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第一話 後編

 額に黒い石がはめ込まれていることからも、犯人が変身した、そのようにしか見えなかった。


 紫色の毛皮に包まれたその四足歩行の怪物は、猫のように見えて、サイズは大型の消防車くらいあった。まるで剣山のように逆立った体毛が、怪獣の後方へ伸びている。


 警官たちから発射された弾丸は全て、怪獣の表皮に跳ね返された。


 地面や、車や、当然のごとく――警官たちにも飛んでいく。


 「ぎゃあ!」


 「ぐあっ!」


 血しぶきが派手に飛び、一斉に何人もの制服姿が倒れた。かろうじて生き残っている者も虫の息だ。


 「ミャオオウッ!」


 猫の怪獣は吠えた。


 その鳴き声は、もはや人間でもなければ、尋常の生物とも思えない。


 まだ立っていた警官たちのところへ飛び込み、前足を振る。


 まるで積み木を横から倒すように彼らの身体は真ん中で切り離され、道路におびただしい鮮血が飛び散った。


「退避いいっ!」


 号令が発せられたが、それがなくても、警官たちは一斉に逃げ出していた。


 しかし猫の怪獣は獲物たちを逃さなかった。体をぎゅっと縮めると、全身から紫色の毛のミサイルを一気に発射した。


 「ぐ!」


 「あ!」


 「ぎ!」


 警官も、さらには、強盗の現場を見に来ていた野次馬たちも、怪獣が放った飛び道具に体を貫かれる。


 道路にいた者たちはほとんどが絶命した。毛のミサイルが脳や心臓を貫通した者は当然即死したが、中にはわき腹を貫かれて地獄の苦しみを迎えた者もいた。


 被害を受けたのは屋外にいた者たちだけではなかった。


 「崩れてるぞ!」


 銀行の店内が崩壊を始めていた。


 怪獣の攻撃により、ビル全体がダメージを受けたのだろう。天井が崩れていく。


 そして、秀樹のそばにいた牧原の頭上には、巨大なコンクリートの塊が降りそそいだ。


 「きゃああっ!」


 悲鳴を上げ、思わず顔を覆う。


 だが、痛みが来ることはなかった。


 「……藤沢くん?」


 見上げた彼女の目に映ったのは、天井のがれきを素手で受け止める秀樹の姿だった。


 何十キロ、いや、何百キロあるか分からない塊を受け止める。それが普通の人間では不可能なことくらい誰にでもわかる。


 だが牧原は、ただ秀樹の生存を喜んだ。


 「よかった、撃たれたかと……」


 「いや、撃たれたけどね」


 秀樹はがれきを横に投げ捨てると、握った拳の中を開いて見せた。


 拳銃の弾だった。まさか人が握った指の形なのか、先端のあたりがつぶれている。


 彼の左目はやはり光っていた。さきほど牧原が見たように。


 「出よう」


 何か牧原が声をかける前に、秀樹は彼女をお姫様抱っこで持ち上げる。


 一蹴り、二蹴り。たったそれだけで、彼らは壊れた穴から店の外に飛び出していた。


 「ここにいて」


 牧原を怪獣から見えない場所に下ろすと、秀樹はそう言って踵を返して彼女の後ろへ走り出した。


 「あの、藤沢くん……」


 牧原が振り向いたときには、既に彼の姿はなかった。



 ◇◇◇


 片耳タイプのフック付きイヤホンをかけると、秀樹は即座にスイッチを入れた。


 「これから戦闘に入るよ。龍二さん、聞こえてる?」


 場所は銀行のあるビルの隣、その屋上。眼下に、大暴れする猫の怪獣の姿が見える。


 秀樹の左目はまだ光っていた。


 『了解。こっちも反応はとらえてる。ちゃんと【アーマー】つけとけよ』


 イヤホンの向こう側の声はいたって穏やかだ。それを聞いて、秀樹も少し落ち着きが自分の中に生まれるのを感じた。


 ズボンのポケットに右手を突っ込み、ラグビーボール状の小さな装置を取り出す、それを左手首に持っていく。


 その装置は左手首に触れた途端、どこからともなくグレーのリストバンドが形成され、装置全体が手首に固定された。そのまま装置を前に見せるように左手を上に向け、装置の表面にある透明な部分を右手の指で撫でた。


 「アーマー・オン」

 

 一言だけつぶやく。それが合図だったのか、装置からヒト型のようなビジュアルが浮かび上がり、すぐに後退して秀樹の体に重なった。

 

