憧憬の追憶
「暁さん。次の日曜日は一日予定をあけておいてください」
学校を終え、自宅へと戻った優雅は、早速自身の秘書として同行していた暁に声をかける。
ヒーロー「シーモネイター」の補佐にして、秘書でもある暁は、白鳥院家時期当主候補として多忙な日々を送る優雅のスケジュール管理も仕事にしている。
「突然ですね。どうかなされたのですか?」
突然の申し出に懸念の声を発した暁に、優雅は懐から取り出したチケットを机の上に置いてから答える。
「今度、星宮さんと映画を見に行く約束をしたんだ」
「星宮――あぁ、ホワイトルミナス様ですか。アニメ映画……エリザベスの趣味ですね」
WGOに所属している関係上、ホワイトルミナスの補佐であるエリザベスのことを知っている暁は、合点が言ったように独白する。
「エリザベス……確か、星宮さんの補佐の方だったね」
その名前に聞き覚えのあった優雅が確認するように尋ねると、暁は恭しく首肯を返す。
「はい。――時に、差し出がましいことをお伺いさせていただきたいのですが、優雅様は星宮雪月様に好意を持っておられるのですか?」
星宮雪月と映画を見に行く――客観的に見れば、デートと評される行為を楽しみにしているらしい優雅の様子を見据え、暁は率直な疑問を投げかける。
「……」
その質問に優雅が口をつぐむと、暁は感情の読みづらいポーカーフェイスを貫く主人に向けて、その真意をうかがう言葉を述べる。
「私は優雅様の補佐であると同時に秘書でもあります。優雅様がどなたに好意を抱かれても自由だとは思いますが、白鳥院家としてお相手の吟味をする必要がございます」
暁は、WGOに所属し、ヒーローの補佐を務めているが、それ以前に白鳥院家で働く秘書だ。
このご時世に政略結婚や許嫁などということはないが、優雅には白鳥院家、引いては白鳥院家が経営する全ての会社、そこで働く人々の未来と半生がかかっている。
それを考えれば、本人達の意思はどうであれ、多少なりとも相手を吟味する必要があるのは当然ともいえることだった。
暁に言われるまでもなく、白鳥院家を背負う立場にある責任の重さを理解している優雅は、観念したように嘆息して口を開く。
「そうだな……好ましく思っていることは事実だよ。でもそれ以上に――」
平静を装ったものの、優雅もまだ高校生。思春期の男子として、女子をどう思っているかといった質問に答えることには一定の抵抗があるのは当然のこと。
そんな羞恥を押し殺して答えた優雅は、雪月に対する自分の想いを、暁に対して告げる。
「彼女は俺にとってのヒーローなんだ」
「ヒーロー、ですか」
雪月が同級生、女性として魅力的なことは事実。だが、優雅にとって、星宮雪月という少女は、それだけではない人物だった。
「ああ。彼女は覚えていないかもしれないけどね」
怪訝な表情を浮かべる暁の視線に応じた優雅は、自身の記憶を過去――といっても、およそ一年程度の昔へと遡らせる。
「ホワイトルミナスは俺よりも少しだけ先にヒーローとして活動していた。その時俺はまだアルマの力を持っていなかった。
ある日、家の代理で出かけたビルがデスバースの攻撃に巻き込まれ、俺は他の人達と一緒に巻き込まれてしまったんだ」
「聞き及んでおります。私がまだ優雅様の秘書になる前の事ですね」
優雅が語った過去の話に、暁は秘書になる際に頭に入れていた情報を思い返して答える。
「ああ。俺達がいたビルは炎に包まれて、崩壊して、取り残された俺は正直死を覚悟したよ」
その時の恐怖は、優雅の中に今も鮮明に焼き付けられている。燃え盛る炎、崩壊していくビル――逃げ惑う人たちの悲鳴、傷ついた人達の呻き。
我先にと逃げ出す者も多い中、勇気を奮い立たせてけが人を助け、生きるために脱出を図ろうとしたが、その道のりはまさに絶望の闇の中を歩いているような感覚だった。
「けど――」
「大丈夫?」
そんな優雅達を守ってくれたのは、デスバースと戦うために駆けつけてくれたヒーロー――「ホワイトルミナス」だった。
逃げ惑う大勢の人を守って立ちはだかり、退路を確保してくれた金色の髪をなびかせる純白の天使の姿は、優雅にとってまさに希望の光であり、救済の女神そのものに思えた。
「もう、一目惚れってやつだよ。彼女の姿が頭に焼きついて離れなくなった。――しばらく彼女の戦う姿から目が離せなかったほどだ」
当時のことを思い返し、気恥ずかしげに言う優雅は、窓の外へと視線を向けて、あの日見たホワイトルミナスの姿に思いを馳せる。
「言葉を交わしたわけじゃないし、遠くから見ただけだったけど、彼女の姿に憧れた。彼女は覚えていないと思うけれど、俺はあんな風になりたいと思ったんだ」
実際に優雅はホワイトルミナスと間近で顔を合わせたわけではない。あくまで、その時ホワイトルミナスが助けた大勢の人間の一人だった。
自分達を守るため、懸命に戦っていたホワイトルミナスが自分のことを判別し、覚えていたとは思えない。
しかしそれでも――それだからこそ、どんな人間もその身を挺して守ろうと戦うホワイトルミナスの志が感じられ、優雅は感銘を受けたのだ。
「その時の気持ちが、今の俺のヒーローとしての原点なんだ。だから、俺は彼女のことを心から尊敬している」
今のヒーローとしての自分を支える優雅の瞳を見た暁は、微笑を浮かべて語り掛ける。
「ならば、お気持ちを伝えてみてはいかがですか?」
暁からの提案でそれを想像したのか、優雅はわずかに照れたような反応を見せる。
白鳥院に生まれ、その責任を背負って様々な教育を受けてきた優雅は、並み以上に人間ができていると暁は思っている。
しかし、ホワイトルミナス――星宮雪月への純粋な気持ちを話す優雅は、年相応の少年のように思えた。
だからこそ暁は、優雅にそんな提案をしたのだ。
「私の目から見て、彼女は少なからず優雅様に好意を抱いているように思えます。ホワイトルミナス様がお相手なら、旦那様もお許しくださると思います」
少なからずどころか、明らかに恋していると分かっているが、同じ女性として雪月への配慮を欠かさない暁は、迂遠な言い回しでフォローする。
実際、星宮雪月ならば白鳥院家としても、優雅の縁談の相手として不足はないだろう。
「いや、それはまだできない」
しかし、そんな暁の提案に一瞬だけ期待めいた感情を浮かべた優雅だったが、その表情は即座に憂いを帯びる。
「なぜですか?」
あまりに深刻な面持ちで言う優雅に、ただならぬ気配を感じ取った暁は、その理由を問いかける。
そんな暁の言葉に、しばらく沈黙していた優雅は、重い口を開いてその理由を告げる。
「――俺は、シーモネイターなんだ。それを打ち明けた時、彼女は股間を武器に戦う俺をどんな目で見るのかと考えると……とてもじゃないが切り出せない」
自身最大のコンプレックスであるシーモネイターの武装についての悩みを打ち明けた優雅に、暁は力強い声音で応じる。
「何をおっしゃっているのですか! ちんこを振り回す程度で冷めるようなものを、恋とは呼びません!」
「千年の恋も冷めると思うよ」
心なしか鼻息が荒くなり、興奮すら感じられる暁の言葉に、遠い目をした優雅が淡泊な声で応じる。
「……そうでしょうか? 私はそうは思いませんが」
結局話はそのまま打ち切りとなり、次の休日――雪月との約束の日がやってくる。




