第65話 ハムダンス
我が家の二階にはエアコンが一台も設置されていない。屋根の断熱材が少ないのか。夏はオアシスのない砂漠で過ごす状況と似ている。
そこで本格的な夏に入る前に一階の和室へ活動拠点を移し、寝起きをしている。仕事用のノートパソコンも一緒なので執筆も順調に進んでいた。
同室にハムがいるので少し臭うが、安眠の妨げになることはなかった。餌や水の補給が容易で快適とさえ思えた。
今の時刻は午前七時過ぎ。珍しくハムはケージの外の隅で丸くなっていた。寝ているようで腹部が微かに上下に動いている。
俺はケージの上の保冷剤を指で押した。冷たさは失われ、中年の横っ腹を突っつくような感触が返ってきた。取り敢えず、冷凍庫に戻す。
続いてケージの蓋を開けて餌の容器を掴み、ゆっくりと引き上げる。すると隅の方で寝ていたハムがいきなり起きた。
俺の姿を見つけると急いで駆け寄る。間髪入れずに後ろ足で立ち、見上げるような格好になった。不慣れな姿もあって不安定に身体が揺れる。踊っているようにも見えた。
構っていられないので容器の中のおが屑を指で取り除く。ヒマワリの種の殻も不要と判断してゴミ箱に捨てた。他には屎尿用の砂が入っていた。食べ物の好き嫌いがはっきりしていて、毎度、残る餌も勿体ないと思いながら摘まみ取る。
中身がすっきりしたところで餌を補充。ヒマワリの種を若干、多めに入れた。ハムは未だに後ろ足で立ち、フラフラとしながら踊っていた。催促の意図があるのか。合間に壁を前脚で掻き毟る。
俺はケージの中へ餌の容器を入れた。少し位置がずれて修正しているとハムは指の間に頭を突っ込んで食べ始めた。少しの時間であっても待てないらしい。
食べることに夢中になっている間に給水器の水も入れ換えた。保冷剤で多少、暑さを緩和しても水の減り方は早い。一日で三分の一は無くなる。浄水器を通した水は美味しいのだろうか。
ケージに蓋をして新しい保冷剤を置いた。これで安心して執筆に打ち込める。
ノートパソコンを起動して続きを書き始めていると頭に過った。
最近、ハムに指を噛まれたことがないな、と。
わざと指を差し出して試すことはしないが、少しは慣れてきたのかもしれない。親密な関係とまではいかないが。




