15 攻防
14話を飛ばされた方へ。
●通り魔は主人公のことを知っている。
●主人公は記憶がないので通り魔のことは知らない。
●主人公は左上腕部を怪我をしている。
14話の要点はこれぐらいでしょうか。
篭に、入れられる…!?そ、そんなの嫌っ!!つうか、何を考えているのこの男は!?普通じゃない!下手すれば一生、外に出ることも出来ず、誰とも合えなくなる…この変態の傍にいなきゃいけないじゃない。変態の側で一生を終わる?…ダメ、それはダメ!
僕は……僕は……私は、やらなきゃいけないことがあるのよ!
誰がこんな奴なんかの思い通りになんて、なるものかっ!
変な奴に襲われて恐怖があったものの、屈辱的な怒りによってそれを凌駕する。
体をまさぐっている嫌悪感を意識から引き離し、気づかれないように左腕に刺さったままのナイフをゆっくりと引き抜いた。
「うっ…!くっ!!」
「そうそう、もっといい声で鳴いてね」
勘違いしている通り魔に、僕の血のついたナイフを逆手に持って振り下ろす―――――
「ん?これは何だろうね?さらし…みたいだね。こんなものを巻くって事は、やっぱり君は女の子なんだね」
ナイフを振り下ろすつもりだったのだけど、通り魔の言葉に、僕が女の子だって!?何を言っているんだ!?と戸惑ったものの、それは一瞬であり、ここでナイフを抜いたことに気づかれたら終りなので、力の限り奴の太もも辺りに突き刺す。
「ぐあぁぁっ!!」
肉にめり込む嫌な感触が手に伝わるが、そんなものは無視して、通り魔が痛みによってよろめいた瞬時、腕を振り払い飛び出した。
ブレザーとシャツのボタンを飛ばされてしまったので、前を隠すことは出来ない。だけど、そんなことよりも通り魔から少しでも遠くに離れたくて、後ろを振り返ることなく公園の出口へと向かう。
が、途中で見えない壁にぶつかった。
「え…?何…!?」
遮る物体は何も無いのに、これ以上先に進めない。
当たり前だけど知らずに体当たりした反動で、肩や頭をぶつけ鈍い痛みが走ったが、そんなこと気にしている場合じゃない。
どうして、目の前に公園の景色が見えるのに、この先に行けないの?早くしないと通り魔が来てしまう!!
理解することも出来ず、見えない壁に向かって無我夢中で拳を叩きつける。
「よくもやってくれたな。そうとうな罰を覚悟するんだね」
衝撃から立ち直った通り魔が怒りに満ちた声を震わした。しかし、焦っている僕を見てクスクスと馬鹿にした笑みを出す。
「ボクの許可なしにここからは出られないし誰も入ってこれないよ。結界が張ってあるからねぇ、二人だけの空間なんだ。そこから出たいなんて、なんて君は贅沢な―――っ!?…な、なんだとっ!!?」
ネズミをいたぶる猫の如くゆっくりと近寄ってくる通り魔の言葉の半分以上は聞き流していた。というか僕はパニックになっているみたいで、通り魔から逃れたい、そのことしか頭に無く、自分が何をしたのかなんて気に留めていなかった。
見えない壁に向かってドンドンと叩いていた。
ここを出られないなんて、そんなはずはない。僕はあいつに捕まりたくはない!絶対に!出口は見えているのだから、道は続いている!
ほら、手を伸ばせばすぐそこに――道がある!!
「結界に…亀裂!?そ、そんな、馬鹿なっ!!」
壁なんてあるはずない!!
何度目かの振り下ろした拳が、空を切る。もちろん跳ね返ってくる衝撃はない。
ほら、何もない。僕を妨げるものは、ここにはない!
キーーーーン
結界が崩壊する音が辺りを劈き、空気の振動が聞こえた気がしたが、僕は構わず開けた道を走り出す。
「待てっ!!!」
悪人に『待て』と言われて待つ奴がいるものか!逃げるチャンスがあれば逃げるに決まっている。だけど、腕から血が遠慮なく流れ出し、呼吸が乱れ、走っている以上に恐怖から鼓動が上がる。
日常ではありえない状況にどう対処したらいいのか分からない。とにかく奴から少しでも離れることだけを考えて走った。一秒がすごく長く感じられ、長時間走ったようでもまだ、公園の外には達していない。
こっちは腕だけど、あっちは足を怪我しているから、距離は稼げたはずだと、走りながら後ろを確認することにした。
振り返った瞬間、何かが僕の目の前を通り過ぎる。
「え…?」
トンという音とともに、それは近くにあった木に刺さった。
しかし、それが何だったのか、あたりが暗すぎて確認できない。が、木に刺さった音だけは確かに耳を振るわせたのだ。
「何…?」
恐る恐る飛んできた方向に目をやると、そこにはやはり通り魔が…禍々しい気配を身にまとい、怪我をしている足は引きずるどころか、地をしっかりと踏み歩いている。
「逃がしはしないよ」
え?何故?
