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三十、許可

「今まで通り、あなたの助手として手伝うよ。真相がどうであれ、母と椿妃の件には何か裏があるような気がする」


 朔がそう言ってくれたため、麗殊は今考えている計画を彼に打ち明けた。

 その計画はこうだ。翌月に開かれる七夕節の宴にて、二十二年前に椿妃が振舞った食膳と同じものを再現する。そして、食事の際に幻食の力を用いて朧鳴帝や太皇太后──当時の宴に参加していた者の記憶を見る。

 そのためには、七夕節までに触媒と食膳の記録を手に入れなければならない。


 麗殊の話を聞いた朔は腕を組んで言う。


「それなら、触媒よりも先に料理の許可を得た方がいい。宴席のご馳走となると準備が必要だから。尚食局に嫌な顔をされないためにもね」

「そうね……。私、この計画はまだ誰にも言ってなかったの。主上は許可してくれるかしら」


 これはまだ漠然とした計画だ。上手くいく保証なんてない。昨夜の様子からして、朧鳴帝は記憶を探られたくないようであったから、食膳を麗殊が担うことすら許されないかもしれない。


「さあ。聞いてみないことには分からない。昼時になれば、主上は黄瑞殿に戻ってくるはずだ。聞きに行くか?」

「ええ、そうしましょう」


 朔の提案に、麗殊は頷く。

 その後、二人は一度別れ、昼餉の後に黄瑞殿の前で落ち合うことにした。

 食欲が一気に戻ってきて、昼餉はたくさん食べてしまった。朔と和解できたことで、精神も落ち着いたのだろう。

 他人の一挙一動で健康状態を左右されるのは少し癪だが、事実なのだから受け入れなければならない。あの男は、知らぬ間に麗殊の中の深いところに入り込んでいたのだ。

 

 日照りの下、黄瑞殿の門前に赴くと朔が一人で立っていた。彼は無表情でいたが、近寄ってくる麗殊に気がつくと柔らかな顔に変わる。今朝とは大違いだ。

 麗殊は朔と共に門を潜り、黄瑞殿の正殿へと歩いた。その後、朔が正面の大きな扉を叩くが、一向に人が出てくる様子はない。

 朔は怪訝そうに首を傾げる。


「孟飛はいないのか?」

「返事がないわね」


 いつもならば、すぐに孟飛が出てきて応接してくれるはずなのに。

 不思議に思いながら扉の傍で佇んでいると、突然、重い音を立てて内側から開かれる。

 二人は端に避け、人が出てくるのを待つ。すると、孟飛ではなく彼よりも老いた男が姿を現した。


 ──この方は昨日の……?

 ひと目見た瞬間に、記憶が蘇ってくる。朔と似た翡翠の官服を着たこの男は、昨日仮宿を訪れた際に出会った征椑という名の大医だ。


 一方、征椑もこちらの存在に気がついたようで、一瞬驚いたような顔をした後、眉間に深い皺を寄せた。そして、また以前と同じように麗殊をまじまじと見つめる。痛いくらいだ。

