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この兄をどうにかしてください!!  作者: 杮かきこ
第1章  『この兄をどうにかしてください!!』
12/69

第3幕  2

 絶品の朝食を済ませ、みな満足げに、『アカデメイア』へ向かう。

 今日はヴノとクレイの住む部屋の片付けと、スフェラと今後の講義の内容について話をすることが目的だが、昨日の食事会でのスフェラの態度やカリディアの話からも、スフェラの教育スタイルは、ほとんど『放任主義』となること請け合いだろう。

 実技の講習だけはスフェラが念に入りに教えてくれると言っていたが…それも甚だ疑問だ。どちらにしても、学科の講義は自分たちで決めるほかないはずだ。



◆◆◆



 『アカデメイア』の基本は『独学』。

 しかし、専門知識を必要とする職種も多いため、3つ程の選択肢が用意されている。

 1つは『科定准士』。

 これは『医術』や『専学』、『鑑定』、『王導』などのより専門分野を希望する准士向けの選択肢になる。ハードな実技中心の『騎士』や『戦士』という分野も用意はされていた。

 選択する分野にもよるが、3~5年程度の予定がすでに用意され、准士が選ぶことは、受ける講義内容の細かい選択程度のことになる。

 より『学宮』という本来の形に近い選択内容だ。

 2つ目は『自由准士』。

 これはほとんど自由な内容の准士の選択肢。

すべてを自分で決め、受ける講義も自分で選択する。

 ある程度の希望職種の選択だけは、『アカデメイア』への届出はしなければならない。

 それに合わせて使える施設が決められる。が、それ以外は准士の自主性に任される。

 正し自由な分、最終試験などの対策も自分で行わなければならず、よほど計画性がなければ途中で『棄権』してしまう准士が多いのも特徴と言える。

 再度『アカデメイア』で学びなおすことを希望する者や、すでに『綺晶魔導師メイスン』のなにかしらの資格は持っているが、別の分野の資格を目指す者など、ある程度の知識や経験がある者が選択することが多い。

 在学期間は、短い者は数ヶ月、長い者だと10年は有に超えるという、本来の自由な選択に任された制度だ。

 最後が『師弟准士』。これはアーラたちが当てはまる選択肢だが、『綺晶専学師』の資格を持ち、合わせて、准士を教育する資格を持つ『教官』の資格を持つ『綺晶魔導師』を師として弟子入りをする制度だが、『綺晶魔導騎士』や『綺晶魔導戦士』など、武術や剣術などの、体を使う分野を選択する准士が選ぶことが多い。

 命の危険が伴うだけに、『医術』などの傷などの治療に役立つ分野を合わせて選ぶ者が多いが、この『師弟』制度の最大の特徴は、師匠となる者はすでにある程度の技術や知識を備えた者を弟子として選ぶことが多く、まったくの初心者は『科定』の制度を進められる。

 そのため敷居が高いイメージが強く、選択する者はごく少数であり、師匠に弟子入りを許可されるということは、それだけ実力があると周囲からは見なされる。

 『貴族』や『商人』などの子息などが利用することが多いこともあり、あまりイメージ的には良いと思われていない部分も多分にある。

 しかし高名な師匠に弟子入りをするということは、一種のステータスとなるのも確かであった。

 

 

 幸か不幸か。アーラたちの師匠となるスフェラは『スフェラ・ディアマンディ(ダイアモンド)・パンセス』といい、『金剛のスフェラ』と呼ばれる地属性魔導のエキスパートとして名を馳せるもっとも有名な『綺晶魔導師』の1人だった。が、『変わり者のスフェラ』というありがたくない別名を持ち、弟子はほとんど取らないことでも有名で、取ったとしても、1ヶ月も経たずに裸足で逃げ出すとまで揶揄されるほど、厳しいことでも有名な人物だった。