ナイフは確かに通り魔の太ももに刺した。手には肉を切る感触が残っているというのに何故!?と疑問が解決する前に、異常な気配に、僕は身を震わせ立ちすくんでしまう。
通り魔の怒りに呼応したかのように、周りに漂うどす黒い気が、眼鏡をしていてもはっきりと見えたのだ。
凝縮された黒い気を見た瞬間に『危険』の二文字が浮かび、反射的に逃げの体勢を取ると、通り魔が何かを投げるそぶりを見せ、またもや先ほどの現象が再現された。
だけど、今度は木に刺さったのではなく、その何かが僕の足をかすめ地面に刺さった。
近くに刺さったそれはとても細い物で、本来ならこの暗闇では見つけることは出来ないぐらいに闇と同化していただろう。しかし、僕の目には通り魔がまとうどす黒い気の残滓が残っているのを見ることが出来た。
「これは‥‥」
辺りは暗闇で、刺さった何かと土との判別は視認できないはずが、なぜか、それが通り魔の髪の毛だということが分かった。
まるでクローズアップして直接脳に映像が届いた…そんな感じだ。
「君が刺したナイフには君の血というプレゼントが付いていたんだよ。それを吸収したらね、こんなことも出来るようになったんだ。それどころか怪我も一瞬で治ったよ。有難う。と言うべきだろうね」
僕の血が……奴を強くした…!?
真君が言っていたことは本当だったんだ。他人の髪の毛を食べ、体内に取り入れてその霊力を自分のものに変換する。
ああ、僕はとんでもない事をしでかした。ただやつから逃げたい一身で、僕の霊力を含んだ血を敵であるあいつに分け与えてしまった。
あの時と同様に回収すべきだったのに―――…
兎に角、逃げなくてはと、近づいて来る通り魔から離れようと、奮起して足を動かそうとした。そこにまた、髪の毛が飛んでくる。
「――っ!!」
あれをまともに食らうと、貫通してしまうに違いない。
飛んでくる髪の毛に集中しながら、少しずつだが、後ろへと距離をとる。
「あんな少量の血で、ここまで急成長できたんだから、君の血をもっと頂戴。俺はもっともっと強くなりたいんだ」
「ち、近づくなよ…」
背を向けた瞬間に襲われそうな恐怖を感じ、背を向けることが出来ず、じわりじわりと下がるが、公園の出口である右に軌道修正すると、鋭い髪の毛が行く手をふさぐ。ビクッと体を震わせ、左へとよろめくと、攻撃はしかけてこない。
完全に怯えている僕を見て楽しんでいるよう。
公園の出口に向かわなければ攻撃の手は緩いようだけど、逃げることも出来ず、距離も取ることの出来ないこの状況を一転する方法が思い浮かばずに、一歩一歩の後退とにらみ合いの連続。
いっそのこと攻撃が当たってもいいから走り出そうかと、覚悟を決めたところで、既に遅し、背中にトンとぶつかる物を感じ決断は遅かったことを悟る。
背中に感じるのは木の感触だ。
早く迂回しなければ、と横にずれようとしたけれど。丸みのある樹木よりも大きい、これは木じゃない!
ぶつかったそれは、公園に設置された休憩所。逃げ場をなくしてようやく僕は、誘導されていたことに気づく。
「しまった…!」
瞬時に駆け出そうとする僕をあざ笑いながら「遅いよ」と、髪の毛の攻撃を仕掛けてきた。肉を裂くことなく、服と一緒に休憩所の壁である木に縫いとめられる。
だけど、縫いとめているのはただの細い髪の毛だ。引き抜くことは出来るだろうと、無理に引っ張ろうとした矢先。
「残念だね。こんなことも出来るんだな~」
針のように真っ直ぐだった髪の毛が、本来の特性に戻り、そのまま絡み合って木に縛り付けられてしまった。
「何!?」
頭皮から離れた髪の毛が成長するなんて、まして生き物のように動き出すなんて、ありえない!
「これも君のおかげだよ。髪の毛だからといって舐めないでね。俺の気を今も送り込んでいるから、切ることもでいないよ。さて、どんなお仕置きがいいかな?」
愉快そうに歩み寄る通り魔。
「嫌っつ!!よるんじゃない。来るな!…来ないでよ…!!」
「いいねぇ、もっと叫んでよ。君の声は心地いい」
「変人!変態!!」
舌なめずりしながら近寄ってくる通り魔を止めるすべはない。
「いや――――――っ!!」
助けてっ!誰でもいいから僕に気づいてよ!
心の底から叫んだ。その刹那―――
「うわっ!なんだこいつは、どこから入ってきた!」
驚きの悲鳴と共に通り魔の足音が乱れた。
「……え?」
何が起きたのだろう?顔を上げると、通り魔が小さな影に押され倒れる瞬間だった。
ここには誰も入って来ることが出来ないと言っていたのに、どうして通り魔が誰かに押されるように倒れたのだろう?
自分で結界を破ったことを意識していない雫は小さな影に目を凝らす。
「…うそ…」
地に伏した通り魔に一撃を加え、雫の元にやってくる影に驚きの声で迎えた。
「モ、モ?……モモ!」
そこには愛くるしい小さな友人、マルチーズのモモの姿があった。




