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◆第十話『空の支配者』

「お前たち、ほんとどこからともなく湧いてくるな」

「ミィ~!」


 ガレンは三層の外縁に腰掛けながら精霊の頭を撫でていた。

 いま、そばにヴィオラの姿はない。

 少しの間だけ待ってて欲しいと言われ、別行動をとっているのだ。


 監視対象だというのに野放しにされている、この状況。

 果たして信頼されているのか、舐められているのか。

 なんとなくだが、どちらでもあるのだろうと思った。


 ちなみに機巧工房をあとにしてからもヴィオラに都市を案内してもらったが、めぼしい収穫は得られなかった。

 どれも見覚えのあるものばかりで役立つような情報はなかったのだ。


「ごめん、お待たせ」


 戻ってきたヴィオラは木製コップを両手にひとつずつ持っていた。

 そのうちのひとつを差し出され、ガレンは躊躇いがちに受け取る。

 中を覗き込んでみると、紫色の液体が入っていた。

 いまだ立ったままのヴィオラをいぶかるように見上げる。


「なんだこれ?」

「ミックチャッカ。飲み物よ」


 飲んでとばかりに期待に満ちた目を向けられ、ガレンは恐る恐る口に含んだ。

 直後、舌に走った刺激に思わず顔を歪めてしまう。


「にっげぇ……てかまっず」

「そのままだと飲めたものじゃないからね」

「わかってて言わなかったのかよ」

「ごめんね、反応見たくて。あ、これを入れれば甘くなるから」


 言って、ヴィオラは指先でつまめる程度の白い玉をミックチャッカの中に入れた。

 途端、その色が紫から淡紅へとじわりと滲むように変化する。

 充分に警戒しながら試しに舌先をつけてみる。

 と、たしかに先ほどとは別物でまろやかな甘みがあった。


「……うまいな」

「でしょ。あたしのお気に入りなの」


 ヴィオラは得意気に笑むと、ようやく腰を下ろした。

 縁の外側へ投げ出した足をほんの少し揺らしながら、彼女はミックチャッカを口に含むと、たまらないとばかりに「ん~!」と声を漏らす。


 そんな彼女に触発されてもう一口飲んでみる。

 ……やはり甘い。

 含む量を間違えれば、たちまち不味い飲み物という評価に戻りそうだ。

 ふとヴィオラが顔を横に倒すようにして覗き込んでくる。


「どう? 二日かけてオゥバルを回った感想は」

「いいところだと思う。ただなんつうか、やっぱみんなどこか暗いんだよな。ま、機巧工房だけは違ったが」

「彼らはいつも元気一杯だからね」


 言って、ヴィオラが苦笑いを浮かべる。

 ガレンはコップを脇に置いたのち、上半身を少し後ろへ倒した。

 傾いた視界の中に最上層の城を収める。


「巫女のことを考えてるの?」

「ああ。どうすればあいつを助けられるかってな」

「いい考え、思いついた?」

「察しの通りだ」


 ガレンは肩を竦め、視界から城を外した。


「文献でも漁ってみる? 一応、四層のほうに図書館があるけど」

「俺が漁ってすぐに見つかるような方法なら誰かがとっくに見つけてるだろ」

「ほんと落ちついてるのね」

「そうでもないぜ」


 ともに腐蝕領域を抜け、国境を前にしたあの日の夜。

 暗闇の中、瞳を揺らしたラトカの姿はいまも目に焼きついている。


 彼女は苦しんでいた。

 悲しんでいた。

 後悔していた。


 すぐにでもラトカを救い出したい。

 その気持ちはいまも心の中で渦巻いている。

 だが、クリスに破れたことで答えを見つけられていないことがわかった。


 本当の意味でラトカを救い出すための答えを――。

 無理矢理に平静を装っているのは、それを見つけるためだ。


「なあ、クリスやヴィオラぐらいの奴ってオゥバルにはどれくらいいるんだ」

「強さってこと?」


 ガレンは頷いた。

 う~ん、とヴィオラが唸りはじめる。


「魔甲印が刻まれてる人のこと、刻印騎士って言ってね。その刻印騎士はオゥバルには大体百人ぐらいいるかな」

「そんなにいるのか」

「ただ、クリスほどの強さってなるとほかにはいないと思う」

「ヴィオラ以外は、だろ」


 そう勝手に付け足すと、ヴィオラに困った顔をされた。


「前にも思ったけど、えらく高く買ってくれてるのね」

「なんとなく雰囲気でな」


 言って、ガレンはヴィオラの腰に巻かれた革ベルトに目を向けた。

 右太腿に垂れるような形で取りつけられたホルスター。

 そこには銃と思しきものが収められている。


「それ、銃なのか?」

