第3幕 3
どうせならと予定を繰り上げ、スフェラから紹介を受けた、ナル・ドータという人物に会いに向かうことにした。
カリディアによると、スフェラ専任の『補佐役』なのだそうだ。
「補佐役?」
「スフェラ師匠が、『師弟准士』の『教官職』としてついている間、その『担当補佐役』の方というんでしょうか?私を弟子として教育している内容や、その進み具合などによっても、手当てが変わるのだそうで…。その判断や、『アカデメイア』への色々な連絡などをやって下さっている方です。
というのは一般的な表向きの理由で、一番はスフェラ師匠や私やカメリアの『アトスポロス』としての働きや、その任務による『イロアス協会』との連絡、『アトスポロス』として活動した場合で起きた、『アカデメイア』での不都合などを処理したり。
昨日の皆さんの裏庭での騒動を処理したのもナルさんです」
「…ってことは、『イロアス協会』ってとこと、俺らのパイプ役って感じの人か」
「はい。そのような方です」
ヴノとカリディアはテンポの良い会話をしていく。
ようは『裏方』さんという感じの人か。と2人の会話から、皆それなりに納得はしたものの人物像のイメージがいまいち湧かない。
「真面目―な感じの人?」
ヴノの問いに、カリディアはにっこりと笑った。
「お会いになればわかると思います」
「なんかカリディアってヴノと話すときの笑顔は特に可愛いよね」
アーラの突っ込みだった。
「そ、そんな」
「嫉妬か?」
カリディアとヴノが、ほぼ同時にうろたえながら答える。
が、これがミゲとカメリアへと飛び火した。
「…カリディアの笑顔がそんなに可愛いんだ…アーラは」
「…私じゃ駄目ですか?」
左右から、ほぼ同時にアーラへ嫉妬と切なさが入り混じった、視線が突き刺さる。
「どうして2人がそうなるんだよっ」
「アーラは女心がわかってないなぁ。自分の大好きな男の子が他の女の子を可愛いなんて言ったら、気になるに決まってるじゃないか」
真顔で語るクレイ。アーラはとても複雑な表情をクレイに向けた。
(…そんなこと言ってもねぇ……)
ミゲとうんうんと頷き、カメリアはじっとアーラを見つめたままだ。
「…ミゲとカメリアがあまりにも可愛すぎるんだ。でも、2人がオレのそばにいてくれることを安心しすぎた。ごめん。」
半ばヤケになりながら、アーラは得意そうな顔で、当然のごとく語った。
「やっぱりアーラ大好きっ!!」
と、ミゲはぎゅっとアーラの右腕にしっかりとしがみ付き、カメリアは真っ赤になって俯きながら、自分の右手で、アーラの左手をしっかりと握っていた。
(オレ、そうとう最低なやつだよ…)
両の腕に重みと温もりを感じつつ、アーラは心の中で落ち込んでいた。
スフェラの屋敷から歩いて四半刻(15分程度)程度の距離に、『アカデメイア特別塔』という、真上に細長い8階建ての塔が建っていた。
ほとんど誰も、この塔の使い道を知らない。
普段准士が出入るすることはない。『アカデメイア』の関係者すら、資料庫か何かと考える者も少なくない。ただしそれは、『イロアス協会』を知らない者に限られる。
ここは『アカデメイア』の中でも『イロアス協会』に関する者しか出入りすることがない施設だが、その中でもさらに中に入れる者が限られるので、ミステリアスな建物として、
ほとんど関心の寄せられることのない建物と言える。
今日初めてこの塔に入るヴノたちがそんなことを知るはずもない。
カリディアは、この塔の地下にアーラたちを案内した。
「いきなり地下って怖いんだけど…」
螺旋階段を降りて行くミゲが呟き、前を歩くアーラの肩に手を触れた。
「心配ないさ。単なる地下室って感じのところだから」
狭い階段だったので、アーラは振り返ることはできなかったが、その声は穏やかな雰囲気があった。
「アーラはここに来たことがあるの?」
「ケリー兄さんの友だちがここの務めなんだ。何度か来たことはあるよ」
「…ほんと、アーラは詳しいよなぁ。あらかた知ってるんじゃないか?」
この件に関しては、ヴノはやたら感心してくる。
「ケリー兄さんがいたのは確かに半年だったけど、オレがここに来たのは、その後の方が多いんだ。兄さんの調べものとか、お使いみたいなもんでね。
施設には変わったものも多いし、面白半分で来てた」
「ふうん。あのお兄さんもやたら物知りそうだもんなぁ」
「物知りだよ。エリュシオンの騎士の称号を持っているだけじゃない、いくつかの資格も確か持ってるな。『綺晶魔導医術師』だろ。『綺晶鉱物専学師』、『綺晶王導師』、『綺晶鑑定師』、『綺晶魔導騎士』、『綺晶判別師』それから…」
「わかった、わかったっ!!訊いた俺が悪かったっ!!」