 カリディア曰く、「そんなことはけしてないんです。たしかにちょっと変わったところはありますが…」とのこと。

 それが今回、話題の5人の『ティミ持ち』の准士を弟子入りさせたということで、俄然注目度を上げている『時の人』となっていた。

 アーラたちはそこまで知りもしないが、ケリーエから「覚悟はしておいた方がいい」と脅かされてはいるので、心構えはできていた。



◆◆◆



 ケリーエが『アカデメイア』の寮施設に知りあいがいるとのことで、格安で2人用の部屋を用意してくれていた。

 本来ヴノが借りる予定だった1人部屋よりもよほど安く、そして用意してもらった部屋の方がよっぽど広い。

 クレイは博学で、しっかりしていそうだが、世間知らずのところがあるというのか、天然っぽいところがあるというか、結局心配ということで、ヴノが一緒に住む事になった。

 ミゲも『アカデメイア』内の寮に住まうことになっていた。が、1ヶ月ほどは、母レガーメがピサ島にあるフィークス家の別荘に住み、そこから通うという。

 レガーメも実家の仕事を任されているため、そう長くはいられないこともあり、その後は寮から通うことになる。ということだった。

 寮には立派な食堂もあり、家事を代わってやってくれるメイドも専任でいるらしい。

 ミゲはそちらを頼むことになるだろう。と、ジンは言っていた。


 

 ふとアーラはミゲが起きてくる前の、ジンの話を思い出した。

「うちの女性陣は家系なのかどうかわからないんだが…『家事能力』というのが一切欠落しているらしくてな。ミゲもご多分に漏れず…なんだ。

 母さんだけじゃなく、お祖母さんも…本当に駄目なんだよ。特に『料理』に関しては、

なんだかわからない『物体』を作りあげる一種の天才ではあるが…。それはけして『料理』ではなく、なんだかわからない謎の『物体』だ。絶対に食べてはならない禁断の『物体』なんだ…」

 青白い顔で、まるでひとつの怪談話のような雰囲気で話されれば、アーラもミゲの手料理だけは食べまいと決心がつく。

やけに『物体』と繰り返していたのは、一度一口だけ食べたことがあるらしく、大袈裟でもなんでもなく、本当に『死線を彷徨った』のだそうだ。

 他の家事に関しても、絶対に手出しをさせてはいけない。らしい。

「お前がオレに料理させないのは、オレも危険とか思っているからなのか?」

 今朝の騒動もあり、根に持っていたアーラはジンにそう言ってみた。

「アーラは昨日の夜にいろいろつまみとか作っていただろう?あれはとっても美味しかったし、アーラのお母さんやお義理姉さんの料理は俺よりずっと旨かった。

 心配なんか微塵もしていないぞ」

「じゃぁ、今朝のはなんだよっ」

「…ライバルとしての問題だな。妹の想い人がひ弱でも俺も困る。そういうことだ」

 はぐらかされた感じは否めないが、アーラは時間もなかったこともあり、そのときは引き下がることにした。



 ヴノとクレイの部屋の片付けはほとんど問題もなく、2人も部屋の作りや広さに満足し、

こちらは滞りなく終了した。

 むしろ問題はスフェラの方であろう。

「まぁー。私が教えるのは実技だけだしなぁ」

 の一言だけ。

 これで『師弟関係』と言っていいのだろうか?と、激しく疑問に思ったが、これ以上の問答は無駄だろうという結論に達していた。

「これから学科の講義の選択なんだろ?

それについては詳しいやつに説明を頼んでおいたから、そいつから訊けばいい。

私から今後のことでとても重要な話がある。と、言うかそちらがメインだな。

 特にヴノとクレイには聞かせないといけないことだ。全員、時間をもらうぞ」

 ヴノとクレイが顔を見合わせる。が、あまり動揺している様子はない。

 だが他のメンバーはみな浮かない表情や、苦渋の表情をしている。

 どちらにしてもあまりいい話ではないということは、ヴノやクレイには感じ取れていた。



◆◆◆



 この世界には『ブルゾス』という魔物が存在している。

現在世界はこの半月状の形をした『オリュムピア大陸』と、大小無数の島から成り立っていた。

 その世界各地に『ブルゾス(青銅の民)』という名の魔物が出没した。

 『ブルゾス』は各地で人々、家畜を襲い、恐怖の象徴となっている。

 伝説によれば、数千年前の世界でも、この『ブルゾス』が世界中に蔓延し、人類はその『ブルゾス』に侵され存亡の危機に立たされていたが、世界の創造主たる『大地母神ガイア』は、息子であり、神々の王たるゼウスに大洪水を起こさせ、世界は一瞬にして『オリュムピア大陸』と幾つかの島を残し、大多数の人類と共に大地は海底深く水没し、旧人類は全滅した。

 神々に選ばれた数人の人たちが生き延び、現在の『イロアス(英雄の民)』として復活したが、同時に『ブルゾス』も生き続け、数千年経った現在も『イロアス』の人々との間で戦いが繰り広げられている。

