ヒーローとヒロインの日常
「お疲れ様でした。優雅様」
変身を解き、一学生の姿に戻った白鳥院優雅は、近くに止まっていた黒塗りの車――そこで待っていた妙齢の女性に出迎えられる。
「ああ、暁さん。ありがとう」
その女性――「暁」は、白鳥院グループに雇われたメイドであり、優雅の護衛兼世話係を任されている。
時代が時代なだけにメイド服などは着用せず、黒のパンツスーツを着用し、優雅に献身的に仕えている。
身の安全を確保するためや機密の関係で正体を隠すことが義務付けられているヒーローは、敵を倒せば後はその場を離れるだけ。
リムジンや高級車などは目立ちすぎるという優雅の意向で常用している一般的なワゴン車に乗り込んだ暁は、アクセルを踏んでその場から離れていく。
デスバースに属する宇宙人達と戦った場所は、国から派遣された専門の調査チームによって対処が行われることになっている。
「優雅様。今回の討伐の報酬は、ホワイトルミナスと分け合うということでよろしいのですね?」
ワゴン車のハンドルを握るスーツ姿のメイド――「暁」は、ルームミラー越しに主である優雅の姿を見て口を開く。
そこに映っているのは、女性すら羨むような光沢のある髪を持つ美男子の姿だ。
高校生らしく、どこかあどけなさは残っているものの、大人の男らしい強さを感じさせる、いわゆる優男風の面差しは、多くの女性を虜にする魅力があった。
かく言う暁もその一人であり、思わず赤らみそうになる顔を自制心で留め、ルームミラー越しに送られてくる主の視線と声を受け止める。
「ああ。先に戦っていたのは彼女だ。そこに強引に割り込んでしまったのだから当然の事だよ」
「かしこまりました。『WGO』には、そのように伝えておきます」
「よろしく」
「WGO」とは、「World Guard Organization」――「世界守護機構」の略称であり、世界中のヒーロー達を管理、統括する組織だ。
ヒーローの力の源であるアルマは数が限られた貴重な資源であり、全てのヒーローはWGOに所属することが義務付けられている。
いかに世界、人類全てのためとはいえ、命を賭して戦ってくるヒーロー達に無償の働きを求めるわけにはいかない。
そういった事情から、敵性宇宙人の討伐に対し、ヒーロー達に報酬を支払うこともWGOの役目となっている。
余談ではあるが、アルマの管理のためにヒーローには一人につき一人、WGOから派遣された補佐が突くことになっており、優雅の場合は暁がそれを兼任している。
「はい。それでは、戦闘終了後のメンテナンスのため、研究所にまいります」
「ああ」
優雅の意向を受けた暁は、そう言うと共に目的地に向けて運転するワゴン車のアクセルを踏み込んだ。
「――いつまで続くんだろうな。こんな戦いが」
小さくため息を吐き、窓の外へ視線を向けた優雅の独白は、行き交う車の音にかき消され、溶けるように消えていった。
※※※
「キャー」
「ルミちゃぁーん!」
その頃、ジャーゲスとの戦いが繰り広げられた戦場の近くでは、ホワイトルミナスが集まった民衆達に笑顔で応じていた。
実力こそシーモネイターに譲るものの、人気では日本国内で一番を誇るホワイトルミナスは、その美しさによって男性のみならず、女性子供まで幅広い人気を獲得している。
「じゃあ皆気を付けて帰ってね」
スマホで写真を撮る人々、ホワイトルミナスを略した「ルミちゃん」という愛称で呼ぶファン達にひとしきり応じたホワイトルミナスは、翼を広げて空へと消えていく。
その翼で移動したホワイトルミナスは、周囲に誰もいないことを確認して、変身を解除する。
そこから現れたのは、背の中ほどまでの長い髪に、変身後の面影を感じさせる顔立ちをした高校のブレザーに身を包んだ女子高生だった。
「お疲れ様でした、『雪月』様」
ホワイトルミナスの正体である女子高生――「星宮雪月」を出迎えたのは、スーツに身を包んだ妙齢の女性だった。
「エリザベス」
雪月に「エリザベス」と呼ばれた女性こそ、WGOから星宮雪月ことホワイトルミナスの担当として派遣された補佐官である。