「別に悪くないさ。ヴノはなんだか、興味あるみたいだし…」
「意外と根に持つタイプだな…お前。もう大丈夫だ」
「本当か?」
アーラの声はすでに笑いが含まれている。ヴノは「すまん、もういい」と侘びの一言を強調した。
「でも、ケリーエお兄様って本当にすごいんですね」
すでに『お兄様』と呼んでいるカメリアには訳がある。ケリーエはミゲとカメリアには特別に、完全に状況を楽しんで『お兄様』と呼ぶことを『許可』したのだ。これはパイクや、長兄のクーゼも含まれるのだそうだ。
母も母なら、兄も兄だ。アーラは家族の『良すぎるノリの良さ』を呪った。
ミゲとカメリアはすでに『その気』であり、当然のごとく『お兄様』と呼んでくる。
その都度アーラは複雑な思いにかられながら、それに答えなければならなかった。
「半分ケリー兄さんの趣味みたいなところがある。子供の頃から読書が好きだったから、その延長線上のことなんだって。羨ましいにも程があるけど」
本を読むだけで頭が良くなれるのなら、本当に羨ましいことだ。しかし、ケリーエの読書量は半端な数ではなく、本当かどうかは知らないが、『アカデメイア大図書館』とは、世界最大の規模と量を誇る施設なのだが、半分は読んだかなと、何事もないかのごとく言い切っていた。アーラは嘘だと考えているが、長兄のクルーゼはあいつなら本当にやっただろうな。と笑っていた。
「ここです」
カリディアが地下2階の突き当たりにあるドアをノックした。
「カリディアです。皆さんをお連れしました」
「あーはいはい、どうぞ」
ドアの向こうから人の良さそうな声が返ってきた。
「失礼します」
カリディアがドアを開ける。
「いらっしゃい」
7人が入ってもまだ余裕のある大きさの部屋に、奥の壁際に古びた机が3つ。
中央に6人程度は座れるソファと小型のテーブルが並び、ダイニングテーブルセットも隅に用意されていた。
「…相変わらず雑然としてますね」
と、アーラが容赦なく呟いた。
「そう言わないでよ。それでも今日から君ら専用の『補佐室』になるんだからさ」
30歳半ば程度だろうか。メガネをかけた男性が、いささか引きつり気味の笑みを向けながらアーラに答えた。
実に平凡な姿で、事務的な仕事のイメージがとても合う、人の良さ気な笑みが安心感を与えるが、どこか胡散臭さも感じさせる―そんな人物だった。
「初めまして。私がナル・ドータです。
普段はスフェラ教官の『補佐役』なんですが、今日から私の他に2名加えて3名で君たちの補佐をいたします」
「…俺たちの補佐…ですか?」
ジンが訝しげに尋ねた。
「『イロアス協会』でも君たちのように、突然5人も見つかるなんて異例中の異例なんだ。
それも昨日の騒ぎで、少々『アカデメイア』の『アトスポロス』に関係あるなしに関わらず、准士たちが噂しているようでね。その対策と、今後の君たちへの『アトスポロス』としての活動の補佐。そっちがメインになるかな。そして『アカデメイア』での生活と准士としての活動。そのフォロー全般ももちろんやらせてもらうことになる。
『アカデメイア』への事務的なこと、講義などの相談、『イロアス協会』への質問、相談など。すべてにおいて、我々が代行させてもらう。そして君たちの『護衛』や『守護』役も我等の任務となる。どんな些細な相談でも構わない。好きな彼氏がどうやったら私に興味を示してくれるのか。なんて相談も大歓迎さ」
重大なことと、どうでもいいことが入り混じって説明されたので、どこをどうやって拾い理解すればいいのか、アーラたちは一瞬無言になった。
「ナル室長の説明はわかりずらいっていつも言ってるじゃないですか。ごめんなさい。
私はクラッペ・ハイ・ヴァール。君たちに直接補佐役でつくのは私です。
歳は21歳で、少しは君らに近いかな?」
愛想の良い、整った面立ちの女性。
ナルと同じようにメガネをかけているが、それが可愛く似合って見える。年齢のわりには2~3歳ほど若く見えて、さらにアーラたちには親近感を覚えさせた。
「『アカデメイア』でも生活全般のフォローと、こちらが私たちのメインとなる『アトスポロス』としての活動に関して、私もその都度任務には同行し、君らの補佐を行います。
言い方が冷たいかもしれないけど、それだけ君らは『イロアス協会』では期待の星だし、
『アカデメイア』では目立っちゃう存在だからね。
身辺の警護を兼ねて、専任で私たちが君たちのフォロー役に付くことになったわけ」
言い方がうまいなとアーラは感じた。
色々心の中で思うことはあるが、今はナルやクラッペの様子に合わせておこうと、無言を決め込んだ。