 そんな『ブルゾス』退治は、『綺晶魔導師』、別名『石使い(メイスン)』が担当する。

 『ブルゾス』と拮抗した能力を持ち、この魔物を戦う力を身につける。

 『石使い(メイスン)』という名を有名にしたのも、この『ブルゾス』と戦う力を持つ『魔法使い』ということからだった。




◆◆◆



「アトスポロスですか…」

 ヴノはスフェラの言葉を繰り返した。

「『ティミ(名誉)持ち綺晶魔導師』の本当の名前であり、『綺晶魔導師』の本当の呼び名だよ。『アトスポロス(使徒)』という。

 世に蔓延る『ブルゾス(青銅の民)』という魔物を狩る能力を持った、この世界の創造主である『大地母神ガイア』に選ばれた戦士。

 簡単に説明すると、そういうことになる」

 スフェラの話に、ヴノは右手で頭をかいた。が、それは少々の苛立ちと緊張からくる仕草のようにも見えた。

「昨日、アーラん家でクレイから聞いてはいたんですよ。

『ブルゾス(青銅の民)』の生い立ちもね。俺ら人間の先祖の魂の成れの果てだってことも。

 俺らは死んだら、『大地母神ガイア』の御霊の一部になる。そこからそれを拒否して外れた不浄化の魂が、再度現世に『存在』することを求めて彷徨い、寄り集まった連中が『ブルゾス』なんだって。

 世界に表立って公表できないのは、魔物じゃない、人間の魂が敵だってことに抵抗がある連中も多いからって理由とか。だから『ブルゾス』は『魔物』と言われていると。

 でも連中は、平気で人間の『魂』をかっ食らうために体ごと食うし、下手すると体ごと乗っ取られて、化け物のようになっちまうこともある。

 とり憑かれるだけなら、払いさえすれば助かるけど、体ごと乗っ取られると、その人間は2度と助けることができない……。

 面倒極まりない連中に対して、唯一の天敵なのが『アトスポロス』。

 『アカデメイア』はその『アトスポロス』の能力を持つ人間を見つけ出すことが、一番の役目であって、『綺晶魔導師メイスン』っていうのはその『隠れ蓑』になっている。

 『ティミ持ち』は『アトスポロス』の表の呼び名で、高待遇されるのは、『アトスポロス』が過酷な使命だからこその処置で…。

 その『アトスポロス』は、高い『霊力マナ』を持つために、『ブルゾス』の格好の標的になりやすい。だから、このピサ島からほとんど出られなくなる。

 ピサ島は、そんな『対ブルゾス』のための、天然の要塞のような場所だから、多くの『アトスポロス』が住み、ここに『ブルゾス』を招き入れて、夜な夜な戦いを挑んでいる。と」

 一気に語ったヴノは、はぁと深いため息をついた。

「…おかげで合点がいきました。でも昨日は一睡もできませんでしたけどね」

 今朝から気だるい様子だったのは、そのせいだったようだ。しかしこんな悩みを億尾に出さず、ヴノは昨日のテンションで朝から過ごしていた。

(ヴノはずっと悩んでいたんだ…気がつくこともできないなんて)

 昨日の今日だからか?それとも、もっと一緒に過ごす時間が多くなれば、共に悩みを話し、お互い背負うだけの信頼を得ることができるのか?そんな思いがアーラの頭の中を掠める。

 アーラは申し訳なさそうに、ヴノを見つめた。

「…んな顔すんなよ。アーラはもっと早くに『アトスポロス』ってのになったんだろ?それから考えれば、俺の悩みなんざ屁でもねぇよ」

「そうだな。でも、これからは同じ運命を共有する仲間同士ということだ。

 今度は何かあったらちゃんと話せよ。俺たちが知っていることなら、もう隠す必要もないのだから…」

 そう答えたのはジンだった。意外そうな顔をしたが、ヴノはすぐ笑顔になり「頼むよ」とだけ言った。

「まぁ…ただ、これからの人生設計が大きく狂っちまったかぁ…」

 ヴノのこの一言こそ、彼の本心に違いない。

 


