第十話:畑のフェンスと小さな来訪者
早朝、眩しい朝の光が、木造の母屋の窓から差し込んでくる。
昨日の露天風呂の効果は凄まじく、いつもなら身体に残っているはずの疲れが、嘘のように消え去っていた。
現在温泉宿では、俺がキッチン、女性二人組がロビーを仮の寝室としている。
自然に目を覚ました俺は身体の軽さを全身で感じながら寝袋から体を起こすと、ストレッチをするかのようにグッと両手を伸ばす。
寝起きにも関わらず自身の身体には、手足の先までエネルギーが満ち溢れているのがはっきりと分かった。
「驚いた、久しぶりの風呂ってだけでこんなに身体が回復するなんてな……」
ぐっと伸びをしながら、俺は軽い足取りでロビーへと向かった。
「ん〜〜〜……っっ!!ふあぁぁ………むにゃ……あーっ、リョウおはよぉ………昨日の温泉の気持ちよさが忘れられないよ〜、まだ体が無いみたーい……ぐぅ」
「も、もうっ、ペネロさんっ……もたれかかれないでください……っ……ふふっ、リョウさん、おはようございます」
ペネロがまだ眠そうな表情でシーカの肩に顎を置きながら、それを困ったように笑いながら見つめるシーカ。
同じタイミングで起床していた二人と挨拶を交わす。
二人の表情には前日の疲れは見えず、顔色も良い。どうやら二人もリラックスして眠れたようだ
宿の主としてこれ以上の喜びはないが、のんびり余韻に浸っている暇はなかった。
「よし、二人とも。顔を洗って朝飯を食べたら、さっそく昨日の畑に向かうぞ。のんびりしていたら、せっかくシーカが実らせてくれたトマトやきゅうりの苗が野生の獣や魔獣に食べられちまう。今日中に防護フェンスを作り上げよう」
「よぉ〜し、ボク、今日もいっぱいお手伝いするよぉ〜〜」
「はいっ……!頑張りましょう……っ!」
まだ眠そうながらも、おー、と拳を上げるペネロとグッと張り切った表情のシーカ。
手早く朝の支度を済ませた俺たちは、簡単な大工道具と木材のストックを携え、昨日開墾した川のほとりの畑へと急いだ。
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俺たちが到着すると、朝露に濡れた若々しい緑の葉が朝の日光を反射し、キラキラと輝いた姿で出迎えてくれる。
幸いなことに苗やツルは無事だったようだが、周囲の柔らかい泥の上には、昨日まではなかった小さな野生動物らしき足跡がいくつか点々と残っていた。
「……やっぱり、朝イチで来て正解だったな。一刻も早く囲いを作らないと時間の問題だった」
俺は荷物を下ろし、腕まくりをして畑の周囲を見渡した。
現在の畑は、二、三種類の野菜の苗を数本植えられる程度のプチサイズだ。
まずはこの大きさに合わせて、魔獣の突進に耐えうる程の頑丈なフェンスを張り巡らせよう。
「よし、じゃあまずは俺がフェンスの支柱になる杭を切り出していくから、シーカは植物同士が成長の邪魔にならない間隔を測定しつつ、畑の周囲に杭を固定する手伝いをしてくれ。ペネロは俺が材料を切り出したら、それをシーカの測定した範囲の四隅に持って行ってほしい」
「は、はいっ!」
「りょーかいっ!」
二人に指示を出した俺は、まず近くにストックしておいた、大人の太ももほどの太さの頑丈な丸木に手を当てる。
『材料加工、切り取り』
パキパキパキ、と小気味いい音が響かせ丸木を同じ長さの鋭い杭へと次々に切り分けていく。
シーカもその間に手際よく畑の測量を行いながら魔法でポインターを設置していた。
「よし……ペネロさん……っ!ここの地面四箇所に丸く印をつけましたのでこの位置に材料を置いて行ってくれますか?」
「おっけー!じゃあリョウ、これもらってくよー!」
