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その名はシーモネイター




「きゃああああっ!」


 耳をつんざくような悲鳴が上がり、多くの人がもつれ合うように逃げ惑う。

 老若男女を問わず、我先にとなりふり構わず走るその姿からは、生死の境に面しているかのような必死さが伝わってくる。

「ハハハ! 逃げろ逃げろ!」

 そして、そんな彼らの背後――すなわち、逃げ出そうとするものがある方向からは、その元凶たる声が響いていた。


 そこにいたのは、「人ならざるもの」だった。

 人の身体にワニの顔と尾を取りつけたような姿をしたその存在は、常人を圧倒する覇気を纏い、爛々と輝く双眸で逃げ惑う人々を見回す。


「貴様らは、この『ジャーゲス』様が皆殺しにしてやろう!」

 目を細め、その顔を愉悦に歪めたジャーゲスと名乗る人鰐の怪人が手にした斧のような武器を振るうと、その衝撃波によってアスファルトが破壊され、瓦礫が宙に舞う。

 その猛威に人々が恐怖に逃げ惑い、ある者は破壊の力によって傷つき、血を流して倒れていた。


「ハハハハハハハッ!」


 高笑いと共に、ジャーゲスは鰐のごとき口から炎を凝縮したような熱閃を放ち、爆炎で街を包み込む。


 二十五年前。突如「デスバース」と名乗る敵性宇宙人組織から宣戦布告を受けた地球は、その侵略行為を受けていた。

 圧倒的な文明と力を持つデスバースの前に人類は成す術もなく、その欲望のままに蹂躙されるしかないかと思われた。

 だが、人類は絶望の中でただ滅びを待つだけではなかった。


「待ちなさい!」


「ヌ!?」

 その時、突如響いた凛とした声にその破壊行動を止めたジャーゲスが視線を巡らせる。

 恐怖に駆られて逃げ惑う人々を蹂躙するより、自分達への明確な敵意を持つ声を発した人物を優先するのは、侵略者として当然のことだった。


 ジャーゲスの双眸が映したのは、太陽を背にそびえ建つビルの最上階に佇む一つ人影だった。


「貴様は……」

「はあっ!」

 天へと舞い上がり、軽やかに降り立ったその人物は、太陽の逆行で隠されていたその姿をジャーゲスの前に露にする。


 純白の衣と白銀の鎧に身を包んだ美しい女性の姿は、さながら戦乙女、あるいは天使を彷彿とさせるもの。

 まるでこの世ならざる者によって作り出されたのではないかと思われるほどに美しく、いかなる彫像すらも実現しえないと確信させるほどの美貌は、見る者に畏敬すら与えることが想像に難くない。

 その背には光で構築されたかのようにうっすらと輝く純白の翼。足元まで届くほどの長さを持つ癖のない金色の髪をなびかせ、白色の光輪を戴くその姿は、戦火の中にあって人々に希望をもたらすものだった。