アーラはナルのことは知っていたが、クラッペは初対面だった。
そしてナルの右傍。アーラたちに近い位置まで歩み寄ってきたクラッペの背後にいる、アーラを見てにやにや笑っている男性に目をやった。
「…キートさん、お久しぶりです」
「1年ぶりかな?まさか本当に来るとは思わなかったけど。来た早々派手にやったね」
言葉の後半はすでに笑いが含まれている。
「…この人が、ケリーエさんの友だち?」
クレイがアーラに小声で尋ねる。アーラは笑みを浮かべながら、無言で頷いた。
「初めまして。キート・アクーラ・ルィーバといいます。ケリーエとは友だちって言うより悪友だろうなぁ。歳は25歳。僕はアンテニー家の担当なので、クラッペのさらに補佐役というのかな?男同士の話がしたいときは、僕のところに来てください」
こちらは笑顔が似合う、気さくな感じの男性だった。
ケリーエの友だちというのでそれなりの美形を想像していたが、(キートに失礼なのだが)容姿はいたって普通。
事務的なナルとは対照的に、少々日に焼けた肌が活動的な印象を与えた。
「アーラが10歳のときからの知り合いでね。その頃からこの『アカデメイア』に入りたいって言っていたんだけど…。君たちも、もう会ったとは思うけど、あの兄貴たちの溺愛っぷりだろ?もうほとんど病気なんだよね。それが今回よく許したと思ってさ…」
おかしそうにぺらぺら話すキートに、アーラがひくひくと口元を引きつらせて我慢していた。
「本当にキートさんは『アンテニー家』の人たちと仲がいいんですね」
アーラをフォローしようと発したクレイの言葉に、キートの表情が笑みの余韻を残しつつ、真剣さを帯びた。
「『補佐役』は担当する『アトスポロス』の補佐であると同時に『盾』でもある。
君らの命を護るのも僕らの役目なんだ。君らはこの『世界の宝』なんだよ。
だから『ブルゾス』との戦いだけじゃない。君らの普段の生活でも、僕らは君たちの身を護る役目を負う。
だからこそ、僕らにとっての君らは命より大事な存在なのさ。だから僕にとっては『アンテニー家』の人たちがそういうことになる。
互いの関係は『補佐役』にもよるし、担当する『アトスポロス』にもよるけどね」
自然と少年、少女たちの視線がクラッペに集中した。
「私にとっては皆がそういう存在なんです。私にとっては皆、護りがいのある可愛い弟や妹みたいなもんだよ」
クラッペは重い内容にも関わらず、それを意識させないようにするためか、勤めて明るく愛想の良い笑顔を崩すことがなかった。
「…お前はそれを知っていたのか」
クラッペを見つめるメンバーを余所に、ジンがそっと背後からアーラの耳元に囁いた。
「う…ん、まぁ。このキートさんの他に、オレが住んでるイオでも『アンテニー家』の『補佐役』がいる。特に精神面のケアを受け持ってくれるよ」
アーラはどこか寂しげな…言葉を選んでいるようにジンには思えた。
誰も見てない部分。ジンの右手がアーラの右手を握った。
「…そういうことは俺に相談しろよ。これから一緒に住むんだから…。
お前の体のケアも、心のケアも俺が担当するから…」
どうしてこの男は…。何がしたいのか一向に読めないジンの行動に、アーラは頬が熱くなるのを感じながら、はぁとため息をついた。
「だから…さぁ。それじゃ『愛の告白』に聞こえるって、昨日も話したじゃん」
「…いいよ。そうとっても…」
顔を真っ赤にして、勢いよくアーラがジンへと振り向いた。
「どうした、そこ?まーたジンがちょっかい出したのか?」
ヴノが様子のおかしい、ジンとアーラを見た。
「変なことを言うな」
ジンはいつもの『愛する妹が想いを寄せる恋敵』を見るように、アーラを見返した。
「兄さん、アーラをいじめないでよ」
ミゲが走り寄ってアーラの右手を掴んだ。
右手は、さっきまでジンが掴んでいたところだった。
アーラは言葉が浮かばず、無言でミゲを見つめてしまった。
「…そんなに見つめないで…恥ずかしいよ」
変に色っぽい声で言われて、改めて顔を真っ赤にしてしまったアーラを、カメリアがじーっと見つめ、その視線に怒りを込めてミゲへと向けた。
「何よ。その不服そうな目はっ」
「当たり前です。アーラさんが嫌がってます」
「嫌がってないでしょうっ」
あー。いい加減にしてくれと、アーラが途方にくれて天井を見上げた。
「……ぷっ…あ…あはははははっ」
これに大笑いしたのは…キートだった。
腰を派手に叩き、目に涙を溜めて大笑いしている。
「キートさーんっ!!」
「わか…わかってる。わかってるよーっ!!」
抗議の視線を送りつけるアーラへ、まともに見ることも出来ずに、ヒキツケまで起こしながらキートは息も絶え絶えに答えた。