 昨日ヴノは少々酒に酔いながら、嬉しそうに故郷の話をしていた。

 22歳までに嫁を見つけて、キマイラ領のダンタ村に帰る。そして家業を継ぐ。

 それが彼の親との約束であり、彼の目標である。と。

 その直後、ヴノはクレイから今の話を聞かされたことになったのだろう。

 彼が故郷の村に帰ったらどうなるか。その話を。

 


今の彼の村は、『ブルゾス』の出現が増え、『綺晶魔導師』が常駐するようになったのだと語っていた。それは、良質の『神杯ネクトル』が見つかるようになったせいだろう。

 おそらくはそれが原因だろうと。

しかしそれは、彼…ヴノが『アトスポロス』の資質を持っていたがために、しかも、かなりの高位ランクの能力の保有者であることが災いをして、『ブルゾス』を村に招き入れていた。それが第一の原因として考えられること。

 能力が覚醒し、正式に『アトスポロス』となった彼が村に帰って、暮らし始めたらどんなことが起こるか。

 それが想像できてしまう話を、ヴノは知ることになったということだ。

 ヴノは一時的に帰ることはできても、もう村で暮らすことなどできない立場になってしまったということ。

「人生設計が狂った」ということはそういうことなのだ。と。


 

「そうだな。ヴノの話に間違いはない。

 じゃぁ、なんでピサ島には、『アトスポロス』がたくさん、長い期間暮らしているのか。

 平気なわけじゃない。むしろ、この島に『ブルゾス』を招き入れている。

 それが、この島の西にある『カコ』という閉鎖地域のことだ。

 そこに『ブルゾス』を集め、その『カコ』の周囲を、『ニキティス』の領地が『結界』として存在し、この『アカデメイア』への流失を防ぐ役目をしている。

 そして定期的に、『カコ』に溜まった『ブルゾス』を倒している。

 そうしてピサ島に、『ブルゾス』が溜まりすぎることを防いでるんだ。

 全大陸に出現する『ブルゾス』の約3分の1が、このピサ島に集まってくるからな。

 この島がなくなったら、大陸中大騒ぎになるってことだ」

 スフェラが淡々と説明を行う。

 ここでヴノに同情しすぎることをしても、なんの慰めにもならないことを彼女は肌で知っている。

 彼女にできること。それはヴノたちが歩いていく道を、先を歩く自分がどの程度歩きやすい道にしてやれるのか。それも、単なる気休めにしかならないのだが。

「そう言えば、『ニキティス家』って一体どんな家柄なんですか?」

 これはクレイの質問。

 昨日アーラの兄たちによって、アーラの本名、『アーラ・ケラヴノス・アンテニー』の『アンテニー家』の12代前の先祖が、『ニキティス家』の本家の出身だということを教えてもらった。

 そして、『アンテニー家』は、『ニキティス家』の血筋が、子孫にどんな影響を及ぼすのかを調べる『探求者シーカー』の役割にある家柄であり、そのため表立って『ニキティス家』の血筋と名乗ることはできない、特殊な立場にある家柄だということだった。

 そんなこともあり、クレイはスフェラに尋ねてみた。

「…大陸中の『アトスポロス』の総元締め。『イアロス(英雄の民)協会』の頂点が『ニキティス家』の本家だ。分家筋は、今はほとんど個別の能力者以外は、ただのそこら辺にいる貴族と変わらない。本家のみ『イアロス協会』に関わっている。

 王家より重んじられるのは、そういう意味からだよ。

 世襲が叶わない『アトスポロス』の超強力な能力者の血が、唯一受け継がれているのが『ニキティス』なのさ。親や子なんていう形ならまだ可能だが、代々その血が濃厚なまま受け継がれるのは、化け物と言っていい家柄なんだ。

 そして世界を左右しかねない神のような能力者が生まれるのも、ほとんどがこの家の血筋だ。よほど『ガイア』に愛されているんだろうなぁ」

「『イアロス協会』というのは?」

「『アカデメイア』を運営する大元の正体。大陸中の『アトスポロス』が所属し、『ブルゾス』の出現情報なんかもここで管理している。別名『カタルシス(浄化)』なんていうやつもいるけどな」

