第七章
春の陽光が、宮廷の議事堂に差し込んでいた。
エレオノールは、静かに資料に目を通している。東との通商協定の最終確認。彼女の冷静な判断と洞察は、この重要な外交案件を円滑に進める原動力となっていた。
「エレオノール様のご指摘の通りでした」
宰相が、深い敬意を込めてそう告げる。あの事件から一年。彼女は決して高い地位を求めたわけではなかったが、その実力は誰もが認めるところとなっていた。
「いいえ」
彼女は穏やかに首を振る。
「私は、ただ国のために、なすべきことをしているだけです」
その言葉には、かつてと変わらぬ謙虚さが滲んでいた。しかし、そのひとことひとことの重みは、以前にも増して深いものとなっていた。
「東との交渉は、順調に進んでおります」
書記官の報告に、重臣たちが満足げに頷く。エレオノールが導いた外交方針は、着実に実を結んでいた。かつての緊張関係は影を潜め、両国の関係は日に日に深まっていく。
「エレオノール様の手腕には、我が国も一目置いております」
東の使節の言葉に、宮廷の面々が同意を示す。彼女の政治的センスは、国境を越えて評価されていた。
「私にできることは、まだ僅かなものです」
エレオノールは、相変わらず謙虚な態度を崩さない。しかし、その言葉の重みは確かなものとなっていた。彼女の進言は、いつも的確で、国益に適ったものばかり。その実績は、既に誰もが認めるところとなっている。
第二王子——今や皇太子となった彼も、彼女の意見には常に耳を傾けていた。政務において、エレオノールの存在は必要不可欠なものとなっていたのだ。
窓の外では、宮廷庭園に若い貴族たちが集っていた。彼らは皆、エレオノールの政治塾とも呼ぶべき勉強会に参加する面々である。国家の未来を担う若者たちが、彼女の教えを求めて集まってくる。
「エレオノール様の洞察力には、いつも感服いたします」
ある若き貴族が感嘆の声を上げる。かつての事件は、才能や身分だけでは国に仕えることはできないという教訓を残していた。彼女の指摘は常に的確で、しかも相手の心を傷つけることがない。厳しい内容であっても、その言葉は常に建設的で、希望を示すものばかりだった。
「私たちの国には、まだまだ改善の余地があるのです」
エレオノールは、若者たちに優しく語りかける。
「ですが、それは同時に可能性があるということ。ひとつひとつ、着実に良い方向へ進めていけばよいのです」
その言葉に、若者たちの目が輝く。彼女は既に、次世代の指導者たちの心をも掴んでいた。
宮廷内を歩けば、誰もが深い敬意を持って挨拶を交わす。それは単なる表面的な礼儀ではない。彼女の実力と人格への、真摯な尊敬の表れだった。
「民衆からの支持も厚いですね」
宰相が、窓の外を指さす。広場には、エレオノールの政策を支持する声が溢れていた。彼女の提案は、常に国民の目線に立ったものだった。貴族の高慢さを微塵も感じさせない、誠実な政治姿勢が、確実に実を結んでいる。
「陛下がお褒めになっていました」
側近が告げる。
「エレオノール様こそ、真の政治家の鑑だと」
その評価は、決して誇張ではなかった。彼女は、自らの立場や名誉を求めることなく、ただ国のために尽力し続けた。その真摯な姿勢こそが、周囲からの信頼を勝ち得た理由だった。
東の国との関係も、著しい進展を見せていた。彼らの「搦め手」の外交術も、エレオノールの前ではその力を失う。常に誠実で、かつ深い洞察に基づく交渉は、相手国からも高い評価を得ていた。
「隣国との関係も、良好なものとなっておりますね」
宰相の言葉に、重臣たちが頷く。各国との外交において、エレオノールの手腕は不可欠なものとなっていた。
彼女の執務室の窓からは、いつも春の陽光が差し込む。それは、かつて婚約破棄の場で見た光と同じもの。しかし今、その光は彼女の輝かしい未来を照らすものとなっていた。
「この国の明るい未来のために」
エレオノールは、静かに微笑む。彼女の瞳には、揺るぎない意志が宿っていた。それは、単なる復讐や見返りのための力ではない。真摯に国を想い、人々のために尽くそうとする、清らかな意志。
その意志は、これからも彼女を導いていくだろう。そして、彼女が照らし出す道は、きっとこの国の、新たな夜明けとなっていくはずだった。