ペネロは俺の切り出した杭をひょいひょいと束にして抱えるとシーカの指定したポインターの位置に杭を運んでいく。
運ばれた木材は尖った杭を4つと円柱状に加工した丸木8個の計12個。
杭1、円柱2の3つを1セットとし、四箇所に設置する。
「よし、じゃあこの杭を隅に刺して、その上に残りの杭を俺が接合で繋げていく。それじゃあ、まずは俺が持ってきたこの木槌を使って地面に刺して━━」
「わかった!これをここに刺すんだね!」
俺が荷物の中から木槌を出すよりも先に、ペネロがガシッと両手で杭を掴むと、そのまま大きく上に振り上げる。
「ん〜〜〜っ…………よいしょっ!」
そして、そのまま地面に向かって木杭を振り下ろすと、ドン、という鈍い音と振動を発生させる。
俺の用意した木杭は長さ70センチほどはあったのだが、彼女の振り下ろしたそれは、頭を少しだけ出し、全体の8割ほどがすっぽりと地面に埋め込まれていた
「よし!こんな感じー?……?おーい?」
目の前で起きた光景に俺とシーカはポカンとした表情で唖然とする。
そんな俺たちに当のペネロは首を傾げながら反応を確かめるかのように手を振っていた。
「……ぺ、ペネロさん、これを、素手で……?」
シーカがチラリと横目で俺を見る。
確かにこの辺りの泥は朝露で柔らかくなってはいた。いたが、大人の太ももほどもある木杭を、一撃、しかも素手で地面に叩き込むとは。
自身の力と比較すると、改めて人狼という種族の身体能力の高さには驚かされる。
きょとんとした表情のペネロとは裏腹に、俺とシーカはその光景に口元をひくつかせながら乾いた笑いを漏らしていた。
「は、ははは……あ、あぁ、いや!助かったよ、さすがだな、ペネロ。じゃあ、残り三箇所もお願いできるか?」
「えっへへ〜、うん!よーし!まっかせて!」
ペネロは肩をぶんぶんと振り回すと、残りの木杭を小気味いい(?)地響きと共に、あっという間に四隅に打ち込んでいく。
その様はまるで重機のパイルドライバーを思わせるかの如くだ。
やることの無くなってしまった俺たちは、その様を呆然と眺めていた。
「ふぃ〜、しゅーりょーしゅーりょー!」
ペネロによって力任せにドスドスと打ち込まれた杭は、当然だがびくともしないほど強固に固定されている。
「お疲れ様、いやほんとすごいな、あっという間だったぞ」
俺の労いの言葉に、ペネロがえへへ、と照れ臭そうに笑う。
よし、次からは俺のターンだ。
俺は『接合』で埋め込まれた杭の頭部分とそのほかの木パーツを繋げて高さを出す。
そこに新たに切り出した薄く均一な横板を、シーカに手伝ってもらいながら、上から下まで格子状に設置していく。
パシッと木と木が結合する音が響くたび、溶接でもしたかのような強度を持つ木組みのフェンスが組み上がっていき、作業開始からおよそ3時間ほどで、大人が全力で体当た程度ではビクともしない程の頑丈さを誇った防護フェンスが畑の周りに姿を現していた。
俺は額の汗を拭いながらしみじみと出来上がった囲いを見つめる。
「リョウさん、フェンスの入り口はここでしょうか?でしたら、少しお時間をいただきたいのですが……」
これで完成だ、と一息吐こうと思ったその時、シーカがおずおずと申し出てきた。
彼女の手には、昨日作った道のカモフラージュの時に使ったような、特殊な薬草の束が握られている。
「これは?」
「は、はい……っ、宿の入り口の隠蔽に使ったものと同じ、簡易的な獣よけです。今のままでも充分頑丈だとは思いますが、念には念を、ということでこのフェンスの扉に組み込もうと思います。これをしておけば、野生動物や魔獣がそもそもこの畑に近づくこと自体を嫌がるようになりますし……ど、どうでしょうか……?」
「おお!それはありがたい!ぜひ頼む!」
