第89話 たまに遊ぶ
午後二時頃、後ろから走り回る音が聞こえる。止むと今度は引っ掻く音が数秒に渡って続いた。
夜行性のハムが躍動している。良い意味で捉えれば。
現実に即して考えると我が家に自生しているハエトリグモが頭に浮かぶ。たまに段ボールハウスの中へ入ってしまうことがあった。あまりないことなのでハムが興奮してもおかしくはないだろう。
そのように思って二十分が経った。未だに走り回っている。
少し長すぎないか?
どうにも気になる。キーを打つ速度が目に見えて落ちた。
仕方なくノートパソコンを閉じた。重い腰を上げてハムの様子を見に行く。
ケージの中にはいなかった。その周りを延々と走っていた。
俺の姿を見つけると後脚で立ち、鼻をヒクヒクさせた。黙って眺めているとこちらに突っ込んできた。
「急にどうした?」
ハムは後脚で立ち、段ボールハウスの壁を前脚で掻き毟った。艶やかな黒目が何かを俺に訴え掛けているように見えた。
そこでミックスの袋からヒマワリの種を一つ摘まみ、そっとハムの口元に近付けた。跳び上がる勢いで受け取ると、その場に座り込んだ。
空腹が原因と思う前に立ち上がり、再び壁を掻き始めた。ヒマワリの種はおが屑の中に埋められたのか。上からは確認できなかった。
単に構って欲しいのだろうか。
俺は段ボールハウスの中へ右手を入れた。ハムを誘うように指を小刻みに動かす。
反応は速く、瞬時に向かってきた。噛まれる寸前で横手へ回り込み、指で煽った。
ハムは執拗に右手を追い掛ける。俺はギリギリのところで躱した。
指への反応が鈍くなるとおが屑を摘まみ、ハムの背中に振り掛けた。その度に身体を揺すって払い落とし、報復として全力で右手を追い回す。
スリリングな遊びは十五分ほどで終わった。ハムが急に走るのをやめてケージの中へ引っ込んだ。定位置となる隅の凹みに合わせて丸くなると速やかに目を閉じた。
たまになら、こんな遊びもいいよな。
胸中で語り掛けた俺は大きな伸びをして作業に戻っていった。




