュシオンの加護の元、エリュシオン王国との併合後にこの地の領主となるべく、形ばかりの『アカデメイア』への留学をしたのではないか――。
「あいも変わらず愚かな王妃よ。今だに自分の息子を王に据えるおつもりと見える」
ようやくリンチェを確認できるかという距離の柱から、第二王子のアトゥーが、1人の家臣と共に一部始終を見ていた。
「3日後、リンチェ王妃も王の見舞いと称して城を出て、お忍びでエリュシオン王国へ出立するということはすでに確認が出来ております。
エリュシオン側にも連絡が行っている様子。『アカデメイア』でも、アウローラ王子…」
「やめい。すでにあやつは『王子』ではない」
「失礼いたしました」
アトゥーは家臣を叱咤し、その表情を不機嫌そうに歪めた。
「とにかくアウローラを1日も早く仕留めよ。そのために『悪霊使い』を送り込んでいるのだ。このことがエリュシオン側に知れると、今後の関係にも影響がでる。良いな。
そして3日後、リンチェも…だ」
「御意でございます」
家臣は一礼し、アトゥーの傍を去った。
「…3日後はエスカ兄上もエリュシオンに向かわれる。同じ『事故』が起きて命を落とされても、誰にもわかるまい…」
口元に浮かぶ歪んだ笑み。アトゥーにとっては弟アウローラも、義理の母であるリンチェも、実の兄であるエスカも――邪魔者でしかなかった。
◆◆◆
アーラたちは話もそこそこに、ヴノたちへと合流を果たした。
話の途中で異常な気配を感じ、すっ飛んできたアーラとジンに、クラッペがことの経緯を説明した。
アーラはやや遅れてきた兄たち3人とキートについて、キートから兄たちが近くまで来ていることを聞いて会いに行った。皆とはそのあとに会わせるつもりだった。と説明した。
ヴノは「お前も何かと苦労するな」と、変な納得をしてくれていた。
ジンはそんなアーラの行動が気になってついていったと、これは本当だろうことを語った。
しかし終始クレイは無言のままで俯き、今も黙ったままである。
活躍したミゲとカメリアは、アーラに頭を撫でてもらい、いい子いい子してもらってご満悦である。
「安上がりだよな」
と呟いたヴノはミゲに足を踏んづけられ、のた打ち回っていた。
「カリディアが『悪霊使い』の気配を追ってくれていたのか」
男たちとの戦闘状態の中、カリディアは取り巻きの中から、『ブルゾス』のもうひとつの気配を感じ取り、ずっと追いかけていたという。
「今は『アカデメイア』の外に気配があります。ずっとこの地域には留まれないのでしょう。特定するのであれば、難しいことではありません」
カリディアの能力も大したものだ。
「なるほど。『イロアス協会』が『期待の星』と言うだけの実力者揃いというわけか」
クーゼが感心したように、少年、少女たちを見回した。
アーラの兄たちの長兄とだけあって、持っているオーラは並外れている――ように感じるのは、昨日さんざん聞かされた、『人間離れ』した武勇伝の主だからであろう。
「そこで落ち込んでいる君は、クレイくんかな?」
クーゼに呼ばれ、クレイがはっと顔を上げた。
「す、すみません。ちょっと考え事を…」
「そういやお前、『僕を狙った』って言ってたけど…」
ヴノが心配そうに、クレイを見つめた。
その視線が余計クレイを辛そうな表情へと変えていく。
「……僕の本当の名前は『アウローラ・クレイ・シッチタ・ウォーム・ミラッジョ・ロイド』。ロイド王国第七王子…だったんだ。つい最近まで」
「…今は違うのか?」
ジンの言葉に、クレイは小さく頷いた。
「なら、『クレイ』でいいんだろ?」
と、アーラ。井戸の縁に腰掛けていたクレイは、驚いて仲間たちの顔を見上げた。
「そうか。ならいいじゃん。なんか俺も昨日から色々あって、これぐらいじゃ驚かなくなってるわ。成長したねぇ」
