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花でも愛でようと庭園へと連れて行かれたエルフレッドは淡い光を放つ花を見つけて目を瞬かせた。
「......確かに珍しい花だな」
「そうであろう?これはユーネ・トレニアという品種の花でな。法国では有名だが他国には殆ど出回らない花だ。魔力に反応して光を放つとされているが実際のところは解っていない。十代前に聖国から嫁いできた姫様が持ってきたそうで偶に咲いてはこうやって光るのだ。母上も聖国産まれだから見つけた時は大層喜んでいた」
エルフレッドが近づくとユーネ・トレニアの光が少し強まった気がした。不思議な光だが不快感はなく、とても心が穏やかになる。
「花言葉が"神の祝福"。ユーネリウスの名を冠したエルフレッドにどうしても見せたくてな。突然光るのを辞めることがあるから引っ張ってしまったのだ。すまないな」
特別な花の特別なところを見せたかった。そう言われてしまうと流石に怒る気にもなれない。
「いや、まさか、そういう理由とは思わなかった。こちらこそ責めるようなことを言って済まなかった。何より、リュシカに恥をかかせたのだからリュシカに時間を使うのは当然のことだしな」
「ふふふ。そうであろう、そうであろう。ようやく気づいたのか?まあ、間に合ったことだし許してやろう」
言葉とは裏腹に大層満足気で嬉しそうな声を聞いてはエルフレッドもただ微笑むことしか出来なかった。そして、そんな話をしている間にユーネ・トレニアの光は消えてしまった。結局、この点に関してはリュシカの考えが正かったことが証明されてエルフレッドは苦笑いを浮かべる。
「さて、花の光も消えてしまったことだ。一度ティータイムと行こうじゃないか?そなたの持ってきた、ひのきやの水羊羹は絶品だからな。両親も既に手を付けているはずだ」
「そうだな。そう言って喜んで貰えてるならば急ぎ買ってきた甲斐があったというものだ。実は知識不足でな。一見で予約無しで行ったものだから売るのを渋られたんだ。名前を言ったら"七大巨龍を倒した男も買った"と箔がつくと大層喜んで今後とも御贔屓に、と売ってくれたんだ。この時ばかりは自身の行いに感謝したものだ」
彼がそう言って安堵するような表情で笑うと彼女は合点がいったと微笑んだ。
「そういう事情があったのか!品物を聞いた時はよく買えたなと思っていたのだ!まあ、ひのきやの店主らしいな。何より今ではユーネ=マリア様の御子だからな。大々的に使われるだろう」
「全くだ。それにしてもそのユーネ=マリア様の御子というのはあまりにも恥ずかしい。無条件で行けるようになったから次の巨龍は聖国の龍をと考えていたのだが慣れるまで辞めたほうが良さそうか......」
きっと、これからは何処にいってもユーネ=マリア様の御子なのだろうが今日の今日で慣れるものではない。特に未だ神託による啓示があり熱狂的な信徒が大半の聖国ではその扱いは格別だろう。
「そうだな。母上の様子を見ていると慣れぬ内はーー、いや、逆に最初の内に最もなものを受けた方が慣れるのも早いかもしれん。まあ良い。話は尽きんがまだまだ夜は寒い。続きは中で話すとしよう」
「ああ。気が利かなかった。案内はよろしく頼む」
「ふふふ。話に夢中ならば仕方ないさ。ーーエスコートを」
「愼んでお受けする」
客人を迎えるためのドレスは普段身軽な格好を好む彼女にとっては少し歩きにくいのだろう。無論、公爵令嬢として完璧に着こなしているため別段不自然なところがある訳ではないが体重移動などに関しては達人の域に達してるエルフレッドからすると微々たるぎこちなさが見てとれた。
その意図を汲んで手の平を上にして差し出すと彼女は助かったといわんばかりに微笑んだ。
配慮がなされた温かな焙じ茶を飲みながら滑らかな水羊羹の口触りを楽しむ。不思議な食感と濃厚だがくどくない甘味が癖になる一品だ。リュシカはといえば隣の席に腰掛けて優雅に焙じ茶を嗜んでいる。肩を出していたのが冷えたのかストールを羽織っていて、その様が非常に上品に思えた。ーーこの際、謝罪の品がお土産のように自身にも振舞われていることは気にしないようにした。