「『カタルシス』というのは、『アトスポロス』の別な呼び方では?」

「そうだな。そうとも言うな」

 スフェラは本当に、一体何歳なのだろう?そんな疑問が浮かんでくる。

 ここまで質問を繰り返していたクレイは、そんな思いにとりつかれたが、やはり身の危険を感じるのでその質問だけは避けて通った。

「スフェラ師匠。ランクのお話はしないのですか?」

 カリディアがスフェラを見上げて口を開いた。

「そうだったな。

 『アトスポロス』は、全部で6段階の『ランク』に分けられている。その力量によって、『ブルゾス』と戦うレベルが決まる。

『第1級』~『第6級』まで。一般の『アトスポロス』という名前を知らない『綺晶魔導師』は、大体『第6エクトス』だ。人に憑依した程度に顕現した『ブルゾス』を払う力をもつレベルのやつ。『第5ベンブトス』から本人に『アトスポロス』である、と伝えるレベルになる。そのレベルだと、人や獣に怪我を負わせる程度の力をつけた『ブルゾス』を倒す力をつける。

 『第4テタルトス』は、人を食い『ディアヴォロス』と呼ばれる化け物になった『ブルゾス』を倒すことが出来る。これがカリディアのレベルだ。

 そうして『第3トゥリトス』は、ヴノ、クレイ、ミゲ、カメリアの4人が該当するレベルだ。『ディアヴォロス』から、人や生き物を直接食い、巨大化し破壊衝動のみで暴れる『ギガス(巨人)』を退治出来る。ほとんど世界に蔓延する『ブルゾス』は、このレベルまでのやつらだ。

 そして世界にいる『アトスポロス』の9割が『第4級』までのレベルのやつら。お前たちはわずか1割の中に入るハイレベルの『アトスポロス』ということになる。

 そしてカリディアは『第4級』となっているが、『ブルゾス』の探知能力が一際優れていてな。それが『第2ゼフテロス』のレベルにある。

 そしてこのレベルのやつが、アーラとジンの2人。お前らは、『ニキティス』本家の当主

や3兄弟と同じレベルの能力ということになる」

「…えっ?『ニキティス家』の人たちって、『第2級』なんですか?『第1級』じゃなく?」

 この質問もクレイ。スフェラは肩をすくめ、

「私もこのレベルだ。『第2級』って言っても、『第4級』の100人分ぐらいの『浄化能力』を持ってるぞ?足りないか?」

「ひゃ…いいえ。十分です」

 驚き、素直に質問を引っ込めたクレイの行動に、スフェラは口元を緩めた。

「お望みの『第1ブロスト』は世界にたった数人だけ。表舞台で名が知れているのは1人だけだ。『ニキティス』本家の長女。別名『光の女神』」

「『フォス・エオス・サブマ・ニキティス』様ですね。世界でたった1人。『四大精霊力』の力ではなく、『二大霊力』の『光』…ご自分の『霊力』だけでこのピサ島の『カコ』全体を『浄化』できるだけの能力を持っている存在というお方ですよね」