俺の承諾を得てシーカはパッと表情を輝かると、扉の木肌に薬草の汁で細かな魔法文字を刻み、小さな声で呪文を唱え始めた。
すると扉からフェンス全体へ伝うように、一瞬淡い緑色の光を放ち、すぐに元の木の色へと戻る。
「よし……これで結界も、無事貼れました……!」
ふぅ、と素早く仕上げを終わらせて、シーカは額の汗を拭う。
俺の作り出した材料が、ペネロによって組み立てられ、さらにシーカによるサポートと魔法で、守りをより強固なものにする。
母屋作成の時と同じ、3人での共同作業だ。
「よし……!じゃあ改めて、俺たちの畑の完成だ!」
朝の湿気にも負けず、香しい木の香りを漂わせながら、雄大な自然の中に佇む木の囲いを満足そうに見上げながら、俺たちはワッと歓声を上げた。
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思ったよりもずっと早く作業が終わったため、俺たちは川のせせらぎを聞きながら、フェンスの影に腰を下ろして一息ついていた。
シーカが朝に淹れて川で冷やしておいてくれた麦茶を乾いた喉に流し込んでいくと、身体が失った水分を求めるかのように、じんわりと染み渡っていく。
「ん〜……っ!!喉乾いてたからお水がおいしー!」
ペネロがのんびりと尻尾を揺らしながら、お茶をゴクゴクと飲んでいたその次の瞬間。
ぴくり、とペネロの両耳が、何かの音を捉えたように鋭く直立した。
「……?ペネロ、どうした?」
「……くんくん……なんか、嗅いだことない変な匂い……ううん、匂いっていうか、風……かな、なんか変……?」
ペネロが鼻を鳴らすのと同時に、それまで穏やかだった周囲の森がざわざわと、まるで生き物のように不自然にゆらめきだした。
風もないのに、木の葉同士が激しく擦れ合い、緑の波が波紋のように広がっていく。
「リョウさん……っ、わたしもわずかですが、ここら一体を包むような魔力の流れを感知してます……て、敵意や悪意のようなものは感じられません、けど……っ」
シーカとペネロの異様な反応に、俺も警戒のために手近な木材へ手を伸ばす。
数秒後、木々は先ほどまでの不自然なざわめきをとめると、嘘のように静まり返った。
張り詰めた緊張の中静寂が辺りを支配していたその刹那。
「おや、おや。ずいぶんと警戒されてしまったのぉ」
静寂の中突然響いた、妙におちゃらけた子供のような声に、俺たち全員がガタッと、勢いよくその声の方向へ振り返る。
いつの間にそこに立っていたのだろうか、ペネロの野生の勘すら欺き、俺たちのすぐ数歩後ろ、防護フェンスの影に、一人の『子供』が佇んでいた。
身長130ほどの背丈に、裸足で麻布のような古めかしさを感じる独特の衣服を身にまとうその見てくれは、昔話に出てくる田舎の少年のようでありながら、新緑のような淡い緑色の前髪隙間から覗く黄金色の瞳は、妙に落ち着いたように、ぼんやりとこちらを見据えていた。
「ふっ……あいや!すまんすまんのぉ!驚かせるつもりはなかったんじゃ。あまりにもお前さん方の作業が見事で、ついつい見惚れてしまってな」
身構える俺たちに、その子供は頭を掻きながら、突然ケタケタと無邪気に笑いはじめた。
完全に少年の見た目から発せられるその古臭い口調とのギャップに、俺は完全に呆気に取られてしまう。
「あ、あの……君は一体、どこから……?」
俺がおずおずと尋ねると、その子供は胸を張りながら両手を頭の後ろで組むと、にっ、と微笑んで答える。
「ワシかい?ワシは『オレイアス』!この山に古くから住む精霊じゃ!」
━━━━こうして俺たちは、ここにきて初めて、俺たち3人以外の種族と出会ったのだった。
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加藤カト