 数秒の沈黙の後、彼は同じ大医である朔とはなぜか挨拶を交わさず、難しい顔のまま去っていく。朔も何も言わずにその背中を見送った。

 麗殊は怪訝に思い、朔に問いかける。


「今の方も大医でしょう。もしかして、仲が悪いの?」

「その通り。俺はあの人に嫌われているから、鉢合わせたくないんだ」

「嫌われてるって、どうして」

「俺も知らないよ」


 朔はため息混じりにそう言って肩を竦めた。

 本人でさえ理由が分からないというのなら、麗殊に分かるはずもない。


「私、あの方に何かしてしまったのかしら。今日も、以前会った時もなぜか凝視されるの」


 麗殊は昨日の様子を思い出しながら呟く。


「そうなの?」

「ええ。今日は一段と鋭いというか……」

「桃妃がいつもの装いと違うからじゃないのか。化粧が鮮やかで。……だから、俺もてっきり主上と良い感じになったのかと思って」


 節目がちに言う朔にぎょっとする。まさか、そんな勘違いをされていたとは。

 麗殊は顔を赤く染めて返す。


「違うわよ……! あなたを怒らせてしまって落ち込んでたから、気合いを入れようと思って」

「ふうん、そうだったのか。とても綺麗だから驚いた」


 弁解に納得してくれたのか、朔は目を細めた。

 さらりと告げられた"綺麗"という言葉に、麗殊はたじろいでしまう。

 その時、正殿の中から別の男が現れた。今度こそ孟飛である。


「朔様、桃妃様。失礼いたしました。謁見をご希望ですか」

「ああ、手短に済むから頼むよ」


 相変わらず仏頂面の孟飛の問いに、朔が頷く。すると、そのまま中へと通してくれた。謁見の間に入ると帳が上げられ、玉座に腰掛けた朧鳴帝と対面する。


 麗殊と朔が拝礼すると、朧鳴帝はこちらを見下ろしながら小さく鼻を鳴らした。


「元気が戻ったみたいではないか。今日は美味そうな香りがする」


 そして、からかうような表情で言うので、麗殊は気まずげに視線を逸らす。

 朔と和解できたのはこの男のおかげだ。正体を教えてくれたから。昨日の妙な雰囲気を思い出すと居た堪れない。

 話を逸らそうと本題に入る前に、朔が朧鳴帝に尋ねる。


「先程は征椑殿と話をされていたようですが、太皇太后様に何か?」

「うむ、お祖母様の病状が悪化しているらしい。年齢を鑑みると、どれだけ持つか分からないと」

「そうでしたか」


 麗殊は二人の話を聞きながら推測する。

 征椑は太皇太后付きの大医なのだろう。そういえば、菊妃も以前太皇太后の不調について話していた。


 ──もしも七夕節の前にお倒れになられたら、後宮は宴どころではなくなってしまうわ……。

 それに、二十二年前の記憶を持つ貴重な人物を失うのは困る。

 想定外の事態に頭を悩ませていると、朧鳴帝が問いかけてくる。


「それで、此度は二人揃ってどうしたのだ」


 その声に意識を呼び戻し、玉座を見上げて告げる。


「七夕節の宴についてのご相談を」

「七夕節?」

「はい。その宴の食膳を私に任せていただきたいのです」


 麗殊が胸に手を当てて頼み込むと、朧鳴帝は「なぜ」と眉根を寄せる。


「四夫人に上がってから初めての宴ですから、その感謝の意を示したいのです」


 食解きのためだといえば記憶を読まれたくない朧鳴帝は難色を示すだろう。そう思い麗殊は最もらしい理由を取り繕う。

 すると、朧鳴帝は口を引き結び、麗殊を見下ろす琥珀の瞳を鋭くさせる。その隣に立つ朔を一瞥した後、小さく息を吐き出した。


「好きにするがよい」


 そして、読めない表情で言った。いつもの如く何を考えているのか分からない。


 ──朔殿は、主上こそ過去に囚われていると言った。その過去の真相が分かれば、この方のお考えも理解できるのかしら。


 無事に許可を得られ、麗殊は深く頭を下げて感謝を示し、その場から退出した。

 正殿を出た後、麗殊は朔に話しかける。


「随分あっさり許可を得られたわね」

「良かったじゃないか」

「ええ」


 思っていたよりもとんとん拍子に進んでいる。あとは芙良に己が宴の食膳を担うことを告げ、どうにかして二十二年前の記録を入手しなければ。


「次は献立記録を手に入れないと」

「わざわざ尚食局まで行かなくても、俺が手に入れてあげるよ。あの日に関しては、同様の記録が大医局に残っているはずだ。大事にしたくないならそっちの方がいいだろう?」


 その言葉に、麗殊はハッとする。

 たしかに、当時の食膳に混ぜられた毒の調査に大医局が関わったとなれば、宴で振る舞われたものを全て記録して残してあるだろう。


「そうね、お願いするわ」


 麗殊が言うと、朔は「了解」と片目を瞑ってみせた。

 事情を知る朔が用意してくれるとなると、他所にこちらの狙いが気づかれることなく隠密に行動できる。

 この一瞬でそこまで頭が回るとは、相変わらず有能な助手である。


 黄瑞殿の門を出て、さて互いの住居へ帰ろうとなった時に、おもむろに朔が声をかけてくる。


「ねえ、桃妃。一つ言い忘れたことがあるんだけど」

「なに?」

「あなたを観察していて感じたことが他にもあるんだ。今朝、尋ねてきただろう」


 唐突な話題に、麗殊は頭を捻る。


『私を観察していて、あなたはどう思ったの』


 そういえばそんなことを訊いた気がする。とはいえ、もう終わった話だと思っていたのだが、今更言い忘れたこととはなんだ。

 朔は一歩踏み出して麗殊との距離を詰め、意味深に目を細める。前髪の隙間から琥珀色の瞳がきらりと光る。


「どうやら、俺はあなたに惚れてしまったらしい」


 そして、麗殊にしか聞こえないような小さな声で、囁いた。


「……へ?」


 数秒遅れて、麗殊は口から間抜けな音を漏らす。


 ──ほ、惚れ……? なんですって??

 麗殊は唖然として、瞬きを繰り返す。

 その間に、朔は背を向けて、後宮の外へと繋がる黄瑞門の方へと歩き出していた。

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