 スフェラの話をカリディアが続けた。

「確か『暁の姫君』と呼ばれているんだっけ?確かに人間のレベルじゃねぇ。それが『第1級』ってことか」

 ヴノが唖然と呟いた。

「そうかな…そんなにすごい力持ってるんですかね、その人?」

 憮然とした態度で、アーラが口を開いた。

 他のメンバーが驚き、アーラの顔を凝視する。

「…まぁ、実際やったわけじゃないからなぁ。そのぐらいの力は持ってんじゃないの?て、ことだろ?」

 スフェラが珍しく、答えに困った様子で話していた。

「超いい加減じゃないですか。だから噂って怖いんですよね…」

「アーラ。お前、『フォス』様になんか恨みでもあんの?」

「ねぇよ。本当の話なのか訊いてみたかっただけじゃん。オレも、そんな力見たことねぇもんよ」

 ヴノに対してもアーラの表情はどこか納得がいかない様子のまま、向き直っていた。

「それ言っちゃうと、僕らもそんな力あんの?って言いたくなっちゃうし」

「それよ、それ。レベルとかなんとか、実際やってみないとなんとも言えないよ」

 なんかアーラが荒れている。ヴノとクレイはそう感じた。

「それじゃ、今日の夜にでも早速『カコ』に行ってやってみようか」

「ええーっ!!」

 しれっと…そう呟いたスフェラに、全員が驚きの声を上げた。



◆◆◆



「守秘義務ねぇ」

 ヴノが呟いた。

「だからこそ一般には知られていない。ってことなんだろ」

「なんか荒れてないか、アーラ?」

 素っ気無いアーラの口調に、ヴノが心配そうに声を掛けた。

「そんなことはないけどさ。これからどうしようかと思ってね」

 『アカデメイア』内のスフェラの屋敷を出て、どうせなら夜まで『アカデメイア』内を散策しようという話となったが、全員とてもそんな気分ではない。

 案内を買って出た、カリディアとカメリアがそんな落ち込み気分のメンバーに、どう楽しんでもらおうかと、精一杯考えを巡らせ、話し合っている。

「どうせこんなとこでうだうだ話してても仕方ないじゃん。どうせなら、カメリアとカリディアに楽しいところに連れてってもらおうよっ」

 この提案はミゲ。もともと楽天的な性格の彼女は、こんな雰囲気が耐えられない様子だった。定位置となりつつあるアーラの右側から、全員に呼びかけた。

「…楽しいところですか……」

 これには、カリディアもカメリアも、余計深く悩む結果となる。

「楽しいってのは、人それぞれだから…。最初は施設の案内を頼むよ。そうすれば行きたいところもわかってくるだろうから」

 この助け舟はアーラ。すぐさまカメリアが「ありがとうございます」と笑顔で答えた。

 これが気に入らないのはミゲである。

「ねぇ。アーラはカメリアみたいな大人しいタイプが好きなの?」

「頑張ってる子が好みだよ。大人しくても、にぎやかでも」

「やっぱり私はアーラが大好きだなぁ」

 ぎゅっと、アーラの右腕に自分の体を押し付けて、ミゲは嬉しそうに答えた。

 なんとなくアーラの頬が赤くなる。

「アーラ、可愛い」

 その台詞はやめろ。そう喉まで、でかかった。昨日からさんざん、ミゲの兄にからかわれている内容だ。一種のトラウマと化している。

 が、今度はアーラの左腕にカメリアが抱きついた。

 いちゃついてるアーラとミゲが気に入らないらしい。無言でぎゅぅっと体を押し付けてくる。アーラとしては、歩きにくくて仕方がない。

 しかし2人の少女の気持ちも無碍にはできない。その上母親が認めてしまった以上、この2人がエスカレートすることはあっても、諦めるということは当分期待できない。

「ミゲ。俺が嫉妬するから、離れることはできないか?」

 ジンがぼそりと呟いた。

 あまりに低音の声質に、周りで聞いている方が驚いた。

「…うんもう、兄さんは…。影でアーラをいじめないでよ」

 仕方なくミゲはアーラから体を離した。

 ミゲ。オレはもういじめを受けている。と、アーラは声を大にして言いたかった。

 それに合わせて、カメリアも体を離す。両腕が軽くなり、アーラはほっとした。

「アーラは貧弱なんだから。お前たち2人にぶら下がられたら、きっと倒れてしまうぞ」

「余計なお世話だ」

 ぼそぼそ呟くジンに、アーラもぼそりと呟いて対抗する。

「…だからお前の体力強化に協力しようと言うのだ。ミゲや俺のためにも、少しは逞しい男になれ」

「…本当に余計なお世話だ」

 昨日や今朝とは、まるで別人のようなジンの口ぶり。一体どっちが本当のジンなのか。

「今日から貴様の家に泊まりこんで、徹底的に鍛えてやる。『ブルゾス』退治で足手まといになられてもこちらが困るからな」

「てめぇ、本当にキレるぞっ!!」

 まぁまぁまぁとヴノとクレイがアーラとジンの間に割って入り、2人をなんとか宥める。

「まぁ、兄さんなら本当に鍛えてくれると思うから、アーラも兄さんを利用しちゃえばいいじゃない」

 えっ?とアーラはミゲを見た。ミゲは「ねっ」と笑顔だが、もしかしてこれ。

 昨日のオレの家に同居するっていう…その動機作りか?

「ジンは執念深そうだよなぁ。アーラ。毒盛られないよう気をつけろよ。でも、メシは旨いからさ。ミゲの言うとおり、そこだけ利用すればいいじゃん。何かと面倒見よさそうなやつだし」

「僕もそう思う。嫌なら寝たふりしちゃえば」

 なんかほとんど無責任な意見ばかりの気もするが…。

 なんでみんなまで?アーラの視線がジンへと向いた。

 誰もジンを見ていない…アーラだけがジンを見ていた一瞬。ジンはアーラに片目を瞑って見せた。

(こいつ、腹黒――!!)

 心の中で叫んでいた。


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