ヴノもぽりぽりと頭を掻いて、戸惑いをやり過ごしている様子が見えたが、それ以上は拘らないようだった。
「君は良い仲間に恵まれたな。クレイくん」
クーゼに笑顔で言われ、クレイは目頭が熱くなる思いを堪えながら「はい」とだけ答えた。
◆◆◆
クレイの命が狙われていることは、はっきりしたので、『アカデメイア』領内も安全ではないと、取られた処置が――。
「アーラん家に、一緒に住むぅ?」
「そうだ。敵の排除が済むまで、俺たちも一緒に住みながら敵の出方を窺うことにした」
驚くヴノに対して、悠然とクーゼが答えた。
この会話の場所は先ほどの『アカデメイア特別塔』の地下2階。
キートたちも加えての話し合いだった。
「確かに。これ以上の最強の警護は、この状況では考えられないかも」
クラッペがうんうんと頷いている。
「俺たち4兄弟に、ジンくんにヴノくん。そこにクレイくんが一緒に住めば、敵もおいそれと手出しできないだろうな」
あっはっはとこれも悠然と笑うクーゼに、
「敵も避けて通るでしょうね」
と、アーラが小声で突っ込んだ。
「カリディアが見つけた『悪霊使い』は、現在『イロアス協会』の護衛役がマークしてる。
しばらく泳がせて、敵の親玉が出てきたところを一網打尽にする。っていう作戦だね」
キートの説明に、クレイが不安げな表情を浮かべた。
「ですが、これにはロイド王家が……」
「そうだね。たぶんそうなると思うけど、ここはエリュシオン国内なわけだし。
ここで何か騒動を起こすなら、ロイド王国だろうが、なんだろうが、生かしておかないから安心していいよ」
ケリーエの説明が一番怖い。『生かしておかない』ってどういう意味なのだろうか?
「クレイ。君がロイド王国に戻って云々っていうことはできない。ヴノにも話した通りだし、君は『第3級』の『アトスポロス』ということが確定したんだから。
君の身柄は『イロアス協会』で保護、警護される。
キートさんたちが言った通り、君はもうこの世界の『宝』だ。だから、君の安全が第一に優先される。それがひとつの国を滅ぼすことになっても、君の方が大切だと判断される存在なんだよ」
この話はアーラからされた。
そのせいか、スフェラや補佐役といったナルやクラッペたちよりも、身につまされ、ずっと自分のこととして、聞けるような気がした。
「…うん、大丈夫。ヤケを起こしたりはしない。軽率な行動をしたりもしない。
僕が変に動くことで皆を危険に晒すよりはるかにいい。
それにジンの絶品な料理も堪能できるからね」
ここでぴくりとパイクの眉尻が上がった。
感動の場面にも関わらず、極寒が支配する空間が突如出現した。
「それは聞き捨てならないな。今晩の料理は俺が作るとしよう。どちらが旨いか、是非判断してほしいものだ……」
「…いや。それはパイクさんの方が旨いに…」
「それは食べてもらって判断するべきだろう。
君にも是非食べてもらいたいな、ジン。君の妹さんにもお願いしよう」
ジンが言いかけて、パイクが反論を塞き止める。
「パイク兄さん遣りすぎっ!!ミゲはお母さんの屋敷で…」
「はい、お願いします、パイクお兄様」
ミゲの元気な返事がアーラの言葉に覆いかぶさった。
「…私も…私も是非っ!!」
負けじとカメリアも立候補する。
「ああ。数は多い方がいい。カリディア、君にも頼もう」
「はいっ」
最早止めることも適わない。途方にくれたアーラの肩を、ぽんぽんとジンの手が優しく叩きながら慰めた。
「いいなぁ…私も行きたいなぁ……」
クラッペが残念そうに呟いた。
「いいだろう。来るがいい」
すでにパイクは臨戦態勢で、ギャラリーを求めている状態だった。
「やったっ!!室長、許可を貰ったからこの場合いいんですよねっ」
「許可って…これはただの便乗だろう……」
ナルは頭を掻きながら、ため息をつき、呆れたように呟いた。