「……ん? ああ、これのこと。魔導銃って言ってね。アッポたちに造ってもらったものなの」


 ヴィオラはコップを脇に置くと、その魔導銃とやらをホルスターから抜いた。

 外装は大半が木製で意匠として銀らしきものが使われている。


 全長は前腕部よりほんの少し短いぐらいか。

 銃身を含め、全体的に細めな造りだ。

 それもあって彼女の細い指に包まれても物々しさはあまり感じない。


「魔導ってことは魔法を込めて撃つのか?」

「ええ、こんな風にね」


 ヴィオラは都市の外側に魔導銃の砲口を向けた。

 彼女の甲に描かれた刻印が赤く光りだしてから、一拍後。

 砲口から青白い光弾が放出された。


 恐ろしい速度で虚空を突き進んだそれは一瞬にして消えてしまう。

 が、軌跡には細かい結晶の破片らしきものが無数に残っていた。

 光を反射してか、破片は煌きながら舞い落ちていく。

 まさに美しいの一言しかないその光景を見つめながら、ガレンはぼそりと口にする。


「……氷?」

「正解。あたしの魔甲印には氷が宿ってるの。ま、べつにこれを使わなくても魔法は使えるし、色んなことができるんだけど。例えば――」


 ヴィオラが人差し指を突き出し、縦にすっと下ろす。

 と、なぞったところが煌いた次の瞬間、氷の短剣が生成された。

 彼女はそれを持って得意気な表情を浮かべる。


「こんなこととか」

「魔導銃を使う意味は?」

「余計なこと考えずに使えるから、こと戦闘においては便利なの」


 応用が利かない代わりに魔法発動までの処理を任せられるといった感じだろうか。

 たしかにそれは使い勝手が良さそうだ。


「やっぱりまたオゥバルの刻印騎士と戦うつもり?」


 ヴィオラが氷の短剣を放って散らしたのち、訊いてきた。

 その顔には少しばかり呆れが混じっているようにも見える。


「いや、仮にあんたらを倒してラトカを救い出したところでなにも解決しない。そこぐらいは辿りついてる」

「……だったら、どうするつもりなの?」

「やっぱ根本から潰さないと意味がない。そう、空の支配者って奴を倒すしか――」

「それだけは絶対に無理」


 ヴィオラの冷めた声によって遮られた。

 一瞬戸惑ってしまったが、ガレンはすぐさま言い返す。


「やってみなきゃわからないだろ」

「見たことがないから言えるのよ」


 ヴィオラは小さく息を吐きながら首を横に振る。


「次元が違うの。あれは……あの竜は人がどうこうできる相手じゃない。クリスやあたしだけじゃない。オゥバルの刻印騎士が束になったところで――」


 そこでヴィオラの声は途絶えた。

 彼女が口を閉じたのではない。

 地を揺るがすほどの雷鳴が轟いたのだ。


 閃光が収まったとき、天はくすんだ雲に覆われ、オゥバルの地は藍色に染まっていた。

 ヴィオラが立ち上がり、天を見やる。


「来る……っ!」

「お、おい。来るってなにが」

「この空の支配者……天蓋竜イズガルオムよ」


 それは雲を割るようにして姿を現した。

 濃淡様々な青で彩られた爬虫類のごとく鱗を持っている。

 形状こそ鳥類に似ているが、柔らかな印象はいっさいない。


 あらゆるものを噛み砕かんとする大口。

 凄まじき膂力を窺わせる逞しい四本の足。

 うねるように踊り狂う刺々しい長い尻尾。

 そして、その体を中空に泳がせる雄雄しき二対の翼。


 ヴィオラはイズガルオムのことを「竜」と呼んでいた。

 多少の違いはあれどガレンの記憶に残った「竜」の形状とも合致する。

 だが……。


 だがあれはあまりにも巨大すぎる。

 正確にはわからないが、その体躯は間違いなく都市オゥバルを軽く上回っている。


 巫女を差し出さなかったことに憤っているのか。

 イズガルオムがオゥバルの上空を旋回しはじめた。

 たったそれだけで嵐のごとく強風が巻き起こり、オゥバルは混乱の渦に包まれる。


 やがてオゥバルから離れたイズガルオムは大気を震わすほどの咆哮をあげると、その口から極太の光線を放出し、周辺の地上をなぎ払った。

 光線が途切れたとき、そこに存在した森も、川も、山も消失していた。

 あるのは抉られた荒地だけだ。


 ガレンはただじっとしていることしかできなかった。

 黙って見つめていることしかできなかった。

 イズガルオムが悠々と天へと戻っていく中、ヴィオラの問いが無常に響く。


「――きみは、あれに勝てると思うの?」



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