決戦(デート)
まるで二人の記念日を祝福するかのように晴れ渡った空の下、優雅は事前に待ち合わせの場所として決めていた映画館最寄りの駅前で佇んでいた。
高級品やブランドなどは一切使わず、一般的な服をラフではあるがオシャレに着こなしている姿は否応なく人目を惹くほど魅力的なものであり、周囲にいる人々からの視線を集めてしまう。
「あの人、かっこいい」
「モデルさん?」
特に女性達からの黄色い声を聞き流す優雅は、時計を見て時間を確認すると、やや疲れた様子で空を仰ぐ。
万一にも相手――しかも女性を待たせてはいけないと考えて早めに来ていた優雅は、待ち合わせの十分前を差している時計の針を見て、残る時間が早く経過してくれることを心の中でひそかに祈っていた。
「なんだが複雑な気分なんだけど……」
その様子を少し離れた場所から見ていた雪月は、ただ立っているだけで多くの女性を魅了している優雅に思わず気後れしてしまう。
一方で自分以外の女性が優雅に色目を使っていることに嫉妬を覚え、その人は自分のものなのだと主張したくなる気持ちを懸命に抑え込んでいた。
雪月が身に纏っているのは、白を基調とした清楚な印象を感じさせる衣服。
何時間もかけてセットした髪と何日も前から迷って選んだ一張羅で勝負に臨んだ雪月は、それだけでほとんどの男どころか、女性すらも魅了してしまうほどの美しさだった。
「雪月様が一向に出ていかないからじゃないですか? デートが楽しみ過ぎて一時間も前から待っていたというのに」
どんな男でも放っておかないであろう美しさを持っているにも関わらず、恋愛がからんでいるために腰が引けている雪月の姿を見据えるエリザベスは、どこか嘆息めいた声で言う。
「ち、違うわよ! 人聞きの悪いこと言わないで。これは……そう、あれよ。時間を間違えたの」
「そうですか。とりあえず、もう覚悟を決めて行かれてはどうですか? 遅刻しては白鳥院様に失礼でしょう?」
何やら自分自身に言い訳をしている雪月に付き合うのも疲れたとばかり嘆息したエリザベスは、待ち合わせの時間が迫っていることを指摘する。
「そ、そうね」
さすがにこのまま遅刻してしまうわけにはいかないことは分かっている雪月は、己を鼓舞するように奮い立たせる。
「では、私は近くにおりますので、何かあればご連絡ください」
そう言って離れていくエリザベスを見送った雪月は、拳を握りしめると、曲げていた腰を伸ばし、背筋を正して優雅を見据える。
「いざ!」
自分に言い聞かせるように声を発した雪月は、その足を踏み出して優雅の元へと駆け寄っていく。
「ごめん、遅くなっちゃった」
「いや、俺も今来たところだよ」
デートの定番ともいえるやり取りに胸をときめかせてしまった雪月は、紅潮しそうになる顔を精神力によって戒めて平常を保つ。
身体の奥から湧き上がる恋熱を冷ますように小さく深呼吸をした雪月は、わずかに高い位置にある優雅の顔を見て微笑を向ける。
「よかった。今日は来てくれてありがとう」
「それはこちらの台詞だよ」
花のような可憐な笑みを浮かべた雪月を見る優雅は、紳士的な振る舞いで語りかける。
「その服、よく似合ってるね」
「あ、ありがとう。えっと、白鳥院君もおしゃれだね」
会話としてはよくある導入だが、想いを寄せる異性に褒められて嫌な気のする女などいないだろう。
それは雪月も例外ではなく、目に見えて頬を赤らめてはにかむように答える。
「そう言ってもらえると頑張って選んだかいがあるよ」
それを聞いて破顔した優雅の笑顔に、雪月は見惚れてしまう。
「じゃあ行こうか。映画までは時間もあるけど、せっかくなんだから色々見て回ろう」
そんな他愛もないやり取りをしている間に、美男美女のカップルとして人目を引いていることに気づいた優雅は、優しく声をかける。
おそらく反射的にではあろうが、一瞬エスコートを申し出るように手が伸びそうになった優雅の手が引っ込められるのを、雪月は見逃さなかった。
(やっぱり、いきなり手を繋いだりするのはないよね)
正式に付き合っているわけでもないのに、同級生にそんなことをするべきではないという判断だったのだろうが、手を繋ぐ機会を取り逃がしてしまったことを察した雪月は、名残惜しさを禁じえなかった。
「は、はい」
優雅の手の温もりと感触を想像していた手を慰めるように重ねた雪月は、その誘いに応えて歩き始める。
当然のごとく歩幅を合わせて歩いてくれる優雅の隣を歩きながらその横顔を見て微笑むその表情を見れば、誰でも恋する乙女のそれだと気づくことができるだろう。
「なんか緊張するね。俺、こんな風に同級生の女の子と二人きりで過ごすのは初めてなんだ」
とはいえ、それは優雅も同じこと。
男としてエスコートをしなければならないと重ねてきたシミュレーションをなぞりながら、雪月と共に過ごす一時に安らぎを覚えていた。
「そ、そうなんだ。私も初めて、です」