いつものように感情の読み取れない事務的な無表情で雪月を出迎えたエリザベスは、近くに停めていたスポーツカーへ案内する。
「どうぞ」
「ねぇ、いつも言ってると思うけど、車なんとかならない?」
走ることに特化していることを推測させる流線形のフォルム。鮮やかな赤いカラーリングが施された車体には、メイド服を纏った天使のアニメキャラが描かれている。
リムジンや高級車とは別の意味で目を引く車。これに乗って移動することに、雪月はこれまで何度も要望を出していた。
「無理ですね。この子は私の魂です」
そして、それに返されるエリザベスの言葉は、いつも同じだった。
「あ、そう」
そのこだわりに頭痛を覚えたかのように眉間を抑えた雪月は、諦めと妥協から素直に痛スポーツカーに乗り込む。
「では参りましょう」
「くれぐれも安全運転で、ね?」
雪月が乗り込んだのを見て取ったエリザベスは、ハンドルを握ると後部座席から聞こえてきた声に冷笑を以って応じる。
「何を仰っているのですか? 私は常に安全運転ですよ」
同時にエンジンがうなりを上げ、アクセルを踏み込むことで回転したタイヤが地面との摩擦で甲高い音を立てる。
「いやぁ~っ!」
まるでカーレースでもするのかと思われるほどの速度で駆けだした痛スポーツカーの後部座席に重力で押し付けられた雪月は、まるで絶叫アトラクションに乗っているかのような錯覚を覚えていた。
「今日も……今日も活躍を奪われてしまったわ。あの変質者に!」
すました表情とは正反対の荒々しい運転を行うエリザベスの操る車にも慣れている雪月は、即座に冷静さを取り戻して俯く。
「やむを得ないのではないですか? シーモネイター様の戦闘力は確かに破格ですから」
「でもでもぉ」
ルームミラー越しに雪月に視線を向けたエリザベスが抑揚のない声音で呟くが、当人はそれを承服できていない様子だった。
戦闘力最強のシーモネイター。人気ナンバーワンのホワイトルミナス。この二人が日本の頂点を争うヒーローであることは間違いない。
実は負けず嫌いである雪月が、必要以上にシーモネイターを意識するのも無理からんというところだ。
「私の力が、あんな……あんな下品な武装に負けてるなんて、納得いかないじゃない!」
正統派ヒーローであるホワイトルミナスに対し、シーモネイターの武装は確かに下品なものだ。
年頃の乙女として、それを指摘することに恥じらいを見せる雪月に、エリザベスは相も変わらず淡泊な声で応じる。
「アルマが発現する能力は、アルマごとに違っています。あなたのホワイトルミナスの元となったアルマが聖なる光の力を発現するように、シーモネイター様のアルマがああいった力を発現しているにすぎません
それはつまるところ、ヒーローの力の根源であるアルマの能力の差。別にあなたが彼に劣っているということではないですよ」
これまで散々述べてきた慰めの言葉を告げたエリザベスだったが、雪月から返されたのは、不満に頬を膨らませた、愛らしい表情だった。
「だとしても、世界のヒーロー達と比べられる日本のトップが、あんな御下劣な奴であっていいはずがないわ!
国の代表として世界中に知られる日本のトップヒーローが、その……男性器を振り回して戦うなんて冗談じゃないわ」
「とんでもない説得力ですね」
感情に任せて発せられた雪月の叫びにも似た言葉に、エリザベスは返す言葉を持たない。
アルマに選ばれたヒーローは世界中に存在し、日々デスバースから地球と人々を守るために戦っている。
その中で各国のトップヒーローと呼ばれる存在は、国の象徴そのもの。
日本の代表であるシーモネイターが、陰部を武器にして戦うヒーローであるとなれば、確かにそれはゆゆしき問題だろう。
「だから、私はあいつに負けられないの。アルマの差があるなら、それを私自身が実力で覆すだけよ」
「……それだけですかね?」
拳を握り締め、力強く自分に言い聞かせる雪月の頬が紅潮しているのを見て取ったエリザベスは、小さな声で呟く。
「なにか言った?」
「いいえ」