 眼下の猫の怪獣が、再び体を縮ませるのが見える。

 

 白い光に包まれながら、秀樹は屋上から空中に飛び出した。


 銀行から逃げようとした小さな男の子と、その母親が見える。二人は猫の怪獣が全身の毛を一気に逆立てたのを見て恐怖した。


 母親が男の子をかばい、腕で守ろうとしたとき、白い光に包まれた秀樹が目前に着地。

全身を広げる。


 怪獣から発射された、無数の毛のミサイルが彼の身体に弾かれ、彼は親子を守り切った。


 「お母さん、あれ……」


 男の子が指をさす。その間に、秀樹の身体を包んでいた光が収束していく。


 彼の身体は全身を銀色の戦闘スーツに包まれていた。


 頑丈そうな銀色のアーマーが全身を覆う。腰からは短いマント。頭部を全てヘルメットが覆っているため、彼の素顔は分からない。


 「アレ、アレだよ! テレビの!」


 男の子が母親の服をつかんで引っ張る。


 その声は完全に、あこがれのヒーローを見る純粋な少年のものだ。

 

 少し離れたところから、牧原もその光景を壁から顔を出して見ていた。


 少年と変わらず、彼を見る目に熱いものが混じっている。


 「そう、アレね。なんて呼べばいいんだろうね」


 誰に言ったのかはわからないが、秀樹は小さくつぶやいた。


 銀色のヘルメットの向こうには、ちょうど左目のある辺りに緑色の光が灯っているのが見えた。


 猫の怪獣が秀樹を認識した。鬼のように怒った様子の目が、さらに細くなっていく。


 「オマエ、ジャマスルノカ!」


 片言の言葉を吐くと、猫は秀樹に向かって突進してきた。


 秀樹も既に動き出していた。腕を振り、全速力で巨大猫に向かう。


 両者が激突するその瞬間、秀樹は全身を後ろに倒し、地面にスライディングした。


 猫の怪獣の下を滑って通り抜けていく。怪獣の方は、下にもぐられたのに気づいて慌ててスピードを緩めた。


 怪獣の身体の下を抜けた瞬間、秀樹は猫のしっぽを両手でつかんだ。


 地面に踏ん張り、猫のスピードを完全に殺す。先ほど守ったばかりの親子の鼻の先で巨大猫の身体は止まった。


 「よい……しょお!」


 自分の身体を軸に、秀樹は猫の巨体を回し始めた。


 ぐるぐると、一周、二周と回していく。巨大猫はまさか自分がこんな攻撃をされると思っていなかったのか、しっぽをつかむ小さな人間に反撃することができない。


 「ふっ……とべ!」


 いきなり秀樹は手を離した。


 ポーンと、少し空中を浮く巨大な紫色の塊。


 だが、あまりに巨体なためすぐに落下し、黒板を爪で削るような気色悪い音を出して滑っていく。


 「グッ……コノ」


 四本の足で踏みとどまった猫は、秀樹に反撃しようと後ろを振り向いた。


 ちょうど彼が目前にいて、右の拳を肩のあたりに構えていた。


 「マテ……」


 「いやー、無理っす」


 問答無用で、秀樹は猫の額に右ストレートをぶちこんだ。


 黒い石が破壊される。


 それが引き金となったのか、巨大猫の身体が煙をあげて崩れ落ちていった。


 数秒も経つと、怪獣の姿はなく、地面で痙攣している銀行強盗の姿があった。




 ◇◇◇




 壮絶な戦いの現場を、牧原は最後まで見ていた。


 怪獣がもとに戻るときの煙に紛れて、銀色のスーツの人物は見えなくなってしまったが。


 「す……すごい」


 そんな感嘆の声しか出てこなかった。


 今目の前で起きたすべてのことが、とても信じられない。ほかの人に説明しようとしても、一人では無理な気がする。


 既に日は陰り、夜の街には街灯がともっていた。


 銀行のあたりの照明は怪獣の攻撃で破壊されてはいたが、牧原のいる場所の街灯は無事だった。


 警察や救急隊がどんどん駆けつけてくる。けが人が運び出され、やがて、殉職した警官たちも家族のもとに行くだろう。


 牧原がふと気づくと、黒い学ランがふわりと肩にかけられるのが分かった。


 「大丈夫?」


 振り向くと、カッターシャツ姿の秀樹が、心配そうに牧原を見下ろしていた。

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