多くの女性から好意を寄せられているため、こういうことには慣れているのだろうと思っていた優雅から向けられたその言葉に、雪月は胸の奥が温かくなるような感覚を覚える。
「それは光栄なことだ」
「こちらこそ」
本当のデートではないとはいえ、優雅にとっての初めてを自分が担えていることに、心が弾むような幸福感を覚える。
できることならばこのまま、優雅と本当のデートをできるような関係になりたいと望みながら、隣を歩く想い人との距離との一歩分だけ近づけるのだった。
※※※
「さて、と」
その頃、雪月を見送ったエリザベスは、気配を殺して柱の陰に身を隠している少女に声をかける。
「こんにちは」
「あっ」
エリザベスに囁きかけられた少女――ヒーロー「ガーネット」こと「雛瀬朱音」がバツの悪そうな表情を浮かべる。
その様子から、柱の陰から二人の逢瀬を見ていた理由に思い当たったエリザベスは、自身も同じ柱に身を隠すようにして言う。
「もしかして、雛瀬様も同じ目的ですか?」
今まさに自分がしようとしていたこと――白鳥院優雅と星宮雪月のデートの成り行きを観察するという目的が朱音の目的と合致していると感じたエリザベスは、好奇心に駆られた表情を浮かべる。
同じ場所に身を潜め、優雅と雪月の様子を観察し始めたエリザベスに、朱音は隠し立てしても無駄だと判断して答える。
「――まあ、そんなところ。ところで雪月って彼が好きだったのね。まあ、確かに格好いいし、傍から見たらお似合いのカップルって感じだけど」
恋する乙女の顔になっている雪月と優雅を交互に見る朱音は、率直な感想を述べる。
確かに優雅は学校でも一番人気の男子だ。女子のほとんどから好意を向けられ、女生徒の三割は告白したらしいという噂も聞いたことがある。
対して雪月もかなりの美少女であり、二人が並んでいる姿は、実に絵になっていた。
「そういえば、補佐はどうしたのですか?」
その時、朱音の周囲にヒーローにつき一人ついているWGOの補佐が見止められないことに気づいたエリザベスが尋ねる。
「ああ、興味がないから、適当に時間を潰してくるって言ってたけど」
「あの人らしいですね」
それに答えた朱音の言葉を聞いたエリザベスは、合点が言った様子で呟く。」
「何をしているのですか?」
「!」
その時、不意に背後から声をかけられた朱音とエリザベスが飛び跳ねるようにして身体を起こす。
そこに佇んでいるスーツに身を包んだ秘書然とした出で立ちの女性を見て取ったエリザベスは、安堵に似た息を零す。
「なんだ、暁じゃない」
「お知合いですか?」
二人が知己の間柄らしいことを見て取った朱音が怪訝な面持ちで尋ねると、エリザベスは簡潔に紹介する。
「ああ、彼女は暁。――私と同じヒーローの補佐ですよ」
「なんでそんな人がここに?」
初対面となる暁を紹介された朱音が驚いた表情を浮かべると、エリザベスはその理由についても簡潔に説明する。
「なんでって、彼もヒーローですからね」
「え?」
そう言ってエリザベスが一瞥を向けた先にいる優雅を見て、朱音の口から思わず素っ頓狂とも取れる声が零れる。
ヒーロー同士はそのシステム上面識があることが多い。だというのに、優雅がヒーローであることを全く知らなかった朱音は、その事実に困惑した表情を見せていた。
「シーモネイター様ですよ」
「……え?」
続けてエリザベスの口から告げられた優雅のヒーローとしての名前を聞いた朱音は、思わず言葉を失ってしまう。
「彼は、自分の武装にコンプレックスがあるので、正体を明かしていませんから、ご存じないのも無理ありません。
私達はWGO関連の情報共有で知っていましたし、雪月様もたまたまヒーロードックで見かけたから知っているくらいです」
エリザベスが補足を加えると、朱音はその中にあった一言に引っ掛かりを覚える。
「え? 雪月は彼がシーモネイターだって知ってるの?」
「はい」
優雅がシーモネイターであることを雪月が知っているという事実を知った朱音は、悔しそうな表情を浮かべて歯噛みする。
「謀ったわね……! そんな大事なことを隠してるなんて」
「もしかして、雛瀬様はシーモネイター様狙いだったのですか?」
その表情を見て感じるところがあったエリザベスは、暁と顔を合わせて尋ねる。
それを聞いた瞬間、朱音の顔はまるで火が出そうなほどに赤く熱を帯びていた。
「は、はぁ!? な、なに言ってるんですか! 私があんな下品な武器を使う人のことを、どうこう思うわけ……」
狼狽し、取り繕うように言う朱音だが、その態度は何よりもその心中を雄弁に物語っていた。
(分かりやすい方ですね)
朱音の様子を見て心中で独白したエリザベスは、優雅と雪月が動き出すのを見て声を発する。
「二人が行ってしまわれますよ」
「わ、分かってる」
その言葉に、唇を尖らせた朱音はエリザベスと共に優雅と雪月の尾行を始める。
そんな二人の様子を見て嘆息した暁は、二人が目立つ行動に出ないように監視するべきだと考えて、その後に続くのだった。




