20 一歩
黒崎真 side ―――
目の前に歩く女性は、歩くたびに揺れる長い髪を頭の上で一つに束ね、くっきりとした目鼻立ちの誰もが振り返りたくなるような美少女の部類だろうに、綺麗な柳眉を寄せて、早くあの場を離れようと真の腕を強引に引いてた。
其処まで急ぐ必要はないのにぐいぐいと引っ張る彼女は、暫くして引っ張る腕が重くなったのだろう。後ろを振り向くと、自分が引っ張る腕を見ていたのに気づいて、慌てて放す。
「申し訳ありません」
腕を引っ張り1歩前に進んでいた彼女は、今度は両家のお嬢様のように男性に道を譲り、今度は自分は一歩後ろを歩く。
「あの…白石…様にあのようなことを仰って大丈夫だったのでしょうか?」
一瞬、間をおいたのは、『様』をつけようかどうかを迷ったからで、何故に歳の近い人に対して『様』をつけるのかなどは、真はそんなことは気に留めなかった。
「何、気になるの?」
「ええ、まあ」
「はっきりしないのは君らしくないね」
クスクスと微笑む様はまさに天使のような微笑み。彼女は一瞬、立場も何もかも忘れて見惚れていた。
「大丈夫だよ。君が何を気にしているのか知らないけど、僕の一年が何だったのかは、表向きの理由は知っている人も多いけど、本当のことは誰も知らない。知っているのは君だけだよ」
君は話さないよね?と今度は天使と見紛う悪魔の微笑みに、ビクンと体を揺らした後、「けっして」と彼の満足のいく返事を返すことが出来た。
「それにしても面白いことだね。君が女の子になるなんて、もしかして前世で、次に生まれてくる時は女性でありたいと望んだの?ねぇ、蘭?」
それは…と、答えても仕方のないことなので思案したようだが、真は答えを求めていないことは明白で、彼女は無言を答えとする。
「蘭」
蘭と呼ばれる彼女が無言なことに焦れた…訳ではない。頭の中では既にその問いは過去のことであり、目まぐるしく回る思考は既に先を歩んでいる。優秀な彼女はそれを知っているから素早き繰り替え「応」と返事をした。
「勝利の女神は僕にあるんだよ。有利なことに雫の記憶喪失は、怪我やショックから起因しているわけじゃなくて、誰かが記憶を封印したからだよ。いったい誰がそんなことをしたのだろうね」
一切の記憶がなくなってしまえば、赤子同然。手に入れてから記憶の封印を解除したら楽しいだろうね。と、クスクスと微笑む声が廊下を響かせる。
黒崎真 side ――終
昼休みの後に体育の授業というのはかなりダルイ。それも持久走だ。校庭を十周すれば、ノルマ終了で休んでいいんだが、足も疲れてきて、息も切れ切れの僕はまだ六周目。
腕の怪我もまだ治ったわけじゃないけど、ゆっくりと走る分には大丈夫だと勝手に診断して、先生に言わずに走っている。それに体力付けたいし…あの時は足手まといだったからね。だけど、やっぱり息は上がるのは体力のなさだけではないのかもしれない。
体格のいい他の人達でも僕と余り変わらないのは、友達と話をしながらダラダラと走っているからであって、余裕はある。僕のように息を切らしているわけじゃないんだ。やっぱ、運動部にでも入ろうかな?隣で一緒に走ってくれている雅也も、余裕なんだものな。
「しぃ、歩くか?」
早歩きしているのと変わらないスピードだけど、雅也の申し出に首を振る。
「先、……行って…」
「いいのか?」
「いい、から…」
雅也には雅也のペースがあるだろう。僕に合わせて走っているとゆっくり過ぎて逆に疲れるだろうと、先を進めた。
僕たちの前を走っていた男子二人組みはふざけ合っていて、急にスピードを上げた雅也に気づかずに、ぶつかってしまう。
「あ……」
雅也は倒れることなく少しよろめいた程度だったが、ふざけあっていた二人組みが、相手が雅也と気づいたとたん、慌てふためく。
「っぁ、すまん!宮園、わざとじゃないんだ!」
「け、怪我とかしなかったか!?」
「……ない」
「そ、そうか、それはよかった。さ、先に行ってくれよ。俺たちはゆっくり行くから」
「ああ」
雅也の返事はそっけないもので、気にせずに二人を置いて走っていく。少しぶつかっただけだというのに、心底二人は顔色を変えて慌て、雅也に怪我がなかったことに安堵したように肩を落とす。
「……」
『真実を見つけられたのなら、おのずと全ての謎が解き明かされるでしょう』
真君の言葉に触発されたわけじゃないけど、雅也に対する皆の態度もその謎に含まれるのかな?
