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プロローグ

 胸の真ん中が砕け散るのが分かった。

 

 雲一つない空から降り注ぐ日の光が、空中に四散していく破片に反射してキラキラと輝きを放つ。

もとは真っ白に光り輝いていた小さな楕円の半球が、今は無数の屑となって落ちていく。

 

 痛み、という言葉では到底言い表せないだろう。


 あまりにもの激痛に意識が飛びかけ、傷ついた部分は既に麻痺してきている。


 さらに身体から失われていくエネルギーの流れを感じて、その喪失感がまさに胸を締め付けた。

 

 胸部の【コア】が一つ破壊されたことで、【彼】は自分の力が半分失われたのを理解した。


 そして、この結果に至らせた敵の強さも。

 

 大地に激突した衝撃で、【彼】の体は少しバウンドした。


 強靭な精神力で何とか顔を持ち上げたところ、今しがた振りぬい右腕を後ろに戻す、巨大な紫色の敵の姿が目に映った。

 

「ギャオオオオオッ!」

 

 その咆哮は勝利の雄たけびか。


 山よりも大きい巨躯を備えたその敵は、荒野全ての生き物が気絶しかねないほどの叫びをあげる。

両の脚で立ち、太い腕を振り上げるが、左の肩から先がボロボロになって瘴気を上げていた。


 「く……うう」


 苦痛の声が【彼】から漏れる。


 立ち上がろうとするだけで、今までの途方もない長い旅よりも遥かに大きな疲れを感じた。


 いずれにしても、ダメージを引きずったままの身体では不利だ。


 間もなく数秒を刻む間に来るであろう、次の攻撃を避けることはかなわない。


 諦めたくはなかったが、【彼】の胸中に敗北の文字が浮かぶ。


 大きく開けた敵の口の中に、黒い光の渦がぐるぐると動いている。


 その塊を含んだまま口を閉じると、敵は太い脚を前に踏み出した。


 敵が口を開けた、まさにその瞬間だった。


 海から、川から、空を埋め尽くさんばかりの砲弾が一斉に飛んできて、巨大な敵の全身に命中した。


 敵の身体がぐらりと揺れる。


 それでも、ほとんどダメージなどなかったかのように持ち直し、口から黒い熱線がほとばしった。


 地獄の業火が大地を舐めた。


 しかし砲弾のおかげでねらいは逸れ、【彼】の少し横を熱線が通り過ぎる。熱線が通った軌跡はほんの一時くすぶっていたが、空間の揺らぎと共に一斉に爆発した。


 爆風で転がる身体を何とか押しとどめる。今の熱線と爆発で荒野の小さな生き物たちが命を失うのを感じながら、【彼】は何とか立ち上がる。


 これ以上、どんな犠牲も出したくはない、その一心で。


 その体は人間のものではなかった。銀色の滑らかな表皮はまるで不透明なガラスのようで、全身を覆っている。頭部からは竜のような角を後方へ伸ばしており、背中には折りたたまれた翼のようなものが、まるでマントのように垂れ下がっていた。


 ラッパの音が響きわたった。


 鳥肌が立つほどに高揚感を高ぶるような、軽快でリズミカルな旋律が。


 「彼を死なすなあ!」


 大勢の人々が武器を手にし、【彼】の横を通り抜けていく。


 軍服を着た者も多いが、かなりの数の人々が服装はバラバラで、中には農具を握った子供も混ざっていた。


 数多の戦艦から、追加の砲弾が発射される。


 歩兵たちも銃や剣や槍を手に、全力で突撃した。


 残念なことに、超常の能力を持つ巨大な敵に対しては、どれもダメージを与えるのには全く不十分だ。


 それでも、注意が【彼】から逸れた。


 その瞬間が命運を分けた。【彼】は意識を集中すると、残っていた左手の【コア】に向けて、ありったけのエネルギーを込める。


 「はああっ!」


 気合の叫びと共に、巨大な敵の足元に手を向けた。


 大地から銀色の塔が出現した。


 植物が根から生えるのを早送りで見るかのように、それはニョキニョキと天に向かって伸びていく。


 やがて形を変え、罪人を縛る鎖のように巨大な敵の体に絡みついた。


 「グウウッ!」


 完全に体が固定されたことで、敵は怒り露わに暴れまくった。


 地震が連続で生じ、歩兵たちは絶叫をあげて地面にしがみついた。


 そんな混乱の中で、空中に跳躍する一つの影があった。


 さらに超能力で浮揚して、【彼】は全身に白い光のオーラをまとった。


 敵は移動することは封じられていたが、首だけを【彼】に向けた。


 その口の中には、既に黒い光の渦がぐるぐると巻きあがっていた。


 黒い熱線が発射されるのと、白い光の塊が突っ込むのと、同時だった。


 熱線と白い光が激突する。


 衝撃波が周囲に飛び、地面に倒れていた歩兵たちを転がし、水辺に停泊していた船を揺らした。


 力と力、いや、超常の能力と能力のぶつかり合い。


 耳が痛いほどの金切り音を立てて、白い光の塊は黒い熱線と拮抗する。


 ふと、滑るように白い光は熱線の表面に流れ出た。


 そのまま猛スピードで突き進むと、光を消した【彼】は踵を振り上げて、敵の額に叩きつけた。


 敵の額には、黒い菱形の石がはめ込まれていた。


 それが踵落としにより粉々に破壊され、黒い破片が敵の頭から飛び散った。


 「グアアアアアアアアッ!」


 絶叫、絶叫、絶叫。


 巨大な敵は押し寄せてくる痛みにもだえ苦しむ。


 その叫びによって無数の虫たちが死に、海では高波が起こった。


 敵の身体が崩れ落ちていく。


 瘴気をあげて崩れていくその様は、まるで熱湯をかけた氷山だった。


 どれだけの生物を手にかけてきたのだろうか、その罪深き巨躯は、今まで得たエネルギーを昇天させるかのように空に蒸発していく。


 ゆっくりと【彼】が空から降りてきた。


 砂に足が着く僅かな音だけを出して降り立つと、今にも消えていく敵の残骸を見下ろした。


 そして右手を掲げた。

 

 歓声が巻き起こる。


 歩兵たちが、船上の戦士たちが、【彼】の大勝利に心を躍らせ、その名を呼ぶ。


 『ルクス』


 人間ではない。だが彼を畏怖することはない、敬愛の声。


 それらはとどまることを知らず、山を越え、海を越え、世界中に響き渡っていった。


 それから500年後――


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