基本的に雰囲気は和やかだが、まあ、"とんだ歓迎"を受けているのは致し方ない。単純な話だが娘が友達とはいえ男を連れてきたのが面白くないのだろう。
しかも今は英雄などと持て囃されているが元平民の新興貴族である。一応マナー上は最上のもので対応した上に礼には礼を尽くしたが傾国の美少女と謳われる彼女が連れてきたのが白髪で傷だらけの一見傭兵と変わらないような風貌の男だとするなら、それは客観的に見て面白くない。
そして、それだけではない。第一印象が悪い。心配を掛けて泣かせた上に、その後、任された挨拶で不用意なことを言って再度泣かせている。実はこれについては学園でも少し注意された。極めつけは言葉遣いなどで他と比べて優遇されており、リュシカ希望で招かれた初めての男友達であるということだろう。
話を聞いて解ったことだが謝罪が終わり次第、帰らせようと考えていた公爵閣下に対して「私を楽しませる責任がある」など言ったそうで家の母と親交のあるメイリア様の鶴の一声であれよあれよと泊まることになったそうだ。
これは悪い虫が着いたと思うことだろう。
「あまり小言を言うものではないと思うがね......最近ではホーデンハイド公爵家にも出入りしているそうではないか?少し外聞を考えてだねーー」
それだけじゃなかったようだ。公爵閣下としては他の未婚女性がいる家にも出入りしている男という印象があるらしい。しかも言葉上は間違いなく見境がないと思われても仕方がない状況だ。
「そういえばそうですわ!フェルミナちゃんの家庭教師をしていると言っていたけどフェルミナちゃんの様子はどうでしょうか?」
救いはメイリア様にはそのような考えが一切無く、ただ興味津々と言った様子であるということだろう。両親共に敵意を持たれていたら、いくらリュシカの頼みでも理由をつけて帰っていた。当然ながらエルフレッドとしても針のむしろは勘弁願いたい。
「そうですね。母がなんと言ったかは解りませんがフェルミナ様より多少物理的な攻撃を受けることがある点以外は特に問題は感じておりません。勉学に置いては非常に優秀でおられますし基本的には良くして頂いております」
「ぶ、物理的攻撃......ま、まあ、それは大変そうだが君はフェルミナ嬢のことはフェルミナ様と呼んでいるのかい?」
「ええ。特に呼び捨てすることを許されたことも頼まれたこともありませんので敬称・敬語は忘れず、失礼のないように対応しております」
そして、それが当たり前のことであるのはエルフレッドとて当然理解していることだ。見た目が粗野な分、元来はそういった部分は最大限注意していた。
「ふむ。相変わらず融通のきかない生真面目さよな。そのような態度をとられていてはフェルミナも困惑しているのではないか?」
「いや、元来はそれが普通だ。フェルミナ様もそうだがユエルミーニエ様などはその辺りは最大限に目を光らせておられる。家庭教師を承った以上、礼儀作法上も悪影響は与えられないだろう?」
単純な話だが週ニ〜三日関わる側の認識として相手に与える影響が大きいことは常々考えておかなくてはならない。要らぬことをして真似をされるようでは信頼を損ねかねないのだ。常人であってもそうなのだから幼児化しているフェルミナ様などは特に気を使わないといけない存在である。
「うぐぐ......元来は家もそういう立場のはずなのだけど......」
「もう貴方ったら......」
少し困った様子で咎めるような声を出すメイリアにゼルヴィウスは唸り声を挙げることしか出来なかった。
「そういうものか?まあ良い。他所は他所、家は家だ。そういう家庭もあるということは認識はしておこう」
「そういうことにしておいてくれ」
本人の認識はどうであれ少なくとも眼前に座る父親はそうは思っていないだろう。それを知ってか知らずか全く触れずに水羊羹を食み、焙じ茶を啜るあたり彼女は本当に大物である。
「この蕩けるような甘味に中和するような渋味ーー、真に美味よな?」
リュシカはきっと本気で気にしていないと思っているのだと感じた。満面の笑みで水羊羹の感想を言ってくる次第である。
「......ああ、そうだな」
エルフレッドも遂には諦めて微笑みを返すだけに留めるのだった。