「これ以上あなた達の好きにはさせないわ!」

 その手に携えた剣の切先を向け、鈴の音を転がすような澄んだ声で言い放った戦天使に、ジャーゲスは忌々しげに歯噛みする。


「貴様は、『ホワイトルミナス』!」


「ホワイトルミナスだ!」

 白き戦天使――「ホワイトルミナス」の姿を見て、好戦的な笑みを浮かべたジャーゲスに対し、逃げまどっていた人々から歓声が上がる。

 その表情と声には、「これで自分達は大丈夫だ」という安心感が浮かんでおり、ホワイトルミナスに対する全幅の信頼が見て取れた。


「クク、この日本で最も人々の畏敬を集める天使。――貴様を屠れば、この国は堕ちたも同然よ」

 しかし、その信頼こそが裏を返せば絶望への引き金であることをジャーゲスは知っている。

 今自分が侵攻しているこの地――「日本」という国で最も人気を博す天使を殺せば、人々に落ちる影の深さは相当なものになるだろう。

「私は負けない」

 己が作り出す未来を幻視し、舌なめずりをするジャーゲスに対し、戦天使ホワイトルミナスは、微塵も臆さずに言い放つ。

「皆逃げて。こいつは私が倒す」

「やってみろ!」

 それに応えるようにホワイトルミナスの手に握られた剣に聖なる白光が宿る。

「はあああっ!」

「ガアアアッ!」

 薄明の輝きの結晶のごとき純白の翼を広げ、風よりも早く天を翔けたホワイトルミナスと手にした斧に黒い雷を纏わせたジャーゲスが一瞬で肉薄する。

 光の剣と闇の斧の一撃がぶつかり合い、そこから生まれた衝撃波が天を衝いて、空を覆っていた暗雲を吹き飛ばした。


 デスバースの侵略から地球を守るため、人類は宇宙から飛来した神秘の石「アルマ」の力を持つヒーロー達を生み出し、対抗していた。

 適合者に宿ることで人智を越えた力を生み出すアルマに選ばれ、人間をはるかに超える力を持つデスバースの敵性エイリアンを討つヒーロー達は、まさに人類最後の希望だった。


「優雅様!」

 ホワイトルミナスとジャーゲスが戦う戦場から多くの人が逃げ惑う中、秘書を思わせる美女に見送られながら人の流れとは逆に向かって駆け出す美青年が、力強い声を発する。


「アルマ・ウェイク!」


 瞬間、光に包まれた青年の身体はその輪郭を変え、空へと向かって飛翔していった。



※※※



「グウッ!」

 純白の光と闇の雷が一瞬拮抗した後、その威力に押し負けて吹き飛ばされたジャーゲスは、よろめいた体勢を整えて、忌々しげに歯噛みする。

 その視線の先に佇むホワイトルミナスの姿に、矜持を傷つけられたジャーゲスは双眸の奥に激情の火を燃え上がらせる。

「なめるなよ、人間がァ!」

 ジャーゲスが怒気に満ちた咆哮を上げると同時、その身体が一気に肥大化し、二メートルほどだった身長が五メートルにも及ぼうかと言う巨躯へと変化する。

 額や肩、背から巨大な角を生やしたティラノサウルスのような姿へと変化したジャーゲスの姿に、ホワイトルミナスは、その美貌に険な光を宿す。

「変身……変態型ね」

 自らの姿を変化させる能力を持つ宇宙人の総称を口にしたホワイトルミナスに、恐竜と化したジャーゲスの口腔から放たれた熱閃が襲い掛かる。

 金属すら蒸発させるほどの高熱のブレスが華奢な純白の天使を呑み込み、周囲を紅蓮色に染め上げる。

「――っ!」

 その炎を光のバリアで阻んだホワイトルミナスが渋面を浮かべるのを見て取ったジャーゲスは、自身の優位を確信して口端を吊り上げる。

「このまま焼き尽くしてくれるわ!」

「――!」


「ハーッ、ハッハッハ!」


 二人が再び切り結ぼうとしたその瞬間、場の緊張を一蹴するような高笑いが響く。

「この声……」

 己の存在を誇示するかのような聞き覚えのある笑い声に顔を向けたホワイトルミナスは、天空から飛来した一つの影をその目で捉える。

「とう!」

 力強い掛け声と共に地面に降り立ったのは、鋼を思わせる鈍い光沢を持つ白銀の肉体を持つ男だった。

 鎧のような身体を持ち、仮面のような兜で顔を覆ったその姿を見て取ったジャーゲスは、警戒心を露にして目を見開く。


「貴様は『シーモネイター』! 最強のヒーロー!」


 アルマに選ばれ、世界を守るヒーロー達。

 その中でも最強と名高く、日本の守護者としてその名を知られているのが、鋼の戦士――「シーモネイター」だ。

「うわぁぁああっ! シーモネイターだ!」

 その姿を認識した人々から上がる声は、ホワイトルミナスのそれとは異なるもの。

 活躍を期待しているようでありながら、まるで来てほしくなかったと言わんばかりの複雑な感情が込められたものだ。

「あ、あなたは下がっていて。こいつは私が倒すわ」

「そうはいかない。手柄を横取りするわけではないが、これ以上こんな奴に街を破壊させるわけにはいかないんだ。――ホワイトルミナス。共に戦おう!」

 ホワイトルミナスの強めの語気にも全く臆さず、拳を握り締めて爽やかな声で言い放ったシーモネイターは、ジャーゲスに向かい合う。

「クハハハッ! これは好都合。ここで貴様を倒せば、この世界は終わりだ」


「そんなことはさせない。――いくぞ!」


 鋼の戦士「シーモネイター」に変身するのは、都内某所の高校に通う高校生「白鳥院(はくちょういん)優雅(ゆうが)」。

 世界中に展開する白鳥院グループの御曹司である彼は、成績優秀、運動神経抜群、眉目秀麗。

 幼いころからあらゆる分野の教育を受けてきた英才でありながら、それを鼻にかけず、誰にでも分け隔てなく接する人格者でもあった。


 そんな彼が最強の力を持つアルマに選ばれ、シーモネイターとなったことは偶然ではなかったのだろう。

 しかし、そんな彼には、今一つの悩み――否、致命的な欠点があった。


「チンコブレード!」


 その叫びと共に、シーモネイターの股間部から光の剣が生まれ、その切先がジャーゲスに向けられる。


 ――そう。彼が変身するヒーロー「シーモネイター」の戦闘装備が、総じて下品なものだったのだ。


「とうッ!」

 股間から剣をそそり立たせ、空中へと舞い上がったシーモネイターは、身体を回転させながらその刃を振り下ろす。

「焼き尽くしてくれる」

「はあっ!」

 迎撃のためにジャーゲスが放った炎すらも斬り裂き、股間の剣は頑強な外皮に覆われた巨大な身体を両断する。

「ば、馬鹿な。俺の炎が、こうも簡単に……グ、グオオオオオッ!」

 断末魔の叫びをあげ、爆散するジャーゲスを背に、シーモネイターは股間に輝く剣を収納する。


「私がいる限り、世界を貴様らの思い通りにはさせない」


「……」

 そんなシーモネイターの姿を見つめるホワイトルミナスの瞳には、複雑な表情が宿っていた。

(く、悔しいけど強い――でも、あの武器だけは何とかならないの?)



 これは、最強でありながら下品なヒーロー「シーモネイター」と、彼を取り巻くヒロイン達の愛と平和を取り戻す戦いの記録である。




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