ちょっと朴念仁っぽいけど、話すといい人で、どうして皆は雅也を避けるのかずっと気になっていた。分からないことを分からないままにしておくのは、僕自身気持ちが悪いし…。
体育の授業が終わってすぐ、雅也には先に帰ってもらって、僕は雅也にぶつかってしまったあの二人を呼び止めた。
「あの松本君に大西君、少しいいかな?」
「なんだ、白井か。なんだ?」
他の人達に聞こえない距離をとって、雅也から直接聞くんじゃなくて、回りに聞こうとしているのはちょっと罪悪感はあったものの思い切って聞いた。
「雅也のことなんだけど。どうして皆、雅也を腫れ物を扱うように接するの?」
「み、宮園!?」
雅也はこの近くにはいない。名前を言っただけなのに、本人がそこにいるように驚く二人。
「え~とその…」
どう言っていいのか、顔を合わせて誤魔化そうとしている二人に。
「僕は雅也の親友だけど、知らないことが多すぎて、トラブルがあったとき…まだ起きていないけど、雅也ってストレートな上にちょっと天然が入っているみたいだから誤解を招きかねないし、喧嘩がないとは言い切れない。そんな時どう対処したらいいのか分からないから、聞いておきたいんだ。お願いだよ。教えて」
上手く言葉に出来なかったけど、嘘偽りのない真の言葉で頭を下げた。
「白石……お前、変わったよな」
「記憶がないってこんなに変わるんだな~」
「へ…?」
怯えの驚愕から一転して呆けたように感嘆している二人。ええと、僕の質問は何処に行ったの?
それでも貴重な短い休憩時間に声をかけたのは僕なのだから、強引に話しを持って行くのは失礼だと思い、彼らの話についていくことにした。
「え~と、そんなに変わった?変かな?」
「いいや、逆」
「髪の毛を切っているから印象も違うけど、前はもっと、その~暗かった」
「そうそう、人と関わるのを極端に避けていたって感じだよな」
「うん、いるのか、いないのか分からないほどだったもん」
「そ、そうなんだ……って、僕のことは後回しでいいから、雅也のことを教えてっ」
彼らの流れで話しを聞くつもりだったけど、なんだか照れくさいようないたたまれないような感じになってきたし、このまま行くと時間内に聞き出せなくなるので、以前の僕がどんな風だったのか気になるけど方向の修正をお願いした。
次の授業が始まるまで着替えないといけないからと、二人は簡単にかいつまんで雅也のことを教えてくれた。
物心付いたころには、雅也の周りでおかしな現象が目に付くようになったとか。小学校が一緒だった人から聞いた話では、見た目が整っている雅也のことを取り合う女子たちを、雅也は止めることもせず楽しそうに眺めていたそうだ。それは、格好いいから自慢にしているのかと男子たちはやっかみをした程度。しかし度重なると、男子たちは雅也を虐めるようになり、それでも、雅也はニヤニヤと笑っていたらしい。
気味が悪くて男子たちは近寄らなくなったのだが、中学に入ったらそれですむはずはなく、虐めはエスカレートしていったという。数人の男子に取り囲まれて殴ったところ、上からあるはずもない植木鉢が落ちて、その時は幸い怪我した人はいなかったものの、その後も雅也に怪我を負わそうとした人達は不思議な目にあうようになり、その度に、違う色をした双眼がはっきりと色を濃くしていったらしい。
二人はうわさ程度しか知らなかったが、怪我をした人は実際にいるみたいで、雅也には近寄らなくなったと話してくれた。
「話してくれて有難う。だけど…それって噂…なんだよね?」
「尾ひれが付いていないとは言い切れないが、全部が嘘ではないと思うぜ」
「宮園のことだったら聞くだけになるだろけど、他の相談事ならいくらでも頼ってくれよな」
松本君は二カッと大胆に笑って、僕の頭をぐりぐりとなでた。
「なんだかな~同い年なのは分かっているけど、白石を見ていると…うん、弟が出来たみたいなんだ」
「弟~~?」
それほど頼りない印象を受けるのか、と素っ頓狂な声を上げてガックリとうな垂れた。
「ショックを受けるな。悪い意味で言ったつもりないんだから」
「…う…ん」
「以前は構うなオーラを出しまくっていたし、鬱陶しいほどの前髪で顔も分からなかったし、何考えているのか近寄りがたかったけど、白石ってこんなヤツなんだな~とホッとした」
それって、相当暗かったってことかな?
「何より吃驚したのは顔だよな」
「そうそう、なんで顔を隠していたのか分からないほど可愛い顔しているぜ」
「なにそれっ!結局は年相応に見えないってことなんじゃない!」
意地悪で言ってないのだけど、からかって遊ばれている感がある。でも、二人に対して悪いイメージが残らないのは、僕も構ってもらえたのが楽しかったのだろう。
顔を上げ、素直に思ったことを言うだけで周りが和らぎ、楽しい気分になれるというのに、以前の僕はどうしてそれをしなかったのだろう?
そして、雅也――――――自分が危ない目にあっているときに、笑っていた?そういえば、僕は雅也の笑った顔をみたことあったかな?
運動場から校舎に移動しながら話をしていて他に分かったことが二つ。
煉が僕の幼馴染だと皆が知らなかったのは、僕が人付き合いをしていなかったから知らなかったということ。そして、僕は自分から声をかけることも人との関わりも避けていた様子だということ。つまり煉も避けていた……ということになる?
今の煉の行動からすれば、幼馴染ならば一緒に行動していても不思議じゃないのに、他の人達が目撃したこともなかったそうで、一緒に登校した初日は本当に驚いたと話してくれた。
あんなに格好よくて、面倒見がよくて優しい煉を僕は嫌っていたのかなぁ。




